新暦・旧暦の差はあるが285年前(寛永五年)8月29日の忠利宛て三齋書状に、京都における珍事が紹介されている。
今朝上ゟ舟参候、それニ申来候、餘不思議成儀と書付進之候、板倉所ニねこおどり候事、
ひかり物之事取々申候へ共、そ似たる事を取付申候かと存候處、板倉下屋敷ニ而、ねこ數
多クおとり申候、何もあかき手拭をかつき候由にて候、見申たる者の口にて候、又修學寺
邊ゟ、七月廿五日之暁、大から笠程なる火出候て、内裏之上へとび、落候かと見候ヘハ、
引返しひゑの山へ歸候を、三條之橋から見申たる者、是も直口之由候、きとく成事共候、
右之事とも見申候者両人、名書付て参候、ふかく隠密と申来候ニ付、書中ニ不申候事、
已上
八月廿九日 三齋 花押
越中殿
御返事
ちょっと興味があって調べているが、案の定皆目判らない。どなたかご存じあればご教示願いたい