孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フランス  豪の潜水艦開発契約破棄に激怒 背景に米への不信感 対中国戦略の認識差の指摘も

2021-09-20 23:06:01 | 欧州情勢
(豪シドニーで、豪海軍の潜水艦「ウォーラー」を視察するマクロン仏大統領(左から2人目、2018年5月2日撮影)【9月18日 AFP】)

【フランス 異例の米豪大使召喚】
9月16日ブログ“「ポスト・アフガン」の新たなパワーゲーム 米英豪で「AUKUS」”でも取り上げたように、中国に対抗するためのインド太平洋地域における米英豪の新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」創設に伴い、オーストラリアへの原子力潜水艦建造技術を提供することとし、オーストラリアがフランスとの次期潜水艦開発計画を破棄したことでフランスが激怒しています。

フランス側はオーストラリア・アメリカの対応を「うそつき」「二枚舌」「トランプ前大統領と同じ」と激しく批判し、米豪に駐在するフランス大使を召喚するという異例の事態ともなっています。

****フランス、収まらぬ怒り 潜水艦計画を豪が破棄「直前まで知らず」****
米英豪による新しい安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」創設に伴い、オーストラリアがフランスとの次期潜水艦開発計画を破棄したことについて、ルドリアン仏外相は18日、「(米豪の)振る舞いは同盟国内ではあり得ない。重大な危機だ」と警告した。

国営テレビの番組で、米豪の駐仏大使を召還した理由について説明する中で語った。

仏政府報道官によると、マクロン大統領はバイデン米大統領と近く電話協議を行う方針。仏の強い不満を伝えるとみられ、怒りは収まる気配が見えない。
 
ルドリアン氏は、オーカス創設についてフランス側は「発表の1時間前まで知らなかった。事前にフランスと協議したと説明する米国の説明は事実ではない。だから、うそや軽視があると主張しているのだ」と強調。

バイデン氏について、「ツイートしないトランプ」とやゆし、米国第一主義を掲げたトランプ前政権と似ているとした不満を改めて示した。
 
英国の大使召還をしなかったことに関しては、「英国のいつものご都合主義は知っている。やっても意味がないことだ」と述べた。
 
ルドリアン氏は、北大西洋条約機構(NATO)について、脱退の可能性は否定しつつ、主要指針である新たな「戦略概念」の改定に今回の問題が影響する可能性を指摘した。
 
ルドリアン氏は17日、米豪の対応は「同盟関係や、欧州にとってのインド太平洋地域の重大性の考え方に関わる」として大使の召還を発表した。【9月19日 毎日】
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敵対国間で大使召還というのはよくある話ですが、同盟国間、それもフランスと米豪という中核となる国家間での大使召喚というのは、あまり聞いたこともない展開です。

米英の「特別な関係」、米主導の国際関係にあまり異を唱えることがない日本やドイツなどと違って、フランスは昔からアメリカに対し「対等」な立場でものを言う事が多く、また、何事につけ文化的優位性をほのめかし、独自性を主張することも多く、アメリカからすると「うるさいヤツ」といった感もなきにしもあらず・・・という関係ではありましたが、それにしても大使召還というのは・・・といったところです。

【アメリカ・バイデン政権への同盟国軽視の不信感】
フランスがオーストラリアと契約していた次期潜水艦開発計画は、金額的にも7兆円あまりという巨額のものでした。

****契約総額は7兆円余り「世紀の契約」とも****
(中略)この中でオーストラリアは、日本やインドと並んでインド太平洋地域の重要なパートナーと位置づけていて、その核となってきたのが、5年前に日本やドイツと競った末にオーストラリア政府から受注した12隻の潜水艦の共同開発計画です。

契約の総額は、追加の費用も含めて560億ユーロ、日本円で7兆円余りにのぼると見込まれ、フランスでは「世紀の契約」とも言われてきました。

それだけに、開発計画が破棄されることは、フランス政府にとって大きなショックで、みずから前政権の国防相時代に契約を取り付けたルドリアン外相は16日「背中を刺されたようなものだ」とオーストラリア政府を厳しく批判したうえで、バイデン政権に対しても「一方的で予測できない決定はトランプ前大統領がやっていたことに似ている」と不快感をあらわにしていました。(後略)【9月20日 NHK】
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フランスが金額以上に問題としているのは、アフガニスタンから撤退もそうだったように、トランプ前政権に引き続きアメリカ・バイデン政権も同盟関係を軽視して、アメリカの利益だけで動いている・・・・との不信感でしょう。

****フランスはアメリカに対する不信感が背景に****
フランスではこの問題について「潜水艦危機」として多くのメディアで連日大きく報道されていて「重大な信頼関係の破壊」とか「『世紀の契約』が魚雷攻撃を受けた」といった見出しが並び、アメリカの突然の発表による衝撃の大きさをうかがわせます。

フランス政府が強く反発する背景には、アメリカのバイデン政権が同盟関係を軽視しているのではないかという不信感があります。

フランスは、自国第一主義を掲げたトランプ前政権との間で貿易や気候変動などをめぐりぎくしゃくした関係が続いたことから、バイデン大統領の就任でアメリカとの関係回復に強く期待してきました。

ところが先月アフガニスタンでタリバンが政権を掌握した際には自国民などを確実に退避させるためフランスからはアメリカ軍の撤退期限を延期するよう求める声があがりましたが、バイデン政権は予定どおり先月末に軍の撤退を完了させました。【9月20日 NHK】
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アメリカは予想外のフランスの反発に、なんとかなだめようと躍起です。

****フランスが予想外の猛反発、潜水艦計画の破棄で米豪大使を召還****
(中略)豪州や米国にとっては、フランスの猛反発は予想外で、事前説明が不足していた可能性がある。米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のエミリー・ホーン報道官は17日の声明で「我々はフランスの立場を理解する。意見の違いを乗り越えるべく、今後も協議を続けていく」とした。
 
米国務省のネッド・プライス報道官も「フランスは最も歴史ある同盟国であり、我々は米仏関係に最大限の価値を置いている」と強調し、フランスの理解を得たい思いをにじませた。
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マクロン大統領とバイデン米大統領は近く電話協議を行うことになっているのは前出のとおり。

【豪首相は「うそはついていない」 確かに以前からある「契約破棄」の話】
モリソン豪首相は、フランスは契約破棄の準備に気づいていたはずだと主張しています。フランス政府に対し「率直で、隠し立てせず、正直」だったとも。

****豪首相、フランスにうそはついていないと反論 原潜開発契約の破棄めぐり****
(中略)モリソン首相は、この枠組みについてうそをついていたというフランスの批判に反発。フランスは契約破棄の準備に気づいていたはずだと述べた。

モリソン首相は、フランスの落胆は理解できると発言。その上で、オーストラリアの立場は常に明確にしてきたと述べた。

また、フランス政府は「我々が抱える深刻で根深い懸念について、あらかじめ知っていたはずだ」と強調した。
「究極的には、これはオーストラリアの納税者に大きな負担を強いる中で、進水の暁には必要な業務をこなす潜水艦をどこで建造するのかという決定、最高の情報と防衛に関する助言に基づいた戦略的判断についての決定だ」(後略)【9月20日 BBC】
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フランスの契約がうまく進んでおらず、オーストラリア側から「契約破棄」という言葉が出ていたのは事実です。

****モリソン豪首相、潜水艦納期守れとフランスに警告****
日独仏入札競争で勝った仏の工期が延び延びに

(中略)フランスでは、モリソン豪首相は、オーストラリア海軍の次期潜水艦隊を建造中の仏企業に向けて、「今後2年間の設計作業計画を2021年9月の締め切りまでに提出しなければならない」と警告した。
また、マクロン仏大統領も、「政府としても契約を守らせる」と確約した。

現コリンズ級潜水艦の後継となる潜水艦隊の建造については、日本、ドイツ、フランスが入札競争し、日本の特殊鉄鋼技術が評価されていたが、特許技術共有などの問題が言われていた。

2016年、フランス国営の海軍艦船建造企業、DCNSが豪政府との「アタック級」潜水艦12隻の建造契約を獲得した。しかし、当初からいくつかの問題が起きており、報道では何度か契約破棄もほのめかされていた。

マクロン仏大統領との夕食会談でもモリソン豪首相は、オーストラリア側の不満を伝え、特に豪国防省がフランスとの契約を破棄し、他の国と契約することも検討し始めていることを伝えている。

モリソン首相は、「マクロン大統領とはこれまでも潜水艦建造契約についてオーストラリアの考えを伝えてきたが、まだまだ解決には遠いことを大統領に警告した」と語っている。

フランスのNaval Group社は、2021年2月に設計作業計画を豪政府に提出したが、豪国防省が、「経費がかかりすぎる」としてこの計画を却下、同社は新しい設計作業計画の提出締め切りを2021年9月まで延期された。

マクロン大統領は、「アタック級潜水艦隊建造計画は仏豪両国の協力関係と相互信頼の柱になるものだ」と語り、設計作業計画を急がせるよう確約した。

6月初め、連邦議会上院予算委員会の証人席に座ったグレッグ・モリアーティ国防省事務次官が、「フランスとの潜水艦建造契約が破綻した場合の代替案を用意しているのか」との質問に対して、「計画通りに進まない場合に代わりの案を用意するのが賢明で慎重な態度だと考えている」と回答している。【2021年6月16日 日豪プレス】
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ただ、どの程度の「深刻さ」でフランス側に伝え、フランス側がどのように認識していたのかはわかりません。
計画が予定どおり進まないというのは、よくある話ですから。

【もともとは日本が契約すると見られていた計画】
もともと、このオーストラリアの次期潜水艦開発計画は、日本が受注するものと見られていたものをフランスが“かっさらった”契約です。(日本からすればの話ですが)

****日本製にすべきだった? 仏と破談の可能性も*****
(中略)インド太平洋地域では、中国をはじめ各国が潜水艦を運用している。そこで豪としてはもっとも強力な武器の一つであり、抑止力にもなる潜水艦で後れを取りたくないはずである。

結果的にフランスが受注したが、米海軍の元インド太平洋地域諜報員だったジェームス・ファネル氏は、中国の存在を考慮すれば、地域のパートナーであり太平洋で展開する日本の潜水艦を買うのがベストだったのではないかと話している(ABC)。
 
そもそも当初日本の受注は確実と言われていたが、日本製を強力に押していた当時のアボット首相の辞任でお流れとなった。

もし同首相が続投していたら、新しい潜水艦の納品は2020年代に行われ、日米豪3国間協力のなかでの日豪関係も強化されていたのではないかとストラテジストは述べている。

AFRによれば、豪政府がナーバル・グループとの契約をキャンセルすることを検討しているという話もあり、国際的なメガプロジェクトの今後の展開が注目される。【2021年1月27日 NewSphere】
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日本と契約していれば計画は順調に進んだのか、あるいは、今のフランス同様に、日本が切り捨てられることになったのか・・・そこらはわかりません。

【秘密外交の成果を誇るジョンソン英首相】
イギリス・ジョンソン首相は今回騒動に、「(イギリスの)フランスに対する愛が尽きることはない」とも。これもまたウソ臭い言い様です。

****英首相「フランスへの愛尽きない」 米英豪AUKUSめぐり****
英国のボリス・ジョンソン首相は19日、米英豪による新たな安全保障協力枠組み「オーカス」をめぐりフランスと亀裂が深まっているのを受け、英国の「フランスに対する愛が尽きることはない」と述べ、事態の沈静化を図った。
 
ジョンソン首相は米ニューヨークに向かう機内で記者団に対し、英国とフランスは「極めて友好的な関係」を築いていると強調した。
 
(中略)フランスのジャンイブ・ルドリアン外相は19日、英国は「役立たず」で、「常にご都合主義だ」と非難。また仏国防省の情報筋は同日、AFPに対し、今週行われる予定だったフロランス・パルリ国防相とベン・ウォレス英国防相との会談を中止したと明かした。
 
これに対しジョンソン首相は、AUKUSは排他的なものではなく、「特にわが友人フランスが心配するようなものではない」と述べた。 【9月20日 AFP】
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イギリスがフランスと「極めて友好的な関係」では“ない”ことは、EU離脱でも明らかですし、ナポレオン以来のものでしょう。
“ゴムボートでイギリスに渡る不法移民が急増、取り締まり巡り英仏対立も”【9月14日 Newsweek】

インド太平洋地域を中心にイギリスが世界との結びつきを強める戦略「グローバル・ブリテン」がEU離脱後のイギリスの方針です。今回AUKUSも密かにイギリスが主導した“成果”と誇示しています。

****EU離脱の英国、AUKUSを影で主導 成果誇示も仏とは嫌悪に***** 
米英豪による新たな安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」をめぐり、欧州連合(EU)を離脱した英国が独自外交で存在感を示せたと、成果を誇っている。半年前からひそかに計画を進めて米豪の橋渡しをするなど、AUKUS立ち上げに大きな役割を果たしたためだ。
 
英タイムズによると、今回の計画が動き出したのは今年3月。原子力潜水艦の所有をめざす豪海軍から、技術供与についての相談が英海軍トップに持ちかけられた。提案は首相や国防相ら英政権中枢の10人ほどで共有され、保秘のため「フックレス」というコードネームで呼ばれたという。
 
英国は6月に自国で開催した主要7カ国首脳会議(G7サミット)に、豪州のモリソン首相を招待。期間中にバイデン米大統領を交えた3者会談を開き、ひそかに計画の詳細を詰めた。

豪州がフランスと結んでいた7・2兆円規模の潜水艦建造計画を破棄することは、発表当日まで仏に漏れることはなかった。両国は8月30日にオンラインで外交・国防相会談を持ったものの、フランスはまったく気づかなかったという。
 
ジョンソン首相は発表後の今月16日、「『グローバル・ブリテンのインド太平洋への傾斜(関与拡大)』がどんな意味を持ち、英国にどんな貢献ができるかという疑問があるとすれば、今回の豪州と米国との協力関係が答えだ」と議会下院で誇った。
 
「グローバル・ブリテン」は英国がEU離脱後の外交基本方針に据えた考え方。インド太平洋地域を中心に英国が世界との結びつきを強める戦略だ。

EU離脱を主導したジョンソン氏にとって、英国だけでも外交成果を上げられると示す好機になった。原潜建造には英国からロールスロイス社などが参加する見通しで、AUKUSによる経済効果も期待されている。
 
ほぞをかむのがフランスだ。ルドリアン外相は18日、国営テレビに出演し「我々は英国がいつも日和見主義なのを知っている。(AUKUSの)余り物だ」と述べ、英国は米国に追従したに過ぎないと印象づけようとした。
 
フランスは米豪に駐在する大使を呼び戻すと決めたが、英国は対象にしていない。ルドリアン氏は、計画を主導したのは米国だからだと示唆したが、フランスが目指す欧州自前の防衛構想には英国の協力が不可欠。将来の関係をにらみ、英国との外交危機は避けざるを得ない事情もあるとみられる。(ロンドン=金成隆一、パリ=疋田多揚)
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このあたりの話からすれば、フランスの“聞いてない”“裏切り”“背中から刺された”といった反応もわかります。

【対中国で同じ土俵にすら立てていない英語圏同盟国と欧州諸国】
しかし、“フランスなど欧州諸国はアメリカを中心とする英語圏の同盟国と、同じ側に立たなくてはならない”との指摘も。 ずいぶん英語圏同盟国の立場のようですが・・・

****<解説>ジェイムズ・ランデール外交担当編集委員****
ぎこちない外交、高まる感情、スパイのような秘密主義……AUKUS騒ぎにはこのすべてが含まれている。

しかし、恥辱を受けたフランスの閣僚たちが声高な非難を口にする間にも、基本的な真実が浮かび上がっている。西側諸国は、中国にどう対応すべきか、決めかねているのだ。

アメリカはイギリスとオーストラリアと共に、この安全保障上の課題に立ち向かおうとしている。一方、一部の欧州諸国をはじめとする諸外国は、中国に対してそこまで好戦的ではなく、中国との経済協力と、中国政府との戦略的競争を、引き続き区別して別扱いしようとしている。

フランスは、オーストラリアによる契約破棄に加え、アメリカとイギリスからの信頼欠如に憤っている。
この事態にフランスの新聞各紙は、大使召還を超える報復措置について取りざたし始めており、北大西洋条約機構(NATO)関連の対応の声もあがっている。これを機についに欧州は、戦略的自治の拡大について合意する気になるかもしれないという、そうした憶測も出ている。

だが、真実はもっと単純だ。西側諸国がインド太平洋での利益を守りたければ、フランスをはじめとする欧州諸国は、アメリカを中心とする英語圏の同盟国と、同じ側に立たなくてはならない。だが現時点では、両者は同じ土俵にすら立てていない。【9月20日 BBC】
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新型コロナ  ワクチン接種証明、接種義務化をめぐる欧米各国・日本の状況

2021-09-19 23:24:10 | 疾病・保健衛生
(ブロードウェーの劇場に入場する前にワクチン接種カードなどを確認する様子=8月4日【9月14日 CNN】)

【ワクチン接種を前提にした「ウィズ・コロナ」の生活】
日本もようやくワクチン接種率が上がって、人口の半数を超えるレベルに。

****国民の50%超が2回接種完了 米国に並び、欧州猛追****
政府は13日、新型コロナウイルスワクチンの2回の接種を完了した人が人口の50.9%に達したとする集計結果を発表した。1回接種は63.0%で米国にほぼ並んだ。月末には2回接種完了が60%を超え、欧州並みになるとみている。

政府は希望者へのワクチン接種が完了する11月ごろをめどに行動制限の緩和を目指している。それまでに地域差を改善し、若者への接種率を上げることが、感染対策と経済を両立させる鍵となる。(後略)【9月13日 共同】
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ワクチン接種を前提にした「ウィズ・コロナ」の生活も見えてきますが、そのためには極力ワクチン接種率を高める、あるいは接種を義務化することも前提になりますので、各国で様々な取り組みが行われています。

****接種促進へ、欧米で強制措置 飲食や観戦、証明義務化****
新型コロナウイルスのデルタ株が猛威を振るう中、ワクチン接種促進のため投与歴の証明や接種そのものを義務化する強制措置が世界で広がっている。

イタリアは接種や陰性の証明書保持を全労働者に義務付けることを決定。フランスは飲食店利用時に証明書提示が必要で、医療関係者は接種が必須。

米国は一定規模の企業に接種義務を課す方針だ。日本も証明のデジタル化などを進める。ただ「未接種者への差別を助長する」との懸念も根強く、英国は証明書導入を断念した。
 
イタリアの措置は10月からで、人口約6千万人のうち公務員や民間の2300万人が対象になり違反者は停職処分になる。【9月19日 共同】
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【イタリア 欧州初の全労働者への接種義務化】
まず、「全労働者」にワクチン接種を義務化するイタリア。

****イタリア、労働者の接種義務化へ 10月15日から****
イタリア政府は16日、新型コロナウイルスのワクチン接種や陰性の証明書保持を全ての労働者に義務づけることを決めた。10月15日から。

ワクチン接種を加速させるための措置といい、違反者は停職処分になる。同様の義務化は欧州で初めてとしている。
 
人口約6千万人のうち、公務員や民間企業などの従業員、自営業者ら全ての労働者計約2300万人が対象となる。スペランツァ保健相は記者会見で「職場をより安全な場所にし、ワクチンキャンペーンを強化するのが目的だ」と述べた。
 
イタリアでは既に学校の教職員や大学生が接種や陰性証明書の保持を義務づけられている。【9月17日 共同】
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****伊、全労働者にコロナワクチン接種証明の提示を義務付け 欧州初****
(中略)ロイターが入手した草案によると、有効な証明書を提示できなかった者は無給の停職処分となるが、解雇はされない。違反者には600─1500ユーロ(705─1175ドル)の罰金が科せられる。

他の欧州諸国でも医療従事者にワクチン接種を義務付けた例はあるが、全労働者にグリーンパスの提示を義務付けるのはイタリアが初めて。【9月17日 ロイター】
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無給の停職処分と言われると、さすがに、かけこみ接種が急増しているとか。
“イタリアのワクチン予約が急増、全労働者への接種証明義務化で”【9月18日 ロイター】

