「御法(みのり) 霧の消えるように」
■ 物語も進み、とうとう霧が消えていくように紫の上が息を引き取る。
紫の上は大病(「若菜 下」)の後、日々衰弱していく・・・。出家だけが最後の望みだが、光君は許そうとしない。紫の上はせめて長いあいだ書かせてきた法華経の供養しようと思い、私邸の二条院で法会を営んだ。三月、花が盛りで空模様もうららかな、極楽浄土を思わせるような日だった。光君や夕霧はじめ、帝や東宮、后の宮、六条院の方々が志を寄せた。花散里の御方、明石の御方なども二条院に出向いた。法会は盛大に行われた。
源氏物語にはおよそ800首(795首)もの和歌が詠みこまれているとのことだが、この帖でも何首か別れの歌が詠まれる。
**絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる世々にとむすぶ中の契りを(もうすぐ絶えるだろう我が身がこの世で営む最後の御法になるでしょうけれど、頼もしいことに、あなたと結んだご縁は、ずっと先の世まで続いていくでしょう)**(580,581頁) 紫の上がこの和歌を花散里の御方に詠むと
**結びおく契りは絶えじおほかたの残りすくなき御法なりとも**(581頁)と返す。
紫の上は三の宮(匂宮)を前にい座らせて**「私がいなくなりましたら、思い出してくださいますか」と訊いている。**(583頁)三の宮は明石の中宮の子、明石の御方の孫だが、紫の上は実の孫のようにかわいがっている。
紫の上の問いに三の宮は**「とても悲しくなります。ぼくは父帝よりも、母宮よりも、おばあさまがいちばん好きなのだから、もしいらっしゃらなくなったら、きっと機嫌が悪くなります」と、目をこすって涙をごまかしているのがかわいらしく、紫の上はほほえみながらも涙を落とす。**(583頁)と答える。続いて紫の上は三の宮に**「大人になられたら、この二条院にお住まいになって、この対の前にある紅梅と桜とを、花の咲く折々に忘れずにお楽しみくださいね。ときどきは仏にもお供えくださいませ」**(583頁)と言う。こんな場面を読むと悲しくなって、うるっとしてしまう。
季節は春から秋に移っている。**秋風にしばしとまらぬ露の世をたれか草葉のうへとのみ見む(しばらくのあいだもとどまることなく秋風に吹かれて消える露のようなこの世の命を、だれが草葉の上だけのことと思いましょう、私たちみな同じことです)**(585頁)と中宮。その夜、紫の上は中宮に手をとられ、息を引き取った。実子のいない紫の上には明石の中宮が我が子のような存在。
その後、光君は悲しみに暮れる日々を過ごす。出家を望むも容易にはできない。
一夫多妻な平安貴族社会で、紫の上は思い悩む日も少なくなかったと思う。それに最期まで出家の願いも叶わなかった・・・。紫の上は死期が近いことを自覚して、この世との別れをきちんとして亡くなった。この様に私は感動すら覚えた。
1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