還暦同窓会の行われる23日前の風呂の中で考えた。
高校生時代は自分の60年間の歴史の中で最も悪い時期だったのではないかと。
勉強の嫌いな自分が進学校と呼ばれる高校に行ったのが間違いだし家庭環境が良くなかったし出身中学も暴力的だった。
会場に着くと次々と懐かしい顔が現れる。
彼らの顔を見ていたら、いつしか自分がこの中で最低の成績だったことも忘れて大いに語り合い笑いあった。
「太ったでしょ私」という女性というよりこの場合は女子。
「皆太ったから縮尺が同じだから太っていないよ」と答えた。
挨拶が上手な同級生を見ていると自分とは違うなと思う。
だが彼らは挨拶に慣れているだけだ、とこの年なら知っている。
私の隣に座ってくれた友が何人かいる。
皆が修学旅行で土産を買っている時に「オレは何も買わない」と言ったらしい。
驚いた彼は、その時「この人はどんな人なんだろうと思った」という。
「オレは流されるタイプだもんでね」と彼は付け加えた。
「まだフルート吹いてる?」と聞く友もいた。
「いやあれは、あの時期だけで大人になってからはリコーダーを習ったよ」と伝えた。
それも止めてしまったが。
「あの頃DT-1に乗っていてカッコよかったけど今は?」という男子。
あれこれ経営している成功者が私に「呑めよ」と酒を注いでくれた。
「お前のヒゲは似合うけど、あそこのあいつは似合わんな」という者。
勉強は出来なかったし素行も悪い時があったけど嫌われてはいないはず、という私の勝手なイメージは、まんざら錯覚でもなさそうだ。
「おまえ何か事務所に勤めていたんじゃなかったか」というぶしつけな質問が来た。
私にとって直球のデッドボールだと思われた。
「試験に受からなくて親父の仕事を継げなかったのだよ」と答えた。
この年は皆退職する年だ。
私の決死の言葉は笑いとともに流され今のシアワセそうな私の顔色を認めてくれた。
友の投げた玉を思い切り真正面から打ちホームランを打った気分になった。
競争を強いられた時期の友たち。
今、何回目かのスタート地点に立っている。
これからは私が先輩なのかもしれない。
高校生時代は自分の60年間の歴史の中で最も悪い時期だったのではないかと。
勉強の嫌いな自分が進学校と呼ばれる高校に行ったのが間違いだし家庭環境が良くなかったし出身中学も暴力的だった。
会場に着くと次々と懐かしい顔が現れる。
彼らの顔を見ていたら、いつしか自分がこの中で最低の成績だったことも忘れて大いに語り合い笑いあった。
「太ったでしょ私」という女性というよりこの場合は女子。
「皆太ったから縮尺が同じだから太っていないよ」と答えた。
挨拶が上手な同級生を見ていると自分とは違うなと思う。
だが彼らは挨拶に慣れているだけだ、とこの年なら知っている。
私の隣に座ってくれた友が何人かいる。
皆が修学旅行で土産を買っている時に「オレは何も買わない」と言ったらしい。
驚いた彼は、その時「この人はどんな人なんだろうと思った」という。
「オレは流されるタイプだもんでね」と彼は付け加えた。
「まだフルート吹いてる?」と聞く友もいた。
「いやあれは、あの時期だけで大人になってからはリコーダーを習ったよ」と伝えた。
それも止めてしまったが。
「あの頃DT-1に乗っていてカッコよかったけど今は?」という男子。
あれこれ経営している成功者が私に「呑めよ」と酒を注いでくれた。
「お前のヒゲは似合うけど、あそこのあいつは似合わんな」という者。
勉強は出来なかったし素行も悪い時があったけど嫌われてはいないはず、という私の勝手なイメージは、まんざら錯覚でもなさそうだ。
「おまえ何か事務所に勤めていたんじゃなかったか」というぶしつけな質問が来た。
私にとって直球のデッドボールだと思われた。
「試験に受からなくて親父の仕事を継げなかったのだよ」と答えた。
この年は皆退職する年だ。
私の決死の言葉は笑いとともに流され今のシアワセそうな私の顔色を認めてくれた。
友の投げた玉を思い切り真正面から打ちホームランを打った気分になった。
競争を強いられた時期の友たち。
今、何回目かのスタート地点に立っている。
これからは私が先輩なのかもしれない。