「最近、私はうれしいことを見つけてメモしてるんですよ。^^」と私は言う。
「それから『ありがとう』って言うとそれがどんどんたまって、3年後ぐらいから『いいこと』になって降ってくるそうなんです。それをやっている途中。」
するとAさんは「ツキを呼び込む法則か!」と言い、そう言うのがあるんだよなと言うので「Aさんはいつも前向きなんでそのままで良いと思いますよ♪」と私は言った。
「だから、昨日の契約書の間違えに気づいたのもツキだと思うんですよ。^^社長のあの一言がなかったら、たぶん当日まで気がつかなかったですからね。」
本当に「いいこと」が3年経ったら降って来るのかは分からないけれど、少なくても今のこの状態だけで、「これで充分」だと思えた。
そして私は、両親を思い出した。
二人とも年中「ツイてる」「ツイてる」「楽しい」「面白い」こんな事ばかり言っている二人だった。
パチンコで当たれば「ツイてる」と言い、あぶく銭だからと服を買ってくれた。
けれども、パチンコで外れた時に「外れた」とは言わなかった。「あぁさんざ遊べて面白かった」と言った。
(ちなみにパチンコはゆとりのある=もともと無くても良い金でやると言うのが両親の流儀である。)
親があんな背中を何十年も見せてたのに、私はいったい何だったのだろう。
あの太陽の光が差し込む家庭は、ただあるものではなく、両親が造り上げてくれたものだと、ここで気がついたのだ。
たしかに暗い、友達に語れないような時もあった。
でもそれは、母が病気の時であった。
病気でなければ、母は本来楽しくて明るくて人を喜ばせるのが得意な人だった。
(ただし繊細なので、他人と交わるのが苦手だったが。)
私は両親を思い出し、離婚した過去を振り返り、「当時は最悪だと思ったけれど、悪くはなかった」と思うようになった。
元旦那に裏切られたのはショックだったけれど、両親は元気でkekeも元気で登校し友達と野球やゲーム、元旦那が去ったこと以外には何も悪いことはなかったんだ。
それにどうして元旦那が去ったかと言うと、不倫をしたから。
つまり彼が他の人を好きになると言う事実を認められなかったからだ。
でも、人の心は数字(データ)じゃない。
そうじゃないと思っても、感情は変わる事もわきあがる事もある。
良いものも、悪いものも。
まずは元夫がその気持を持ったことを認識し、自分にとってそれでも必要なのか不要なのか判断すれば良かった。
必要なら、相手は相手、自分は自分達で関わって行く方法があったはずだ。居心地が悪くなければ、元夫は帰る所が二つになるだけなのだから。
そして、「そんなのは絶対にやだ」と思ったら、冷静にサヨナラを選べばいい。
そう冷静に考えれば、そこに恨み辛みはない。
そこに横たわる事実を自分がどう捉えるかだけ。
kekeが学校を辞めたこともそう。
人の感情に「こうあるべき」と言う考えが間違っていたのだ。
自分ごときのものが、人の感情を操作しようと思う事がおこがましいのです。
そして、あの離婚がただの「横たわる現象」であるなら、これから起こりうる悲しいニュースも全てが「横たわる現象」であり、そのどこかで「いいこと」が見つけられそうな気がする。
そして私はそこでそっとニコニコするのです。
この先誰を失っても、私は私のまま、次の何かを見つけに行く。
生きていられる残り限られた時間の間に、まだ見ておきたい事がたくさんあるのだから。
そして本に書いてあったように、私はこれから「ついてる」ことや「楽しい」ことが通り過ぎるたびにアイサツして「ありがとう」と言うつもり。^^
ふふっ・・・だんだんブログのタイトルっぽくなってきたぞ。。
「それから『ありがとう』って言うとそれがどんどんたまって、3年後ぐらいから『いいこと』になって降ってくるそうなんです。それをやっている途中。」
するとAさんは「ツキを呼び込む法則か!」と言い、そう言うのがあるんだよなと言うので「Aさんはいつも前向きなんでそのままで良いと思いますよ♪」と私は言った。
「だから、昨日の契約書の間違えに気づいたのもツキだと思うんですよ。^^社長のあの一言がなかったら、たぶん当日まで気がつかなかったですからね。」
本当に「いいこと」が3年経ったら降って来るのかは分からないけれど、少なくても今のこの状態だけで、「これで充分」だと思えた。
そして私は、両親を思い出した。
二人とも年中「ツイてる」「ツイてる」「楽しい」「面白い」こんな事ばかり言っている二人だった。
パチンコで当たれば「ツイてる」と言い、あぶく銭だからと服を買ってくれた。
けれども、パチンコで外れた時に「外れた」とは言わなかった。「あぁさんざ遊べて面白かった」と言った。
(ちなみにパチンコはゆとりのある=もともと無くても良い金でやると言うのが両親の流儀である。)
親があんな背中を何十年も見せてたのに、私はいったい何だったのだろう。
あの太陽の光が差し込む家庭は、ただあるものではなく、両親が造り上げてくれたものだと、ここで気がついたのだ。
たしかに暗い、友達に語れないような時もあった。
でもそれは、母が病気の時であった。
病気でなければ、母は本来楽しくて明るくて人を喜ばせるのが得意な人だった。
(ただし繊細なので、他人と交わるのが苦手だったが。)
私は両親を思い出し、離婚した過去を振り返り、「当時は最悪だと思ったけれど、悪くはなかった」と思うようになった。
元旦那に裏切られたのはショックだったけれど、両親は元気でkekeも元気で登校し友達と野球やゲーム、元旦那が去ったこと以外には何も悪いことはなかったんだ。
それにどうして元旦那が去ったかと言うと、不倫をしたから。
つまり彼が他の人を好きになると言う事実を認められなかったからだ。
でも、人の心は数字(データ)じゃない。
そうじゃないと思っても、感情は変わる事もわきあがる事もある。
良いものも、悪いものも。
まずは元夫がその気持を持ったことを認識し、自分にとってそれでも必要なのか不要なのか判断すれば良かった。
必要なら、相手は相手、自分は自分達で関わって行く方法があったはずだ。居心地が悪くなければ、元夫は帰る所が二つになるだけなのだから。
そして、「そんなのは絶対にやだ」と思ったら、冷静にサヨナラを選べばいい。
そう冷静に考えれば、そこに恨み辛みはない。
そこに横たわる事実を自分がどう捉えるかだけ。
kekeが学校を辞めたこともそう。
人の感情に「こうあるべき」と言う考えが間違っていたのだ。
自分ごときのものが、人の感情を操作しようと思う事がおこがましいのです。
そして、あの離婚がただの「横たわる現象」であるなら、これから起こりうる悲しいニュースも全てが「横たわる現象」であり、そのどこかで「いいこと」が見つけられそうな気がする。
そして私はそこでそっとニコニコするのです。
この先誰を失っても、私は私のまま、次の何かを見つけに行く。
生きていられる残り限られた時間の間に、まだ見ておきたい事がたくさんあるのだから。
そして本に書いてあったように、私はこれから「ついてる」ことや「楽しい」ことが通り過ぎるたびにアイサツして「ありがとう」と言うつもり。^^
ふふっ・・・だんだんブログのタイトルっぽくなってきたぞ。。