などと夢想する。以前に小物釣りの記事を読んだ(?)ことがあると書いた。検索してみたら、世界のメダカ館というのを見つけた。このホーム・ページには面白いことが書いてある。メダカの佃煮も新潟県にはあるそうだ。落語家でメダカ釣りの好きな人がいたという話も面白い。
しかしメダカの釣堀は無さそうだ。何しろわが家のヒメダカは現在うじゃうじゃと大量に居るのである。これが全部成長したら本当に佃煮にでもしないとハケない。しかし緋目高だ。鯉は食えても錦鯉は食えないではないか。でも、鯛は赤くても食べるか・・・。
釣堀の話だ。棹は竹の枝先50センチほどのものでよい。糸は蚕の繭からという凝った話があったが、そこまでしなくても極細の糸ならなんだっていい。浮きは爪楊枝の頭の部分でいい。針は昔の荷札の針金を使うというのを読んだ。極細針金を曲げてからライターで熱して水にジュッで焼きも入るから、これでいこう。リールは是非造りたい。ミシンのボビンを利用するのが良さそうだ。
さて、釣堀のスペースなんて一坪か二坪程もあればいいだろう。それなら、ウチの庭を半分潰せばできる。狭いなぁ~ウチの庭! 近所の子供達を客にするんじゃ土日開店しかできないな・・。出前釣堀なら左官屋さんがセメント・砂を練るときに使うトロ舟の一番大きいサイズのものでよい。畳一枚弱ほどか。イベントやら夏祭りの余興に食いこめないか。などと想いはすれど・・・やはり夢。
つい先日、ヒメダカの死を今年初めて見た。寿命なのだろうけれど1匹が白くなって浮いていた。そしてびっしりサカマキガイが食いついていた。私はヒメダカのお墓を作る程の情はない。そのままにしたら次の日にはもう無かった。
一緒にいるカブトエビも3匹死んだ。これもサカマキガイが後始末をした。沈んでからは生き残っているカブトエビも始末に加わったかも知れない。カブトエビは今朝2匹は存命であることを確認した。生き物を飼うということは死に目に会うということだなと思う今日この頃。
エビノコバンは時々行方不明状態になるのだが、先ほどたらいの中をくるくる動き回っているのを確認した。ヤツはたらいの中のホテイアオイのどこかに隠れ家を作ったのか、どこにもいないことがある。揺らしても出てこないし何日も見なかったから諦めていたのだが、元気と判ったからにはヌマエビを手に入れてやろうと思う。ホームセンターに売っていたのだ。一匹百円以上もしたけれど、仕方ない。
さて、このブログ・・・自己主張も多くしたいのだが生活にも追われ、頼まれごとでやらねばならないこともあって安易なエッセイもどきに走ってしまった。優先順位が滅茶苦茶なのはいつものことだ。画像は朝方いつもさわさわさわと水面を掻くカブトエビ。スターウォーズを観たときのダースベーダーの哀しみを想い出す。