明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

一日  


大乱歩展の出品作が決まる。寝ている乱歩と、三人書房の写真の計二点。始めポスターに使われた乱歩を、ということであったが、あれは燃えないゴミの日に捨ててしまった。というのも、撮影用に作った物で、写っている部分以外は作っていないのである。もちろん下半身も背中もない。よって展示ができる類のものではないし、散々使ったのでもういいや。というわけである。私にそう思われてしまった作品の末路は哀れである。捨てたといっても、首は引っこ抜いておいたのはいうまでもない。
アダージョの打ち合わせ。関係者に披露しようと、制作中の次号特集人物、尉官、佐官、将官でいうところの中将相当閣下の首を引っこ抜きポケットへ。いつもの新宿御苑前のデザイナーWさんの事務所へ向かう。  第一候補の撮影場所はNGということであったが、編集長が交渉を続けてくれていて、最終的な回答は未だ来ないらしい。第2候補地はすでに撮影してあるので、ぎりぎりまで待つことにした。 場所を居酒屋へ移す。編集長、デザイナーのWさん、ライターのFさんに、編集長は大学で教えることもあり、その教え子の女性も加わる。私としては次号の特集人物が誰に決まるかが気になるし、さらに“誰が何処を歩く”になるかがさらに重要で、その組み合わせに常に頭を悩ませるのは、表紙担当の私とライターのFさんである。候補は上がっているが、まだ決まらないということであった。以後、編集長が最後の担当者だといわれる深沢七郎の話や、中央公論の明治、大正期の編集者、滝田 樗陰(たきたちょいん)の話などする。ライターのFさんは話に加わらず、編集長の教え子と話しこんでいたので、お開きとなり、店外にでてFさんと二人になったとき、「Fさんが話し合いに参加してくれないから、次号の特集今東光になっちゃたじゃないですかー」「エッ」 ここが私の限界なのだが、すぐに「ウソウソ」とバラす。せめて駅までそのままにしておくべきであった。

過去の雑記
HOME

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )