明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



大体開山の頂相、彫刻は、曲録(椅子)に座って描かれる。なので建長寺の蘭渓道隆も、円覚寺の無学祖元もあえて坐禅姿にした。臨済宗の坐禅は壁を背にする。しかし完成も近い頃、待てよ?七百年前はどうだったのか。関係者に伺うと、開祖達磨大師同様、面壁だったという。話は違って来てしまった。 何しろ表情をいかに見せるかであって、私には、風景もそれを引き立たせるための物である。写真作品としてどうすれば良いのか。中国の深山風景は、何とか構図を工夫し、風景に背を向け、巌窟の奥を向いてもらう予定である。そして壁に目があったとしたなら、と面壁座禅の蘭渓道隆を真正面から描くにはこれしかない。数ある達磨大師図も、案外外を眺めていたりして、律儀に面壁している達磨はすぐに思い付かない。私と同じ策を取った面壁坐禅図を探してみたい。

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