マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

485系「びわこライナー」

2007-10-12 06:45:01 | 特急型電車(交直流・交流)
おはようございます。
どうも風邪をひいてしまったらしく、昨夜は更新せずに大事をとって寝てしまいました。
楽しみにされていた方、申し訳ありません。

時間がありませんが、取り急ぎアップいたします。

今日は、今から5年前、従姉妹の結婚式のために奈良に行った際、ついでに鉄してきたときの写真で、485系「びわこライナー」をご覧いただきたいと思います。


平成14年3月29日 新大阪駅にて 485系200番台 「びわこライナー」


同日 後追いで 485系300番台を連結した「びわこライナー」

急行「銀河」で降り立った新大阪駅。大阪まで行かずに1つ手前で降りたのは、この時間の新大阪駅が様々な列車のラッシュにあたる時間だったからです。
「あかつき・彗星」や「ちくま」、「スーパーはくと」などあったのですが、この「びわこライナー」は正直なところノーマークでした。突然来たのです。
この当時は、関西では485系がオリジナルな姿で走っていたので、特に希少な感じもしなかったのですが、意外にもこの写真を撮ってから直ぐに、この200番台を含む485系がなくなってしまいました。

このときは、マミヤ645ではなく35mm判一眼レフだったのですが、珍しく大変綺麗に写ってくれており、より鮮明に記憶に残る記録となってくれました。

コメント (8)
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EF58100号機に関する記事の加筆・訂正について

2007-10-11 22:03:57 | EF58のアルバム
本日アップいたしました「EF58100号機」に関する記事につきまして、その後、EF58に関する新たな資料を発見したことにより、補足しなければならない事実が出てきましたので、加筆させていただきました。

内容は・・・

 昭和59年時点において下関区には20両を超えるEF58が配置されており、その中にナント100号機も含まれておりました。
 当時の状況については全く記憶が無いのですが、EF62導入までのつなぎとして、各区から寄せ集めたのではないかと思われます。
 したがって、記事後段の小郡駅に留置になった経緯はあっさりと解明する事になりました。つきましては、この記事の加筆を持ちまして訂正させていただきます。

といったところです。内容を知っていながら歯がゆい思いで記事をご覧いただいていた方には大変申し訳ありません。なかなか詳細な資料が無いもので、いつも片手落ちな記事になってしまいますが、どうぞご勘弁くださいませ。
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EF58100(関西の1番人気車)

2007-10-11 01:03:51 | EF58のアルバム
今日もEF58シリーズで、EF58の削減当時、関西で1番人気だったとされる100号機をご覧いただきたいと思います。

当時の雑誌では、宮原機関区に17両配属されていたEF58のうち、101号機が人気ナンバー1だったと書かれています。

確かに、この100号機は原形小窓のままでしたので、形態的には人気があってもおかしくないのですが、当時の宮原区には他の原形小窓機が複数配置されていたため、私的には理由が理解できません。ちなみにこの100号機、形態的には原形小窓だけがオリジナルで、エアフィルターはヨロイ戸式、パンタはPS15であり、これと言って特徴的ではないと思いますが・・・。

ま、取り敢えずあまり良い写真ではないのですが、ご覧ください。


昭和53年8月5日 東海道本線 真鶴~根府川間にて 荷物列車を牽く100号機

写真は広角で撮ってかなり小さいため、トリミングアップしています。
有名撮影地である白糸川の鉄橋を渡る100号機の牽く荷物列車。後に連なった多数の荷物客車が古き良き時代を物語ります。未だこの頃は、EF58がなくなるなんて夢にも思わなかった頃です。



昭和59年8月19日 山陽本線 小郡(現:新山口)駅にて 側線に留置中の100号機


こちらは悲しい写真です。59年2月の改正(貨物の大合理化)で余剰となった電機たちが、限りなく長い縦列で留置されているシーンです。この列には、主にEF60の1次・2次車、EF61が連結されており、何故か下関方の1両だけがEF58でした。それがこの100号機だったわけです。

しかしこの100号機、宮原区の所属ながら何故こんなに離れた小郡駅に留置されていたのでしょうか?地元でも解体待ちをするところはあるでしょうに。59・2のダイヤ改正で東海道・山陽の荷物列車はすべてEF62化されましたので、何らかの列車で下関まで牽引し、そのまま小郡に回送されてきたと考えるのが自然かもしれません。

以前アップしたDD51の初期型があつみ温泉駅に留置されているシーンがありましたが、その後には長岡区のEF58が何両か留置されていました。当時は、改正のたびに地方の駅でこのような風景を見掛けることができましたが、普段見れないものが見れたという喜びの反面、去っていく者が立ちすくむ光景は余りにも寂し過ぎました。