なお、イタリアの9月18日時点でのワクチン接種完了者は65.5%、少なくとも1回接種した者は73.3%となっています。【Our World in Dataより】

【フランス 未接種の医療従事者3千人を停職処分】
フランスではワクチン接種または検査の陰性を証明する「ヘルスパス」を提示しなければ、飲食店に入店したり、長距列車に乗車することができません。また約270万人の医療従事者などが9月15日までにワクチンを接種しなかった場合、解雇または無給の停職処分となります。

このあたりの話、および反対する抗議運動については、9月13日ブログ“フランス 「自由の国」での衛生パス反対騒動 ウィズ・コロナの日々における「最適解」は?”でも取り上げました。

****フランスが賭けに出た「ワクチンパス」、義務付けの効果は****
米国のバイデン大統領が発表した新型コロナウイルスワクチンの義務付けに対し、国民の多くが効果に疑問を投げかけている。一方、フランスでは、マクロン大統領が打って出た賭けが功を奏しつつある。

フランスでは供給問題などに足を取られて接種開始が遅れたが、春には態勢が整い、5月までに人口の30%に当たる2000万人に1回目の接種を受けさせるという目標を達成した。

しかし7月になると接種率が頭打ちになって症例数が急増。マクロン大統領は、日常生活の大部分にワクチン接種を義務付けると発表した。

8月1日現在、同国ではワクチン接種または検査の陰性を証明する「ヘルスパス」を提示しなければ、飲食店に入店したり、長距列車に乗車することができない。約270万人の医療従事者などが9月15日までにワクチンを接種しなかった場合、解雇または無給の停職処分となる。

個人の自由を尊重し、政府を信頼しない文化が浸透している国フランス。それがワクチンに対する抵抗の形で顕在化するリスクは、マクロン大統領も計算済みだった。

2019年に実施されたウェルカム・グローバル・モニターの意識調査では、フランス人の3人に1人がワクチンの安全性に異議を唱え、調査対象の144カ国の中で最も多かった。

20年12月にフランスの世論調査機関らが実施した世論調査でも、フランス国民の約60%が、新型コロナのワクチン接種が受けられるようになったとしても、自分は接種しないと回答した。

議会に法案が提出されるとヘルスパスに反対する抗議デモが毎週展開されるようになり、7月31日にはフランス全土で20万人超が参加。ヘルスパスや自由の制限に反対する人、ワクチン接種をためらう人などが加わった。

一方でヘルスパスを支持する国民も多く、フランス保健省によると、この日は53万2000人が接種を受けた。

ワクチン接種の予約はマクロン大統領が7月12日に演説を行った直後から急増し、予約サイト経由で受け付けた予約は24時間で100万件に上った。

ワクチン接種率の増加や、コロナパスに関連した検査数の急増、デルタ変異株が猛威を振るう地域でのマスク着用義務付けなどが奏功してフランスは、欧州や米国を覆った感染拡大の第4波をほぼ免れることができた。

ヘルスパスが導入されてから1カ月たった時点で、保健機関の統計によれば、夏にかけて増えていた病院や集中治療室(ICU)の入院患者数は、全般的に減少した。このまま減少傾向が続くかどうかはまだ見極めている段階だが、専門家の多くは慎重ながらも楽観的な見方を示している。

フランスのワクチン接種率は世界の中でも高い水準にあり、アワ・ワールド・イン・データの統計によると、フランス国民の73%が少なくとも1回の接種を済ませている。

8月30日現在、ヘルスパス法の対象となる接客業などの従業員や利用客は、入場の際にヘルスパスの提示を求められる。フランスで180万人近い労働者がこの対象となる。(後略)【9月16日 CNN】
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フランスの9月15日時点でのワクチン接種完了者は64.2%、少なくとも1回接種した者は74.1%となっています。【Our World in Dataより】

「自由」が尊重される国、ワクチンへの抵抗感が強い国だけに、「強気」の姿勢でリードしないと接種率が頭打ちになる・・・というところでしょうが、もともと少々の抵抗にはひるまない「強気」が特徴のマクロン大統領、今回も「剛腕」をふるっているようです。

****フランスの医療従事者3千人、ワクチン打たず停職処分****
フランスの医療従事者数3000人が、政府が義務付けた新型コロナウイルスのワクチン接種を受けなかったという理由で停職処分となった。オリビエ・ベラン保健相が16日、フランスのラジオ局RTLに明らかにした。

同国の医療従事者は政府が7月に発表した措置に従って、今月15日までに接種を受けることが義務付けられていた。

南部の都市ニースの大学病院はCNNの取材に対し、スタッフ320人が15日付で停職処分となり、さらに100人について状況確認を行っていると説明した。

この方針をめぐって医療従事者十数人が辞表を提出したが、それに伴う混乱は一切起きていないとベラン保健相は強調している。(中略)

停職処分となった医療従事者はサポートスタッフが大半を占めるとベラン保健相は説明。「停職処分の大多数は一時的な措置にすぎない」と述べ、「多くは義務付けが現実だと認識してワクチンを受ける気になった」としている。(中略)

保健機関の統計によると、新型コロナウイルスの7日間の症例は16日、10万人あたりの陽性者が7月18日以来初めて100人を下回った。【9月17日 CNN】
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このような「停職処分」で医療に支障はでないのか?という点については下記のようにも。

****仏医療従事者3千人、ワクチン未接種で無給停職処分****
(中略)一方で、国内の医療従事者は270万人いることから、「医療の継続は保証される」と明言した。
 
ただし、各病院が明らかにしたデータに基づくと、実際の停職処分者数は3000人よりも多い可能性がある。AFPの集計では、停職処分を受けた職員の数は十数か所の病院のみで1500人近くに上っている。(中略)

それでも多くの医療従事者が、安全性や有効性をめぐる懸念を理由に依然接種に応じておらず、職員を処分せざるを得ない施設での業務に支障が出る恐れが生じている。(後略)【9月17日 AFP】
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このあたりの「強引さ」がマクロン大統領の「持ち味」でもあり、「傲慢」「独善的」と批判を受ける所以でもあります。

【アメリカ NY市でテキサスからの旅行者が起こした「分断」を象徴する事件】
アメリカ・バイデン政権の100人超の従業員を抱える企業に対し、従業員に新型コロナウイルスのワクチン接種か、毎週の感染検査を受けさせることを義務化する、また、すべての連邦職員にワクチン接種を義務付ける方針については、9月11日ブログ”アメリカ 感染再拡大で「分断」の最前線となる学校マスク着用、ワクチン接種義務化”で取り上げました。

アメリカの9月18日時点でのワクチン接種完了者は55.2%、少なくとも1回接種した者は64.4%となっています。【Our World in Dataより】

深刻な「分断」によってマスク着用・ワクチン接種が政治問題化しているアメリカでは、接種率が頭打ち状態になっており、欧州から遅れて“日本並み”にもなっていますので、バイデン大統領としては“焦り”もあるようです。

一方、ニューヨーク市では、9月13日から屋内での飲食などにワクチン接種証明書の提示が義務化されていますが、混乱も。

****ワクチン接種証明書を求めたNYのレストラン店員に、3人の旅行客が殴りかかる****
屋内での飲食などに、ワクチン接種証明書の提示が義務化されたニューヨーク市で9月17日、提示を求められた客が店員に暴力を振るう事件が起きた。

ニューヨーク市では9月13日から、屋内の飲食店やスポーツジム、映画館などに対して、利用客にワクチン接種の証明書の提示を求めることが義務づけられた。違反した場合は、1000〜5000ドル(約11万〜55万円)の罰金が科せられる。

被害に遭ったのは、マンハッタンのアッパーウエストサイドにあるイタリアンレストラン「カーマインズ」の店員で、テキサス州からニューヨーク市を訪れていた3人の旅行客に殴打された。

警察によると、店員は拳で何度も殴られて顔、胸や腕を怪我したほか、ネックレスが壊れた。
現地で撮影された動画には、逃れようとする店員に客がつかみかかり、殴りかかろうとする様子が映っている。

容疑者は3人は、暴行などの容疑で起訴された。(後略)【9月18日 HUFFPOST】
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この殴りかかった「旅行者」というのが、新型コロナ対策・中絶問題・銃規制などでバイデン政権の方針との対立を強めている共和党知事のテキサス州からの旅行者だったというのが、「分断」の印象を強める出来事でした。

【イギリス 日本とは真逆の理由でワクチンパスポート提示義務化を見送る】
イギリス・ジョソン政権は、イベント会場などでワクチンパスポート提示を義務付ける方針でしたが、見送ることに。その理由が日本と好対照です。

****英・「提示義務」見送りの背景は 日本も検討「ワクチンパスポート」****
日本で導入が検討されているワクチンパスポートについて、イギリス政府はイベント会場などで提示を義務付ける方針だったが、見送ることを決めた。(中略)

イギリスでは、ワクチンを接種すれば、携帯アプリを通じて簡単な操作で、誰でもワクチンパスポートを提示することができる。

政府は当初、ナイトクラブや大規模イベント会場で、ワクチンパスポートの提示を9月中に義務化する方針だった。
しかし、16歳以上で2回の接種を終えた人の数が80%を超え、死亡者数が11万2,000人以上、感染者数も2,400万人以上減らすことができたとして、政府は現時点での義務化は見送ると14日に発表した。

7月に外出規制を撤廃、経済がようやく動き始めた中で、ワクチンパスポートは経済活動へのブレーキになるとの懸念から、人びとの行動の自由を優先させた形。

ただ、これまでに200以上のイベント会場で、主催者が自主的にワクチンパスの提示を求めるなど、政府の指示がなくても民間で活用される例も多い印象。

「コロナとの共生」を選択したジョンソン首相は、「状況が悪化すれば再び義務化を検討する」としている。
ワクチンパスポートを経済活動再開のアクセルとしたい日本とは好対照なイギリスでは、複雑なかじ取りが続く。【9月16日 FNNプライムオンライン】
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イギリスの9月17日時点でのワクチン接種完了者は66.6%、少なくとも1回接種した者は72.8%となっています。【Our World in Dataより】

「ウィズ・コロナ」のもと、個人の自己責任ですでに市民生活が戻り、経済も復調しているイギリスでは、「ワクチンパスポート」導入がその足を引っ張ることになるのを懸念して「象入見送り」

一方、「自粛社会」日本では、「ワクチンパスポート」導入によって、市民生活を取り戻し、経済を回復させるきっかけに・・・という発想。全く逆です。

「専門家」と称する人種も、TVなどのメディアも、「まだ危険」「ここで気を緩めたらダメ」「次の感染拡大に備えて」と悲観的なこと、ネガティブなことしか言わない「安心・安全教」の日本ならではの現象は、「日本の常識、世界の非常識」でもあります。

【日本 観光業界などでは、ワクチン接種証明を活用したサービスも拡大】
その日本では、希望者にワクチンが行き渡る11月以降でしょうか、接種や検査などを条件に飲食店やイベントの制限を緩める政府方針が検討されていますが、例によって「早すぎる」との批判がザクザク。

一方、民間レベルでは、(日本らしく、差別にならないようにとの配慮に悩みながらも)ワクチン接種証明を活用したサービスが広がりつつあります。

****接種済み、優遇サービス続々****
厳しい状況が続く観光業界では、ワクチン接種証明を活用したサービスが広がりつつある。
 
羽田発の航空便の国内旅行などを手がけるビッグホリデー(東京都)は7月から、旅行代金から1人あたり5千円を割り引く「ワクチン接種割引ツアー」の発売を始めた。
 
今月に入り、政府が段階的な行動制限の緩和方針を示したのを機に、予約は導入時の約1・5倍に増加。接種を終えた高齢者層の利用を想定したが、若い世代からの問い合わせも増えてきた。担当者は「今後、もっと旅行者が増えるという手応えを感じる」と話す。
 
「ワクチンを打った人だけのツアーがあれば安心できる」。こうした客の声を受け、ツアー旅行のクラブツーリズム(同)は、2回接種した人だけが参加できるツアーの販売を8月に始めた。
 
ツアーの出発はワクチンがより広く行き渡る10月末以降で、接種証明書のコピーなどで接種歴を確認する。接種済みでも感染の恐れはあるため、マスク着用など感染対策は通常のツアーと同様にする。「未接種者への差別にならないよう配慮した」(同社広報)といい、価格は通常のツアーと同じ設定にしたという。(中略)
 
リーガロイヤルホテル東京は、2回のワクチン接種を終えた利用客を対象に、一部の朝食付き宿泊プランでネット予約の価格を15%割り引く。
 
このプランの販売を始めた6月は予約がゼロだったが、次第に増え、8月には77件の予約があった。9月中旬で既に8月を上回る勢いで、担当者は「ワクチン促進の一助になればと思っている。若い方などまだ打てない人もいるので、来春まで実施する」と話す。【9月19日 朝日】
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アフガニスタン  「外に出るのは男のすることだ」「女性がクリケットをプレーする必要はない」

2021-09-18 23:03:26 | アフガン・パキスタン
(女性問題省の建物の看板が、かつて女性抑圧の象徴だった、勧善懲悪省の看板に差し替えられた【9月18日 日テレNEWS24】)

【「外に出るのは男のすることだ」】
今日もアフガニスタン・タリバンの話。
悪い冗談、もしくは女性の権利保護を求める欧米からの圧力には屈しないというタリバンの意思表示でしょうか。

****女性問題省が勧善懲悪省に タリバン、抑圧懸念強まる****
アフガニスタンで暫定政権を樹立したイスラム主義組織タリバンは17日、首都カブールにある女性問題省の建物表示を勧善懲悪省に置き換えた。

タリバン旧政権時代、同省は宗教警察の役割を担い、恐怖政治の象徴だった。極端なイスラム原理主義に基づく人権抑圧の懸念が強まっている。

一方、教育省は17日、男子生徒に対する学校の授業を18日に再開すると発表した。女子生徒への言及はない。

高等教育省は女性が教育を受ける権利を保障すると強調したが、授業は男女別々にし、女性に髪を隠す「ヘジャブ」の着用を義務付ける方針を示していた。【9月18日 共同】
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女性の権利を保護する省庁だった女性問題省の看板が、旧政権時代に女性抑圧の象徴だった勧善懲悪省の看板に差し替えられる・・・タリバン支配を許すということがどういうことなのかを如実に示す出来事です。

“女性問題省の職員だった女性たちは、タリバンに閉め出されたとして「私たちは、この省を誰にも渡さない」などと抗議の声を上げていました。”【9月18日 日テレNEWS24】

多くの男性がタリバンの暴力の前に沈黙するなかで、女性の教育や就労の権利を訴えて女性達のデモが世界の注目を集めましたが、タリバン兵士がムチをふるうなど、厳しい現実があります。

****「私たちは声をあげ続ける」デモを続けたアフガン女性達の“その後”****
20年前に逆戻りしたような驚愕の光景
アフガニスタンの首都・カブールで女性の教育や就労の権利を訴えていた女性達のデモ。そこに武装勢力タリバンの戦闘員があらわれ、参加者の女性を次々と鞭で強くたたき付け、暴力的にデモを阻止する−そんなショッキングな映像が捉えられた。

2021年8月15日にタリバンがカブールを陥落させ、政権を掌握してから1カ月あまり。20年前のかつての政権で女性の権利を著しく制限した当時に逆戻りしたかのような光景が再び出現したのだ。

タリバン側は女性の高等教育は保障するものの、女子学生は「ヒジャブ」と呼ばれるスカーフの着用を義務づけると発表、学校や職場は男女別々にする動きも広がっている。街では女性の姿が大幅に減少し、国営テレビの女性キャスターは男性に代わった。

一方、かつてのタリバン統治下では決して見ることのなかったある光景に世界が注目した。女性達による抗議デモだ。

女性達の多くは顔を隠さず、タリバンの戦闘員達の目の前で声をあげ続けた。多くは高等教育を受けた女性達で、首都カブールに住み国内では経済的に恵まれている。貧困や就学率が長年課題となっているこの国で、彼女たちは恵まれた立場を失うリスクを冒し行動した。

タリバンはかつて極端なイスラム法の解釈から女性の教育や就業を禁じ、さらには残虐な刑を科した。
現在は旧政権時代とは違いイスラム法の範囲内で女性の権利を守ると主張しているが、国際水準で人権を守るとは考えにくくデモを行うリスクが極めて高いことは想像に難くない。

彼女達はなぜそれでも声をあげたのか。FNNはデモ主催者の一人である27歳のアテファ・モハマディさんに話を聞いた。モハマディさんは、タリバンによる抑圧により、今後デモを続けることが困難な状況であるとしながらも、「声をあげ続ける」と強調した。以下、その証言を詳報する。

“生きて帰れないかもしれない”と思った
アテファ・モハマディさん:デモをするたびタリバンは阻止しようとしてきます。拳銃を見せつけながら迫ってくるんです。それでも私たちは「世界に自分たちの声を届けよう」とデモを続けました。

ある日のデモには国内や海外から報道陣が来ていました。私たちは彼らの前を行進していたのですが、戦闘員は記者を逮捕しました。私たちが撮影した映像も削除させられました。

さらに戦闘員は私たちを取り囲み、威嚇射撃を繰り返しました。私はこのとき“生きて帰れないかもしれない”と思った。

その後、無理やり地下に連れて行かれ、地べたに座らされました。戦闘員は私に銃をつきつけ「動けば撃つ」と言い、逆さに持った銃で私の肩や背中、頭を殴ったんです。私は「女性たちもイスラム教徒。なぜ同胞に手を上げることができるのか」と言いました。声をあげるのは私たちの権利です。

アテファ・モハマディさん:戦闘員は自らを指でさしながら「なぜ女が家の外に出るんだ」「外に出るのは男のすることだ」と言いました。

私たちを指さして「誰が外に出るよう指示した?」とも。彼らは、私たちに自由があるとは考えていません。私たちはこの日、とてもデモを続けることはできませんでした。そ

れでもカブール以外の、例えば、タホール州、バダクション州、カピショーン州、バルワン州では最後までデモを続けています。

独裁による不当な人権侵害は許せない
アテファ・モハマディさん:アフガニスタンの人々には決断する力があります。アフガン女性のなかには、この20年間教育を受けるために奮闘した人々がいます。女性にはこれまで社会を作るという大きな役割があったから。

でもタリバンは女性の自由、教育や就労を否定しています。暫定政権の閣僚に女性は1人もいません。

私たちは世界に声を届けるために努力します。デモをすれば注目を集め弾圧される。デモ以外の選択肢は、様々な方法で自分たちの声を伝えることです。女性の権利が認められるまで、私たちは声をあげ続けます。独裁による不当な人権侵害は許せない。

モハマディさんは取材後「私たちはデモ以外の手段を考えなきゃいけない。メディアの取材に応じたり、国外の人たちとのコミュニケーションチャンネルを作ったり、デモができなくてもそういう方法で声を上げていきたい」とメッセージを寄せた。

「声を上げ続ける」女性達の動きはSNS上にも広がっている。
アフガニスタン・アメリカン大学の元教員バハル・ジャラリ氏は、真っ黒なドレスとベールを身にまとった女性の写真を引用ツイートし、「アフガニスタンの歴史の中で、このような服装をした女性はいませんでした。私がアフガンの伝統的なドレスを着た写真を投稿したのは、情報を提供し、教育を行い、タリバンが広めている誤った情報を払拭するためです」と投稿。【9月17日 FNNプライムオンライン】
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「なぜ女が家の外に出るんだ」「外に出るのは男のすることだ」・・・タリバンの考えをシンプルに示すものですが、抵抗する女性たちが直面する壁は、それが単にタリバンの考えであるというだけでなく、おそらくタリバン以外の多くの一般男性もこの点ではタリバンに本音では共感するものがあるのでは・・・という「現実」です。

