ひっさしぶりに読み返して続きが気になったので、「ビーに降る愛の歌」
その後の顛末をUPします。昔書いたメモで、なんか私も若い。
10年も前のこと。
ビーがいなくなってから毎日ビーの夢を見た。いつも夢の途中でこれは夢かもしれないと思って、頬をつねると全然痛くないので夢だと気づいた。
目を覚ましてビーの寝床を見て、ビーがいないことに慣れることはなくて、毎朝泣いた。
ビーがいなくなってから一週間が過ぎようとしていた。猛暑が続き、一滴も雨の降らない真夏日が続いていた。日曜、仕事が休みで、午前中はゆっくりビーを探して歩き、観音様でビーが元気でいることを祈った。
Tと二人でビーを探して近所を歩いていると、殿がついてきた。殿は楽しそうに、某高校の塀の上に上がった。そして、塀の向こうに下りてしまった。高い塀で、上には有刺鉄線が張られていて中が見えない。
「殿! 戻ってきて!」「殿!」
「ナー」
Tに肩車してもらって塀の中を見ると、殿はすぐそばで目をきらきらさせている。
「殿までいなくなっちゃったら、もう生きていけないよ」
ビーが家に帰らないことは、自分の自信を打ち砕いていた。
ビーが来て、まだ2年しか経っていなかった。
初めて出逢ったとき、ビーはまっすぐ私の膝に来た。ビーは自分で私を選んだと自負していたのに、たった2年でビーは私のもとを去った。愛するものを守れない私に、生きる価値はないと思った。そんなネガティブな考えが浮かぶと顔や腿の肉をつねっては追い払って、ビーを探し続けていたけれど、もし今殿までいなくなったら、自分の存在理由を完全に見失うと思った。
某高校の敷地は広い。夜になると、人も車いない校内で、野良猫たちが遊んでいるのをよく見かけた。木や草が生い茂り、狩の獲物も多そうで、遊んでいるうちに、塀のどの辺りから中に入ったのか分からなくなるかもしれない。
殿が遠くへ行かないように、殿の名前を呼んで引きとめながら、Tが塀の上に上がった。でも有刺鉄線が邪魔で中に入れない。
「殿、戻って来てよ」
「殿~」
「あの、どうかされたんですか?」
白いYシャツの青年が声をかけてきた。
「僕、この高校の卒業生なんですが」
「うちの猫が中に入ってしまって、出てこないんです」
「そうですか。門衛に頼んで中に入れてもらいましょうか」
「お願いできますか?」
青年は校門まで走って行き、少しして戻ってきた。
「今日は日曜なので門衛は休みでした」
「そうですか」
「でも、僕も在校してたとき使ってたんですけど、鉄線が途切れてるところがあるので、そこから中に入れますよ」
「ほんとですか」
「僕が入ってつかまえてきましょうか?」
「あ、それだと多分逃げちゃうから…。俺が入ります」とT。
有刺鉄線の途切れたところからTが中に入り、殿を塀の外に誘導し、無事に殿が帰ってきた。青年にお礼をいって、殿を家に連れて帰った。
青年は、爽やかな笑顔で去っていった。
ビーがいなくなって、「もしかして悪い人に…」と考えてしまうこともあったけど、ビーを探していて出会う人は皆いい人ばかりだった。犬を連れたお姉さんも、学校の守衛さんも、電話の問い合わせに出てくれた人も皆、私の気持ちをくんで、きちんと話を聞いてくれた。
チラシを見て電話をくれた人も、残念ながらビーではなかったけれど、親身になってくれた。イタズラ電話は一度もなかった。区の掲示板に勝手に貼ったチラシも、とがめられる事も無く貼りっぱなしになっていた。感じの悪かったのは交番の巡査と、例のペット探偵くらいだった。この世界はいい人ばかりで、悪い人などめったにいないと感じて、「もしかして悪い人に…」という考えは日に日に消えていった。
殿を家に入れてから、ビー探しを再開した。
これまで、某高校は周りを一周して、塀の外からビーの名前を呼んでいたけれど、中に入って探すべきだと思った。この日殿がさも楽しそうに中に入っていくのを見て、ビーもこの学校で遊ぶのが好きなのだと気づいた。ビーが道に迷ったとすれば、某高校の中で遊んでいて迷った可能性が高いような気がした。
「今日は中入れないけど、明日、学校の中探させてもらうよ」
「うん」
「もっと早く中に入ればよかった」
夜中までビーを探したけれど、どこにも姿がなかった。
