明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



団子坂は、昔は海が見えたことから別名を潮見坂という。坂上の本郷図書館がある場所には、かつて観潮楼と名づけられた森鴎外邸があった。昔の東京は、ちょっと高いところに行けば、富士山が観えたり海が観えたり、随分風通しが良かったわけである。鴎外邸跡は、そこから200メートル程下ったあたりに、三人書房はあったらしい。乱歩は商売そっちのけで、田谷力三を応援したり、二階でごろごろしながら探偵小説について考えたりしていたようだが、鴎外が三人書房を覗いていたとしても不思議はない。 知人とメールをしていたら、某研究家が三人書房の写真が1枚ある、というのを聞いたという。私は見たことも聞いたこともない。もし存在するなら、乱歩のラフなスケッチを参考に再現する必要はなかったし、在るなら作らなかった可能性もある。半信半疑ながら確認せねばと、乱歩の生誕地、名張市在住の中相作さんに伺うと、やはり存在していなかったようである。改めて知人に問いただすと、酒の上の話の記憶違いだったようで、まったくくたびれ損である。 ところでこれは団子坂の写真だが、真ん中に建つ商家。私が作った三人書房とそっくりである。1階の屋根の上に掲げられた看板も、乱歩自身がデザインした凸型に見えなくもない。いくらか大振りな感じを除けば、全く同じに見えるのだが、これを見ては以前から妄想しているのである。

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