上記記事最後に取り上げているバハル・ジャラリ氏のSNSについては下記のとおり。

****アフガン出身の女性たち、カラフルな民族衣装でタリバンに抗議****

アフガニスタン出身の女性たちがカラフルな民族衣装をまとった姿をSNSに投稿して、イスラム主義勢力タリバンに抗議している/From Twitter

アフガニスタンで実権を握ったイスラム主義勢力タリバンが女子学生らに黒スカーフの着用を義務付けたことに抗議して、世界各地にいるアフガン出身の女性らが色鮮やかな民族衣装をまとい、その画像を次々とツイッターに投稿している。

タリバンはシャリア(イスラム法)の厳格な解釈に基づき、大学などでイスラム教徒の女性が頭を覆うスカーフ「ヒジャブ」の着用を義務付けた。11日に拡散した写真には、首都カブール大学にある公立大学の講堂で、全身を黒い衣服で覆った女子学生の集団がタリバンの旗を振る場面が写っていた。

大学内の集会で黒い衣服を身につけてタリバンの旗を振る女子学生=11日、アフガニスタン首都カブール/AAMIR QURESHI/AFP/Getty Images

民族衣装姿の投稿を始めたのは、アフガニスタン・アメリカン大学の元教員、バハル・ジャラリさんとされる。ツイッター上で黒装束の女性の写真を引用し、「アフガンの歴史上、女性がこんな服装だったことはない」と主張。タリバンが広める誤った情報を打ち消すためとして、自身の民族衣装姿を披露した。(後略)【9月14日 CNN】
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大学集会の画像、黒一色で、いったい何が写っているかもわかりづらい不気味な画像です。

もっとも、上記のような「抵抗」を示せるのは国外に居住するアフガニスタン人であり、国内でタリバンの暴力に直面する女性たちには難しいことではあります。

【「女性がクリケットをプレーする必要はない」】
「なぜ女が家の外に出るんだ」「外に出るのは男のすることだ」と同様に、「女性がクリケットをプレーする必要はない」というのもタリバン思考です。

****タリバン暫定政権が女性権利制限 大学でスカーフ義務、クリケット禁止****
アフガニスタンで暫定政権を立ち上げたイスラム原理主義勢力タリバンが、女性の権利を制限する動きを強めている。

大学では髪を隠すスカーフ着用が義務化され、スポーツ参加も大幅に規制される見通しだ。

タリバン幹部は女性の権利保証を約束したが反故(ほご)にした形で、極端なイスラム法解釈を背景にした抑圧が再来する可能性が高い。

暫定政権のアブドル・バキ・ハッカニ高等教育相代行は12日、女性も大学に通えるとする一方、女子学生には頭を覆うスカーフ「ヒジャブ」着用が義務付けられ、男女共学は禁止されると明らかにした。ハッカニ氏は「国民はイスラム教徒であり、それを受け入れるだろう」と述べた。

教員も異性に対して教えることは基本的に認められない。ハッカニ氏は女性教員がいない場合、「男性教員が(姿を見せずに)カーテンの後ろから教えることもできる」と説明した。具体的な科目名は明らかにしていないが、イスラム法の内容にそぐわない一部の科目を高等教育のカリキュラムから削除する考えも示した。

また、タリバン文化担当のワシク幹部は8日、オーストラリアメディアとのインタビューで、アフガンで人気が高いクリケットについて「顔や体が隠されない状態になる可能性がある。イスラム教は女性がそのようになることを認めていない」として、競技参加を禁じる意向を示した。「女性がクリケットをプレーする必要はない」とも述べた。

タリバンは8月15日の首都カブール制圧後、「女性は働けるし、教育も受けられる。社会に必要な存在だ」と明言してきた。

だが、今月7日に発表された暫定政権の閣僚33人に女性は含まれておらず、暫定政権では旧タリバン政権(1996〜2001年)で女性の権利弾圧を主導した勧善懲悪省を復活させた。

国連のバチェレ人権高等弁務官は13日、「タリバンが女性の権利を守るという保証とは裏腹に、女性はどんどん公の場から排除されている」と懸念を表明した。【9月13日 産経】
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クリケットなどのスポーツ、多くの活動は、男性であれ、女性であれ、“やりたいからやる”のであって、“必要”の問題ではない・・・その基本的なところがタリバンには理解できないようです。

“必要”云々の発想で行くと、女性が必要とされるの家庭を守り、夫に仕え、子供を育てること・・・・という話になるのでしょう。(日本の保守的な男性も、一部女性を含めて、本音で共感される人も多いのでは)

****アフガンのサッカー女子ユース選手ら81人、パキスタンに脱出****
アフガニスタンのサッカー女子ユース代表チームが、国境を越えてパキスタンに入国した。16日にはさらに30人ほどの関係者が到着する予定だという。
チームのメンバーたちはこの1カ月、女性の権利を弾圧するタリバンを恐れ、身を隠してきた。

成人女子の代表チームは先月、カブールから空路で出国した。一方、女子ユース代表チームは、パスポートなどの書類がないため、移動できずにいると伝えられていた。
しかし、選手32人とその家族らは、慈善団体「Football for Peace(平和のためのサッカー)」がパキスタン側に働きかけた結果、査証(ビザ)の発給を受けたという。

パキスタンから他国に
パキスタン・サッカー連盟の関係者によると、一行は全員で81人。同国東部ラホール市にある同連盟本部に収容される見通しだという。他に34人が16日に到着予定だとした。
選手たちは、他国に亡命申請するまで30日間、厳重な警備の下でパキスタンにとどまるという。(中略)

選手たちは、1カ月前にタリバンが首都カブールを制圧した後、女子代表チームの元キャプテンのカリダ・ポパル氏から連絡を受けた。すべての写真をソーシャルメディアから削除し、道具を焼き捨てるよう指示された。新たな政権から身を守るためだと言われた。(中略)

タリバンが以前政権を握っていた1996〜2001年には、女性のスポーツ参加が禁止された。
今回、タリバンが再び権力を掌握してからは、スポーツや文化の分野の著名な女性らが、弾圧を恐れて国外に逃れる動きが続いている。人気歌手アリアナ・サイード氏と、映画監督サハラ・カリミ氏は先月、国外に避難した。【9月16日 BBC】
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【「男女が一緒に働けないことは明白だ」】
仕事やスポーツ以前の問題で、旧タリバン政権下では、女性は男性親族の同伴がなければ一人で外出することさえできませんでした。夫と死別した女性は、生活していくことさえ難しい時代でした。

****タリバン支配下のアフガン女性たち*****
アフガニスタンでイスラム主義勢力タリバンが首都カブールを制圧してから1か月たち、注目されているのが「女性の権利」だ。旧タリバン政権下でその権利を大きく制限されてきた女性たちの間では、手に入れた自由がまた制限されてしまうのではないかと不安が広がっている。アフガン女性たちに現状を聞いた。(中略)

■旧タリバン政権下で権利を制限されてきた女性たち
1996年から2001年まで続いた旧タリバン政権下では、女性の権利は大きく制限されていた。

例えば…
・頭の先からつま先まで全身を覆うブルカの着用義務  ・学校教育、就労の禁止  ・外出は男性親族の同伴が必要などの制約があった。

それが2001年、アメリカ同時多発テロをきっかけに、アメリカがアフガンを攻撃。旧タリバン政権が崩壊したことで、女性たちはそれまでの抑圧から解放された。

女性YouTuberたちが登場し、日常生活の様子を動画で配信。おしゃれをして街を歩き、その様子を積極的に発信するなど、タリバン政権下とは打って変わって女性たちが輝いているように見えた。

しかし、今回タリバンの支配が復活したことで、せっかく手に入れた自由がまた制限されてしまうのではないかという不安が女性たちの間で広がっている。(中略)

タリバンの復権以降、女性たちはどんな思いで過ごしているのか、アフガン女性2人に話を聞いた。

以前NGOで働いていて現在はパキスタンに避難している30代の女性――「タリバンから女性は働くことができないと言われ、新しい方針が決まるまでは家にいるよう言われた」「以前は、人と集まることも仕事もピクニックなども自由にできていたのに、今はそのすべてが奪われた」

日本に留学経験があり、現地の国際機関に勤めていた20代の女性――「出勤しても、オフィスは閉鎖され、タリバンの戦闘員に追い返され、いまだ出社できない状態」「外国人と仕事をしていたことが分かると危害を加えられる恐れがあることから、自宅の書類をすべて燃やした」「銀行にお金をおろしに行ったときには銃で武装したタリバン兵がいて、彼らの意に沿わない行動をしたら死につながってしまうだろう」

と不安の中で生活している。20年ぶりに復権したタリバンは国際社会の目を意識して、表向きは女性の権利を保障すると主張している。しかし、女性たちの話や今実際に起きていることを見ていると、女性の権利がどこまで守られるのかは不透明で、今後、国際社会が注視していく必要がある。【9月15日 日テレNEWS24】
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タリバンの幹部ワヒードラ・ハシミ氏は「シャリアは男女が一つ屋根の下で集まることは許していない」とし、「男女が一緒に働けないことは明白だ」と語ったとも。【9月14日 ロイターより】

中国の習近平国家主席は17日、いかなる場合においても他国の内政問題に干渉するようなことはあってはならないと強調していますが、基本的人権を踏みにじる統治に「それは違う」と声をあげるのは隣人としての当然の責務であると考えます。

問題は、どうやってタリバンに行動を変えさせるかです。単に「説教」しても聞く耳はもたないでしょう。

ひとつは凍結されている海外資産を人質にとった圧力ですが、もうひとつは、パキスタンなどタリバンに影響力を持つ国に対して(表立っては「自分たちはタリバンとは関係ない」と言うだけでしょうから)水面下で強い圧力をかけて、タリバンに対する影響力を行使させることでしょう。

****タリバンが女性の権利確約 国連高官「履行が重要」*****
アフガニスタンの人道支援に当たる国連人道問題調整室(OCHA)のグリフィス室長(事務次長)は14日、共同通信の単独インタビューに応じた。イスラム主義組織タリバン指導部と今月会談した際、タリバン側が女性の権利尊重や人道支援の安全を確約したと明らかにし、「実際に履行されるかどうかが重要」であり、国際社会が注視する必要があると述べた。
 
OCHAは人道支援面での国際的な調整を担っており、タリバン指導部が示した今回の見解は国際社会と一定の協調を進めていきたい意思の表れといえる。
 
会談は5日、人道危機が懸念されるアフガンの首都カブールで行われた。【9月15日 共同】
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中国  不動産大手「恒大」の経営難を習近平政権は救済するのか? 「文革」の“生贄”とするのか?

2021-09-17 22:08:28 | 中国
(中国恒大グループ本社(左)と中国恒大グループ本社前で座り込む女性(右)(GETTY IMAGES)【9月17日 HUFFPOST】)

【放漫経営が招いた不動産大手「中国恒大グループ」の苦境】
中国不動産市場の「バブル」状態の危うさはかねてより指摘されていた問題ですが、中国広東省深セン市にある不動産大手「中国恒大グループ」の経営が行き詰っていることで、いよいよバブルがはじけるのでは・・・とも言われています。

「中国恒大グループ」は中国の不動産バブルに乗り、積極的な投資攻勢で成長。海外の有力選手も所属したプロサッカーチーム「広州恒大」など手広く事業を拡大しましたが、日本円にして9兆円を超える有利子負債を抱え、経営難にあえでいます。【9月17日 HUFFPOSTより】

下記は、恒大の破綻は野放図な事業拡大によるもので、不動産市場への影響は限定的であり、“バブル崩壊”云々の問題ではないとする考えです。

従って、政府の救済策も“モラルハザード”を考えると、安易には実施されないだろうとも。

****「中国恒大」問題とは?9兆円超す有利子負債を抱える巨大企業、破綻したらどうなる【一から解説】****
(中略)
■投資攻勢で成長
恒大グループは1996年に中国・広州市で創業した不動産開発大手だ。

中国では日本と違い、土地はすべて国が所有することになっている。国は地方政府を通じて恒大のような開発業者などに土地の「使用権」を販売し、業者がマンションなどを建設。土地の使用権と建物の所有権をセットにして個人や企業へ売るのが一般的な流れだ。

地方政府にとってみれば、この使用権を売り払った収入が貴重な財源になっている。

恒大はいわゆる不動産バブルに乗り、銀行などから融資を受けて積極的な投資を続け、2020年には中国物件販売面積で第2位となった。

金の元手は銀行からの借り入れだけではない。資産運用商品である「理財商品」も販売した。「理財」とは中国語で資産運用を指し、中国恒大に金を貸す代わりに得た債権を金融商品化したものだ。

一般的には短期間で償還され利回りも高いものが多い(つまり、上手くいけば短期間で割りの良い儲けを得られる)とされるが、元本が保証されないものもある(大和証券)。

恒大は投資の対象を不動産事業以外にも広げる。電気自動車やヘルスケア、それに映画制作や日本のサッカーファンにも耳馴染みのある「広州恒大」などだ。創業者の許家印(きょ・かいん)氏はアメリカの経済誌Forbes(中国語版)の長者番付で中国トップに輝いたこともあった。

■銀行は不良債権抱えるが...
その恒大は今、負債に苦しんでいる。発表によれば、有利子負債(利子をつけて返すべき負債)は約5718億元(9.7兆円/21年6月末時点)まで膨らんでいる。

その理由はなぜか。過熱した不動産バブルが弾け価格が暴落したのかといえば、そうではない。
中国の不動産市場は活況だった。新型コロナ対策の一環として、政府が金融緩和(市場に出回る金を増やす効果がある)をすると、投資マネーが不動産市場に流れ込み、コロナ禍にあえぐ中国経済全体の成長を支えた。

一方で中国政府は「住宅は住むものであり、投機の対象ではない」というスローガンを掲げている。元は習近平国家主席の言葉だ。

そこで、不動産投資を抑制する政策を相次いで打ち出しているのだが、依然としてバブルは崩壊していない。政府が15日に公表した統計によると、今年1月から8月までに不動産投資に流れた金は、前の年と比べて10.9%増加。住宅価格自体も、伸び率こそ鈍化しているが上昇しているのだ。

「住宅はよく売れている状況です。政府の価格抑制策が悪い方向に影響したとか、バブル崩壊といった構図ではありません」中国経済に詳しい大和総研の齋藤尚登・主席研究員はそう指摘する。2015年12月から、中国の住宅価格の平均値は一度も下落していないという(70都市/対前年同月比)。

では、苦境の原因はどこにあるのか。
「恒大は電気自動車など幅広い事業に手を出しましたが、膨大な初期投資が必要でした。その資金を銀行やノンバンク、海外で社債を発行することで得たのですが、その後始末に困っているのが現状です。“野放図に事業を拡大させた巨大民営企業がデフォルトを起こしそう” それ以上でも以下でもないと思います」

デフォルトとは債務不履行のこと。利息をつけて返すべき金が払えなくなったり、遅れたりすることで、齋藤さんは「そうなる可能性は高い」と分析している。

今回の問題で注目されているのは、中国政府の対応だ。国内屈指の不動産大手が経営破綻などに追い込まれた場合、国内経済全体への影響が危惧される。政府として救済措置を取るかどうかは焦点の一つだ。

「安易には救わないと考えます。元はと言えば放漫経営が招いたものですし、経営方針の誤りからデフォルトが起きるということ自体はどこにでもあります。その度に政府が助け舟を出せばモラルハザード(危機意識が薄れること)になります。デフォルトをしたら投資家が責任を被るのは当然で、(政府に)損失補填を求めるのはおかしい。ハイリスク・ハイリターンなものに投資するということは、そういうことです」

しかし、仮に経営破綻などに至った場合、その影響は中国経済全体に広がることはないのだろうか。例えば恒大に金を貸し付けている銀行が多くの不良債権(約束通りの金が支払われず、価値が低下した債権)を抱え、影響が波及することはないのか。

「例えば銀行を見れば、2020年の中国銀行全体の純利益は1.9兆元です。対して恒大の有利子負債は5700億元で、この中には(銀行が貸主ではない)社債なども含まれます。銀行からすれば、純利益の数割かは吐き出すものの消化可能な数字です。金融システムに異常が出る(金融危機などに陥ること)とは思えません。銀行のウエイトが大きい上海総合株価指数の動きを見ても、マーケットは恐ろしい事態の予兆だとは捉えていません」

しかしその一方で、恒大1社だけの問題とも言えなさそうだ。例えば、不動産価格は下落リスクに晒される。また、負債率の高い他の不動産開発業者も資金調達がより難しくなる可能性もあるという。

「恒大は不動産を値下げして“投げ売り”していると聞きます。それが価格全体に波及することはあり得ます。しかし、大幅な下落が数年続く事態は避けるべきですが、中国では収入の増加よりも早いペースで住宅ローンの負担が上昇していますから、下がること自体は悪いとは言い切れません」

さらに海外の投資家らが保有する米ドル建ての債権についても「デフォルトリスクは高い一方で、過大に受け取る必要はありません。リーマン・ショックのような時代を変えてしまうようなイメージは全くありません」と指摘した。

恒大は13日の声明で破産や再編を「全くのデマ」と否定した一方で、「未曾有の危機にある」と認めた。今後は、負債を減らすために資産の売却などが加速する見込みだ。 【9月17日 HUFFPOST】
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“米国のヘッジファンドが恒大の債務を買い入れ、その他のポジションを手放す可能性があり、そうなればドミノ効果を生むことになるとしたほか、恒大の危機により外国人投資家の中国市場に対する興味が薄くなる可能性もある”【9月17日 レコードチャイナ】と、“ドミノ効果”を懸念する声もありますが、“経済的”な観点からが、その影響を限定的に見る向きが多いようにも思われます。

****中国・不動産大手危機、識者は 「中国経済の成長鈍化も」「日本企業への影響注視」****
(中略)国内大手証券の中国担当者によると、現時点では恒大集団1社の資金流動性の問題にとどまっているとみられている。会社側には売却できる資産もあるとされ、「直ちに経営が行き詰まるとは考えにくい」との見方がある。
 
「リーマン・ショック」のような世界的な経済危機につながることも市場では不安視されているが、この担当者は「過度に警戒する必要はない」と話す。中国政府が事態収拾のため、会社側と投資家との仲介をしようとしているという。(後略)【9月16日 朝日】
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【「脱虚向実」を重視する習近平政権が“荒治療”でのぞむ不安も】
個人的に関心が持たれるのは、“経済的影響”や“不動産バブルの行方”よりは、習近平版“文化大革命”とも取れるような国家・党による経済・文化・個人生活への統制・管理が強化される流れにあって、中国政府がこの急成長してきた巨大民間企業の苦境にどのように対応するのか? という点です。

下記は、かつての「大躍進政策」を彷彿とさせる習近平政権の無謀な「脱虚向実」路線からすれば、不動産産業は“最も望ましくない産業”であり、恒大の苦境に対しても、救済よりむしろ“荒治療”でのぞむ不安も・・・との懸念です。

****デフォルト危機の恒大集団、中国政府の対応に注目すべき理由****
中国の習近平指導部はこのところインターネット企業や営利目的の教育産業、不動産市場など広範な分野で締め付けを強めている。(中略)中国政府はなぜ経済の締め付けを強化しているのだろうか。

製造業が苦境で「脱虚向実」を再開
中国ウォッチャーの間では、中国政府が2017年に打ち出したスローガンに注目が集まっている。そのスローガンとは「脱虚向実」のことだ。「政策を通じて実体の伴わない業界を排除する」という意味である。

2017年当時の標的は不動産業界だった。中国政府は、資金が実物投資に回らずリスクの高い金融資産投資に投じられることを「脱実向虚(実体経済から脱し、非実体経済へと向かう)」と非難し、不動産バブルを抑制するための金融市場への規制強化を開始した。
 
