津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■「蛍丸」復元さる

2017-06-22 10:35:58 | 熊本

          ウイキペディアから

刀身が3尺3寸4分5厘(約100.35cm)もあるという阿蘇惟澄の佩刀とされるこの太刀は、阿蘇神社に伝えられてきたが、戦時中その行方が判らなくなった。
2015年その復元計画(レプリカ)が持ち上がり、今回完成を見て阿蘇神社に奉納された。
メディアが取り上げていた映像を見ると、尋常ならざる大太刀である。
一度は拝見したいものだと思うが、展観されるのだろうか。
阿蘇神社は先の熊本地震で甚大な被害を受けた。こちらの復興がいつになるのか、2022年を目途としているとのことだが・・・

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■「細川家史料」にみる山家藩御家騒動記

2017-06-22 10:09:52 | 論考

この論考は寛永4年12月の末に亡くなった谷衛友の跡目に関わるものである。細川忠興・忠利親子は谷家の遺領相続に大きく関わっている。
衛友の遺言通りの跡目を主張したが、幕府の相入れるところではなかった。砂をかむような思いが残った。
細川家は衛友の息・谷大蔵允を家臣として迎え入れている。
これ等の顛末を「細川家史料」から解明されているが、一時期私も年表を作りながらも途中で頓挫してしまった。
それゆえにこのような論考に出会うと感慨一入である。
         「細川家史料」にみる山家藩御家騒動記

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