羆が何人もの人間を食い殺すという戦慄のストーリー。それは大正4年、北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢の開拓部落に巨大な羆(ヒグマ)が現れ、部落民を喰い殺したという実在の「三毛別羆事件」を吉村昭の圧倒的な筆力で私を恐怖に陥れた。
小説「羆嵐」は1971(昭和46)年の発刊だから、吉村昭が作家として活動を本格化させたのが1960年前後だから、吉村としては作家として脂が乗ってきたころの作品である。
時は大正4年冬、北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢(現在の苫前町三渓)の開拓部落に冬眠し損ねたと思われる巨大な羆が現れ、二日間にわたって部落民5人を喰い殺し、4人に重傷を負わせるという悲惨な事件が発生した。
この史実を吉村昭は徹底的に取材し、語り伝えられている中で欠けている部分を補い、読者を恐怖の世界に誘った。この小説は前回の投稿で吉村作品のことを、吉村が〈「戦史小説」より「歴史小説」の方がはるかに自由で創作的な満足感が得られる〉と述べたことを紹介したが、「羆嵐」は明らかに「歴史小説」の部類に属する小説だろう。さらに、このことも先に記したが、この「羆嵐」においても吉村はまるで開拓部落の一住民であったかのような目線でこの小説を綴っている。それが圧倒的な恐怖感を読者に与え、読者の支持を得たのだと思う。
小説「羆嵐」は、事件の後に羆を退治しようとする人々の姿を追うが、想像を絶する巨大羆(一説には体長3.5m、対自由380kgと伝えられている)に地元の猟師たちも、地元警察も及び腰となる中、一人のヒーロー(ヒール?)が登場する。酒癖が悪く素行も決して良くないが、熊打ちにかけては名人と呼ばれる山岡銀四郎(史実では山本兵吉)の登場である。孤高の彼はだれにも頼らず一人山に入り、やがては巨大羆を倒すのだが、山岡の存在もこの小説をより深くより、盛り上げてくれている。
前回の投稿で「吉村昭に嵌まったかも?」と題したが、今の私は完全に吉村昭に嵌まっている。この間も「羆嵐」だけではなく、「脱出」、「羆」という短編集も読破し、この後も「高熱隧道」、「赤い人」などを傍において読み進める準備をしている。
「脱出」については、「脱出」、「焰髪」、「鯛の島」、「他人の城」、「珊瑚礁」といった短編が収められている。いずれもが第二次世界大戦で苦境におかれた庶民の姿を描いたものであるが、戦地沖縄から九州に脱出した主人公を描いた「他人の城」が最も心に残った。
また「羆」には、「羆」、「蘭鋳」、「軍鶏」、「鳩」、「ハタハタ」という短編が収められているが、扉に「動物小説集」と記されているように動物を対象とした作品である。私はこれらの小説から、趣味というより生きがいとして鯉の養殖、闘鶏、鳩レースなどに賭ける人々の異様さを小説から感じてしまった。
どの短編も一気読みができるほど楽しめたが、吉村の良さはやはり長編にあるような気がしている。綿密な事前の調査、取材。それを基にして打ち立てる構想力、そして文章に起こす際の表現力、全てがいかんなく発揮され、読者を魅了するのは吉村作品の長編であると思っている。これからも折に触れ吉村作品をレポしたい。
《北京冬季五輪寸評》
昨日夜遅く、スピードスケート女子500mが行われたが、高木美帆選手が見事銀メダルを獲得した。彼女は中距離の選手と目されていたがね 今シーズンはWCで500mにも参戦していたが、ここまでの好成績を残すとは思わなかった。素晴らしいの一語に尽きる。一方、オリンピック二連覇を目ざした小平奈緒選手は精彩なく予想外の17位に沈んでしまった。スタート直後にアクシデントがあったようだが、爆発力を必要とする短距離で35歳という年齢はかなり難しいのかもしれない。もう一戦、1000mを残しているが、なんとか意地を見せてほしいものである。
快進撃が続くカーリングのロコ・ソラーレは本日午前の対中国戦も危なげなく制して4勝1敗とした。本日の夜の対韓国戦もぜひ勝利して決勝トーナメント進出を濃厚にしてほしいものである。
本日夜には期待のスキージャンプ男子団体戦も期待される。エース小林陵侑選手が好調なだけに、他の3選手がどこまで奮起できるかが鍵である。なんとかメダル圏内に!と願いたいところだが果たし??
私は熱しやすく、冷めやすいタイプなので、吉村昭熱がいつまで続くか分かりませんが、とりあえずしばらくは吉村昭にご執心といったことになりそうです。ご推薦の「赤い人」も早く読んでみたいと思っています。
さて、「スポーツ好き云々」の話ですが、私の場合スポーツに限らず何ごとにもそれほど深く考えているわけではないことをしろまめさんはお見通しではないですか?
特にスポーツを観戦することは、私にとっては完全に娯楽の対象ですから、つまらない思いをしてまで観戦し続けるという選択肢は持ち合わせていませんねぇ…。
「鳩」や「軍鶏」などの短編集は、「何かにとりつかれた男」の姿が痛々しく、恐ろしかった覚えがあります。
吉村作品はかなりの量があるので、なかなか読み尽くすことがなさそうで、ぼくも老後の楽しみにしているんです!
とは言い条、本を読むのも疲れるワイ、と老け込む前に読んだほうがいいのかしら?
カーリングの件ですが。
韓国戦は相手の精密なショットにやらたという感じでしょうか。それを「ねちっこい」と感じたのは、まあ身びいきということでお許しください。
そして、第9エンドでのコンシードがさわやかでした。自分のブログにも書きましたが、負けを認めることは、勝つこと以上に大切かもしれません。
さて、「チコちゃん」でいただいたコメント返信ですが、実は「真のスポーツ好き云々」を書こうかとも思っていました。ですが、あまりにも失礼かと(確かに失礼すぎる)考え直してやめました。田舎おじさん様自らがそう書いておられたので、多少気が楽になりましたが……。
考えてみれば、「ひいきのチームの苦境を直視できない」のは、人として当たり前の心理ですよね。
チームが苦しいときに応援しろというのは理屈ではありますが、楽しみとして観ている人間にそこまで求めるのはどうか、と考えるようになりました。
それと、「苦境を直視できない」のは共感によって自身も辛いからかな、とも思えます。我がことのように感じて、辛くて観ていられないということが確かにありそうです。
まして長く教職にあって、人生経験も豊富な田舎おじさん様としては、教え子が苦しんでいる、我が子や孫が苦境にあるというのを見ていられない心理とも通じるのかな……と。
長文の書き込みで失礼しました。