(Genova イタリア共和国リグーリア州ジェノヴァ県ジェノヴァ市 レ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度:世界文化遺産)
私が当初抱いていたこの街の印象は、母をたずねて三千里のマルコ少年の生まれた、のんびりとした港町かと思っていた。然し実際は、州都及び県都かつイタリア最大の港町で、古代はローマからのアエミリア・スカルーナ街道終点として、更に当時はローマ帝国の属国であったガリア・ナルボネンシス(現南仏ラングドック・プロヴァンス)に至るユリア・アウグスタ街道や、イタリア北東端アクイレイアに至るポストゥミア街道の始点としても栄えた。中世にはジェノヴァ共和国として繁栄し、クリストファー・コロンブスが生まれた地とされ、最盛期には人口70万人を有した北イタリア有数の都市であった。また、過去の経緯もあり様々な人種がみられ、懐の深いまちであることが感じられた。ポルタ・プリンチペ駅から海岸を通り、この日の宿に向かう。ジェノヴァでの宿は、今回の旅で私が唯一メンバーシップを持たないメリアというアメリカ系のホテルで、新市街を見下ろす高台の住宅地にある五つ星デザイナーズホテルであった。一泊120ユーロと他の五つ星ホテルに比べ格段に安いが、デザイナーズ&モダンを主体にしているためサービス性かつ実用性に欠け、私には不便に感じることが多数あった。部屋のテレビを見るとジェノヴァ洪水のニュースが。泥水に押し流された車や物、死者も出ているようであった。ミラノからジェノヴァに向かう列車から見えた増水した川は、このことを表しているのだと気づいた。次の日街並みを歩いていると、時折泥だらけの人たちを見かけた。手にはスコップを持つ人もおり、被害に遭った場所へのボランティアであった。この洪水の影響なのか、地下鉄も運休しており、街は静まり返っていた。
ジェノヴァ港
桟橋近くのサン・マルコ・アル・モーロ教会 1173年創建
サンタ・マリア・アッスンタ聖堂 ガレアッツォ・アレッシ設計 1552年創建
新市街地方面
セッテンブレ通り
サント・ステーファノ聖堂 13世紀(左)
アールヌーヴォー様式のバラッツォ・デッラ・ボルサ・ヴァローリ(旧証券取引所) 1912年
旧証券取引所とイタリア信用銀行
パラッツォ・デル・クレディト・イタリアーノ(旧イタリア信用銀行)1914年と ジェズ・エ・デイ・サンティ・アンブロージョ・エ・アンドレア教会
ジェズ・エ・デイ・サンティ・アンブロージョ・エ・アンドレア教会とドゥカーレ宮
フェッラーリ広場 1877年と噴水 1936年
ドゥカーレ宮 1783年再建及びパラッツォ・デッラ・ラジョーネ・リグーリア(旧リグーリア州裁判所) 1925年
ガリバルディ騎馬像とカルロフェリーチェ劇場
世界遺産パラッツォ・パラヴィチーニ・カンビャーゾ ベルナルディノ・カントーネ設計 1558年
ガリバルディ通り
世界遺産 旧パラッツォ・トゥルスィ宮(現ジェノヴァ市役所)1565年
マッダレーナ
バルビ通りとサンティッシマ・アンヌンツィアータ教会
ヌンツィアータ広場
パラッツォ・バルビ・セナレガ ビアンコ・バルトロメオ設計 17世紀
パラッツォ・バルビ・ドゥラッツォ・レアーレ(旧バルビ家・ドゥラッツォ家王宮)
バルビ通りから下る坂