(愛知県一宮市本町)
尾張国一宮、真清田神社神官であり、織田信長臣であった関長重(成重)或いは長重父、康正が築いた城である。
天正十二年(1584)長重の子、長安(成政)のとき、長久手の戦いで討死し、代わって竹ヶ鼻城より織田信雄臣不破広綱が入るが、天正十八年(1590)信雄改易と共に廃城となった。不破氏はその後、加賀金沢へ移り住んでいる。
往時は堀、土塁を廻らし、市制施行の頃まで遺構を残していたというが、現在は伝馬通に面して三菱東京UFJ銀行を中心とする市街地となっている。
(関連記事:尾張一宮平成十八年)
尾張国一宮、真清田神社神官であり、織田信長臣であった関長重(成重)或いは長重父、康正が築いた城である。
天正十二年(1584)長重の子、長安(成政)のとき、長久手の戦いで討死し、代わって竹ヶ鼻城より織田信雄臣不破広綱が入るが、天正十八年(1590)信雄改易と共に廃城となった。不破氏はその後、加賀金沢へ移り住んでいる。
往時は堀、土塁を廻らし、市制施行の頃まで遺構を残していたというが、現在は伝馬通に面して三菱東京UFJ銀行を中心とする市街地となっている。
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