家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

水を喜ぶ

2010-05-16 07:01:41 | Weblog
水分不足の植物を見ると気の毒になる。

ひたすら、その場で水を待つしかないのだから。

水を撒くと萎れていた彼らが、すぐさま元気を取り戻し活き活きとしてくる。

ニョキニョキと伸びている新緑が強くたくましく見えてくる。

水瓶の水面に水をかけると中の金魚やメダカが嬉しくなって水面に上がってきて泳ぎ始める。

彼らは水の中で生きている。

それなのに降り注ぐ水が嬉しいようだ。

水をくれるだけで、それぞれを育てている気になれる。

ついでに道祖神にも水をかけた。

白っぽくなっていた表面が、いくぶん黒くなりツヤツヤして見える。

御影石で出来ているわけだから細胞に水を吸収するなんてことはないはずだ。

その細胞がないはずの道祖神が喜んでいるように見えた。

「暑いよなぁ今日は。石で出来ていようと人間の形をしているから暑い日にゃあ水がほしいよなぁ」

独り言を言いながら水をかけていると道祖神が本当に笑っているように見えてきた。

合掌している手が何となく私に「ありがとう」を言っているようにも見えた。

そんな姿に見えると今度は私にありがたい気持ちが湧いてきた。

水遣りして元気にしてもらったのは私のようだ。



新茶をいただいた

2010-05-14 08:19:21 | Weblog
春野の御近所さんから新茶をいただいた。

御近所さんの家の前の茶畑でできた物だ。

「今年のは出来が悪いけど」と言っていた。

霜 凍み ヒョウでやられたらしい。

まだ出来て1週間にならない。

2 3日前に刈り込み、そのまま製茶工場に持ち込んでお茶にしたばかりだ。

「私はお茶の味が分からないんですよ」というと

「それは良かった」と言っていた。

春野の隣保は皆お茶を育てている。

お茶専業農家ではないが一所懸命やっている。

茶葉のまま売る人もいれば製茶してから売る家もあるようだ。

Y爺さんは「今年は自宅で飲む分だけしか取れん」と言っていた。

自分たちの体に取り込むための物という感覚で作ったものだ。

いただいたお茶を充分に味わえないということは申し訳ないと思うが丹念に作ったものだということは分かっている。

感謝をこめて味わうことにする。



便利な靴

2010-05-13 08:52:18 | Weblog
春野の山では、ほとんど地下足袋で作業する。

それもスパイクの付いた奴。

探したあげくに、やっと猟師用の物を見つけて購入した物を履いている。

何を探したかというと地下足袋の先が丸い物。

左足親指が巻き爪で通常の物は履けなかった。

ところが最近爪が治った。

長年患っていたのが嘘のように。

一般的な地下足袋である先が親指と、その他に分かれている物を買ってみた。

農業用品専門店で見つけた。

猟師用は約9000円だったが、こちらは3800円だった。

妻は祭り用の地下足袋を購入した。

「あのね。かかとが厚くなっていてクッションがいいの」

とゴキゲンだ。

「これを春野に持って行こうかしら」とか

「ちょっとパッチワークでもしてみようかしら」などと、たいそうお気に入りのようだ。

やはり靴は便利であるに限る。

日常では服の色に合わせたり気分で替えるなど使用目的は関係なかった。

ただ歩くだけだから。

だが専用というものは素晴らしい。

目的を達成するために使用してみればとても重宝だ。

妻は、お祭りで見てきた新しい地下足袋のことを教えてくれた。

老人が履いていたらしい。

「かかとにエアーが入っているの。全然疲れないみたいよ。お勧め」と言う。

地下足袋の話で盛り上がる夫婦っていうのも、めずらしいかな。


判明した植物の名前

2010-05-11 08:46:23 | Weblog
いくつかの植物の名前が判明した。

特徴を覚え写真を撮って帰宅してからネットで調べる。

これを繰り返した。

マルバウツギは最初見つけた個体が非常に小さな物だった。

必然的に検索の際に草丈は「足首まで」とか「すねの高さ」で調べた。

だがそれらしい物は出てこない。

次に行ったときに、もう少し詳しく観察する。

「そうかツル草か」と思い込み再び検索する。

だが突き止めることは出来ない。

半ばあきらめていた。

何気なく見つけた木に似たような花が咲いていた。

「ナーンだ。こんなに大きくなる木だったのか」

いろいろな要素を入力しなくては検索できないが可能性を排除すると全く解明できくなることを覚えた。

今見ている現実は「今の時点では」という条件付なのだ。

「スカンポって知ってる?」と走行中妻に聞いてみた。

「知ってるよ。あれでしょ?」と車外に見えた草を示した。

「あれ?」覚えたての知識と違っていた。

これも写真を撮って調べてみた。