(中略)実体経済の弱体化による産業の空洞化が失業問題の悪化と所得格差の拡大の元凶となる、との認識からだ。
 
その後、新型コロナウイルスのパンデミックで「脱虚向実」が唱えられることが少なくなったが、中国政府が「脱虚向実」を再開したのは製造業の苦境が念頭にある。
 
(中略)中国政府が製造業の今後に不安を抱いており、今回の「脱虚向実」は製造業の人件費を引き下げるために、重要ではないと判断する分野の労働力を製造業にシフトさせることが主な狙いだというわけだ。強権的な手法を用いて経営難に陥らせ、従業員を解雇せざるを得ない状況に追い込むという、いかにも中国共産党的な荒っぽいやり方だ。

望ましくない産業の労働力を製造業へ
1人当たりのGDPが上昇している中国ではサービス業が雇用の受け皿となっている。しかし政府のサービス業に対する姿勢は厳しい。
 
受験競争の激化で急成長した学習塾業界では1000万人もの人たちが働いていたが、中国政府の弾圧とも言える政策で壊滅的な打撃を被った。(中略)
 
コロナ禍の影響で急拡大したフードデリバリー業界も中国政府にとって疎ましい存在だ。政府が締め付けを強める最大手の美団が抱える出前スタッフの数は1000万人を上回るという。(中略)
 
中国政府が不退転の決意で「脱虚向実」を進めているようだが、3K仕事に就かなくなった現在の中国の若者たちに製造業の仕事を無理強いさせてもうまくいかないだろう。

恒大集団の危機、政府は荒療治に踏み切るのか
中国政府のこのような無謀な取り組みは、かつての「大躍進政策」を彷彿とさせる。
 
大躍進政策とは、中国の建国の父である毛沢東の指導の下、1958年から1961年にかけて実施された農業と工業の大増産政策のことだ。現実を無視した強権的な手法を用いたことが社会の大混乱を巻き起こし、中国国内で1500万人以上の餓死者が出るという悲劇の結末となった。

「脱虚向実」がもたらす悪影響でまず頭に浮かぶのは、長年懸念されてきた中国の不動産バブルがついに崩壊してしまうことだ。
 
中国政府の締め付けにより、不動産企業は1日当たり1社のペースで倒産している。不動産業界全体が苦境となりつつある中、中国第2位の巨大不動産企業である恒大集団への中国政府の対応に世界の注目が集まっている。

(中略)「最後の段階では中国政府は救済する」との見方があるが、「脱虚向実」の発想からすれば、不動産業界は最も望ましくないセクターだ。「製造業に余剰人員を提供するために荒療治に踏み切るのではないか」との不安が頭をよぎる。
 
恒大集団の債務危機は社会不安に発展する兆しを見せている。同社が手がけた住宅購入者や従業員などが同社に対する抗議デモが起きており、中国政府は監視の目を光らせている(9月13日付ブルームバーグ)。
 
恒大集団のデフォルトを契機に中国の不動産市場全体が壊滅状態になれば、中国共産党による統治の正統性が大きく揺らぐことになることは間違いない。不測の事態も起きてしまうのではないだろうか。【9月17日 藤 和彦氏 JBpress】
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【多少の混乱覚悟で「共同富裕」社会を目指す「文化大革命」のための生贄とする可能性も】
また、革命の原点に回帰し、社会主義的「共同富裕」を目指す習近平版「文化大革命」にあって、恒大集団創業者の“許家印は「三角帽」を被せられ市中を引きずり回され、群衆の怒りの矢面に立たされる役割を担わされるのではないか”との指摘も。

****習近平には好都合?破綻危機「恒大集団」を見殺しか****
改革開放と決別し、「共同富裕」社会を実現する「革命」の序章に

(中略)
政府は救済しない?
恒大集団のデフォルト危機に最終的にどう決着をくのかは、いくつかのシナリオが巷で流れている。
 
当初は、やはり最終的には国家が救済してデフォルトを回避する可能性を予測する声もあった。(中略)

「改革開放」と決別か
だがそういったこと(ドミノ倒産や深刻な失業問題や経済停滞現象)も含めて、習近平政権の期待するところなのかもしれない。
 
不動産バブル退治の荒療治は、習近平が掲げる社会主義初心への回帰、社会主義的「共同富裕」の理想という目標に通じる経済構造改革の一環であり、学習産業規制、芸能・エンタメ産業粛清などを含む昨今のあらゆる規制強化、指導強化、寡占禁止と連動した動きと考えていいだろう。

この動きを左派ブロガーの李光満は「変革」「革命」と呼んだ。革命ならば流血も混乱も犠牲も当然伴うだろう。
 
仮に恒大が破綻したとすれば、資産を失う投資家や富裕層は、その革命成就のために必要な犠牲、ということになる。

しかも、阿鼻叫喚の取り付け騒ぎで悲鳴を上げる人々の混乱は、月給1000元レベルの6億人に上る共産党の基層階級(労働者、農民)からすれば無関係、むしろ仇富心(金持ちを妬み恨む気持ち)が刺激され、「ざまあみろ」と溜飲を下げるかもしれない。習近平にすれば、中国経済の減速や、規制強化による息苦しさの不満の矛先を自分に向かわせないために、ちょうどよい「混乱」になるというわけだ。

こういう状況の中で、私は、許家印は「三角帽」を被せられ市中を引きずり回され、群衆の怒りの矢面に立たされる役割を担わされるのではないか、とみている。
 
恒大集団創業者の許家印は(中略)2017年、フーゲワーフ長者番付1位になり、総資産2900億元の中国一の大富豪になった。アリババ創業者・馬雲と並んで貧困から身を起こした成功者の象徴であり、まさに中国の改革開放の申し子なのだ。
 
しかも父親が抗日戦争に参加した英雄であり、本人も忠実な党員であり、2018年に全国政治協商委員にとなって政治にも参加。「恒大のすべてを党にささげる、国家にささげる、社会にささげる」と公言していた。
 
だが、だからこそ、習近平は許家印をターゲットにしたのだろう。貧農の出身とはいえ立身出世を遂げ、エルメスのベルトを締めて政治協商会議に出席する資本家の共産党員は、習近平の掲げる社会主義の初心の姿ではないのだ。

むしろ、習近平の政敵、江沢民の「3つの代表」論(共産党が先進的生産力、先進的な文化、最も広範な人民の利益を代表するという理論)を反映したものである。実際、許家印は習近平の天敵ともいわれる太子党の重鎮、曽慶紅ファミリーと親交が深い。

とすれば、恒大集団が破綻したとして、それは、単に中国バブル崩壊の序章にとどまらない。ポジティブな意味の不動産産業構造改革という話でもなかろう。

鄧小平以降の改革開放時代に区切りをつける象徴的な事象であり、改革開放時代を通じて資本家クラブに変貌していた共産党を、再び農民と労働者の党に戻し、富裕層からの富を奪い基層に分け与える社会主義的「共同富裕」社会を実現しよう、という「革命」の始まりと言えるかもしれない。
 
だが、それはすなわち、貧しく暴力的な階級闘争が吹き荒れた過去の混乱した時代、みなが等しく貧しい時代に中国が後退するということにはならないだろうか。【9月16日 福島 香織氏 JBpress】
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習近平政権がドミノ倒産や深刻な失業問題や経済停滞現象を敢えて覚悟してでも、「大躍進政策」を彷彿とさせる脱虚向実」、社会主義的「共同富裕」社会を目指す「文化大革命」を目指すのか、あるいは、恒大救済策で穏健なソフトランディングを目指すのか・・・習近平「中国」の今後を占う出来事になるかも。

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「ポスト・アフガン」の新たなパワーゲーム 米英豪で「AUKUS」

2021-09-16 22:21:21 | 国際情勢
(3か国首脳による共同記者会見【9月16日 BBC】)

【「クアッド」に続いて軍事的な性格が強い「オーカス」】
従来からの米中対立に加え、新型コロナに関する独立調査要求以来の中国のオーストラリアへの強い貿易圧力とオーストラリアの反発、また、イギリスは今年、覇権的な海洋進出を強める中国を念頭に、最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を核とする空母打撃群をインド太平洋に向けて派遣するなど、インド太平洋地域における中国に対抗する動きが顕在化していましたが、米中対立を基盤とする新たなパワーゲームの枠組みが明らかになりました。

****米英豪、インド太平洋安保で「AUKUS」創設…中国包囲網を強化****
米国のバイデン大統領、英国のジョンソン首相、オーストラリアのモリソン首相は15日(米東部時間)、インド太平洋地域の安定に向けた新たな安全保障協力の枠組みを創設すると表明した。

最初の協力案件として、米英が豪州の原子力潜水艦導入を技術面などで支援する。米国は日米豪印の協力枠組み「クアッド」と並ぶ対中戦略の柱に据える考えだ。
 
新枠組みは、豪英米の順に国名の頭文字を組み合わせて「AUKUS」(オーカス)と名付けた。3首脳は15日夕(日本時間16日朝)にオンラインで共同記者発表に臨み、バイデン氏は「21世紀の脅威に立ち向かうための共通の能力を強化していく」と述べた。

名指しは避けたが、軍事力を背景に南・東シナ海などで現状変更を試みる中国を念頭に置いているのは明らかだ。
 
モリソン氏は「安全と安定のための協力関係を新しい次元に引き上げる必要がある」と強調した。
 
バイデン政権には、日米豪印のクアッドとは別にオーカスを設け、対中包囲網を強固にする狙いがある。クアッドは新型コロナウイルス対策など安保以外でも連携を図るのに対し、オーカスは、対中安保に焦点を絞ったものと言える。
 
今後は米英豪3か国の外交・国防高官による協議体を置き、軍事利用が進む人工知能(AI)やサイバー、量子技術などでも連携強化を進める方針だ。【9月16日 読売】
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最初の協力案件として、米英がオーストラリアの原子力潜水艦導入を技術面などで支援するというように、「AUKUS」は、日米豪印の「クアッド」など他の枠組みと比べてより軍事的な性格が強いことが大きな特徴です。

素人考えでも、クアッドで対中国包囲網を・・・と言っても、一触即発の国境問題を抱え、中国との経済関係も強いインドはもとより中国を刺激することには及び腰だし、日本も軍事的には数のうちに入れられないし、中国との経済関係も重視する立場だし・・・・ということで、アメリカとしては心もとないところだったのでは。

やはりパワーゲームの基本は軍事面でしょう。

****豪州、原子力潜水艦8隻建造へ 米英との新安保協力で****
オーストラリアは、米英と合意したインド太平洋の新たな安全保障協力の枠組みの下で、原子力潜水艦を8隻建造する。

米国はこの枠組みの下でオーストラリアに原子力潜水艦の建造技術を供与する。1958年に技術供与を受けた英国に次いで2カ国目となる。

オーストラリアのモリソン首相は「世界は複雑になってきている。特にここインド太平洋地域はそうだ」とし「こうした課題に対処し、われわれの地域に必要な安全と安定を確保するため、パートナッシップを新たな段階に引き上げなければならない」と述べた。

新たな安保協力の枠組みを発表した米英豪の首脳は、中国を名指ししなかったものの、米同盟国は台湾・南シナ海問題などで中国をけん制することを目指している。

中国の在米大使館は「第三者の利害を標的にしたり、利益を損ねる排他的なブロックを構築すべきではない」と述べた。

モリソン首相は、フランスと締結していた通常型の潜水艦の開発契約(400億ドル規模)を破棄すると表明。原子力潜水艦8隻を建造するため、18カ月にわたって米英と交渉を進める方針を示した。原子力潜水艦に核兵器は搭載しない。【9月16日 ロイター】
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原子力潜水艦は長時間にわたる潜水・運航が可能で、インド洋と太平洋に囲まれたオーストラリアにとっては防衛力の大幅な向上につながります。一方で、この地域での影響力を強めている中国に対する強い牽制となります。

核兵器国ではないオーストラリアの原潜保有は、核不拡散条約(NPT)をめぐって物議を醸す恐れがありますが、モリソン豪首相は「オーストラリアは核兵器の獲得を目指しているわけではない」と主張。バイデン大統領も「原子炉を動力とした通常兵器搭載の潜水艦だ」と述べ、問題はないとの認識を示ししています。【9月16日 朝日】

もっとも、オーストラリアとの間で潜水艦建造の案件を進めていたフランスは、はじき出された形で怒っています。

****米英豪の潜水艦契約を仏が非難、「バイデン氏はトランプ氏のよう」****
フランス政府は16日、オーストラリアの潜水艦配備支援で米英豪が合意しフランスが排除されたことについて、バイデン米大統領の裏切り行為でトランプ前大統領のような振る舞いと批判した。

米国、英国、オーストラリアはインド太平洋地域における安全保障上の協力関係を構築し、米英はオーストラリアに原子力潜水艦を配備する技術と能力を提供すると発表した。オーストラリアとフランスによる400億ドル規模の潜水艦製造計画は破棄される。

ルドリアン仏外相はフランスアンフォラジオに「これは一方的で、予測不能なひどい決定だ。(前米大統領の)トランプ氏のやり方を思わせる」と指摘し「信義に反するもので非常に腹立たしい」と語った。

オーストラリアは2016年にフランスの造船会社ナバル・グループと次期潜水艦建造に関する契約を結んだが、豪政府が部品の多くを国内で調達するよう求めたことなどから問題が生じていた。【9月16日 ロイター】
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このあたりに配慮して“、バイデン米大統領は15日の記者発表で「特にフランスは、すでにインド太平洋地域で大きな存在感を示している。この地域の重要なパートナーだ」とあえて強調した。”【9月16日 読売】とのことですが・・・

当然ながら、中国は強く反発しています。

****米英豪の新安保枠組みに中国反発「地域の安定破壊」****
中国外務省の趙立堅(ちょう・りつけん)報道官は16日の記者会見で、米英豪の3カ国による新たな安全保障の枠組み構築について「地域の平和と安定を深刻に破壊する」と反発した。「軍備拡大競争を激化させ、国際的な核不拡散の努力を害する」とも述べ、事態の進展を注視すると強調した。

新枠組みで3カ国の対中連携強化が進むという見方に対し、趙氏は「第三国を標的にしてその利益を損なったり、閉じられた排他的な小派閥を作ったりすべきでない」と批判した。

注目されるのは豪中関係への影響だ。中国は、オーストラリアが新型コロナウイルスの発生源について第三者による調査を求めたことに猛反発。牛肉や大麦、ワインなど通商面の幅広い分野で事実上の報復措置を取るなど豪側への圧力を強めており、両国関係は完全に冷え込んでいる。【9月16日 産経】
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【対中国で新パワーゲーム】
より広い範囲での協調関係を目指す日米豪印のクアッド、アジア各国とアメリカの2国間関係に加えて今回の米英豪の安全保障に力点を置く「AUKUS」ということで、これらの関係が組み合わさる形で「ポスト・アフガン」の対中国パワーゲームが加速する流れとなっています。

****米英豪安保枠組み 対中で新パワーゲーム****
バイデン米政権が米英豪3カ国による新たな安全保障の枠組みとなる「AUKUS(オーカス)」をこのタイミングで立ち上げたのは、アフガニスタン駐留米軍の撤収を受けて米国の外交・安全保障戦略の軸足を対中国に全面的に移し、民主的価値観を共有する欧州とオセアニアの同盟国と連携して権威主義体制の中国に対抗していく立場を打ち出す狙いがある。

一方、米国と対立関係にある中国やロシア、イランなどは上海協力機構(SCO)の枠組みなどを通じ、米軍の撤収でアフガンに生じた「力の空白」を埋めるため、中央アジアとアフガンでの影響力拡大と安定に向けて連携していく姿勢を示すなど、「ポスト・アフガン」の世界は新たなパワーゲームに向けた動きが一気に活発化してきた。

米英豪によるAUKUSの発表は、アフガン駐留米軍の撤収が円滑に終了していれば、バイデン政権のアジア重視を鮮明に打ち出す演出として、中国をより強く牽制(けんせい)する効果を発揮していたはずだった。

それでも、米英にとって「秘中の秘」である原潜技術を豪州に移転することは、空母と戦略原潜を軸に海軍力を着実に増強させる中国による西太平洋での覇権的行動の抑止に向け、大きな効果を期待できることに違いはない。

AUKUSは、第一次世界大戦以降の主要な戦争を共に勝ち抜いた3カ国の歴史的結束の強さを見せつけた。

米国としては、日米豪印の4カ国(クアッド)や、日韓やタイ、フィリピンといった条約同盟国との2国間関係を含めた同盟・パートナー諸国の重層的なネットワークにAUKUSを組み込み、中国への圧力を強化させたい考えだ。

加えて、英国が事実上の対中安保の枠組みに参加したことは、フランスやドイツなど他の欧州諸国の目をインド太平洋に向けさせることにつながる。

欧州連合(EU)も、米国が「自由で開かれたインド太平洋」構想を本格化させたのに呼応し、中国の経済圏構想「一帯一路」に対抗するため、地域諸国とのインフラ投資連携を進めていく方針を表明。独自のインド太平洋戦略も策定する。

欧州はこれまで、中国との経済関係を維持したい思惑から中国への対応で慎重姿勢を示す国も少なくなかったが、対中国で友邦諸国に連携を呼びかけるバイデン政権の取り組みで潮目は変わったといえそうだ。【9月16日 産経】
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【EU欧州委員長 軍事面での対米依存、経済面での対アジア依存からの脱却を志向】
“対中国で友邦諸国に連携を呼びかけるバイデン政権の取り組みで潮目は変わった”とのことですが、必ずしもEUは“アメリカと協調して・・・”という話でもなさそう。むしろアフガニスタン撤退の混乱から、対米依存を見直し“独自色”を強める動きも。

****EU欧州委員長「必要なのは防衛連合」 米依存からの自立方針示す****
欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は15日、欧州議会で行った一般教書演説で「私たちに必要なのは欧州防衛連合だ」と述べ、米国に依存しない独自の防衛力強化を目指す方針を示した。

2022年にも、「欧州軍」創設を提唱してきたフランスのマクロン大統領と共に欧州の防衛をテーマにした首脳会議を開催する予定という。
 
フォンデアライエン氏は演説で、欧州各国が米国に協調する形で関与したアフガニスタン戦争が混乱して終わったことについて「非常に苦痛だった」と述べたうえで、「欧州は自分たち自身でより多くのことができ、またそうすべきだ」と強調した。

さらに独自の防衛力強化に向けた「政治的意志」の必要性を主張し、「欧州が次のレベルにステップアップすべき時だ」と訴えた。
 
多くのEU加盟国は第二次世界大戦後、米国との同盟である北大西洋条約機構(NATO)に安全保障を大きく依存してきた。だが、アフガン戦争の失敗で米国からの「戦略的自立」を求める声が強まり、5000人規模の即応部隊を創設する構想などが浮上している。
 
米国と緊密な関係の英国がEUを離脱したことも、EU内の防衛協力の議論を後押しする一方で、ロシアの軍事的脅威を間近に感じるポーランドやバルト3国などはNATOの枠組みを依然として重視している。

07年には1500人規模の即応部隊の仕組みが設置されたが、加盟国内の意見の相違などから発動されておらず、「欧州軍」構想が実現に向かうかどうかは不透明だ。【9月16日 毎日】
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フォンデアライエン欧州委員長は、経済面ではアジア依存からの脱却を目指すことも主張しています。

****EU、半導体の生産強化へ法整備 アジアへの依存度下げる狙い****
欧州連合(EU)は15日、世界的な半導体不足を踏まえ、域内での研究開発から生産までを一貫して強化する「欧州半導体法」をつくると表明した。EU全体で取り組み、台湾や中国など生産シェア上位を占めるアジアへの依存度を引き下げて、経済面での安全保障の確立をめざす。

EUの行政トップ、フォンデアライエン欧州委員長が施政方針演説で発表した。EU内の生産シェアは世界の1割にとどまっているといい、2030年に2割以上(金額ベース)に引き上げるのが目標だ。「最先端の技術を持つ半導体の経済システムをつくる」とし、実現に向けた法的枠組みを整える。
 
半導体不足は世界的に問題化し、自動車をはじめとする様々な機器の生産に支障をきたしている。フォンデアライエン氏は「デジタル化への対応は死活問題だ」とした上で、半導体の供給確保は「EUの競争力にとどまらず、テクノロジーの主権にかかわる」と危機感をあらわにした。
 
