今日は午前中は仕事をしに行き、昼前に父の面会に向った。
「sakeだよ」と言うと、「sakeちゃんが来たのか」と今日の父は言う。
が、3秒後にはもう私の存在をすっかり忘れた。
その事を話すとAさんは「それはいいことだよ」と言い、「お父さんの所に行くか行かないかは自分の問題になるからね。」と言った。そして「俺のバアちゃんはこの前にいつ来たか覚えている上に【もっと来い】と言う。これが飛行機で行くような場所ならまだ諦めもつくだろうが、車で3時間だから行けそうでつい行けず罪悪感にかられるんだ。」と言う。
そう思えば、私のようにひょいと行けて、すっと帰れるのは極めて苦労ナシなことなのかもしれない。
今日の父は「sakeちゃんが来たのか」と言うとオバケのように手首を下にダラリンと垂れて、また寝た。
寝たい時は寝た方がいいのだろうと思い、何も言わず何もせず、昼食までぼんやり時間は過ぎた。
昼食が運ばれてきて、看護婦さんが茶碗と箸を持たせたが、寝ていて茶碗が傾き「今日はこれでは食べられないか」と思ったら、急に箸が動き始め、茶碗が唇に吸い付き、ご飯を自動的にかけ込む父の姿がある。
老いて身体がきかなくなって、一つずつ行動ができなくなって、父の最後に残された唯一の動作は「食べる」こと。
そして父はほぼ食べ終わりに近くなると、自然に食べなくなり、茶碗を置きたいが置きたいと言う意思も忘れて、持ったまままた半分寝るのである。
その頃、いつもこの時間に現れる女性が今日も現れ、お父さんだかご主人だかにスプーンでご飯を与える。
そちらのお父さんはもう自分でスプーンも使わないのに、女性が現れると「お!」と言うリアクションをした。
「お前、来たのか」と言わんばかりである。
(こちらも言葉はしゃべれず、アーウーとしか言えない。)
こちらのご主人は、自分でご飯が食べれないので「父もやがてはこうなるのか」と今まで思っていたが、認識力では父よりずっとハッキリしているようである。
と言うことは、人によって老い方に個人差があるのだろうか。
そして分かる事は、父はここの中では控えめで欲がなく、ああだこうだ言わない、言われた事を素直に受け止めるタイプである。
(逆に言うと、同じボケていてもやたら意思がハッキリしすぎて介護に困る人もたくさんいる。)
これは本当に意外でもある。
父は現役時代、よくカッカ怒っていて、意思もはっきりしていて、よく言えば頼りある父親で、悪く言えば気が短い人だと思っていた。
でも気が短いと言うのは、父を怒らせる人間が身近にいたからで、それは自分だったのかもしれない。
「しれない」のではなくて、そうだったんだろう、たぶん。
もともと穏やかだった父を私が怒らせていたのだろう。
そして心配も山ほどさせたのだろう。
「悪かったな」とは思うけど、これ以上追求はせずさらりと流すよ。
今になると、よくあんな私を「出来損ない」とも言わずにいたものだ。
親として、とても愛情の深い人だったのか。
そしてまた父はグーと眠り、私は帰ることにした。
「sakeだよ」と言うと、「sakeちゃんが来たのか」と今日の父は言う。
が、3秒後にはもう私の存在をすっかり忘れた。
その事を話すとAさんは「それはいいことだよ」と言い、「お父さんの所に行くか行かないかは自分の問題になるからね。」と言った。そして「俺のバアちゃんはこの前にいつ来たか覚えている上に【もっと来い】と言う。これが飛行機で行くような場所ならまだ諦めもつくだろうが、車で3時間だから行けそうでつい行けず罪悪感にかられるんだ。」と言う。
そう思えば、私のようにひょいと行けて、すっと帰れるのは極めて苦労ナシなことなのかもしれない。
今日の父は「sakeちゃんが来たのか」と言うとオバケのように手首を下にダラリンと垂れて、また寝た。
寝たい時は寝た方がいいのだろうと思い、何も言わず何もせず、昼食までぼんやり時間は過ぎた。
昼食が運ばれてきて、看護婦さんが茶碗と箸を持たせたが、寝ていて茶碗が傾き「今日はこれでは食べられないか」と思ったら、急に箸が動き始め、茶碗が唇に吸い付き、ご飯を自動的にかけ込む父の姿がある。
老いて身体がきかなくなって、一つずつ行動ができなくなって、父の最後に残された唯一の動作は「食べる」こと。
そして父はほぼ食べ終わりに近くなると、自然に食べなくなり、茶碗を置きたいが置きたいと言う意思も忘れて、持ったまままた半分寝るのである。
その頃、いつもこの時間に現れる女性が今日も現れ、お父さんだかご主人だかにスプーンでご飯を与える。
そちらのお父さんはもう自分でスプーンも使わないのに、女性が現れると「お!」と言うリアクションをした。
「お前、来たのか」と言わんばかりである。
(こちらも言葉はしゃべれず、アーウーとしか言えない。)
こちらのご主人は、自分でご飯が食べれないので「父もやがてはこうなるのか」と今まで思っていたが、認識力では父よりずっとハッキリしているようである。
と言うことは、人によって老い方に個人差があるのだろうか。
そして分かる事は、父はここの中では控えめで欲がなく、ああだこうだ言わない、言われた事を素直に受け止めるタイプである。
(逆に言うと、同じボケていてもやたら意思がハッキリしすぎて介護に困る人もたくさんいる。)
これは本当に意外でもある。
父は現役時代、よくカッカ怒っていて、意思もはっきりしていて、よく言えば頼りある父親で、悪く言えば気が短い人だと思っていた。
でも気が短いと言うのは、父を怒らせる人間が身近にいたからで、それは自分だったのかもしれない。
「しれない」のではなくて、そうだったんだろう、たぶん。
もともと穏やかだった父を私が怒らせていたのだろう。
そして心配も山ほどさせたのだろう。
「悪かったな」とは思うけど、これ以上追求はせずさらりと流すよ。
今になると、よくあんな私を「出来損ない」とも言わずにいたものだ。
親として、とても愛情の深い人だったのか。
そしてまた父はグーと眠り、私は帰ることにした。