妻が正解で私も正解だった。

妻は「スイバ」を「スカンポ」と思い私は「イタドリ」を「スカンポ」と理解していた。

両方とも「スカンポ」と呼ばれていることが分かった。

その他敷地内にあったイモ類かフキの類だと思っていた花が「ユキゲシ」だと知った。

調べが着くとすっきりした思いになる。

名前の判明した植物は「調べる植物」という私のファイルから名前が付いて新たなファイルとなって出て行く。

だがまだまだ未解明の物が、たくさん残っている。

ファイルの内容は増えたり減ったりしている。

これはこれで楽しい作業予定として定着しそうだが喰える植物を知りたいと思うのは、このところ取りたての物を揚げたてでいただいた天ぷらの美味しさに因るものだ。

知識より食い気。

長男帰省

2010-05-10 08:26:40 | Weblog
長男が友人の結婚式に出席するため帰省した。

このところ帰省する、たいていは結婚式のためだ。

実家に帰ってきた彼を麿君も歓迎してくれる。

見知らぬ客だと、そそくさと別室に逃げ込むのだが彼の声を聞くと、もうそれだけで逃げようとはしない。

親子で飲んでいるときにも同じテーブルに着くように自分の席に座って、まるで話しに加わっているかのようだ。

彼も、たまらなくなって捕まえてきては膝に乗せるのだがスルスルとウナギのようにすり抜ける。

しばらくすると再び彼が麿君を拉致し、そして麿君が脱出する。

それを彼が上京するまで何回繰り返すことか。

電話では何度も喋るが必然的に電話機を持っている二人だけの場合が多い。

顔を合わせて3人で喋る、いわゆる親子の話は久しぶりだ。

話題は多岐にわたるが内容やテンポが、やはり性に合う。

物の見方や価値観が似通っているからなのだろう。

「今江戸で起きている出来事」を聞く田舎の両親のような感覚でいられるのも楽しい。

彼も実家で起きていることを知るのは楽しいようだ。

私の留守に麿君は彼のところに「抱っこして」と行ったようだ。

彼は麿君なりのもてなしが、いちばん気に入ったかもしれない。

息子を癒すという点では我々夫婦は麿君に負けた。

私は、どうやってもダンボールに入れない。


くい打ち

2010-05-07 08:43:30 | Weblog
先日力持ちで背の高い友人が来たときに杭打ちをお願いした。

杭が長いので私では身長が足りない。

私が杭を持ち彼がハンマーである程度打ち込んだ。

続いてカケヤで杭を打ち込むところカケヤを持っていなかったのでキネでやってもらった。

ところがキネの頭がすっ飛んでしまった。

もともとキネは臼に入っているモチ米を搗くもの。

杭では打ち辛いし無理があったかもしれない。

じゃぁ別のもう1本の杭をハンマーである程度打ち込んでおくか。

再び杭を私が支え友人が叩く。

「あーっ」と友人の声。

杭を支える私の左腕と頭の間にある空間をハンマーの頭が落ちていった。

「急に軽くなったと思った」と友人。

杭は1本だけにして急遽中止した。

別の日カケヤを買って持っていった。

上に振り上げたカケヤを杭に向けて真っ直ぐに振り下ろす。

2度3度繰り返す。

カーンカーンと森の中に軽い良い音がこだます。

もう少し深く叩き込もうとするが入って行かなくなった。

それでもカケヤを振り下ろしていた。

杭の先端が割れてしまった。

たぶん土の中の岩か木の根に到達してしまったのだろう。

しかたなく、そこでよいことにして終了した。

割れた部分はノコギリで切り落とした。

切り出した竹を手すりにするように杭と杉の木に縛り付けた。

山を持っているのだから杭打ちはよくある作業。

杭作りから杭打ちも上手にならなくてはいけない。

それより振り下ろす道具の頭を飛ばさないように整備するほうが先決だ。




誰の仕業だ

2010-05-06 07:46:25 | Weblog
春野に到着してフェンスの錠を開けようとしたときドキッとした。

グレーの毛が散乱していて、まだ血の色も鮮やかな小さな骨が落ちていたのだ。

この場所でネズミでも食べた奴がいるのかな?と思った。

だがネズミにしては毛足が長すぎる。

とりあえず水で流すことにした。

ついでに裏にも水を撒こうと思ったその時「わぁっ」と声が出てしまった。

コンポストのフタが空いていたのだ。

そしてコンポストには足跡が着いていた。

これで分かった。

コンポストはネジって開け閉めする。

そいれが出来るのはサルしかいない。

コンポストについている足跡もサルのものと思えば合点が行く。

フェンスのところに落ちていた骨付き肉は真新しく、またコンポストに捨てた覚えはないから奴が持ってきて、そこで喰らったのだ。

落ちていたのは被害者の毛ではなくて加害者の毛だ。

フェンスの上にも毛が残っている。

たぶんフェンスの上で身体を掻いたのだろう。

この季節は毛の抜け替わる時期だ。

