大河ドラマはいよいよ秀吉の「九州征伐」へと場面が盛り上がってきた。今日は黒田氏の宇都宮氏誅伐であったが、見ていてどうも後味が良くない。
いわゆる騙し討ちである。宇都宮鎮房の死は天正16年のことだが、遡る天正10年には細川家が幽齋の娘婿・一色義有をやはり誅伐している。
細川フアンの私としては唯一面白くない一事である。黒田の方は秀吉の命令だとはいえ、この騙し討ちは細川の一色誅伐とよく似ている。
当然黒田は此の事を知っていただろうし、案外参考としたのかもしれない。そう思うとますます不愉快である。
因みに、忠興はその後大徳寺の僧となっていた一色義有の子を殺害している。亡霊に悩まされ小さな祠をたててこれを祀つた。現在熊本県立図書館の敷地(元・細川内善家下屋敷)のなかにこれはある。 細川内膳家と希首座の祠
一方黒田氏も同様で中津城、移封した後の福岡城内にも宇都宮親子を祀ったという。
宇都宮頼房の子・朝房は肥後国植木に於いて黒田孝高の手の者に依り殺害された。
植木にほど近い玉東町の山手に宇都宮神社がある。ここに頼房と朝房が祀られている。
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肥後国一揆も平定され、九州の姿も様変わりしてゆく。細川家が黒田氏に替り豊前入りするまで僅か12年である。