防衛、安全保障分野では北大西洋条約機構(NATO)とのさらなる連携強化や、EU加盟国間で情報を共有して情勢を把握する新組織の立ち上げのほか、「サイバー防衛法」づくりなどを打ち出した。
 
米軍のアフガニスタン撤退の際、欧州諸国だけでは治安維持ができなかったことも踏まえ、EUが取り組む「戦略的自立」につなげる。フランスがEUの回り持ち議長国となる2022年前半に、防衛問題を議論する首脳会議を開くことも表明した。
 
また、強制労働をともなって生産された製品をEU市場で販売できなくする方針も示した。中国の新疆ウイグル自治区での人権侵害や強制労働を意識した対応だとみられる。米議会上院はすでに、同自治区で製造された強制労働が絡む製品の輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法案」を全会一致で可決している。【9月16日 朝日】
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ナイジェリア  イスラム武装勢力の暴力と起業相次ぐ成長国 ふたつのイメージ

2021-09-15 23:17:01 | アフリカ
(ナイジェリアの最大都市・ラゴスの市場の様子【9月8日 GLOBE+】)

【話題にもならない国の悲惨な暴力】
サハラ砂漠南縁部のサヘル地域、ナイジェリア、ニジェール、マリなどの西アフリカにおいてイスラム武装勢力による暴力が蔓延していることは、これまでもしばしば取り上げてきました。

そうした西アフリカ諸国の一つがブルキナファソ。

*****イスラム過激派攻撃で市民480人犠牲に 5〜8月で ブルキナファソ****
ノルウェー難民評議会は13日、西アフリカのブルキナファソでイスラム過激派の攻撃により、5月〜8月に一般市民少なくとも480人が殺害されたと発表した。
 
4月以降27万5000人以上が新たな攻撃により避難を余儀なくされており、NRCはここ数か月の避難民増加に警鐘を鳴らしている。
 
4月以降の避難民数は月平均5万5000人で、2020年10月〜21年3月の月平均の約3倍となった。合計で140万人以上が攻撃により避難している。
 
NRCは一部の家族が「葉っぱしか食べるものがないほど食糧不足が深刻化している包囲された地域にとどまるか、食べ物を求めて数日間歩き回り攻撃される危険にさらされるか」という「不可能に近い選択」を迫られていると指摘する。
 
NRCはブルキナファソ政府に対し、最も深刻な被害を受けている地域での支援活動を認めるよう訴えた。 【9月14日 AFP】
**********************

遠いアフリカのあまり名の知られていない国、私を含めて日本でも、そして国際的にもほとんど関心を持たれていない国ですから、数か月で“市民480人犠牲”でも、この程度の記事で終わってしまいます。

これが身近な国、地政学的に関心が持たれる国であれば、大問題となるところですが・・・

今年6月には、子ども約20人を含む住民少なくとも160人が死亡する襲撃事件が起きています。

****ブルキナファソで2015年以降最悪の襲撃事件、住民160人死亡****
西アフリカ・ブルキナファソ当局は6日、同国北部の村でイスラム過激派によるとみられる襲撃があり、子ども約20人を含む住民少なくとも160人が死亡したと発表した。同国でイスラム過激派による襲撃が始まった2015年以降の襲撃事件としては最多の死者数となった。
 
襲撃があったのは、ヤガ(Yagha)県の主要都市セバ(Sebba)から約15キロ離れたソルハン(Solhan)村。治安当局者によると、4日夜から5日にかけて、武装集団が侵入してきたという。ソルハンは近年、何度も襲撃を受けていた。


現地当局者は5日夜、「負傷し、その傷がもとで死亡した人が複数おり、新たな遺体も見つかっている。現時点での暫定的な死者数は138人だ」と述べていた。現地情報筋によるとその後、ソルハン村の3か所で遺体の数が数えられ、その合計は160体に上った。
 
ブルキナファソは2015年以降、イスラム過激派組織「イスラムとイスラム教徒の支援グループ(GSIM)」や「大サハラのイスラム国(ISGS)」などによる襲撃が激化している。
 
これらの襲撃は、北部のマリ国境付近で始まったが、東部などにも拡大した。これまでに約1400人が死亡し、100万人以上が自宅を離れて避難している。【6月7日 AFP】
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【ナイジェリアのふたつの側面 イスラム武装勢力の跋扈と起業相次ぐラゴス】
そんな関心が薄い西アフリカにあって、比較的報道が見られるのが地域大国ナイジェリア。
ただし、そうした報道の大部分はイスラム武装勢力「ボコ・ハラム」などによる大量拉致事件、武装集団の襲撃、最近では「誘拐ビジネス」的な拉致事件ですが・・・

“武装集団が学校襲撃、140人以上拉致か 一部は救出 ナイジェリア北部”【7月6日 CNN】
“ナイジェリア北西部でまた襲撃 35人死亡”【7月11日 AFP】
“拉致された女性や子ども約100人救出 ナイジェリア 身代金目的の誘拐頻発”【7月22日 CNN】

そうしたなか、武装勢力の中心的存在でもある「ボコ・ハラム」に関して、今後に希望が持てるニュースも。

****ボコ・ハラム戦闘員ら6千人が投降 最高指導者が死亡し弱体化か****
ナイジェリア軍は2日、同国のイスラム過激派「ボコ・ハラム」の指揮官や戦闘員、その家族ら約6千人が過去数週間の間に投降したと発表した。AP通信などが伝えた。最高指導者アブバカル・シェカウ容疑者が5月に死亡したことを受け、組織の弱体化が進んでいるとみられる。

同通信によると、ボコ・ハラムの活動が活発な北東部ボルノ州の知事は、過去の襲撃によって家族を失った遺族や同僚を失った軍人が多数いることから、投降した戦闘員らの受け入れについて、「とても難しい状況」と話しているという。

シェカウ容疑者は今年5月中旬、ボコ・ハラムから分派した過激派「イスラム国西アフリカ州(ISWAP)」との戦闘の末、自爆したとされている。

ボコ・ハラムは2014年、ボルノ州の中等学校を襲撃した。女子生徒276人を連れ去り、戦闘員との結婚やイスラム教への改宗を強制したことなどで国内外から強い非難を浴びてきた。【9月4日 朝日】
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これに先立って、“8月上旬、ナイジェリアのボルノ州でボコ・ハラムのメンバー1000人余りが、2014年に同国北東部の都市チボクで拉致した少女2人と共にナイジェリア政府に投降した。ナイジェリアのライ・ムハンマド情報文化大臣(当時)は戦争捕虜として扱い、投降したボコ・ハラムの兵士を起訴しない方針を明らかにした。”【ウィキペディア】とのこと。

両方合計すると7000人ほどが投降したことになります。
ボコ・ハラムのメンバーは7000人~10000人(ウィキペディア)とも言われていますので、数字上は組織の大部分が投降したことにもなります。

もちろん、数字はよくわかりませんし、分派組織「イスラム国西アフリカ州(ISWAP)」などもありますので、ナイジェリアの武装勢力が壊滅した訳ではありませんが、大きな前進ではあるでしょう。

こうした話題を扱っていると、ナイジェリアや西アフリカの国々は、“内戦や暴力がはびこる未開の地”といった旧態依然のアフリカのイメージがつきまといますが、アフリカは一方で経済成長著しい地域でもあり、ナイジェリアはそのアフリカにあって最大の経済大国です。

下記は、“西アフリカ・ナイジェリアの最大都市ラゴスで働く20代の日本人がいます。前橋市出身の青木文さん(28)。3年前にスーツケース一つで空港に降り立ち、一から日本企業の現地拠点を立ち上げ、いまは転職した先のスタートアップで営業チームを率いています。”【9月8日 GLOBE+】という20代日本人女性・青木さんの奮戦記からの抜粋です。

****いまナイジェリアは起業ブーム そのど真ん中で働く私、支えはクッキー売りの原体験****
(中略)
起業が相次ぐラゴスで戦う
ラゴスではいま、起業が相次いでいます。英語が公用語ですから、欧米の大学などで学んだ若い起業家がたくさんいるんです。いま働いているところもそうです。投資家も入ってきて、スタートアップかいわいでは一旗揚げようっていう雰囲気があるんです。

いまは営業統括として、ナイジェリア人やアメリカ人らからなるチームを率いています。現地の通貨でも国外の企業との間でスムーズに決済できるサービスを欧米やドバイの企業向けに販売しています。

クレジットカードが普及しておらず、外貨の流通量に限りのある国の経済活動の基礎を支える仕事です。コロナ禍で移動に制約がありますが、外国の企業とはむしろオンラインならビジネスがしやすくなりました。そういった変化をポジティブに捉えています。

自分たちの事業を大きくすれば雇用が生まれ、成長のサイクルを回せます。決済サービスも同じで、普及すれば今よりももっと取引や買い物がしやすくなります。事業を大きくすればするほど経済を回す助けになります。(中略)

趣味は画廊巡り
仕事を離れると、ラゴスに20〜30軒ある画廊巡りに最近はまっています。アフリカのアート界には、すばらしい人や作品が多いんですよ。良いものを見つけるとうれしくなります。気に入った絵画があると買って、自宅に飾っています。同じアーティストでも欧州で買うと高いんです。

週末には、アフリカ特有の音楽に合わせて踊るアフロビーツを知り合いの弁護士から習っています。お札を数えるような振り付けがあったり、すごい速さで腰を振ったり。太鼓のリズムに体を任せて、楽しんでいます。

食べ物は基本的にはどれもおいしいですよ。だしを取る文化があるので、ザリガニとかでだしを取っているんです。ただ、どの料理もめちゃくちゃ辛い。ナイジェリアの人は辛いもの好きみたいですね。最近は外食産業も発展して、おしゃれなカフェやレストランもできてきています。

(ラゴスの海岸付近にあるレストラン)
日本人同士のつながりや、アジア人のコミュニティーもあって、コロナ禍の前は頻繁に会ったりしていました。私が初めて来たときは珍しかった20代の日本人女性も少しずつ増えてきていて、変化を感じています。【9月8日 GLOBE+】
*********************

武装勢力による大量拉致事件、襲撃などから想起するイメージとは別世界の、成長著しいナイジェリアが存在するようです。

【ラゴス 海面上昇で水没の危機 ユニーク・斬新な取り組みも】
イスラム武装勢力の脅威だけでなく、ナイジェリアの中心都市ラゴスは海面上昇によって広いエリアが水没する危機にもさらされています。

****ナイジェリアの大都市ラゴス、水没の危機に 洪水と海面上昇で****
アフリカで最も人口が多いナイジェリアの住民は、毎年3月から11月に沿岸部の都市で発生する洪水には慣れっこだ。だが7月中旬、ここ数年で最悪の水準の洪水がラゴス島の主要な商業地区を襲った。

「洪水で道路は大渋滞だった。先へ進めば進むほど水位が上がってきて、しまいには車内にも水が入ってきた」と語るのは、ラゴス本土でメディア会社を経営するエセレボール・オセルオナメンさん。

SNS(交流サイト)に投稿された写真や動画には、集中豪雨後に浸水した何十台もの車がうつっていた。洪水により経済活動はまひし、その被害額は年間約40億ドル(約4400億円)に上るという。

ラゴスはナイジェリアの大西洋沿岸部の低地にある都市で2400万人以上が暮らしているが、科学的な予測によれば、気候変動による海面上昇に伴い、今世紀末には人が住めなくなる可能性があることが示唆されている。

英開発学研究所(IDS)を中心に行われた調査によると、この問題は「排水システムの整備が不十分なことや無秩序に都市が発達したこと」などにより悪化しているという。ナイジェリア水文サービス庁(NIHSA)は、雨季のピークとなる9月にはさらに壊滅的な洪水が発生すると予測している。

ラゴスは本土と島で構成されており、海岸線の侵食による洪水の被害を受けやすい。ナイジェリアの環境学者セイフンミ・アデボーテ氏は、浸食は地球温暖化に加え、砂の採掘といった長期にわたる人間の行動が主な原因であると指摘している。(後略)【8月10日 CNN】
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“水没するスラム街”も“旧態依然のアフリカ”のイメージですが、そうしたイメージを覆すような取り組みも行われているようです。

****海面上昇と向き合う街づくり―ナイジェリア発・木造フローティングハウス「マココ」の挑戦****
(中略)
ナイジェリア沖の巨大堤防「ラゴスの長城」
(中略)ラゴス沖の海面上昇は、国にとって喫緊の課題である。政府はベイエリアに立つ住宅地を守るため、10万個のコンクリートブロックを積み上げた巨大な防波堤、「ラゴスの長城」を建設。今も建設中で、完成すると全長8.4kmにもなるという。

しかしラゴスの長城にはコスト面・環境面からの批判も多い。コストが膨大にかかるほか、コンクリート用の砂を近海の底から掘り起こしているため、海底にはクレーターのような巨大な穴がボコボコとあけられているという。町を守るための堤防が、逆に悪影響を及ぼしているという皮肉な現象を起こしている。

ラゴスのスラム地区「マココ」の水上学校建設
一方で、海面上昇問題をポジティブに捉えようという、挑戦的な民間プロジェクトも存在する。それが、世界的な建築会社「NLÉ」による、水上コミュニティプロジェクト「マココ・フローティング・システム」である。

マココ・フローティング・システム(Makoko Floating System、以下MFS)は2011年、ラゴスのマココ地区から始まった。

マココ地区はナイジェリア最大の貧困地区で、ラグーンに面していることから水害は深刻、雨季には町中がひどい洪水に見舞われる。住民は高い竹馬に乗ったりカヌーを漕いだりして移動することから、「アフリカのベニス」とも呼ばれている。(中略)

NLÉはオランダに拠点を置く建築会社で、世界中の都市開発やコミュニティデザインに携わっている。(中略)

マココ・フローティング・スクール
2012年、同社はマココ沿岸に、スラムの子どもたちのための水上学校「マココ・フローティング・スクール」を建造した。木造ピラミッド型のデザインで、上部にはソーラーパネルを備えている。

学校はピラミッド型の木造3階構造で、2〜3階部分が教室、1階は植木が配されたプレイグラウンドエリアである。屋根にはソーラーパネルが設置され、太陽光発電が可能。土台部分には貯水タンクがあり、屋根から流れ落ちる雨水を貯めることもできる。教室には自然の風が入り、木造のため熱もこもりにくい。子どもたちは、衛生的で快適な環境で勉強をすることができる。

MFSのプロトタイプとなったこの学校は、2013年にイタリア・ベニスで開催された国際建築展ヴェネチア・ビエンナーレで銀獅子賞を受賞した。

残念ながら、マココ・フローティング・スクールは2016年に暴風雨で破壊され
てしまったが、MFSはこの後、世界で展開されていくこととなる。(中略)

暴風雨により破壊されてしまったマココ・フローティング・スクールだが、復活の計画があるという。以前のバージョンを改造し、アップグレードしたモデルで再建設するかもしれないとのこと。他国での経験を生かし、“MFS生誕の地“マココで、再び勇姿を披露する日も近いかもしれない。【2月14日 矢羽野晶子氏 AMP】
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ユニーク・斬新な取り組みも行われている・・・これもアフリカ・ナイジェリアの一面です。
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フランス  「自由の国」での衛生パス反対騒動 ウィズ・コロナの日々における「最適解」は?

2021-09-13 23:15:12 | 欧州情勢
(フランスで9週連続で行われた衛生パス提示義務化に反対するデモ【9月13日 ロイター】
見たところ、マスク着用者はほぼゼロ フランスでは9月12日も7679人の新規感染者が出ていますが、その状況での危機意識の欠如には理解しがたいものもあります。)

【「自由の国」フランスでの衛生パスによるワクチン強制に激しい抗議】
アメリカ・バイデン政権が新型コロナ感染再拡大のなかで、ワクチン接種義務化の方針に舵を切っていること、それに対し、野党共和党などから激しい反対論が出ていることは、一昨日の11日ブログ“アメリカ  感染再拡大で「分断」の最前線となる学校マスク着用、ワクチン接種義務化”でも取り上げました。

****米、企業もワクチン接種義務化=連邦職員は全員対象に****
バイデン米大統領は9日、国民向けに演説を行い、100人超の従業員を抱える企業に対し、従業員に新型コロナウイルスのワクチン接種か、毎週の感染検査を受けさせることを義務化する方針を明らかにした。また、すべての連邦職員にワクチン接種を義務付ける。感染力の強いデルタ株の流行で新規感染者が再び増加する中、未接種者への働き掛けを強化する狙いがある。
 
バイデン氏は演説で「(ワクチン接種は)自由や個人の選択の問題ではなく、自分や周りの人々を守ることだ」と強調。ワクチンに否定的な市民らに接種を呼び掛けた。米国の労働者の3分の2に当たる1億人が今回の措置の対象になるという。
 
米政府高官によると、企業が従わなかった場合、最高1万4000ドル(約150万円)の制裁金が科される。ロイター通信によると、航空機などでのマスク着用義務違反に対する制裁金も最高3000ドル(約33万円)に引き上げる。【9月10日 時事】
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フランスでは、8月9日から飲食店入店や長距離交通機関乗車に際し、ワクチン接種を証明する「衛生パス」の提示が義務化(ワクチンを接種していない場合は、コロナ検査での陰性結果を示す必要)される形で、事実上のワクチン接種強制が行われています。
違反した人には約1万7500円の罰金が科されるほか、店側も業務停止命令や懲役刑などの対象となります。

8月16日には、ショッピングモールの入店にも拡大されています。

衛生パス法案は7月25日に国会で賛成156、反対60という投票結果で採択されましたが、憲法によって保障されている権利と自由に違反している、という意見が「不服従のフランス」(左派政党)、社会党、共産党など野党議員74名から提出され、8月5日に憲法評議会にかけられることになりました。なお、マリーヌ・ル・ペン氏率いる右派政党の「国民連合」も反対しています。

その結果、一部を除き合憲と判断され、8月9日から実施されています。

名にし負う「自由の国」フランス。
イスラム教ムハンマドを扱った風刺に関しては、イスラム教国からの激しい反発に「冒涜の自由」を主張するマクロン大統領ですが、新型コロナに関しては“他人への思いやり”“責任を伴う自由”を主張しています。

****“不自由の国”フランスに!? 「ワクチン強制法」で分断されるパリジャンたち****
(中略)
マクロン大統領は、国民からワクチン接種を受けないという「選択の自由を剥奪していないか」と問われ、インスタグラムでこのように回答した。

「私たちは社会生活において、ともに協力し、頼りながら生活しています。自由というのは、一人だけのものではなく、みんなが持っているものです。他人を思いやり、他人の自由も尊重した上で、個人の自由が成り立ちます。ワクチン接種や検査を受けること。それが、責任を伴う自由であり、国民としての自由であるのです」

「自由の国・フランス」の国民に突きつけられた、ワクチン接種をめぐる“自由”の選択。日本でも今後、問われることになりそうだ。【8月16日 FNNプライムオンライン】
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当然ながら「自由」を旨とする国民からは激しい反発も起きています。

****ワクチン接種証明書の是非で分断進むフランス****
フランス各地で7月から、新型コロナウイルスのワクチン接種を推進するマクロン政権に対し、一部の国民が反対デモを行っている。同月31日には、国内全体で約20万人が参加し、パリでは、国家憲兵隊と衝突した男性2人が逮捕された。
 
同国政府は7月12日、ワクチン接種証明書(健康パス)を持たない国民に対し、飲食店や大規模商業施設、病院や公共交通機関の利用などを禁ずる措置を発表。後に、憲法会議が合憲と判断し、8月9日から実施されている。
 
この動きに反発する一部の国民が毎週末、各地でデモ活動を繰り広げている。「健康パスは地獄への第一歩」、「二流市民にはなりたくない」、「選択の自由を」などと書いたプラカードを掲げ、マクロン政権を非難し続けている。
 
