生と死のはざまで 最後の瞬間を看取る仕事
本欄「永遠の英語学習者仕事録」第36回「コロナ以前に書かれた、コロナ時代を予見する短篇集 アレグザンダー・ワインスタインの『新世界の子供たち』」(2024年3月23日付本紙に掲載)でも記したが、上杉はまだまだ駆け出しの翻訳者なので待っていれば仕事がどんどん入ってくるということはなく、ある本を翻訳刊行したいと思えば、まずは出版社に相談し、企画検討してもらえることになれば、内容をまとめて、一部サンプル訳を添えて提出することになる。
今月の「永遠の英語学習者仕事録」も、そんな「翻訳出版したいが、予定が立っていない1冊」であるハドリー・ヴラホスの『生と死のはざまで――ホスピスが看取った人たちの最後の物語』(Hadley Vlahos, The in-between: Unforgettable Encounters During Life’s Final Moments, 2023)を紹介してみたい。
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緩和ケア(ホスピス)とは、死の間際にある人たちが病院で治療を受けるのをやめ、かわりに快適な自宅で、最後の数日から数か月間を愛する人たちに囲まれて過ごすことだ。 本書の著者ハドリー・ラオスは緩和ケア看護師として、患者とその家族をサポートし、患者ができるだけ痛みが少なく快適に過ごせるようにしている。
ハドリーは第2章でカールの思い出を語る。
先輩看護師から実地で学んだあと、ハドリーが最初に担当したのがこのカールだった。カールは80歳で鬱血性心不全を患っていた。
ある日、カールの妻メアリーに呼び出されて訪問すると、カールが歩いていた。ハドリーはカールが一度もベッドから出るところを見たことがなかったので驚いてしまう。そして何をしているのかと聞くと、「アナとかくれんぼをしている」とカールは答えた。それを聞いてメアリーは泣き崩れた。アナは2歳の時に溺死したふたりの子供だった。カールは娘を助けられなかった自分をいまだに許せないのだ。
同僚のホスピス医師にカールの話をすると、それは「サージ」(surge)だと説明してくれた。死の直前に急激に活力が増し、奇跡的に回復することがあるという。カールは死んだ娘や母親にも会っていると思っていたようです、とハドリーが言うと、「死は近いだろうね」とそのホスピス医師は答えた。
翌日に訪れてみたが、カールはずっと目を覚まさなかった。それでもようやく目を開けで、ハドリーに感謝の気持ちを伝えた。ハドリーにとって、カールは祖父のような人だった。
夜明けにメアリーから連絡があり、カールが亡くなったと伝えられた。緩和ケア看護師としてメアリーを慰めなければならないのに、ハドリーは大泣きしてしまう。
カールの葬儀の描写が悲しい。
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As they placed Mr. Carl onto the gurney and pulled the white sheet over him, Ms. Mary stopped them, suddenly remembering something.
“Socks!” she said. “He has to wear socks!” I looked at her. “Anna. He put socks on her before they took her away when she passed. He said he didn’t want her feet to get cold.”
I nodded in understanding and handed the tie and socks to the funeral home workers.(…)
As they wheeled him down the driveway and into the waiting hearse, I heard chirping nearby and looked up at a nearby tree, where I saw a bluebird. It happily chirped a few times and then began flapping its wings. I watched in awe as the bird flew directly alongside the hearse.
I smiled to myself with tears in my eyes, and whispered, “Take good care of your daddy for me, Anna.”
カールさんが台車に乗せられ、白いシーツをかけられると、メアリーさんが突然何か思い出して、葬儀屋の人たちを止めた。
「靴下よ!」とメアリーさんは言った。「カールに靴下を履かせないと!」
わたしはメアリーさんの顔をじっと見つめた。
「アンナよ。あの子が亡くなって連れていかれる前に、カールはあの子に靴下を履かせたの。あの人言ってたわ、アンナの足が冷たくないようにねって」。
わたしはわかりましたとうなずいて、ネクタイと靴下を葬儀屋の人に渡した。(……)
カールさんを乗せた台車が私道を降りていき、停まっていた霊柩車に乗せられるあいだ、近くで鳥が鳴き声を上げていた。そばの木を見上げると、青い鳥が一羽、留まっていた。鳥はうれしそうに数回鳴き声を上げて、翼をはためかせた。鳥が霊柩車のすぐ近くを飛んでいくのを厳かに見送った。
わたしは目に涙をためたまま、笑みを浮かべてつぶやいた。
「アンナちゃん、どうかパパをよろしくね」
本書は、著者がTikTokのフォロワー190万人、Instagramのフォロワー41万人以上の強力なインフルエンサーであることもあり、アメリカで大ベストセラーになった。翻訳出版できたらうれしい。
Hadley Vlahos, The in-between: Unforgettable Encounters During Life’s Final Moments
上杉隼人(うえすぎはやと)
編集者、翻訳者(英日、日英)、英文ライター・インタビュアー、英語・翻訳講師。桐生高校卒業、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』(上・下、講談社)、ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文芸春秋)など多数(日英翻訳をあわせて90冊以上)。2024年はジョー・ノーマン『英国エリート名門校が教える最高の教養』以降、話題書を含めて英日翻訳6冊刊行予定、日英翻訳も1点。