「こっちへお入り」平安寿子
平安寿子さんが落語をテーマに書いた。
読む前から面白いと分かっていたけど、やっぱり面白かった。
いくつか文章を紹介する。
P31
仕事に生きるとまでは言わないが、自活する自分が誇らしい。
とはいえ、貰う額があがれば、ストレスも増える。
(中略)
仕事である程度の力を発揮できているとは思うが、それを自分の存在証明にしたくない。ならば何をすればいいのか。
P54
十代までは、自分にはなにがしかの才能があるはずだと信じていた。なんだかわからないが、それはきっといずれパーッと開花するに違いないと期待していた。それなのに、二十歳過ぎてからは「わたしには、何の才能もないんだ」と思い知らされる毎日。とうとう「普通でいいんだ。普通はエライ」と自分に言い聞かせる立派な大人に成長したが、それでもこうして「何かができる自分」を発見すると、色めき立つものがある。
P70
別れるきっかけがないと、人というものはなかなか縁が切れないものだ。
P124-125
「柄って、個性ってことですか」
質問すると楽笑は答えた。
「うーん。個性というより、人間性です。同じことみたいですが、違うと僕は考えてるんです。個性というのは持って生まれたもの。人間性というのは生きてきた中でその人が培ってきたものという風に思います。ニンが出る、ニンに合うと、僕らの世界では言うんですよ。人と書いて、ニンと読む。その人の人間性が出たとき、噺は息を吹き込まれるんです」
「人間性が笑いにつながるってことですか」
「そうです。一生懸命になればなるほど、滑稽になる。人が生きるとは、そういうことじゃないですか。客は、今の言葉で言えば『上から目線』で、落語世界の人物をバカなやつらだと見下して笑うんじゃない。自分と同じだから、共感して笑うんですよ。愛しいから笑うんです」
【ネット上の紹介】
吉田江利、三十三歳独身OL。ちょっと荒んだアラサー女の心を癒してくれたのは往年の噺家たちだった。ひょんなことから始めた素人落語にどんどんのめり込んでいく江利。忘れかけていた他者への優しさや、何かに夢中になる情熱を徐々に取り戻していく。落語は人間の本質を描くゆえに奥深い。まさに人生の指南書だ!涙と笑いで贈る、遅れてやってきた青春の落語成長物語。
【関連作品】 ・・・落語を扱った小説と言えば、「しゃぺれどもしゃべれども」を思い出す。
佐藤多佳子作品入門にぴったり、オススメ。
【「しゃぺれどもしゃべれども」ネット上の紹介】
俺は今昔亭三つ葉。当年二十六。三度のメシより落語が好きで、噺家になったはいいが、未だ前座よりちょい上の二ツ目。自慢じゃないが、頑固でめっぽう気が短い。女の気持ちにゃとんと疎い。そんな俺に、落語指南を頼む物好きが現われた。だけどこれが困りもんばっかりで…胸がキュンとして、思わずグッときて、むくむく元気が出てくる。読み終えたらあなたもいい人になってる率100%。