フランス保健総局は8月2日、国民の63.6%(約4290万人)が1回目、53%(約3570万人)が2回目のワクチン接種を終えたと発表した。
 
マクロン大統領は現状、抗議活動を行う国民の声に耳を傾けていない。8月2日、インスタグラムに投稿した自撮り動画で「ワクチン接種は、家族や友人への感染リスクを減らす」と断言。「他人のためにも接種を」と促した。
 
フランス南西部ペルピニャンで飲食店を経営する40代の女性は、「マクロンのやり方に疑問がある」と前置きし、「ワクチンを打たない客が来なくなることを考えると、売り上げにも影響が出てくる」と不機嫌そうに語った。
 
ワクチン接種は、家族や友人の間でも複雑な問題に発展していることが、大手調査会社「イプソス」が行った7月下旬の調査で明らかになった。調査対象となった1061人のうち、41%が健康パスの話題になると「緊迫状態や深刻な言い争いになる」と回答。また、公共交通機関を利用する際、健康パスを持たない友人がいる場合、73%が利用を諦めるとも答えていた。
 
医療従事者に対しては、9月15日までのワクチン接種を義務化し、接種を終えていなければ、無給にする方針。12〜17歳の学生については、クラス内に濃厚接触者が出た場合、接種を終えた学生だけが登校を続けることが可能になる。
 
健康パス導入の動きは、すでにイタリア、ドイツ、ポルトガルなどにも広がっている。ワクチン接種の徹底は、公共の利益のためなのか、あるいは個人の選択の自由を奪うのか。社会の分断が始まっている。【8月24日 WEDGE】
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抗議行動は全土に広がっています。

****「衛生パス」に抗議 仏全土でデモ222件 16万人参加****
フランス各地で28日、新型コロナウイルス対策で導入されている「衛生パス」に抗議するデモが行われた。衛生パスについて参加者らは、ワクチン未接種者に対し不当な制限を課すものと批判した。仏内務省は、この日のデモ参加者について約16万人と発表している。
 
各地当局の報告によると、同日夕方までに確認された抗議デモは222件に上り、パリでは約1万4500人が参加した。16人の身柄が拘束され、警察官3人が軽傷を負った。週末のデモは、7週連続での開催となった。
 
新学期を数日後に控えるなか、ボルドーでは、子どもへのワクチン接種を拒否するとの声が複数の参加者から上がった。
 
父親と一緒にデモに参加していた11歳の少年は「僕たちは実験用ラットではない」と述べた。少年の父親は「われわれは自由の国に住んでいる。大規模なワクチン接種を正当化できるようなデータはない」と主張し、ワクチンの接種を迫る圧力をレイプに例えた。
 
衛生パスは7月中旬に導入され、その後適用範囲が拡大された。レストラン、劇場、映画館、長距離列車、大型ショッピングセンターなどを利用する際には、ワクチンの接種完了、もしくは検査による陰性の証明が義務付けられている。
 
仏政府は、ワクチン接種を促し、4度目のロックダウン(都市封鎖)を回避するためには、衛生パスが必要であると主張。また、入院患者の大半がワクチン接種を完了していないとした。 【8月29日 AFP】
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こうした抗議は今も続いています。

****仏ワクチン証明書義務化に12万人が抗議、南部では乱闘騒ぎも****
新型コロナウイルスのワクチン接種を証明する「衛生パス」の提示を義務化したフランスで、これに反対する週末のデモが9週連続で起きた。一方仏南部のトゥールーズでデモが行われた際、正体不明のグループにデモ参加者が襲撃され、激しい衝突になった。【9月13日 ロイター】
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【ワクチン接種そのものに反対するものではない・・・と言いつつも、それがもたらす結果をどう考えているのか?】
ワクチン接種そのものに反対というのではなく、接種を強制されることに反対・・・ということです。
ワクチンの信憑性に疑問を持っていたとしても、衛生パスがないと何もできないからと仕方なくワクチンを打つといった状況に反対ということです。

****フランスで吹き荒れる抗議デモ、背景にある反ワクチン以外の理由****
(中略)
間違えてはならないのは、このデモがコロナワクチン反対をうたったものではないということ。中にはコロナワクチン反対派もいるが、デモの趣旨はあくまで「衛生パス導入の反対」を政府に訴えることである。
 
フランスの市民は分かっているのだ。三度も続いたロックダウンを再び繰り返すわけにはいかない。人とふれあい、街で空の下で生きる日常を取り戻さなくてはならない。経済をこれ以上停滞させて家賃の払えない人や食べられない人を増やしてはならない。レストランやカフェやホテルや映画館や劇場などの閉鎖をこれ以上続けて愛する街をゴーストタウンにしてはならない。鬱の人々をこれ以上生み出し続けてはならない。子供たちをこれ以上家に閉じ込めさせておくわけにはいかない──と。
 
第4波と、それに伴うロックダウンはどうしても避けなくてはならない。今ある唯一の救いの手が、もしかしたらワクチンなのかもしれない。誰とも会えず孤独に長い月日を過ごしていたお年寄りが、ワクチンにより外に出られるようになり、孫と再会して抱きあえたと喜ぶ姿に、誰が文句を言えよう。

「コロナワクチン接種反対デモ」だったらこれだけの人は集まらないだろう。(後略)【9月11日 永末 アコ氏 JBpress】
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しかし、個人的には上記のような強制反対論は理解できません。

“フランスの市民は分かっているのだ。三度も続いたロックダウンを再び繰り返すわけにはいかない”ということであれば、様々な理由でワクチンを接種しない者が数割存在することが再びロックダウンを必要にすることになる危険性をどのように評価しているのかでしょうか?
そのことで生じるであろう犠牲者増加をどう考えているのでしょうか?

感染再拡大を防ぐ上で、ワクチン接種を広げる事以上に有効な手段が現在存在しているのでしょうか?
ワクチンに関する疑問・不明点から生じるリスクと、感染拡大のリスクをどのように比較評価しているのでしょうか?

もし“再びロックダウンになってもかまわない。感染再拡大で多くの者が死ぬのもやむを得ない。それでも「自由」の方が大事だ”というのであれば、賛成はしませんがひとつの見識でしょう。

しかし、”ロックダウンは嫌だ。死者が出るのも困る。でも接種しない自由は守りたい”というのであれば、「何を言っているのかな?」と理解できません。一種の都合のいい「ウソ」です。

【ウイルスに怯え、お上に従順すぎる日本も異様】
先のパラリンピック閉会式で、次期開催地のパリから中継があり、マスクを着けず大勢が集まり次期開催を祝賀する様子に、日本の視聴者は「まるで別世界を見ているようだ」と驚いたようです。

でも、それは別世界でも何でもなく、単に感染症に対する認識が低いということに過ぎないでしょう。

ただ私は、日本の安心・安全に凝り固まった風潮にも違和感があり、日本社会に対しては「ウィズ・コロナ」でもっと大胆に行動していいのではないかと思っています。

フランスのようにマスクを着けずに大勢集まって騒ぐのも理解できませんが、日本のように(何に怯えているのか?ウイルスか?人目か?)人混みでもないのにマスクを外そうとしないのも理解できません。悲観的な情報で不安を煽るだけの“専門家”やメディアのあり様にも反対です。

日本を大きく上回る犠牲者を出しながら、厳しいロックダウンを経験しながら、なおかつ、フランスでこのようにマスク着用やワクチン接種への抵抗が強いということは、個人の生活の在り様に国からあれこれ指図されることがたまらなく嫌いなのでしょう。

そのあたりは、お上(おかみ)の方針に従順な日本人と異なる意識です。
何も、日本人のようにお上に従順に従うことがいいとも思いませんので、反対の声をあげること自体は結構なことです。ただ、前述のようにその考えには賛成できませんが。

****橋下徹さん、フランスの“ワクチンパス”デモに理解「ある意味、健全」「日本は、お上から言われたらなんとなく従ってた」****
橋下徹元大阪府知事が13日、フジテレビ系「めざまし8」にスタジオ出演。ワクチン接種歴か陰性証明書が日常生活で必要になり、デモが生じたフランスの動きに理解を示し、日本の風潮に一石を投じた。  

(中略)橋下さんは、「暴力で抗議するのは反対ですけど、こういう状況が本来、自由をきちっと国民が考える国」として政治に国民が参加する健全な姿だとして好意的な見解を示し、「日本はこれまで、お上から言われたらなんとなく従ってた。みんな不明不満はあるんだけども」と分析した。  

個人の自由を守ることに重きを置きすぎると、飲食店など一部の立場が犠牲になり、国としては個人の自由を少し制限する必要がある…と政治を統括する側の観点から方針の意図を解説。その結果、国民感情との衝突が生じるが「成熟した民主国家であれば、最後は選挙で決着すべき問題」と持論を述べた。  

さらに「ある意味、健全だと思いますよ、こういう動きになるのは。僕は日本のほうが不健全だと思う。みんなが言うことなんとなく聞いて」とデモが生じたフランスの動きに理解を示した。【9月13日 中日スポーツ】
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【ワクチンパスポートを断念したイギリス】
イギリス・ジョンソン政権が、高い水準の感染が続く中で、ワクチン接種による死者の減少などを理由に大胆な規制緩和に踏み出したのも、個人生活に対する国家規制は最小限であるべきだ、あとは個人の責任で対応すべき、その結果、ある程度の死者が出るのも悲しいことではあるがやむを得ない・・・という発想です。

そのイギリスでもワクチンパスポート導入が計画されていましたが、フランス・マクロン政権とは異なり、イギリス政府は強い反対論を受けて断念したようです。

****英、ワクチンパスポート提示義務化を断念 イングランドで****
英国のサジド・ジャビド保健相は12日、イングランドを対象に、ナイトクラブなど大勢の人が集まるイベントで新型コロナウイルスワクチンの接種証明「ワクチンパスポート」の提示を義務付ける計画を断念したと発表した。

9月末から導入予定だったが、イベント業者や保守党の一部議員が反発していた。
ジャビド氏は計画を断念したことについて、ワクチン接種率が高いことに言及し、現状では必要性がないと判断したと説明した。
 
同氏はBBCに対し、「適切に検討した結果だが、今後も選択肢の一つとして残る」と述べた。
 
英国では16歳以上の8割超が2回目のワクチン接種を終えている。政府は近く、12〜15歳への接種拡大の適否を判断するとみられている。
 
ジャビド氏は、娯楽の場でのワクチンパスポートの提示義務化という考えに違和感を覚えるとし、「日常の行動に際して書類か何かの提示を求めるという考えをいいと思ったことはない」と語った。
 
ワクチンパスポートの提示義務をめぐっては、反対派から市民の自由権を侵害する可能性があるとの批判が出ていた。 【9月13日 AFP】
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ワクチンパスポート断念は市民の自由権尊重という点では首尾一貫した対応でしょう。
ただ私は、「最適解」はそういう原則論と現実的要請の中間にあると思っていますが。
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ベラルーシ  移民を制裁報復で利用するルカシェンコ大統領 ロシアにとっては「厄介な盟友」

2021-09-12 23:05:24 | 欧州情勢
(9日、今年5回目の首脳会談を終え共同会見に臨むロシアのプーチン大統領㊨とベラルーシのルカシェンコ大統領=ロイター【9月10日 日経】)

【弾圧を続けるルカシェンコ大統領】
昨年8月の大統領選挙における不正疑惑に対する国民の激しい抗議が拡大したベラルーシでは、「欧州最後の独裁者」とも称されるルカシェンコ大統領のなりふり構わぬ力による封じ込めによって、表面的な抗議行動は鎮静化してはいますが、国民の不満は解消されないまま鬱積している状況でもあります。

また、欧米から批判にさらされる国際状況も変わっていません。

****ベラルーシ抗議運動の中心人物に禁錮11年判決 欧米からは非難の声****
ベラルーシの首都ミンスクの裁判所は6日、昨年8月の大統領選の不正疑惑に対する抗議をめぐって権力強奪の試みなどに問われた音楽家マリヤ・コレスニコワ被告(39)に対し、禁錮11年の判決を言い渡した。

コレスニコワ被告は選挙後全国に広がったルカシェンコ大統領に対する退陣要求運動の中心的存在。欧米各国は政権が今も続ける反政権派弾圧の象徴として一斉に判決を批判した。
 
大統領選でルカシェンコに対する最有力の対立候補と目されながら立候補を阻まれ、7月に資金洗浄などの罪で最高裁で禁錮14年を言い渡された元銀行頭取ビクトル・ババリコ受刑者(57)に続く厳しい判決となった。コレスニコワ被告と同じ法廷でババリコ受刑者の陣営弁護士(40)にも禁錮10年が言い渡された。
 
判決後、欧州連合(EU)のボレル外交安全保障上級代表は声明でコレスニコワ氏を「ベラルーシの民主化運動のシンボルのひとり」とし、ルカシェンコ政権に対し「650人を超える政治犯の即時釈放」を要求。

米国のブリンケン国務長官も判決を「政権が人権、基本的自由を完全に無視している新たな証拠だ」と批判する声明を出した。
 
コレスニコワ氏もババリコ陣営の元幹部。選挙戦では反政権派の統一候補となった主婦のスベトラーナ・チハノフスカヤ氏(38)を支えた。

選挙後、対話による政権交代を目指す調整委員会を立ちあげたが、広がるデモに危機感を強めた当局は関係者を次々拘束。コレスニコワ氏は昨年9月ミンスク市内で拉致され、出国を強要されたが、国境で自分のパスポートを破って抵抗。自ら拘束・訴追される道を選んだとされる。
 
法廷でも選挙戦や抗議デモの当時と同様に両手でハートマークを型取り、抵抗の意志を示し続けた。(中略)

国外で反政権活動を続けるチハノフスカヤ氏は同日、ツイッターに「我々はベラルーシのすべての人が自由になるまで(活動を)やめない」と書き込んだ。【9月7日 朝日】
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国民の不満も相変わらずですが、ルカシェンコ大統領の強気姿勢も相変わらず。

****ベラルーシのルカシェンコ大統領、持論展開8時間 選挙の正当性主張****
ベラルーシのルカシェンコ大統領は9日、2020年の大統領選から1年となったことを受け、首都ミンスクで記者会見を開いた。自身の6選について「選挙に不正があった」と訴える市民の大規模デモが選挙後に拡大したが、ルカシェンコ氏は「完全に透明で民主的だった」と選挙の正当性を強調。抗議活動参加者への弾圧も「ない」と主張するなど、8時間以上にわたって持論を展開した。
 
東京オリンピックにベラルーシ代表として出場後、ポーランドに亡命した女子陸上選手に関しては「操られていなければ、彼女は自分で(亡命を)できなかっただろう」と述べ、ポーランドが扇動したとの見方を示した。

ベラルーシの反体制派活動家がウクライナで遺体で見つかった事件についても、「我々を非難するなら事実を示せ」と関与を否定した。
 
ルカシェンコ氏は次回の大統領選に出馬しない考えを示してきたが、この日の会見で自身の退任については「すぐに」と述べるだけで、具体的な時期は明言しなかった。(後略)【8月10日 毎日】
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今更ルカシェンコ大統領が何を言おうがほとんど関心もありませんが、“8時間以上にわたって”という部分に驚きました。途中、トイレに言ったり、休憩したりもするのでしょうか?

一般に、「独裁者」というのは演説が好きで、しかもいくらでも長時間話し続ける者が多いようなきがします。
ヒトラーしかり、キューバのカストロ、ベネズエラのチャベスしかり。カストロも党大会で10時間超の政治報告を行ったことがあるとも。

おそらく、このタイプの政治家は「自分の世界」に没頭して周囲が見えなくなるので、その「自分の世界」から湧き上がる思い・考えをいくらでも話し続けることになるのでしょう。

また、何をしゃべったにしても、多少不正確でも、独裁的権力者ですから周囲から批判されることもありません。その点、間違いが許されず、結果、原稿棒読みとなる某国・某首相とは環境も異なります。

それにしても、付き合わされる記者は大変。なにせ相手は独裁的権力者ですから、会見を中座したら後でどういうお叱りがあるやもしれませんし・・・。

【制裁への報復として移民を利用】
閑話休題。
今、ベラルーシが近隣国と揉めているのは、ルカシェンコ大統領が制裁への報復として、意図的に移民を近隣国に送り込んでいる・・・ということ。

****ベラルーシ国境、緊迫 リトアニア、越境阻止 移民・難民急増****
反政権派弾圧が続くベラルーシを経由し、欧州連合(EU)加盟国の隣国リトアニアに向かう中東、アジアからの移民・難民が止まらない。ベラルーシが欧米による制裁への報復で国境を越えさせていると批判するリトアニアは人々を押し返す強硬策に転じ、両国の対立は激化する一方だ。人道問題も絡み、EUは難しい対応を迫られている。

「法的に可能なすべての手段で国境を守る」
リトアニアのビロタイテ内相は2日、前日だけでベラルーシからの越境者が294人に達したことを受けて、強硬手段も辞さずに人々の越境を阻むことを表明した。
 
ベラルーシからリトアニアへの移民・難民が急増し始めたのは6月末。1日100人を超える日が続き、1月からの総数は8月に入って4100人を超えた。昨年1年間で国境審査を受けずリトアニア領に入った越境者はわずか81人だ。
 
ベラルーシによる民間航空機の強制着陸事件を受け、EUが経済制裁を発動したのが6月24日。同国のルカシェンコ大統領はその直後に、ベラルーシ側からの不法越境の取り締まりを拒否すると宣言した。

越境者の約半数はベラルーシへの直行便があるイラクの出身者で、リトアニアは「ベラルーシが空路で到着した人々を入国させ、リトアニアへの越境を促している」と訴える。上空から撮影した、ベラルーシの国境警備隊のものとされる車が国境に向かう人々に同行する映像も公開した。
 
3日以降、越境者は1日数人にまで激減。しかし今度はベラルーシが「リトアニアの国境警備隊が暴力で人々を押し返している」と反発。

ルカシェンコ氏は治安機関幹部を集め、「国境を1メートル単位で封鎖せよ」とげきを飛ばした。両国の国境警備隊間で不測の衝突を恐れる声もある。
 
事態は周辺に飛び火する気配だ。ロイター通信によると、ポーランドには4、5日の両日で昨年1年を超える133人がベラルーシ側から越境。リトアニア入りを阻まれた人々が同じEU加盟国のポーランド国境へ転じた可能性がある。

 ■EU、人道問題絡み難題
EUは当初からベラルーシに対し「移民問題の政治利用は許されない」と強く警告してきた。中東、アフリカ、アジアからEUを目指す移民・難民の多くがたどる地中海経由でギリシャ、イタリアを目指すルートは2015年の難民危機以降警備が強化されたが、今後の展開次第で新たな越境ルートが開きかねない。
 
ただ移民・難民問題には常に人道的側面が絡む。リトアニアはベラルーシとの国境680キロにわたる壁の建設を進める方針だが、難民危機でハンガリーが国境に壁を建設した際は、EUは「越境を試みる人たちをさらに危険な道に追いやる」として強く反対した。
 
強権体制下のベラルーシは移民・難民にとって安全な国と言い難く、同国へ人々を押し戻すリトアニアの方針にも人権団体から批判の声がある。
 
ロシアのタス通信によると、EUから強い要請を受けたイラク政府は7日、ベラルーシへの直行便の運航を見あわせる考えを表明した。ただ中東方面からベラルーシへの直行便はほかにもあり、問題解決につながるかは結局、ベラルーシの対応次第との見方が強い。【8月10日 朝日】
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戦術的に言えば、「移民」という欧州側が対処に苦慮する手段をルカシェンコ大統領は持ち出したようにも。

****ポーランドがベラルーシ国境に非常事態宣言、不法移民増加受け****
ポーランドは2日、ベラルーシから大量の不法移民が送り込まれているとして、国境の2地区に非常事態を宣言した。

同国と欧州連合(EU)は、ベラルーシのルカシェンコ大統領が制裁に圧力をかけるため数百人単位の移民をポーランドに送り込んでいると非難している。

共産主義時代以来となる今回の非常事態宣言では、30日にわたって多人数による集会が禁止され、国境から3キロまでの地域で移動が制限される。

移民支援団体は、ここ数日で既に該当地域でポーランド警察や装甲車が増えているとし、非常事態宣言により支援活動が制限され移民が打撃を受けるのではないかと懸念を表明している。

