6/10のNHK『みんなでニホンGO』のなかで「・・・になります」という言い回しを取り上げていた。ファミリーレストランなどで接客のとき使われるせりふだ。はじめに、変だ・・おかしい・・間違いだ・・という意見を取り上げた。その後で、いつ頃・・何故か・・別の見方をすれば・・などを紹介していた。議論する前は圧倒的に、否定的考えの番組参加者が多かった。それなのに、終わってみれば容認派がぐんと増えるという結果になっていた。
番組を観ながら・・・こういう意見が出るだろうな・・・と予想したことが、出ないので不思議に思ったことが二点ある。それを書く前に、私は番組を観る前から容認派だ。というより積極的擁護派で、変だと言う人こそ変だと思う側にいる。
先ず一点、そろばんの読み上げ算のとき、『ねがいまして~は、何円な~り、何円な~り』と同じことではないのか。『何々也』は書き言葉だから、それを丁寧な話し言葉に直したのではないかということ。やわらかく、はんなりと「・・・になります」と伝えているのだ。
二点目、同じメニューでも当然ながら店によって見た目や材料も違うから、当店にとって何々というメニューはこれであります、ということを「・・・になります」と教えてくれているのではないか。例えばギョーザを注文したら普通のシューマイが出てきたとしよう。給仕さんが「ギョーザになります」と言って置いていったのだから、シューマイがギョーザに変化するのではなくて『この店ではこれがギョーザなのだ・・』と思いしるべきなのだ。
とそのようなことを思うわけである。普遍的約束や共通原則があって、人はコミュニケーションを行っているかと言えば、そんなことは決してないわけで、それが面白いのだ。面白いと書いたのに、ここで面白くないこと思い出した。さきごろ身近な存在であった筈なのに言葉が通じないと思うことがあった。外国人と喋っているように言葉が通じないのだ。会話の始めから悪意や疑心があっては、意思疎通も図れないばかりか対話にならない。
また話がどんどんずれそうなので、ここはこれでおわりにしよう。カメや水槽観察だけのブログになってしまうのに歯止めをかけるべく、思うところをたまには書きたい。でも画像がないと淋しいので載せたいと思う。画像は昨夜のカメリアになります。死んではいません。今朝はちゃんと別な格好をしています。