昨日書いた「どうしても判らないこと」に、貴重なご指摘のメールを頂戴した。「史談会」の仲間F氏からのものであった。私が「七傳筵」とした「傳」は「嶋」であり、「七嶋筵」(シットウムシロ)だとのご指摘である。どっと冷や汗をかいてしまった。それというのもその行の下に、遺骸を「嶋崎邊へ葬ける」とある。その嶋崎の「嶋」と同様のくずし字である。何故気がつかなかったのだろうと、顔が赤くなるおもいでメールを読んだ。昨日のブログをコッソリ消去という訳にはいかない。「赤っ恥の記」を書きますと、メールのご返事をした。
さて「七嶋筵」でぐぐってみたら、細川藩に関する資料がどっと出てきた。
あゝ知らなかった・・・・・・・・・・・・・・・
不届きを働いた者を成敗したが、「帯刀の者の事故七嶋筵をかぶせ」たというのは、特別な筵を使っての死者に対するそれなりの配慮であろう。
それにしても、「七傳者死」なる難しいものを見つけ出したのが拙かった。(言い訳だ~~)
今一つ、我が家の四代目さんの「病気ニ而寸七枚仕候事」とある一行は、熊本では高名な方の読みくだしであり、私とても確認できる文字である。これはどうなる・・・。
「赤っ恥の記」を記しお詫び申上げる。
さて「七嶋筵」でぐぐってみたら、細川藩に関する資料がどっと出てきた。
あゝ知らなかった・・・・・・・・・・・・・・・
不届きを働いた者を成敗したが、「帯刀の者の事故七嶋筵をかぶせ」たというのは、特別な筵を使っての死者に対するそれなりの配慮であろう。
それにしても、「七傳者死」なる難しいものを見つけ出したのが拙かった。(言い訳だ~~)
今一つ、我が家の四代目さんの「病気ニ而寸七枚仕候事」とある一行は、熊本では高名な方の読みくだしであり、私とても確認できる文字である。これはどうなる・・・。
「赤っ恥の記」を記しお詫び申上げる。