ポーランド大統領報道官は、国境の情勢は「困難かつ危険だ。ポーランドは、国家とEUの安全保障を確保するための措置を講じなければならない」と述べた。【9月3日 ロイター】
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ポーランドは民主主義に対する価値観の違いから独仏とは溝があり、EU離脱の話さえあるぐらい。

****ポーランド離脱の恐れも=与党の強硬路線に懸念―EU前大統領****
ポーランドの野党「市民プラットフォーム」党首代行を務めるトゥスク前欧州連合(EU)大統領は10日、右派与党「法と正義」のEUとの対立路線がこれ以上続けば、ポーランドのEU離脱という不測の事態に至る可能性も排除できないと危機感を表明した。地元テレビに出演して語った。
 
ポーランド政府は、EU離脱を否定している。しかしトゥスク氏は、英国のEU離脱のような事態は「計画して起こすのではなく、賢明な代替案を用意できずに起きてしまうものだ」と指摘した。
 
ポーランドは司法やメディアの独立性を損なう立法を推し進め、EUと対立。EU欧州委員会は7日、裁判官の懲戒制度をめぐり、ポーランドに制裁金を科すことをEU司法裁判所に請求すると発表した。【9月10日 時事】 
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ただ、上記のようにベラルーシ、その背後にいるロシアとの対立の最前線にある国でもありますので、EUにしても、ポーランドにしても、そう簡単に縁切りとはいかない状況にもあります。

【ロシアにとってベラルーシ・ルカシェンコ大統領は「厄介な盟友」】
ルカシェンコ大統領が強気姿勢を貫けるのもロシアが後ろ盾についているからですが、そのロシアと大規模軍事演習で欧米を牽制していると報じられています。

****露とベラルーシが大規模演習開始 結束誇示し欧米牽制****
ロシアと隣国ベラルーシは10日、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のポーランドに隣接するベラルーシ西部国境などで大規模な合同軍事演習を開始した。

9日にはロシアのプーチン大統領と、ベラルーシのルカシェンコ大統領がモスクワで会談。強権統治を敷く両政権は結束を確認し、人権侵害問題などで両国に制裁を科す欧米側を牽制(けんせい)する思惑だ。

合同軍事演習「ザーパド(西部)2021」は16日までの予定で両国の演習場で行われ、約20万の将兵や80機以上の航空機、約760の地上兵器が参加。

両国は「特定の国を想定しておらず、防衛的性格の演習だ」と説明するが、ルカシェンコ氏は「NATOはベラルーシ国境付近で軍備を増強している」と主張しており、欧米側を念頭に置いた演習であるのは明白だ。(中略)

一方、9日のプーチン氏とルカシェンコ氏の首脳会談では、両国が将来的な創設で合意している「連合国家」の実現に向け、金融やエネルギー分野で統合を加速させることを確認。2022年末までにロシアはベラルーシに6億ドル(約650億円)超の融資を行う準備があることも発表された。

ルカシェンコ政権は昨年8月の大統領選をめぐる抗議デモの弾圧や、旅客機を強制着陸させて反体制派記者を拘束した問題、東京五輪での女性選手への強制帰国命令問題などで欧米との関係が極度に悪化し、ロシアに接近。ベラルーシへの影響力を拡大したいロシアも同政権を支援している。【9月10日 産経】
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合同演習に先立ち、ルカシェンコ大統領はロシアと共同して西側と戦う用意があるとの主張も。

****ロシア・ベラルーシ合同軍が西側と戦う?****
ベラルーシ軍とロシア軍は、「実質的に一つ」である──旧ソ連ベラルーシのルカシェンコ大統領は9月1日、こう発言し、仮に西側との戦争が勃発すれば「ベラルーシ軍がまず先頭に立って戦い、すぐにロシア西部軍が加わり共同で防衛する」と表明した。同国には間もなくロシアから戦闘機やミサイル防空システムなどが供与されるという。

これらの発言は、両国が9月半ばに予定している20万人規模の合同軍事演習に先立つもの。ルカシェンコは、昨年8月に6期目を目指す大統領選で不正を行ったとして国内と西側諸国から猛反発を受けてきた。

国内反対派を弾圧し、アメリカとEUから制裁を科されても、ロシアはルカシェンコを忠実に擁護している。

ルカシェンコは今回の合同軍事演習は西側からの圧力に対する両国共同の努力の一環だと主張。
かつてはロシアがベラルーシの属国化を狙っていると批判していたが、最近はプーチン露大統領の後ろ盾に頼りきりのようだ。【9月6日 Newsweek】
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ただ、いつも言うように、ルカシェンコ大統領とロシア・プーチン大統領との関係は、そう“蜜月”というものではなく、ロシア・プーチン大統領にすれば、ロシアの意向に従わない“厄介”な存在でもあります。ロシアと欧米の対立という構図上、ルカシェンコ大統領を支えてはいますが・・・

先の大統領選挙でも、ルカシェンコ大統領を見限って、首のすげかえを・・・という話もありましたが、それを見越したようにルカシェンコ大統領はロシアに近い有力候補ババリコ氏を投獄してしてしまいました。

ルカシェンコ大統領にしても、“喰われてしまいわないように”気をつけながら、どうやって利用できるか・・・といったところでしょう。

****ロシアとベラルーシ、政治・軍事協力を加速****
(中略)
「厄介な盟友」
今回の首脳会談で浮き彫りになりそうなのは、ルカシェンコ氏が政権維持を担保するためにロシアへの依存度の高める一方、ロシア側も同氏の強権的統治を支援しながら同氏を「厄介な盟友」とみていることだ。

ベラルーシにはルカシェンコ氏が調達の意向を示した軍装備品の購入資金がないため、ロシア側は大幅な値引きに応じるか、政治的譲歩を求めることになりそうだ。

ロシアのシンクタンク戦略技術分析センターのルスラン・プーコフ代表は「ルカシェンコ氏はロシアから大量に兵器を買うと約束したが、実は両国の軍部をさらに一体化しようというロシアの要求から逃れる方策にすぎない。ロシアからの借金でほとんどを賄おうとしているのも、同氏がそう考えてる証拠だ」と指摘する。

「20年の抗議デモの後、ルカシェンコ氏はロシアとの統合を強化するよう迫られたのは間違いないが、そんな中でも彼は臨機応変かつ巧妙に過度のロシア依存を避け続けてきた」

連合国家創設へ28項目合意
(中略)米シンクタンク海軍分析センター(CNA)のマイケル・コフマン上級調査員によると、今回の合同軍事演習について西側諸国は前回17年ほどの脅威を感じていないという。前回はロシアが臨時軍事演習を口実にクリミアに侵攻後、3年しかたっていなかったからだ。

「双方ともに相手を恐れていた。我々はロシアの意図を全く理解できなかった」とコフマン氏は言う。「だが今や、相手が何をしようとしているのか互いに分かるようになった」

ロシアにとって合同軍事演習の最大の目的は西側への挑発ではなく、戦闘即応性の維持だと戦略技術分析センターのプーコフ氏は指摘する。「NATOの戦力がロシアを数倍上回っているのは明らかだ。軍事的に優位なNATOにロシア軍が立ち向かうには、緊急対応力と早期展開力を高めるほかに方法はない」

それでもバルト3国はルカシェンコ氏の常軌を逸した行動から、今回の合同演習で損害を被る可能性が高まったとみている。(中略)

バルト3国はベラルーシをならず者政権に牛耳られた国とする見方を強めつつある。エストニア議会のミフケルソン外交委員長はルカシェンコ氏を「狂人」とさえ評している。

誤解が危機的事態招く
ミフケルソン氏はさらにこう続ける。「ベラルーシとの国境地帯に機関銃や狙撃ライフルなどを装備した途端、緊張状態を挑発と受け取られかねない。敵を必要としているルカシェンコにとって欧州諸国はとても都合のいい存在だから、彼は当然それに乗じるかもしれない」

NATOの多国籍部隊が駐留するバルト3国とポーランドには、いずれも国境での有事の際の明確な交戦規定があると当局者は言うが、何らかの手違いが起きる懸念は残る。

ラトビアのリンケービッチ外相は、1962年のキューバ危機のさなかに米軍機が地対空ミサイルでソ連に撃墜された事件のように、上官の承認を経ない現場の行動により誤解を生じる可能性が「かなり高い」と述べた。「そうしたことが危機的な事態を招きうる」(2021年9月9日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版)【9月10日 日経】
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アメリカ  感染再拡大で「分断」の最前線となる学校マスク着用、ワクチン接種義務化

2021-09-11 22:59:51 | アメリカ
【9月7日 NHK】

【子供の感染拡大 12歳未満のワクチン接種も】
新型コロナ感染者が累計で4000万人を超え、死者も66万人ほどに達するアメリカでは、ワクチン接種の進展もあって一時楽観的なムードもありましたが、7月、8月と再び感染が急拡大し、9月10日時点で、新規感染者の7日間移動平均値は14万5千人になっています。(数値はニューヨークタイムズ提供)

日本の9月10日時点での新規感染者の7日間移動平均値は1万1千人ほどですから、日本の2.6倍という人口規模を考えても、非常に高い水準にあります。

最近の感染拡大で目立つのは、デルタ株の拡大による子供の感染が多いことです。

****子どもの入院が過去最高を更新、基礎疾患なく重症化の症例も 米国****
新型コロナウイルスのデルタ株が猛威を振るう中、新学期を迎えた米国で子どもの症例数が急増している。米保健福祉省の統計によると、7日現在、新型コロナで入院している子どもは2396人となり、過去最高を更新した。

米疾病対策センター(CDC)によると、今月6日までの1週間で、新型コロナのために入院した小児患者は1日あたり平均で369人に上った。

CDCの統計によれば、新型コロナのために入院した子どもは2020年8月以来の累計で5万5000人を超えている。多くは基礎疾患のない子どもだった。

子どもの死亡はまだまれだが、数は増えつつある。8日までに、少なくとも520人の子どもが死亡した。(中略)

新型コロナの新規の症例数のうち、子どもが占める割合は26%を超えているという。
全米の約100郡を集計したCDCの統計によれば、20年3月~21年6月の間に新型コロナで入院した子どものうち、46.4%は基礎疾患が確認されていなかった。

子どもは重症化しないという説も、デルタ株によって覆されつつある。
かつては「症状が重くなる子どもの大部分は、別の疾患や合併症のある子どもだった」とコロンビア大学医療センターの小児科医、スザンナ・ヒルズ氏は言う。「しかし今はデルタ株の影響で状況が変わり、必ずしも合併症のない子どもが入院している」

最初は軽症だったり無症状だったりした子どもが、数週間から数カ月後に小児多系統炎症性症候群(MIS―C)という症状のために入院するケースもある。(中略)

「子どもを守るための最善の対策は、日常の行動を通じて子どもと家族全員を新型コロナウイルスに感染させないようにすることだ」とCDCは述べ、12歳以上の子どもにワクチンを接種させるよう促している。

たとえ両親がワクチン接種を済ませていたとしても、無症状のままブレークスルー感染して、知らないうちに子どもたちにうつす可能性もある。

このため、幼い子どもをもつ親は、屋内であっても公共の場でマスクを着用する必要があるとCDCのロシェル・ワレンスキー所長は強調。ワクチン接種年齢に満たない子どもは「ワクチンを接種した人たちで取り囲む」ことが大切だと話している。【9月9日 CNN】
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こうした事態を受けて、12歳未満の子供へのワクチン接種の開始される方向で進んでいます。

****米、子どもへのコロナワクチン近く認可も 2カ月間のデータ見極め****
米食品医薬品局(FDA)は10日、子どもに対する新型コロナウイルスワクチン接種の臨床試験で、副反応を見極めるために少なくとも2カ月間の観察期間を設けるべきという見解を示した。

感染力の強いデルタ変異株の流行が学校再開を妨げる恐れがある中、12歳以下の子どもへのワクチン接種を認可するよう圧力が強まっている。FDAは正式承認ではなく、より迅速な緊急使用認可を出す選択肢を検討している可能性がある。

FDAはまた、治験データの精査の早期完了を目指しており、数週間以内にも終える公算が大きいと明らかにした。

FDAは8月、16歳以上を対象に米ファイザーと独ビオンテックが共同開発した新型コロナワクチンを正式承認。12─15歳については緊急使用認可の下、接種が認められている。

ファイザーは月内に5─11歳へのワクチン接種の認可取得に必要なデータを提出する計画で、その後まもなく認可申請に動く可能性があるとした。

その後、2─5歳のワクチン接種に関するデータを入手し、生後6カ月─2歳への安全性や免疫原性に関するデータは早ければ10─11月に得られる見通しという。【9月11日 ロイター】
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早ければ10月が予想されるファイザーから少し遅れて、モデルナ製ワクチンに関する判断は11月ごろになるとされています。

児童へのワクチン接種の義務化をめぐる議論も加速し、西部ロサンゼルスの学校では12歳以上の児童と生徒はワクチンの接種を受けなければ来年1月以降、原則登校できないことになりました。【9月10日 NHKより】

【学校でのマスク着用義務化で激しい対立】
しかし、アメリカではコロナ対策・マスク・ワクチンは「分断」の政治問題化しているのは周知のところ。
ワクチン以前の問題で、マスク着用についても相変わらず揉めています。

****子どものマスク着用でなぜ対立?****
学校で子どもたちにマスクの着用を義務づけるべきか。新型コロナウイルスの感染者が世界で最も多いアメリカで、保護者の意見が割れている。背景には何があるのか?

国は“マスク着用が不可欠”
ロサンゼルスアメリカでは、8月から9月が新たな学年の始まりだ。これにあわせて、新型コロナ対策にあたるCDC=疾病対策センターは、7月下旬、変異ウイルス「デルタ株」が拡大する中、学校の感染対策として、すべての児童・生徒や教職員が屋内でマスクを着用するよう推奨した。(中略)

ロサンゼルスでは、マスクの着用に賛成の声が多く聞かれる。私も新学期が始まる前に、子どもが通うロサンゼルスの小学校のオンライン保護者会に出席した。校長からマスク着用などの感染対策について説明があったが、マスク着用に反対する保護者は1人もいなかった。異論なしだった。

『マスク着用は児童虐待!?』
しかし、全米に目を向けると、賛成する人ばかりではない。

野党・共和党が強い州では、義務化に反対する動きが各地で起きている。こうした動きの急先鋒とも言えるのが南部フロリダ州。「デルタ株」の広がりを受け感染状況の悪化は全米の中でも深刻だ。それでも、フロリダを代表する都市マイアミの中心部では、マスクをせずに闊歩する人の姿が目立つ。

先月、マイアミから車で40分ほど離れたフォートローダーデールで、マスク着用を義務づけた郡の決定に反対する保護者らの抗議デモが行われていた。

参加したのはおよそ50人。プラカードには、「われわれの子どもたちのマスクを外させろ」とか「学校には親と同様の権利はない」、さらには「マスク着用は児童虐待だ」と書かれていたものまで。

なぜマスクが論争に?
なぜ、保護者らはマスクの着用の義務化に強く反対するのか?実はアメリカでは、マスクの着用がリベラルと保守の分断の象徴ともなってきた。
アメリカでは、これまでも、例えば、店に入る時のマスクの着用を義務化すべきという議論があったが、そのたびに保守層からは、自由の尊重というアメリカの建国の理念に反するとか、着用は個人の自由に委ねられるべきだなどとして反対意見が出ていた。それが新学期に再び噴出した形だ。

デモを主催したイーロン・ガーバーグさんが強調した。
ガーバーグさん 「われわれが暮らしているのは、マスクの着用が強制されない社会だ」
そして、ガーバーグさんは新型コロナの感染の終息が見えないことへの強い不満を与党・民主党のバイデン大統領に向けた。(中略)

ただ、地域の保護者全員が反対ということではないようだ。抗議デモの会場では、義務化に賛成する人もあらわれ、ガーバーグさんに「新型コロナでこれまでに何人が亡くなったのかを考えるべきだ」と大きな声で反論し、激しい口論になっていた。

親トランプ氏の知事が反対運動を後押し
マスクの着用の義務化に反対する保護者らの運動をあおる形となっているのが、フロリダ州のデサンティス知事のバイデン政権との対決姿勢だ。野党・共和党のデサンティス知事はトランプ前大統領とも近い関係で知られる。

デサンティス知事は「子どもの健康について決める権利は、学校ではなく親にある」として、ある行政命令に署名した。義務化反対という州知事の方針に従わない学区には、財政支援を保留できるという異例の内容だ。

これを受け、教育行政のトップは、『義務化を決定した学区の幹部の給与支払いを保留する』と、どう喝ともとれる警告書を送り、それを実行した。

フロリダ州の裁判所は、先月27日に命令は認められないという判断を下したが、デサンティス知事は控訴する方針で、学校現場の混乱も懸念される。

デサンティス知事デサンティス知事は、全国的に名前を知られた政治家の1人だ。今後の政治活動のステップアップを考えたときに、フロリダ州での保守層の支持は強固なものにしておきたいという狙いがありそうだ。

マスクの論争は政党対決
マスクの着用を巡る論争は、いまや政党間の対決となり、その結果、州ごとに対応がわかれる事態となっている。

学校でのマスクの着用を義務化した州は、カリフォルニア州やニューヨーク州、それにワシントン州など与党・民主党が強いとされる州が多い。
一方、知事が義務化に反対している州は、フロリダ州のほかにもテキサス州など野党・共和党が強いとされる州が多く含まれている。こうした州の共和党の知事らは、歩調をあわせてマスクの着用義務化を推奨するCDCの方針に反対している。

バイデン大統領これに対して、バイデン大統領は、先月中旬、「自分たちの政治的な利益のために論争にしようとしている。新型コロナと闘う気が無いならせめて邪魔しないでほしい」と強く批判。義務化を封じようとする州の動きには法的措置も辞さない姿勢を示し、論争はさらにエスカレートする様相を見せている。

先月、AP通信などが全米のおよそ1700人を対象に行った世論調査でも、学校でのマスク着用に賛成と回答したのは、与党・民主党支持者では80%余り。これに対して、野党・共和党支持者では30%余り。意見の違いは浮き彫りになっていて、溝を埋めるのは簡単ではなさそうだ。

論争激化の背景は
なぜ、マスク着用義務化の是非が、激しい論争に発展してしまうのか?
アメリカの保守系の政治動向に詳しいジャーナリストのアブナー・ハウギー氏は、着用義務化に反対する運動の核となっている人たちについて、こう分析する。

ジャーナリストのアブナー・ハウギー氏ハウギー氏
「反対運動を展開しているのはロックダウンやマスクの着用に不満を持っている人たちです。そして、ほかの人の安全を犠牲にしても、自分たちの主張を支持してくれる政治家を支援しているのです」

反対運動を展開する保守層の人たちはリベラルな価値観に対して強い嫌悪感を抱き、さらには、「ワクチンにはマイクロチップが入っている」というようないわゆる「陰謀論」を信じている人もいるからこそ、義務化を主張する人たちとの対話の余地はないのだという。

公衆衛生の専門家は懸念
しかし、この状況は学校に通うアメリカの子どもたちのためになるのか?

