2001年9月11日の朝、イスラム過激派アルカイダによって米国同時多発テロ事件が起きました。
下の囲みは昨年の9月11日に投稿したもので、2014年からのツリーになっています。
2014年の9月11日、たった13年しか経っていなかったのに、すっかり自分の中で風化してしまっていた事に、私自身がショックを受けました。
あんな大きな出来事を !!
それで毎年、この日はちょっと「振り返る日」にしているのです。
あれから20年経った今、あの年に生まれた子供がもう大人です。
我が家にやって来る中学生も、教えなければ、そんな事があったなどと知らない子供が多数です。
私が子供の時、太平洋戦争または第二次世界大戦のような戦争があったのは、もう何十年もの大昔なのだと勘違いしていました。なんたって私は「戦争を知らない子供たち」のひとりでしたので。だけれどある日、教科書をジッ―と見ていて、ふと「うそっ。戦争が終わってから10年とちょっとしか経っていないじゃん。終わったのって、つい最近じゃん。」と気がついたのです。
ちょっと衝撃的でした。この自分で気がつくと言うのは、とっても大事な事なんですよね。
だけど教えてもらわなくては、分からない事って世の中にはたくさんあると思うのです。
誰かがちゃんと伝えなくなった時に、本当の風化が始まるのだと思います。
母は毎年、お盆の時に子供たちを連れて実家に帰った時に、
「戦争は絶対にダメなんだ。これはおばあちゃんの遺言だよ。絶対に戦争はしないと思って生きなくてはダメなんだ。」と強く訴えていました。
でも今の母は認知症です。
まだ軽度で普通の会話は出来、普通の生活をしていますと書いたら、それは一緒に暮らしてないから、そう書けるのだと、姉には言われそうです。たぶんそれは願望です、私の。
その母は、もう戦争の話をしなくなりました。
子供たちに会っても、強く訴える事をしなくなりました。
出来なくなったのです。
世の中には風化させてはならない事があると思います。
それの一番は、戦争の恐ろしさと愚かさなのではないでしょうか。
やってしまった失敗は、なぜなのかを考えて、同じ失敗をしない様にしようと思うのは普通の事だと思います。同じ事を繰り返すのは愚かな人です。
私たちに出来る事は何か・・・・?
私には拳を振り上げて熱弁をふるう事すらできません。
だけど静かに、あった事を語っていくことぐらいは出来ると思うのです。
そっと静かに語っていこうと思います。
出来なくなる日まで。
下の囲みは昨年の9月11日に投稿したもので、2014年からのツリーになっています。
2014年の9月11日、たった13年しか経っていなかったのに、すっかり自分の中で風化してしまっていた事に、私自身がショックを受けました。
あんな大きな出来事を !!
それで毎年、この日はちょっと「振り返る日」にしているのです。
あれから20年経った今、あの年に生まれた子供がもう大人です。
我が家にやって来る中学生も、教えなければ、そんな事があったなどと知らない子供が多数です。
私が子供の時、太平洋戦争または第二次世界大戦のような戦争があったのは、もう何十年もの大昔なのだと勘違いしていました。なんたって私は「戦争を知らない子供たち」のひとりでしたので。だけれどある日、教科書をジッ―と見ていて、ふと「うそっ。戦争が終わってから10年とちょっとしか経っていないじゃん。終わったのって、つい最近じゃん。」と気がついたのです。
ちょっと衝撃的でした。この自分で気がつくと言うのは、とっても大事な事なんですよね。
だけど教えてもらわなくては、分からない事って世の中にはたくさんあると思うのです。
誰かがちゃんと伝えなくなった時に、本当の風化が始まるのだと思います。
母は毎年、お盆の時に子供たちを連れて実家に帰った時に、
「戦争は絶対にダメなんだ。これはおばあちゃんの遺言だよ。絶対に戦争はしないと思って生きなくてはダメなんだ。」と強く訴えていました。
でも今の母は認知症です。
まだ軽度で普通の会話は出来、普通の生活をしていますと書いたら、それは一緒に暮らしてないから、そう書けるのだと、姉には言われそうです。たぶんそれは願望です、私の。
その母は、もう戦争の話をしなくなりました。
子供たちに会っても、強く訴える事をしなくなりました。
出来なくなったのです。
世の中には風化させてはならない事があると思います。
それの一番は、戦争の恐ろしさと愚かさなのではないでしょうか。
やってしまった失敗は、なぜなのかを考えて、同じ失敗をしない様にしようと思うのは普通の事だと思います。同じ事を繰り返すのは愚かな人です。
私たちに出来る事は何か・・・・?
私には拳を振り上げて熱弁をふるう事すらできません。
だけど静かに、あった事を語っていくことぐらいは出来ると思うのです。
そっと静かに語っていこうと思います。
出来なくなる日まで。