津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

五・七・五 句宴四十年

2010-02-12 18:46:53 | 書籍・読書

五・七・五―句宴四十年

東京やなぎ句会/編
岩波書店
価格:2,100円(税込み)

     【本の内容】
       俳句のこころは戯れにあり。マジメに俳句と戯れる、宴の如き句会への招待。

     【目次】
       第1章 俳句の愉しみ(東京やなぎ句会四十年の愉しみ(入船亭扇橋)
            東京やなぎ句会をひと言でいうと(永六輔)
            四十年前に(大西信行) ほか)
       第2章 自選三十句(入船亭扇橋(光石)
            永六輔(六丁目)
            大西信行(獏十) ほか)
       第3章 逝きし句友に寄せて(友を偲ぶ(入船亭扇橋)
            忘れられない友の想い出(永六輔)
            神吉さん三田さん江國さん、そして永井さん(大西信行) ほか)
       第4章 四十周年記念句会
       第5章 東京やなぎ句会四十年の歩み-一九六九~二〇〇九

 最近、俳句+エッセイ本にはまっている。東京やなぎ句会の本は「友あり駄句あり三十年」を
 持っているが、何度読んでも楽しくて、思わず笑いがこみ上げてくる。句集といえばそれこそ俳
 句が並んでいるばかりで、なんとも取っ付きにくいがエッセイ付だと楽しいばかりである。


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細川家家臣・芳賀氏

2010-02-12 17:29:55 | 歴史
 ウィキペディアや武家家伝を見ると、芳賀氏の家紋は「左三つ巴」とある。細川家家臣の芳賀氏はと言うと「右三つ巴」である。しかし同族であろうと推測している。
芳賀氏に関しては、初代五右衛門が切支丹教徒であったらしく、「転切支丹」としての資料が残されている。「勤談跡覧-肥後藩之切支丹」には、「寛永十三年七月十三日 禅宗に罷成り・・」とある。
五右衛門には男女八人の子供があり、その系図は詳細を極めそれぞれ五~六代に渡っている。ときに女子の名前等が記されていて、興味深い。又その嫁ぎ先が記されていて、芳賀氏の親族関係に迫る事ができる。平田氏、佐崎氏、富島氏、津田氏、杉浦氏等である。

二代目・助左衛門は、御使番衆八百石と「真源院様御代御侍名附」や「同・御侍免撫帳」にある。
以降どういうわけか、芳賀氏は二百石の家禄となり明治に至っている。
いずれにしても、このような記録は大変貴重なものである。男子の系統は禅定寺が菩提寺であるようだ。
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