【追加記事】
 その後、EF58に関する資料を発見いたしました。
 その記述によると、昭和59年時点において下関区には20両を超えるEF58が配置されており、その中にナント100号機も含まれておりました。
 当時の状況については全く記憶が無いのですが、EF62導入までのつなぎとして、各区から寄せ集めたのではないかと思われます。
 したがって、記事後段の小郡駅に留置になった経緯はあっさりと解明する事になりました。つきましては、この記事の加筆を持ちまして訂正させていただきます。

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EF5881(最後の広島型ヒサシ車)

2007-10-10 00:47:58 | EF58のアルバム
こんばんわ。
今日(というか昨日)は非常に帰りが遅くなってしまったので、取って置きの1枚モノをご紹介したいと思います。

名前はEF5881号機。チャキチャキの広島型ゴハチです。

広島機関区晩年の特徴となりますが、何といっても最大の特徴は、「ツララ切り」とはもう呼ばせない特大のつながりヒサシですね。さらに、同区ではPS22B型パンタグラフを搭載したカマが多かったようで、この81号機もクロスパンタです。
81号機は西日本型ですので、エアフィルタはヨロイ戸化、正面窓もHゴム化され、もはや原形といえるのは基本車体と台車くらいなもんですね。

これは比較的良く撮れているマシな写真です。


昭和57年10月4日 山陽本線 瀬野~八本松間にて 12系団臨を牽く81号機

そういえば、昨日アップした「EF66901」を撮った時と同じ日に撮影したものです。特に列車ダイヤを確認しながら撮っていたわけでもないので、いつ何がどちらから来るかもわからない状態。たまたま線路脇を歩いてきたところ列車が来たので退避したときでした。
初めは、「臨時列車ラッキー!」という感じだったのですが、シャッターを切ったときの残像を思い出して、「何だ今のは・・・?」とあっけにとられてしまいました。あんなゴツいゴハチを見たのが初めてだったからです。まぁ、正直あまり好きな形ではありませんでしたけどぉ。

それでも、偶然と言いますか強運と言いますか、僚機が次々と引退していく中、81号機は同形態の38号機とともに昭和58年代まで活躍し、最後まで広島区の砦を守り続けました。
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EF66901:高出力高速貨物機の始祖

2007-10-09 00:44:08 | 国鉄・JR機関車(直流型)
こんばんわ。

昨日は天気が悪かったので、安売りのウーロン茶を買いに行ったくらいで外へは出ず。何をやっていたのかというと、決してマッタリしていたのではなく、今後のブログへの戦略を練って、ひたすら写真のスキャニングをしていました。
中身は何かというと、過去ログでお判りのように、今までは電車・直流機・ブルトレのボリュームが高く、交流機やディーゼル機関車が手薄になっていました。今後の展開に変化をもたせるため、取り敢えず交流機を中心に120枚ほどスキャニングした次第です。
しかしこれからが大変なんです。画像の加工処理もそうですが、何時・何処で撮った何かというデータを全部拾い出さないといけないので、これが一苦労なんです。
なので、これらをアップするのはまだ先の事になりますが、交流機ファンの方は楽しみにしていただきたいと思います。ただ、東日本中心になりますので、残念ながらED70やED72~74の写真は1枚もありませんのでご了承願います。

と、相変わらず長い前置きで申し訳ありませんが、昨日ひっくり返していたアルバムの中から「EF66」の試作機である901号機の写真が出てきましたので、早速1枚だけですが、加工し終えましたのでアップしたいと思います。



昭和57年10月4日 山陽本線 八本松~瀬野 EF66901牽引の下り貨物列車

EF66901号機は、当時最強だったEF63をも上回る出力で、さらに110km/hを超えるハイスピードで走れるように設計された、次世代の高速・強力貨物機として「EF901」という名の下に誕生しました。
各種試験から良好な結果が得られ、「EF90」型は「EF66」と名を変え、量産されることになりました。
「EF66」の量産に伴い、試作機として製造された「EF901」についても、標準化の改造を受けるとともに「EF66901」として量産機の仲間入りをする事になります。
その後の活躍については、皆さんもご存知と思いますので省略いたしますが、901号機は国鉄からJR貨物にも引き継がれ、比較的長く活躍したのですが、平成13年2月9日付で廃車され解体されたとされています。

写真の901号機は、瀬野八にEF59の写真を撮りに行ったとき、踏み切りで待機しているところに偶然来たものです。偶然来たので大変良くない構図だったのですが、当時自分で写真現像をしていたので、都合の良いようにトリミング・プリントしてあったものをスキャニングしたものです。引き伸ばした上でのプリント→スキャニングですので、画像が荒い点はお許しください。

今日はまた直流機になってしまいましたが、今後はEF58を引き続きアップしていきますとともに、準備が出来次第、交流機やディーゼル機関車、そして特急列車と、適度に織り交ぜながら更新していく予定です。おたのしみに!
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