秀吉の朝鮮征伐の本当の意味をねずさんに教わり、正に目から鱗でした。ところが、そんな程度では無いようです。
何と、日本は朝鮮と戦うというよりChinaとの戦いだったそうです。つまり、朝鮮半島は戦いの場でしかなかったのだそうです。これも、目から鱗です。
何時ものように全文をリンク元で読んでください。後半に、君が代の動画があります。
それにしても李氏朝鮮王朝が国でさえなかったというのも驚きです。やはり、何があっても相手にしてはいけないお国のようです。
ねずさんの学ぼう日本より 2020/10 /21
加藤清正に学 ぶ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ
・・・略
この時代、半島にあったのは李氏朝鮮王朝ですが、この王朝に半島の政府としての機能も意思もありません。
いわば半島にあった暴力団の組長のようなもので、行政機能を持ちません。
ですから半島では国民への教育も行なわれていませんし、半島の人々も、自分たちが李朝の国民、つまり李氏朝鮮国の国民であるとい う「李氏朝鮮国民」としての自覚も意識も認識もありません。
そういう情況ですから、戦いが始まっても、半島人にとっては、外国人たちが自分たちの土地で勝手に戦っているという程度の認識し かなかったし、まして国を守るなどという意識もありません。
そもそも守るべき国を持っている認識自体がない。
その意味では「秀吉の朝鮮征伐」という言葉は、「川中島の戦い」という語と同じで、戦いが行われた場所が緒戦半島内であったとい うだけで、川中島に住む人々が戦いの当事者ではないのと同じものであるというのが、我が国の古くからの認識です。・・・中略
・・・略
ちなみに、このプロモーション・ビデオで、君が代を2回歌っていますが、これが本来の歌い方です。
我が国では、単独のものは必ず二度繰り返す。
手紙が1枚なら、何も書かれていない紙を後ろに付けるし、何かをするときも同じことを二度繰り返すか、あるいは2名で行います。
報告も2系統から行われる。
そうすることで、思いを確実なものにしていくというのが、我が国の伝統文化です。
争わず、やさしさを保持して生きることができる社会こそ、人類の理想といえる社会です。
そんな国柄を護る、やさしさを護る。それがやまとおのこのつとめです。
男は男らしく。女は女らしく。
そうすることで互いの良さを最大限に発揮できる社会こそ、私達が取り戻そうとしている豊葦原の瑞穂の国です。
そして君が代は、そんな大和の国を皇国臣民のみんなで讃える歌です。
君が代こそが、国歌です。
この2度繰り替えすというのも全く知りませんでした。そういえば、手紙に白紙の便箋をつけていたのを思い出します。あれにそんな意味があったとは、全く知りませんでした。何ともお恥ずかしい。