また彼は次のように自分に言っていた。「もし自分が死んだら、このD-45が中古ショップに渡り価値の分からない単なるコレクターの手に渡ったら悲劇だ」と。また彼は彼のブログの日記に「人の手に渡るなら価値の分かっている高校の同級生であるSに託したい」と記した。同感である。最近の中古ギター市場は、ピンからキリまで全部を一緒にし、それをビンテージと称しその価値基準を意図的、かつ不当に操作してしまったようである。したがって本来楽器は道具であるはずなのだが、このような骨董市場を成立させてしまったためプレイヤーばかりでなくコレクターが増えている。彼はいつも「弾きたいならいつでも連絡くれれば弾かせてやるよ」といっていた。それはおそらく同じ価値基準をもった同好の士に共感してもらいたいからである。その気持ちは分かる。自分が所有していたら、価値の分かる人に弾いてもらって「はぁ~、すごいね、これすごい音だー」と感心してもらいたい。薀蓄を共有することは所有者(管理者)としてこの上ない喜びなのである。