翼の折れたエンジェル/中村あゆみ(高音質)
とにかく人の言う事聞かなかったよね、僕は(笑)
初めての職場でいきなりの洗礼連発! とにかく上から嫌われていた僕。
自分が高卒で有るという事もあるけど、フルに生意気だった事から、常識を振りかざす(無能な)上司といつもぶつかっては、撃沈の繰り返し。
学歴という壁を超える事は容易に出来なかった。
そんな時、僕をさりげなく助けてくれ、味方でいてくれたのは なぜか?親会社(大会社)の常務取締役。 叩き上げで来た人。
あるとき誰も歌わない様な軍歌を、勢いに任せて唄ったことが有ってね、一瞬で宴会場が冷えてしまったのに、その人だけは涙しながら肩を叩いてくれた。
それは今は亡き僕の祖父のうた、戦場に赴いた人生が口にしていた曲なんだよね、それは。
まだ幼き僕の心へ知らずにねじ込まれてた曲は、今でも僕の中にある・・・。
いくどとなく繰り返した会社員としての蛮行
とくにね、訳わからず自分が部署の責任者に任命されてから繰り替えしたことの中で笑ってしまうのが、平日の昼休みのバーベキュー? 平日だよ! 爆笑。
コミュニケーションの取り方が普通とはまったく違うわけで、1時間で終わるはずもないから、仕事を部下と年上の先輩に任せて僕は火起こしなんぞしていた。
そして くだらない?5時からの酒付き合いなんぞを殆どせずに部下?を就業時間後にすべて家庭に帰した。
父親は家にあってしかるべきという、至極個人的な考え方を貫くために・・・・
それは僕の祖父からうけついだもので、野田醤油の労働争議で命かけて資本家と戦った意志をそのまま受け継いだだけのこと。
当たり前だけどね、会社では異端児ゆえに、睨まれまくりの嫌われ者だった。
でもね、その常務は何かにつけては僕の事をかばってくれてね、たかが小さな下請けの会社の一社員でしかないのに・・・。
そういえば、これまでの人生の中に、一度だけ大失敗したことがある、とんでもない大きな取引先と大喧嘩をして。
悪くも無いのに謝れといわれて、まさに血の涙流す状況で、正義を重んじる僕は絶対に謝ら無かった。
ところが事態はどんどんと収束。
その時に悟った事二つ、その先輩への感謝、そして自分はこの国の”会社組織”社会では生きていけない人間なのだと。
だから今は星条旗の下にある。
親愛なる大先輩であり、父でもある 恩師 後藤さん。
すでに人生の半分をまわった僕にとって、あなたたのやさしい笑顔がどれだけうれしかったか・・・・
大会社の牽引役でありながら、底辺飛行ばかりしている僕に大きな翼をくれた大先輩、お元気で居られますでしょうか?
僕も年齢を重ね、型を破ってくる破天荒な若者が嬉しくてたまらない年齢に近づきつつあります。
人格教育と人材育成を無くしたこの国に生きる一人の日本人として、情けない事に恩師の思いを受けぐこと叶わず、日本語離せない若集を相手にしています。
自分の情けなさと、力のなさに小さな己を思い知りますが、受け継いだ思いは微力ながら国境を越えて果たして行きたいと思います。
恩師の様に・・・・・