津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■治定ということば

2023-02-01 14:50:47 | 徒然

 古文書を読んでいると「治定」という言葉がよく出てくる。
あるサイトを読むと、この言葉の読みは四つありどれも間違いではないという。つまり『答えは4つ:「ジジョウ」・「チジョウ」と「チテイ」・「ジテイ」』なのだそうである。つまり二系統の言葉であることが伺える。
問題は「定」をどう読むかによって意味合いが変わってくるのだそうで、次のように解説されている。
  (1)決定する事。落ち着く事。或いは、決まり切っている事。また、その様子。⇒「ジジョウ」・「チジョウ」…『ジョウ』派、
  (2)国などを治め安定させる事。世の中が治まり安定する事。⇒「チテイ」・「ジテイ」…『テイ』派

 最近猪瀬直樹氏と磯田道史氏の対談方式による「明治維新で変わらなかった日本の核心」を読んでいたら、面白い磯田氏のある解説が興味をそそった。
それは「御爪点にて御知定」という言葉である。この場合には「ごじじょう」とルビがふってある。(PHP新書・p121)

天皇に重要な決済を仰ぐとき、例えば征夷大将軍を決める時などには関白が天皇と同じ座面で対座し、候補者の名前が記された紙面を関白が扇子でトントンと叩くと、頷かれない場合は次の候補の名を又扇子で叩く。
そうすると天皇が親指を立て、爪でグリグリとして爪痕を残されるという。これが決定の裁可であり「御爪点」というのだそうだ。
こうして征夷大将軍が決定「御治定」となる。言葉など発せられないのだろう。
そしてこの遣り方は、現代においても受け継がれていると磯田教授は解説して居られる。現天皇の「御爪点」など拝見してみたいものだ。

細川家に於ける史料などにも出てくるこの言葉、格は違えども「お上」の決済を伺わせる言葉である。

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■城下町図掲載のリクエスト

2023-02-01 06:57:46 | 地図散歩

 熊本市史・地図篇には数種類の細川藩政期の城下町図が掲載されている。
その内、「安政比」とされるものについては過去にご紹介してきた。
意外に反響が有り、父祖の地に旅をして先祖が済んでいた街並みを確認したいというお話をいただき、苦勞が吹き飛んだことを思い出す。
ところが最近、ある人がほかにもある地図も紹介しないと片手落ちだろうと言われる。
「安政比」にはないが、他の地図には掲載されているお宅があるというのだ。その方の場合も同様である。
これには困ってしまった。

 地図を使うにあたっての著作権の問題や、スキャンの精度が悪くて文字がつぶれて確認しずらいという現状の解決をしなければならない。
些か腰が引けていることを見透かされてしまったが、一つの提案を受けた。
大概の人が、自分の家の名前を打ち込んで、誘導されて城下町図へたどり着いて、そして我が先祖の家を見つけている。
「地図が無くてもいいから、地図の❍❍頁には誰々の家がある」と名前だけでも紹介してくれるとありがたいと言われる。
地図が手元に無ければ仕様がないでしょうと申しあげたら、そのくらいは個人に任せればいいですよとのご返事・・・
「自分の先祖が済んだ家の場所が判れば、後は皆さんお一人お一人がご自分で近所の図書館でなりしらべますよ」と。

 なるほどそういう手もある・・・・・・・やってみるか?
「熊本市史・地図篇」が置かれている図書館は、県外では九州圏や東京周辺の大きな図書館にしか置いてなかろうから、閲覧はなかなか難しい。
さてどうしよう・・・・・・リクエストがあれば地図のコピーをお送りするか?
いずれにしろ、「熊本城下町図‐お宅の名前・索引編」を作ってみようかと思い出した。
「熊本市史・地図篇」を眺めながら、大嘆息の私である。

 

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