小田原へ行って、床屋で髪を切ってもらった。EPOで買い物をし、帰り、城址公園の裏を通った。セミの声がにぎやかで、ちょっと違和感を覚えた。何で違和感を覚えたんだろう。街中にいる間、まったくセミの声を聞かなかったからかもしれない。
家にいれば、朝から夜まで四六時中、セミの声は聞こえている。クマゼミ、アブラゼミ、ミンミン、ヒグラシと夏本番とばかりに競っている。夜も明かりにつられて家の中に飛び込んでくるセミも何匹かいる。あちこちにぶつかり音を立てる。さらにオスは大騒ぎしてそれこそうるさい。夜のうるさい闖入者はぶんぶんにくわえて、セミだ。以前は猫たちが狩をしていたが、最近では見向きもしない。最近見ないセミはニーニーセミ。私たちはチーチーと呼んでいる。体が小さいので野鳥の餌になって個体数を減らしていると聞いている。実際、居残り組みのヒヨドリが捕らえて食べているのは見ている。ヒヨドリはアブラゼミも食べている。
あまり外出しないから私のとってはなおのこと、これが日常。セミの声が聞こえるのが当たり前だから、ちょっとの間とはいえ、セミの声がまったくしないところにいたのが、違和感の原因だろう。
数日前の天声人語にセミの話題があった。クマゼミの北上もあったが、北ドイツではセミはめずらしく、セミの鳴いているのを聞いて、ドイツ人が「あの木がほしい」と言ったというエピソードの紹介もあった。
そう、４０年以上前の話だが、友人とドイツ人を交えて話をしていたことがある。何かのことからセミの話題になった。「ドイツ語でセミってなんていうの？」と聞くと、そのドイツ人は答えられなかった。彼は北ドイツの出身でセミを知らなかったのであった。Zikade（セミ）というドイツ語を知っていたのは、日本人の友人だった。ふ～ん、北ドイツではセミは珍しいんだ。それでセミに興味を持った。と言っても生態とかそういうものにではない。日本にいるセミの種類や生態などは、百も承知していたから。とはいえ、これが影響して、世界の昆虫展に行くと、北や高山の蝶など寒いところの昆虫類に興味を持って眺めていた。
当時、語学（ヨーロッパ語族）に興味を持っていたから、さっそく調べてみた。おもしろいことにラテン語のcicadidaeが、そのまま英語cicadaになっている。ということはイギリスにはセミがいなかったことになる。
こんな逸話も見つけた。ホメロスの「イリヤッド」を訳すとき、「木でセミが鳴いている」という文章のセミが分からず、初めての英訳には「鳥が木で鳴いている」と翻訳した。イソップの寓話「アリとキリギリス」も、もともとは「アリとセミ」なのだが、ヨーロッパ北部にはセミが少ないので、「アリとコウロギ」または「アリとキリギリス」になったともあった。セミという単語も、セミのいる地域では変化しているが、セミのいない北部では、ラテン語そのままの形が残っている。うん、うん、わかる。
身近にいるものは概して変化していく。だから地方によって呼び方が違う、私の子どものころの伊豆山ではアブラゼミはテキサンと呼んでいた。テキとは鳴き声がテキテキと聞こえたからだ。「サン」は○○さんの「さん」である。真鶴に来たとき、子どもにアブラゼミをなんていうか聞いてみた。その小学生は「ギリシャ」と答えた。国名のギリシャを連想して「なんで～？」と声を上げてしまったが、ギリとはテキと同じく鳴き声から来ていたのだろう。そして「シャ」は「者」だったのだろう。もっとも今この「ギリシャ」という言葉は死語に近い。だれもかれも「アブラゼミ」になってしまった。
ちなみにフランス語ではcigale（ｆ）、スペイン語ではcigarra（ｆ）、ドイツ語ではZikade（ｆ）、イタリア語cicadidi（ｆ）。
ギリシャ語τζιτζίκι
ついでに、子どもの頃の身近なセミの呼び名
アブラゼミ テキサン
クマゼミ シャーシャー
ニイニイゼミ チーチー
ツクツクホウシ オーシーツクツク
ヒグラシ カナカナ
ミンミンゼミ ミンミン