ジョージ・ラザフォード教授公衆衛生が専門のカリフォルニア大学サンフランシスコ校のジョージ・ラザフォード教授は、アメリカでは、CDCがマスクの着用を全国に向けて推奨しても、立法措置などの具体的な対応はそれぞれの州に委ねられていることがネックになっていると指摘する。そのうえで、親の政治的な立場の違いが子どもの健康にまで影響を及ぼしかねない事態に大きな懸念を示していた。

ラザフォード教授
「マスクの義務化やワクチン接種などに大きな地域差があるのは許容できない。ワクチン接種の対象外の12歳未満の子どもを感染から守るにはマスクしかなく、着用に反対の人が増えるほど、感染は拡大しパンデミックが長引くことを理解してほしい」

学校でのマスク着用をめぐる論争は、アメリカ社会の分断の深さを改めて顕在化させたといえる。そして、パンデミックが1年半をすぎても収束しないことに社会の不満が鬱積している現状も深刻だと感じた。【9月7日 NHK】
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【バイデン政権、ワクチン接種義務化の方向 「訴訟の津波」の可能性も】
バイデン大統領は大規模企業従業員や連邦職員にワクチン接種義務化の方針を出しています。

****米、企業もワクチン接種義務化=連邦職員は全員対象に****
バイデン米大統領は9日、国民向けに演説を行い、100人超の従業員を抱える企業に対し、従業員に新型コロナウイルスのワクチン接種か、毎週の感染検査を受けさせることを義務化する方針を明らかにした。また、すべての連邦職員にワクチン接種を義務付ける。感染力の強いデルタ株の流行で新規感染者が再び増加する中、未接種者への働き掛けを強化する狙いがある。
 
バイデン氏は演説で「(ワクチン接種は)自由や個人の選択の問題ではなく、自分や周りの人々を守ることだ」と強調。ワクチンに否定的な市民らに接種を呼び掛けた。米国の労働者の3分の2に当たる1億人が今回の措置の対象になるという。
 
米政府高官によると、企業が従わなかった場合、最高1万4000ドル(約150万円)の制裁金が科される。ロイター通信によると、航空機などでのマスク着用義務違反に対する制裁金も最高3000ドル(約33万円)に引き上げる。【9月10日 時事】
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マスクでも前述のような論争が起きるぐらいですから、ワクチン接種義務化は更に激しい抵抗を生みます。

****バイデン氏のワクチン接種義務化、共和党議員らから反対相次ぐ****
バイデン米大統領が発表した連邦政府職員や大企業の従業員などに対する新型コロナウイルスワクチン接種の義務化を巡り、共和党議員や自由主義者などから反対する声が相次いでいる。

共和党全国委員会(RNC)のロナ・マクダニエル委員長は声明で、「この法令が施行されたら、RNCは米国民とその自由を守るために政権を訴える」と述べた。

保守派のチャールズ・コーク財団が出資する非営利団体「ニュー・シビル・リバティーズ・アライアンス」は、「バイデン政権の十分に練られていない『パンデミックからの脱却』計画は、合衆国憲法が行政機関に与えている権限を大幅に超えている」と指摘。「連邦政府に規制権限はなく、同様にどんな規模の民間企業の従業員にもワクチン接種を義務付ける権限はない」とした。

バイデン氏は10日、訴訟の可能性について意に介さず、「共和党の州知事の中には子どもたちや地域社会の健康について思慮に欠ける人がおり、非常に残念だ」と述べた。

米シンクタンクのケイトー研究所はブログで、ワクチン接種の義務化はバイデン政権に「訴訟の津波」をもたらすと主張。「大統領の独断で新たに広範な規制が実施されるという点で権力分立の問題がある」とした。

また、共和党のテッド・クルーズ上院議員は「ワクチンを支持しているし、接種したが、米国民は自身の健康に関して個人的な選択を行う権利がある」と指摘。「ワクチン接種は医師と相談して決めるべきことであり、政府が強制するものではない」とした。【9月11日 ロイター】
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個人的には、「個人の選択」とは言いつつも、他人に感染を広げる自由は公共の観点から制約されると考えます。
本音で言えば、(日本でもアメリカでも)そこまでワクチンに抵抗する人々の考えが理解できません。

ただ、民間企業で接種を義務化する動きが広がれば、未接種者が失業する懸念も出ています。
「訴訟の津波」にどこまでバイデン政権が耐えられるのか・・・

ワクチンに関しては、「自由の国」フランスでも衛生パス(いわゆるワクチンパスポート)に対する抗議行動が起きていますが、そのあたりはまた別機会に。

新型コロナに関しては、3回目のブースター接種や抗体カクテル療法に関する話題などもありますが、それらについてもまた別機会に。
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南スーダン  「また食べ物がないという悪夢」 「独立10年」への絶望と「次の10年」への希望

2021-09-10 23:07:31 | スーダン
(7月9日、南スーダン・ジュバの広場で国旗を掲げ独立記念日を祝う人たち【7月9日 共同】)

【「国に帰ってまた食べ物がない、という悪夢を見る」 日本で長期合宿のパラアスリート】
2011年に独立した世界で最も新しい国、南スーダン。

日本は、国連平和維持活動(PKO)の一環として2012年1月に自衛隊の施設部隊を国連南スーダン派遣団(UNMISS)に派遣し、道路改修などにあたりました。

しかし、宿営地の施設が被弾するなど、自衛隊が戦闘に巻き込まれる危険にも直面。2017年5月に部隊は撤収しましたが、司令部に要員を派遣し続けています。

部隊撤収後は日本における南スーダンへの関心は急速に薄れましたが、この南スーダンから陸上の代表選手とコーチ、計5人がJICA(国際協力機構)の斡旋で2019年11月に来日し、東京オリンピック・パラリンピックの出場を目指して群馬県前橋市で長期事前キャンプを続けていました。

その南スーダンの選手が語る母国での状況は、練習以前の問題として、食べることさえままならない現実です。

****南スーダン代表選手が語る母国の困難 「食べられない悪夢」をなくしたい****
南スーダンは国民の6割が日々の十分な食事を摂れずにいる、世界で最も飢餓の深刻な地域の一つ。選手団の中にも、何も食べられない日々を送った人がいます。私たちには何ができるでしょうか。

父は病死、何も食べられない日も
(中略)(選手たちの)滞在中は、前橋市が住まいや3度の食事、練習場などを、協賛企業が衣類やスポーツの道具をそれぞれ提供しています。前橋市へのふるさと納税を通じて、一般の人々からキャンプへの支援も集まっています。

「来日して、毎日3回食べられることが本当にうれしい」と語るのは、パラリンピック100メートルの選手、クティアン・マイケルさん(30歳)。南スーダン中央部の村で育ちましたが、18歳の時に父親を病気で失い、厳しい暮らしを強いられてきました。

家族を支えてくれる人は誰もいません。ラッキーな日は1度ご飯を食べられましたが、何も食べられない日もしょっちゅうでした」。パラアスリートとなり首都・ジュバで練習を始めてからも、生活費の援助は一切なかったそう。

「競技場まで歩いて3時間かかり、お金がなくて食べ物を買えない日は、練習に行く力も湧きませんでした。胃が空っぽではトレーニングはできません」。来日して栄養状態が改善したことで、自己ベストは1秒近く縮まりました。

「栄養をつけてエネルギーを蓄えてこそ、パフォーマンスが上がると実感しました。自信がつき、記録を更新したいという意欲も高まりました」

マイケルさんは生まれつき、右腕に障害があります。しかし誰よりも練習熱心で、走りは健常者のアスリートとも遜色がありません。将来は母国で、障害者を集めて競技会を開くのが夢です。

ただ、今は帰国して再び飢餓に直面することを恐れています。親しくなった前橋市の職員に「国に帰ってまた食べ物がない、という悪夢を見る」と、ポツリと漏らしたそうです。(中略)

総合的食料安全保障レベル分類 (IPC) 評価によると、南スーダンでは農作物の収穫量が減る7月になると、724万人が深刻な飢餓に直面し、140万人の子どもが急性栄養不良に陥る恐れがあります。

しかし今年4月、国連WFPは資金不足のため、同国で1人当たりの食料配給量を削減すると発表しました。これによって難民や国内避難民、70万人近くが影響を受ける見通しです。

飢える恐怖のあまり悪夢を見るというマイケルさんのような人を一日でも早くなくすため、国連WFPは厳しい状況の中でも懸命に、現地での食料支援を続けています。【8月11日】
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【国際パラリンピック委員会加盟が間に合わず大会出場出来ず】
しかし、上記記事にも紹介されているパラアスリートのマイケルさんは、パラリンピックに出場出来ませんでした。

****IPC 南スーダンのパラリンピック出場認めず “PCに未加盟”で****
24日に開幕する東京パラリンピックに参加するため前橋市で長期合宿を行っていた南スーダンの選手について、IPC=国際パラリンピック委員会は南スーダンがIPCに加盟していないとして大会の出場が認められないことを明らかにしました。

南スーダン出身で陸上男子の腕に障害があるクラスのクティヤン・マイケル選手は、母国の練習環境が十分でないとして、東京パラリンピックの出場を目指しおととしからホストタウンの前橋市で長期合宿を行っていました。

この選手についてIPCのスペンス広報部長は20日、NHKの取材に対して「南スーダンはIPCに加盟していないので大会には参加できない」として出場が認められないことを明らかにしました。

南スーダンは2011年に独立したあとも政府と反政府勢力の間で武力衝突が繰り返されるなど内戦状態でしたが、東京大会までにIPCに加盟することを目指していました。

マイケル選手とともに前橋市で合宿をしていた南スーダンの陸上選手2人は東京オリンピックに主催者の枠で出場しています。

東京パラリンピックにはおよそ160の国と地域から選手4400人が参加する予定ですが、これまでに北朝鮮とバヌアツ、それにアフガニスタンの不参加が明らかになっています。【8月20日 NHK】
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“大会開催までに国際パラリンピック委員会への加盟が間に合わず、出場が認められなかった”【8月23日 読売】とも。

このあたりに、独立後も民族対立を背景にした大統領派と副大統領派の内戦が続いた南スーダンの“食べること”“生きていくこと”で精一杯の混乱ぶりがうかがえます。

【内戦は停戦したものの混乱が続く】
****南スーダン、見えぬ未来 独立10年 各勢力の軍統合難航****
南スーダンが(7月)9日、独立から10年を迎えた。内戦を繰り返し、自衛隊もインフラ整備などを支援した「世界で最も新しい国」だが、人口の3分の1にあたる約390万人の難民や避難民は帰還のめどが立っておらず、国の先行きは不透明なままだ。
 
サルバ・キール大統領は同日朝、首都ジュバの大統領府で演説し、「私は再び内戦に戻ることがないことを国民に約束する。失われた10年を取り戻し、新たな10年でこの国を発展の道へと戻すために皆で力を合わせよう」と呼びかけた。
 
南スーダンは、1955年から05年まで断続的に続いた武装闘争の末、11年にスーダンから分離独立。だが、13年12月、最大民族ディンカ出身のキール大統領と、2番目に多い民族ヌエル出身のマシャル副大統領の間で緊張が高まり、ジュバでの戦闘をきっかけに全土で内戦に突入。約40万人が犠牲になったとされる。(中略) 
 
18年にキール氏とマシャル氏などの間で和平合意が成立し、20年2月に暫定政府が発足した。だが、各勢力を国軍に統合する計画が進まないなど、合意内容の実現は遅れている。

政府のガバナンスなどを監視する現地NGOのエドムンド・ヤカニ事務局長は「平和と安定は軍統合の成否にかかっているが、階級の割り当てなどをめぐる争いで進まない。新たに内戦が起きないか恐れている」と話す。

 ■国内720万人、食料不足
内戦で家を追われた人々の苦しい生活は今も続いている。
 
7月8日朝、首都ジュバ郊外にある計約3万1千人が暮らす避難民キャンプを訪れた。
複数の避難民によると、昨年キャンプの運営が国連から政府に移管されて以降、生活環境は悪化。給水が制限されるようになり、近くの溝を流れる水をくんでしのぐ。
 
世界食糧計画(WFP)による支援が続いてきたが、コロナ禍で財源不足に陥り、配給は基準の半分に落ち込んでいるという。国連人道問題調整事務所(OCHA)は、今年5~7月に国内の約720万人が食料不足に陥り、独立以来、最悪の状況だと指摘する。
 
それでも、避難民で起業家を目指す男性(29)は「指導者たちが協力できれば、戦後の日本のように国を立て直すことはできる」と希望を語った。【7月10日 朝日】
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大統領派と副大統領派の内戦は一応2018年に停戦したものの、副大統領派の分裂など不安定な状態は続いています。

****南スーダン戦闘、30人超死亡 副大統領派が分裂****
南スーダンでマシャール第1副大統領を支持してきた勢力が分裂し、7日までに戦闘を開始した。副大統領派の報道官は同日、敵対する勢力の有力司令官を含む29人を殺害、自派の兵士3人が死亡したと明らかにした。ロイター通信が伝えた。
 
一方、副大統領派と敵対する勢力側は兵士28人を殺害したと発表。4日にマシャール氏を指導者から「解任した」と主張しており、戦闘の激化が懸念されている。
 
マシャール氏は5日、敵対勢力側が南スーダンの和平プロセスを阻害しようとしていると批判していた。【8月8日 共同】
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【「独立10年」への絶望と「次の10年」への希望】
こうした南スーダンの現状に絶望を隠さない人も、あるいは、「次の10年」に希望を託す人も。

****希望と絶望抱え…世界一若い国が独立10年 最貧のアフリカ南スーダン****
東京五輪の開幕が間近に迫った7月上旬、世界196カ国のうち一番若い国が独立10年を祝った。アフリカ東部に位置する南スーダンだ。

多くの犠牲を経て2011年に始まった新国家の歩みは決して順調とは言えない。国連開発計画(UNDP)が昨年12月に発表した国民生活の豊かさを示す「人間開発指数」の世界ランキングでは下から4番目だった。

最貧国を抜け出せないまま訪れた「次の10年」。人々の思いには希望と絶望が入り交じっている。

▽血塗られた歴史
「平和の中で独立10年を迎えられたことをうれしく思う」。独立記念日の7月9日、首都ジュバの大統領府でサルバ・キール大統領はこう演説し、国家の安定を強調した。演説の直前には記念日を祝うショートマラソン大会がジュバ市内で開かれ、リアク・マシャール第1副大統領が「過去の不幸を忘れて国家の新しい章を開こう」と観覧席から訴えた。集まった数千人の市民から歓声が沸き上がり、会場は大興奮だ。
 
政府首脳2人の前向きな発言の背景には血塗られた歴史がある。南スーダンは05年まで20年以上続いた内戦を経て、11年にスーダンから独立した。当初は豊富な地下資源を活用した経済発展が期待されたが、政権内でキール氏とマシャール氏が対立し、両氏の出身民族を巻き込んで13年12月に再び内戦に突入。18年9月の和平協定締結までに約40万人が犠牲になったとされる。
 
20年2月、共同で権力を握る現政府が発足し、両陣営は元のさやに収まった。民主的な選挙を23年までに実施することを目指しているとされ、権力闘争は表面上、一時休戦となっている。
 
ただ不穏な空気は晴れない。キール氏とマシャール氏が独立記念日を公の場で共に祝うことはとうとうなかった。

今年8月に入ると、マシャール陣営内の分裂が表面化。反マシャールに転じた勢力は同氏を指導者から「解任した」と主張した。対立する勢力間では激しい戦闘が起きたとみられ、ロイター通信は何十人もの死者が出た可能性を伝えた。次の10年の始まりには、早くも暗雲が垂れ込めている。
 
▽悲しみ抱えた難民生活
独立後の内戦では多くの人々が南スーダンから逃れ、今も220万人以上が国外で暮らしている。多くは祖国での悲しい思い出を抱えたまま、経済的にも苦しい日々が続く。隣国エチオピアの首都アディスアベバで出会ったジョックさん(29)=フルネーム非公表=もそんな中の一人だった。
 
「おれの生活を見てみろよ。独立10年に何の意味がある」。7月9日の独立記念日が近づいてきた6月後半、自宅がある貧困地区の薄暗いカフェの片隅で聞いたジョックさんのつぶやきにはあざけりと怒りが込められていた。
 
11年の南スーダン独立時は学生だった。首都ジュバ郊外で両親や兄弟との9人で暮らし、スーダンからの分離闘争を経ての祖国誕生は「まさに喜びだった」。原油などアフリカ諸国有数の豊富な地下資源が、明るい未来を約束しているかのように感じたという。
 
だが現実は違った。政権内の主導権争いが激化。ジョックさんの民族はマシャール氏と同じヌエル人で、キール氏が属するディンカ人との間で緊張が高まった。
 
悲劇が起きたのは13年12月の夜。近所の人と夕食を囲んでいると背後から銃声が響き、目の前で3人が倒れた。「ディンカだ!」。当時9歳だった弟の手を引いて一目散に闇の中を逃げた。その日以来、他の家族の行方は分からない。
 
逃げた方向が同じだった約50人で一緒にコンゴ(旧ザイール)国境を目指した。森林をさまよう決死の逃避行。「動けなくなった人は置いていった。仕方なかったんだ」。7日後にコンゴの名も知らない町にたどり着いた時には、仲間は20人ほどになっていた。
 
コンゴで国連機関の保護を受け、難民として弟と共にエチオピアに受け入れられた。「安全だが仕事はない」。わずかな公的補助を頼りに、同じ境遇の南スーダン人同士で寄り添い合って生きている。最近、難民仲間の女性(21)と結婚したが、生活力がなく同居はできない。
 
「もちろんいつかは彼女と暮らしたい。仕事があるなら、どこの国にだって行くさ。おれから全てを奪った南スーダン以外なら…」
 
▽国歌への思いもう一度
ジョックさんのように祖国への絶望を隠さない人がいれば、国内にはその行く末に希望を見いだそうとする人々もいる。国歌の誕生を支えたジュバ大学コーラス隊メンバーら、当時の学生たちだ。この10年への思いを聞きたくて、独立記念日2日前の夜、既に社会人となった彼らにジュバ市内のレストランでささやかな“同窓会”を開いてもらった。
 
「新しい国の始まりに貢献できたわけだから、それは光栄な気持ちでいっぱいだったよ」。ITエンジニアのエベネザ・ゴレさん(32)は卓上のスープを口に運びつつ懐かしげに語った。
 
分離独立の道筋が見えた10年ごろ、南部スーダン自治政府(当時)のリーダーたちは新しい国歌の歌詞を定め、旋律は複数の音楽家に作曲を打診し選ぶことにした。ある作曲家グループがジュバ大学のゴレさんら約30人に歌唱を依頼し、同年秋のコンテストで歌ったものが採用された。
 
その後、歌詞の一部改訂を経て生まれたのが今の国歌「南スーダン万歳!」だ。聴いてみると、国歌一般に抱いていた荘厳なイメージは裏切られ、軽快な響きが印象に残る。
 
「近隣国で流行していた音楽のコード進行やリズムを取り入れたんだ。これからの国なんだから重たい感じはふさわしくないと思ってね」。作曲補助と編曲を担当した音楽プロデューサーのエイブラハム・コスタさん(32)は振り返る。生まれてくる祖国を待ち受けているはずの幸福な未来への願いを明るい調子に託したという。

コーラス隊は小中学校を訪れ国歌の普及に努めた。11年7月9日の独立の日にはジュバ中心部の祝賀会場で、300人を超える大編成を組み、高らかに歌った。
 
政権内の主導権争いの末に内戦が始まり、夢は色あせた。ゴレさんらは「内戦時のことは思い出したくない」と口が重い。明るい将来を信じて共に歌った仲間の中には、命を落としたり国外へ逃れたりした人もいた。

国歌の普及活動も頓挫した。「国歌を少しでも歌える国民なんて今はほとんどいないだろうね」。元コーラス隊で、コスタさんと音楽活動を続けるジョン・ボスコさん(34)が浮かべた笑みは自嘲気味だった。
 
政情不安の続く南スーダン。だが内戦は18年に一応の終結をみた。彼らにとってはわずかな光が差し込む中での建国10年。「また独立時と同じ気持ちで国歌と向き合いたい」。この日の会合ではこんな言葉も聞こえてきた。
 
「平和と調和の中でわれらに団結をもたらしたまえ」―。あのころ力いっぱいに歌った歌詞の願いはまだかなっていない。それでも元コーラス隊の気持ちは同じだ。「次の10年でこそきっとかなうはず。いつか平和な世の中で、この歌が歌い継がれるようになってほしい」【9月10日 47NEWS】
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