しかしまあこれは価値観の問題ではあるが、どうも自分には現実味がなかった。将来Martinは買うであろうが、あまりにも浮世離れした価格のD-45だけは自分が購入するとはとても思えなかったのである。その後も多くのプロが所有しステージで使用するに至ったが、やはり自分ではピンとこなかったのである。しかしながらこの「とんでもない価格」のギターが頭にインプットされ「いつかは俺も買う」と心に誓った少年が多かったことも事実である。実は友人Mがそうであった。ところがこんな高額商品など社会人になってもそうそう買える訳ではない。やがてこのような夢を抱いた少年達も社会人になり仕事に埋没していくことになる。自分もそうであった。仕事を覚えるまでは余暇に音楽などという心の余裕はまったくなかった。時間などなかったし、少しでも空いた時間があれば疲れ果てて寝ていた。そして徐々に年月が過ぎ仕事もひと段落した。子供の時から30年以上が経過し、過去自分が持っていた夢である「いつかは自分もMartinを持つ」ということが蘇ってくるのである。