次の日、早起きして某高校の校門に行き、事情を説明して中に入れてもらった。
夏休み中の校内では、ところどころで生徒たちが部活動に励んでいた。
敷地が広く、塀際には木や草がワイルドに生い茂り、廃墟のような倉庫など、猫が遊ぶにはもってこいの環境で、きっとどこかにビーがいると思ってビーを探した。
物置小屋や、溝、植え込みなど、猫の潜んでいそうなところで何度もビーの名前を呼んだ。ビーが出てきてくれるように、立ち止まって何度もくりかえし名前を呼んだ。
1周しても見つからなくて、もう1周してビーを探した。
家と反対の方角にある塀から外に出て道に迷ったのかもしれない。もっと広い範囲でビーを探してみようと思った。
学校の職員に断って、学校の塀にも貼り紙を貼らせてもらった。
殿には申し訳ないけど、殿までいなくなることが怖くなり、日中は家にいてもらうため窓を閉めておくことにした。
窓を閉めたら、私の留守中にビーが帰ってきてもすぐに家に入れないけれど、ベランダで待っているだろうと思って、水とカリカリを出しておいた。
家に帰って窓を開けても殿は外に出ようとしなかった。窓の外のお皿のカリカリはそのままになっていた。殿もなんだか元気がなくて、外には出ないでベランダの方ばかり見ていた。
近所の小学校の守衛さんが、「似た感じの猫がいた」と電話で教えてくれたので、急いで行って見ると、ビーに似たサバトラ柄の、しっぽの長い猫が私をじっと見ていた。
「ビーに会ったら、家に帰るように伝えてね」とテレパシーを送る。
次の日、ベランダのカリカリがなくなっていて、期待に胸を躍らせてビーを待ったけど、カリカリを食べたのは前々から家のベランダに出入りしているトラだった。
十日が過ぎてもビーの姿はなかった。私はろくにメシも食わず、ビーを探すことと殿の世話のほか何もする気が起きず、日に何度も泣きわめく日が続いた。探し疲れて帰る頃には、真夏なのにいつもオリオン座が見えていた。
この頃からTが私ほどビーのことを考えていないような気がしてきて、信頼できなくなったりキレたりする自分が、廃人に近づいているのを自覚していた。
NくんやJも私を心配してくれたけど、CとT以外の人に会う気にはならなかった。
そんなこんなでビーが帰らなくなって十四日目、気分転換が必要だと世田谷花火大会に行った。今ひとつきれいとも思えない花火が、目の前で上がっていた。
家に帰ると、ベランダで「フウウウウ」と唸る声がした。
女の子猫らしい、高い声は紛れもなくビーの声だと思ったら、本当にビーだった。
ベランダに駆け寄って窓を開けて
「ビー!」
ベランダに上がって来たトラを追い払おうとしていたビーは、私に気づくとすぐに走り寄って来た。トラは私を見て逃げて行った。
「ビー!おかえり!ビー!」
抱き上げるとビーは、いなくなる前よりずっと軽くなっていて、身体が骨ばっていた。
ビーを抱き上げたまま、自分の頬を思い切りつねると、痛かった。一度では信じられず、三度つねっても痛かった。
「ビーが帰って来た!」
T「ビー!どこいってたんだよ!馬鹿猫が~!ビー~!」
殿はビーに向かって「シャー」っと鳴いた。一声鳴くと、その後はいつもどおりの殿に戻った。
ビーはかなり痩せていたけれど、怪我もなく、衰弱しているわけでもなく、元気だった。
ビーを床に下ろしてビーの大好きなホタテ入りの猫缶を開けた。ビーは私の顔を確かめるようにじっと見てから、ご飯を食べはじめた。皿に顔をつっこんで、がつがつ食べるビーの背中を撫でながら、歌った。
One love one heart,let’s get together and feel alright.
One love one heart,give thanks and praise to the load,and I feel alright.
Let’s get together and feel alright.
ワンラブ、ワンハート、一緒にいれば、いい感じ!神様、どうもありがとう!
ビーは1週間ほどでブリンブリンのビーに戻った。骨ばっていたのが嘘のように、あっという間に。本当に元気で、病院に連れていく必要もなかった。
その後も三茶時代は外に出してたけど、今にいたるまで、ビーは一晩帰らないってことはない。