マーベルのスーパーヒーローのスーパーパワーの秘密を網羅した重要資料
変身能力を持つエイリアン、スクラルの軍隊がすでに地球に潜入し、地球のヒーローたちに変身しているかもしれない。侵略の危機が迫っている。早急に準備せねばならない。
そんなスクラル兵士と本物の地球の最強のヒーローを見分けるために、故ブラックパンサーが作成した地球の重要ヒーローたちの解剖図(Anatomy)が残されていた……。
本書はブラックパンサー/ティチャラが地球防衛のために残した重要資料だ……
今月の「永遠の英語学習者の仕事録」は、マーベルのスーパーヒーローたち(一部ヴィランズも含む)のスーパーパワーの秘密をまとめた『マーベル・ヒーロー解剖大図鑑』(Marvel Anatomy)を紹介する。
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本書にブラックパンサーは記している。
Not knowing who I can trust, I have put my faith in the data gathered over my years as an Avenger as I seek enlightenment on how we might expose these invaders. Since the transformation of a Skrull is a purely physical process, these imposters cannot reproduce the effects of most superpowers without additional enhancement. Thus, I believe that the key to determining which of my earthborn allies are truly who they appear to be lies in a comprehensive understanding of their anatomical origins. Given that time is of the essence, and because this exploration must be completed behind a veil of secrecy for the protection of all subjects, I am not fully able to confirm the validity of many of the scientific theories presented here. Once this threat has passed, I look forward to the opportunity to test these hypotheses further.
誰を信用していいかわからない状況で、アベンジャーズの一員として活動しながら得た情報を頼りに、地球に侵入したスクラルたちをどうすれば見抜けるか考えてきた。スクラルはある人物やヒーローと肉体的に同じ風貌に変化するだけで、特別な力を注入されない限り、われわれのスーパーヒーローのスーパーパワーまでは再現できない。したがって、地球のヒーローたちが、スクラルの変身した姿ではなく、地球を守る本物のヒーローに相違ないと見極めるには、彼らヒーローの肉体や頭脳の構造や特質を完全に頭に叩き込んでおく必要がある。何より時間が限られている上に、対象者全員の保護のために本調査はすべて秘密裏に遂行しなくてはならず、ここに示した科学的理論が妥当であるかどうかを完全に確認することはできない。スクラルの脅威が過ぎ去ったのちに、ここに集めた仮説をさらに検証する機会があることを願う。
上杉のもうひとつの仕事に、大学や書店や家庭教師で英語や翻訳(英日、日英)を教えることがある。そこで今回は講義録のような形で書いてみたい。
put one’s faith in... : ~を信用する。
enlightenment: 啓発、教化。I seek enlightenment on how we might expose these invadersを直訳すれば、「これらの侵入者たちの正体をどのように暴くか啓発を求めている」ということであるが、英語はこのように名詞が幅を効かせる言語なので、それを状況に応じて品詞転換して訳せばよい。この場合は「~を考えてきた」と動詞のようにして訳すのが効果的だ。
expose: ~の正体をあばく、化けの皮をはがす。
these invader(s): 「これらの侵入者たち」であるが、the Skrullsを指していることは明らか。英語は同じ語や表現の繰り返しを嫌う言語なので、このような言い方をする。よって、英語の表面的な意味のまま日本語にすると、一読で理解してもらえないと思うのであれば、日本語訳ではその名前をそのまま訳語にしても構わないし、日本語は英語ほど繰り返しを嫌う言語ではないので、そのほうが効果的であることもある。
these imposter(s): これらの詐欺師たち。これもthe Skrullsを指している。英日翻訳がわかりにくくなるひとつに、こうした英語の言い換えを律儀にそのまま置き換えてしまうことがある。先ほども述べたように、英語は繰り返しを嫌うのでこうした表現を多用するのだ。もちろん、表面上の意味をそのまま日本語にしても英語の雰囲気を伝えつつ印象的に読ませることもできるので、こうした英語の違う言い方は一切考えなくてよいというわけではないが、状況で判断すること。
additional enhancement: 追加の強化、増強。たとえばこの文を「スクラルの変身は単なる物理的な過程であるから、これらの詐欺師たちは追加の強化なしにはほとんどの超能力の効果を再現できない」では何となく意味はわかるとしても、おかしな日本語であることは誰でもわかる。こういう時にはその英語が一体何を指している、何を言おうとしているか完全に理解し、それを「言い換える」、あるいは「最低限の必要な情報を補い」、日本語に移すことが大切だ。このadditional enhancementは、たとえばキャプテン・アメリカのように超人血清を接種する、ハルクのようにガンマ放射線を浴びる、スパイダーマンのように被爆したクモに嚙まれる、といった経験をした結果、超人能力を「追加で得て、身体能力を増強する」ということだ。
their anatomical origin(s): 「彼らの解剖学的起源」であるが、これではさっぱりわからない。ここでは「彼ら(=地球のスーパーヒーロー)の身体的、生物学的特徴の根源」いうことであり、彼らがそうした超人能力を元々どのようにして得たか(origins)、それは突きつめればどんなものか、ということになる。それを踏まえて日本語にすること。
of the essence: 最も重要で。例: "I want to develop a good command of English."/"If that's what you want, constant practice is of the essence." (「英語をうまく使いこなせるようになりたい」/「そう思うなら、コツコツ勉強しなくちゃ」)
veil: 「ベール」であるが、「覆い、覆って隠す[見えなくする]もの」。a veil of... の形でよく使われる。
validity: 正当さ、妥当性。例: "The scientists spent months verifying the validity of the experimental data."(科学者たちは数ヶ月を費やして実験データの妥当性を検証した)
hypotheses>hypothesis: 仮説。発音に注意。 /haɪpɑ́(ː)θəsɪs /
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本書には、アントマン&ワスプ、キャプテン・アメリカ、デアデビル、アイアンマン、ファンタスティック・フォー、スパイダーマン、ゴーストライダー、X-MEN、デッドプール、サノス、ウルトロンほか、マーベルのスーパーヒーロー&ヴィランズの身体機能の秘密が完全網羅されている。上杉は光栄なことに、この大判、フルカラー、232ページの大冊『マーベル・ヒーロー解剖大図鑑』の翻訳者に指名された。明晰な頭脳と超人的な身体能力を備えたマーベル・ヒーローであれば本書の翻訳も瞬時にこなしてしまうのだろうが、生身の人間のわたしはそうはいかない。毎日コツコツ作業して早期の訳了をめざします。
『マーベル・ヒーロー解剖大図鑑』(仮題)
マーク・スマラック、ダニエル・ウォレス著、ジョナ・ローブ画、上杉隼人訳
上杉隼人(うえすぎはやと)
編集者、翻訳者(英日、日英)、英文ライター・インタビュアー、英語・翻訳講師。桐生高校卒業、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』(上・下、講談社)、ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文芸春秋)など多数(日英翻訳をあわせて90冊以上)。