(北海道夕張市)
今回の北海道初日は雨天で札幌市街地のみの散策となった。加えて仕事の疲れが出て予定を大きく変更した。北海道は何度となく訪れているが、札幌に隣接する小樽には訪れたことがない。今回、その小樽と、我が家との血縁関係にある竹鶴の地、余市。そして夕張、千歳、恵庭等を予定していた。然し、バスの予約状況やいつもの如くの青信号にならって歩く習慣、直近発車の列車の流れで身を任せたところ、夕張行きの急行バスに乗っていた。およそ六年振りの夕張、前回の「南部」に続いて、「北炭」を訪れた。北炭は北海道炭擴汽船の略であり、三菱の大夕張・南部に対して三井の夕張・北炭をあらわす。
付近は、本格的な春はまだ遠く、残雪が多く見られた。然しながら、その雪によって辺りが白く輝き、衰退のイメージが和らいで感じた。雪国は総体的に言えることだが、構造物の老朽化が早い。故に定期的なメンテナンスが必要となってくる。然れど夕張ではそれがままならず、負のイメージに拍車をかけている。
以前訪れたときはなかったように思う「バリー屋台」なるものが夕張駅の横にあった。我が起源の今治も同様なネーミングを使うことがあり、同じように苦しい時期を過ごしている両者が協働できたらと感じた。急階段を上がると市の中心地、本町となる。そこには市役所と、命名権で名称が変わった旧夕張市民会館(昭和38年建造)がある。
傷んだ階段
ポンポロベツ川を渡ると、朽ちた図書館が視野に入った。平成19年、福祉保健センターの一角に規模を縮小して移転した跡である。看板を見ると、夕張市美術館の文字を消した跡があった。昭和54年(1979)に、市役所別館であったこの建物の一階に図書室、二階に美術展示室として利用したのが始まりで、昭和63年(1988)向かい側のボーリング場跡地を利用して美術館は移転した。然しながら昨年、積雪により地上S構造部分が倒壊し、そのまま解体されてしまい、元々のRC造りの地下部分だけが残っている。この場所に今度は図書館を移転する計画もあったようだが、何れにせよ川に面しており、美術品、蔵書資料の保管には不向きな場所であることは一目瞭然である。図書館の最盛期には小さいながらも図書館、美術館、青少年相談センターの複合施設であったが、今は閉鎖され、蔵書の三分の二がこの場所に眠っている。 旧ボーリング場・美術館跡
私は基本的に自治体が有する教育支援施設の民間委託は反対に思っているが、自治体そのものが破綻した場合はその限りでないと考えている。設置から所有、運営まで一括して民間が行う「民有官貸」の体制をとって、商業収入により財源を図り、他の教育施設、福祉施設等と濃密な連携を図ってそれぞれの既存の業務の無駄を取る。そして、相互関係による付加価値を生み出し、「教育文化改革の先駆け夕張」として根本的な部分からの復活を願いたい。そこでまちの信用力、ブランド力が付いてくれば、旧来から関係する企業も含め、誘致も進むであろう。
郷愁の丘
旧高松跨線橋
北炭夕張炭鉱専用鉄道跡
石炭露頭
市街地を過ぎると、総合病院の規模を縮小した診療所があり、更に進むと夕張にとって二回目の往古盛衰を巻き起こした食品事業所がある。用途が二転三転し、広大な空きスペースとなっている向こう側には夕張炭鉱跡地の敷地を利用した「石炭の歴史村」があり、時間が止まったかのように動かない光景が広がっていた。
寿命の短かった旧旭小学校(後の宿泊施設も閉鎖)