「橋姫 宇治に暮らす八の宮と二人の姉妹」
■ 全五十四帖から成る源氏物語。最後の「宇治十帖」を読み始めた。
**その頃、世間から忘れられている古い親王(みこ)がいた。**(77頁)と始まる「橋姫」。この帖には新たに八の宮が登場する。この宮は光君の異母弟。紫式部はこの長大な小説をこれからどう展開させ、どう終わらせるか熟考して、その構想、そしてプロットをはっきりさせることができたのだと思う。で、とっくに登場していてもおかしくない、光君の弟(異母弟)をここで登場させる。この帖の最後で紫式部は薫の出生の秘密を明かす。
八の宮は北の方(妻)と仲睦まじく暮らしていた。北の方は二人目の娘を出産した後、亡くなってしまう。周囲の人は再婚を勧めるけれど、宮は聞き入れない。二人の娘は成長して、**大君は聡明で思慮深く、重々しく見える。中の君はおっとりと可憐で、はにかんでいる様子がじつにかわいらしく、それぞれにすばらしい。**(80頁)姉妹はこのように評されている。
不幸にも住んでいた邸が火事に遭い、八の宮は娘二人とともに、宇治の山荘に移り住む。
**見し人も宿も煙(けぶり)になりにしをなにとて我が身消え残りけむ**(83頁) 愛する妻を亡くし、生きている甲斐もないと嘆き悲しんでいる。
八の宮は**さみしい日々を暮らしながら尊い修行を積み、経典を勉強しているので**(83頁)、宇治山に住む阿闍梨(あじゃり 高僧)が敬意をもって邸に足を運び、仏道の深い意味を説いて聞かせている。この阿闍梨は冷泉院にも深く仕えていて、ある時、八の宮のことを話した。
ここで復習。冷泉院は故桐壺帝の十番目の皇子で光君の弟だが、実は光君の息子。源氏物語は登場人物がそれぞれ血縁関係にあるなど、深く関係していることが多いので、時々人物系図で関係を確認しながら読み進む。登場人物の関係が頭に入らない・・・、「源氏物語」はもっと若い時に読んでおくべきだった。
薫は冷泉陰の近くに控えていて、この話(って、阿闍梨の話)を耳にして、**身は俗にいながら心は聖の境地になるとはどんな心構えなのだろう**(84頁)と八の宮に関心を持ち、宇治に通い始める。この先の展開はある程度予測がつく。薫が宇治の姉妹と出会い、匂宮もまた、二人と出会って・・・。
本文を読んでいて気がついたが、この帖(この後の帖もそうかもしれない)は登場人物の振る舞いや心の動きが詳細に綴られている。物語のラストに向けて、紫式部は再び気力を充実させたのだろう。凄い人だと改めて思った。
薫は八の宮から仏道に関する講話を聴くが、その本質を説く宮を尊敬する。晩秋。薫が宇治に出かけた時、八の宮は阿闍梨の住む山寺に籠っていて不在だった。娘たちが琵琶と琴を奏でていた。二人を垣間見た薫は恋心を抱く。
薫は御簾の奥にいる大君に向かい長々と話をする。だが、ストレートに口説こうなどとはしない。ここで大君は答えに窮し、老女房に対応をまかせてしまう。この女房こそ、薫の出生の真相を知る人だった・・・。二人のやり取りの最中に次の描写が入る。**宮のこもっている山寺の鐘の音がかすかに聞こえ、霧がじつに深く一面に立ちこめている。**(96頁) この風情! この何気ない描写、実に好い。
薫は**あさぼらけ家路も見えず尋ね来し槇の尾山は霧こめてけり(ほんのりと夜が明けていきますが、帰るべき家路も見えないくらい、はるばるやってきた槇の尾山は霧が立ちこめています)**(96頁)と、大君に詠む。大君は**雲のゐる峰のかけ路を秋霧のいとど隔つるころにもあるかな(雲のかかっている峰の険しい路を、さらにまた秋霧までが、父君とのあいだをいっそう隔てているこの頃です)**(97頁)と詠む。
更に**橋姫の心をくみて高瀬さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる**と書く。この歌を読んだ大君は**さしかへる宇治の川をさ朝夕のしづくや袖を朽(くた)し果つらむ(棹をさしかえては行き来する宇治の渡し守は、朝夕の棹の雫が袖を朽ちさせてしまうでしょう ― 私の袖も涙に朽ち果てることでしょう**と返す。この歌を詠んだ時、ふたりはまだ二十歳を過ぎたばかり。「単語ツイート」の現代と、この文化の違いは一体何だろう・・・。
薫は匂宮に宇治の八の宮と姉妹のことを話す。で、匂宮は薫が深く心惹かれている様子に、ちょっとやそっとの方々ではないのだろうと、二人に会ってみたくなる・・・。思った通りの展開。
その後、再び山荘を訪れた薫は老いた女房、弁から、自分が柏木の子であることを知らされる。弁はずっと保管していた手紙を薫に渡す。それは顔も知らない父親が母・女三の宮へ宛てた恋文だった・・・。
1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