鉄製の大釜にもゴッソリ抜けた毛のカタマリが落ちていた。

ここで水を飲んだのであろう。

その毛を棒の先につけてY爺さんに見てもらった。

「ああそりゃぁサルに違いねぇ。昨日うちにも来たよ。ミカンを持って山の方へ行った」と言った。

単独行動する大きなサルの仕業であることは明白であった。

私の知らない間にイロイロなことが起きている。

その一部始終を見たいような見たくないような。



屋上壁塗装

2010-05-05 08:04:59 | Weblog
去年の12月にやる予定だった屋上の壁塗装を完了した。

あれから「ずーっと」放置してあった。

3日の午後プライマーを塗り4日の午前中に1回目午後に2回目を塗った。

塗る面積は少ないが、それでも普段使わない筋肉を使うらしく、きつく感じた。

かんかん照りではなく雨の心配も無いという絶好の塗装日和だった。

単純な作業を楽しくするためにラジオをかけた。

1回目の塗りは塗料が伸びないため力が要った。

2回目は楽にスルスル塗れた。

2回目の塗りの時に妻が戻ってきた。

屋上に上がってきて

「きれいになったわね」と言う。

「あそこから、ここまでやったの?」

「いや。逆。ここから、あそこまで行くの」

1回塗りと2回塗りの差は、ほぼ無い。

2回目は塗らなくても良いようだったが「2回塗り推奨」と書かれていたので塗った。

長い間テープを貼っておいたので一部取れなくなってしまった。

それでも完了の喜びはあり今後何年かは塗らなくても良いという安堵感があった。

だが頭の片隅に「次は屋上の床だ」という思いが残っていて割り引かれた喜びであった。

ひとつ終わっても次のことが頭にあって素直に喜べないのが事実だ。

そんな思いになっていたとき妻が

「次は床だね。私も手伝うから」と言った。

喜ぶべきかどうか複雑だった。



滝壺の岩に咲く花

2010-05-03 10:03:28 | Weblog
自治会費を届けた。

シアワセな住民に言った。

「良い場所ですねぇ」

住民は「そおですかぁ?」と意外だという感覚で言う。

「特に沢がある生活は最高ですね」と続けた。

「雨が降ると沢の音が大きくなってやかましいねって言うだけです」

笑顔で言うわりには冷めた答えが戻ってきた。

「ちょっと散歩させてくださいね」と言って沢沿いの道を登ってみた。

上には落差5メートルほどの滝があった。

滝壺にはアマゴなのだろうか黒い魚影が見え隠れする。

翌日静岡から友人が来たので、さっそく滝に連れて行った。

二人で滝壺の横の岩に座って妻の作ってくれた弁当を広げた。

滝壺から舞い上がるシブキの細かな粒子が空気中を漂うのが見えた。

話し声が聞こえないほど水の音は大きい。

静寂と正反対の、この状況が気持ち良いことは驚きだ。

ここに住み続けると、この感激は失われてしまうのだろうか、とこの住民の話を思い出して
いた。

ひょっとして良いことと悪いことが同じように在り悪いことを忘れるために良いことも忘れるのだろうかと、ひょうきんな考えも浮かんだ。

ふと滝壺の間近にある岩の上に黄色の花が咲いているのを見つけた。

よく見ればあちらこちらの岩の上で咲いているのだった。

集団で岩にへばり付いている。

だが苦しそうな感じは全くなく可憐な花たちが普通に咲いている。

ここを選んだのは自分のせいではない。

大水で流されてしまうかもしれない運命を知らない。

ここで咲くことしか知らない強さとシアワセを感じさせてくれた。

彼らの普通は大音響のシブキに満ちた景勝地なのだ。

住み続けると忘れてしまう長所と忘れなくてはいけない短所。

この花たちも多くを忘れて咲いているのだろう。




ヤブデマリ

2010-05-02 08:22:15 | Weblog
何気なく山の中を歩いていると「おや?」と気付いた。

白い花が咲いていた。

名前を知らないので写真を撮って帰宅してから調べた。

ヤブデマリ 別名 ヤマデマリ 。

この白い花は花には違いないが無性花で花弁だけが広がった装飾花というらしい。

植物オンチの私は「なかなか奥の深い花だな」と思う。

時々植物の写真を撮ってきては調べるということをしている。

だが探し当てるほうが少ない。

ヤブデマリのように花を付けてくれれば探し易いのだが。

その種を知ってしまうと、あちらこちらに分布していることが分かるようになる。

そうなると自分の知識が生きてきたような気がして嬉しくなる。

先日見つけた山桜は、花を落とし葉だけになった。

すると周りのコナラの葉と混ざり合ってしまい見つけるのが困難になる。

また山桜だと思って移植した物は実はカマツカだった。

友人から2種を同時にもらって植えておいたのだ。

全く違う種を見ても間違えてしまうほど自分のオンチがひどいと実感する。

だが徐々に植物の面白さに気付き始めた。

植えて育てる。

花を楽しむ。

最も好きなのは収穫していただくこと。