■ 私は意見を述べるときには、なぜそのように主張するのか、その理由も説明すべきだと思っている。普段このことについて人に話すことはあまりない。たまに雑談混じりに同僚に話すくらいか。
何かの計画について、それは旅行の計画でも何でも構わないが、A、Bふたつの案のどちらが良いかという問いに、A案が良いと思う、とは言うものの、なぜなのかその理由を論理的に説明する人はあまりいないのではないか。また、B案は良くないと言うのであれば、その理由まで述べてもらわないことには、A、Bどちらかの案に決めるための議論にはならない。
『「超」入門!論理トレーニング』ちくま新書で、著者の横山氏はあまり論理的ではない日本語を使っていかに論理的に話し、論理的に書くか、というテーマについて解説している。
本書69頁に示された図
横山氏は三角ロジックと呼ぶこのような図を示し、主張・意見(クレーム)は論証責任を伴うこと。そのために事実(データ)を示すこと、そしてなぜいくつもある事実からひとつその事実を選んだのか、理由・根拠(ワラント)を挙げてはじめて、ひとつの意見として認められると説いている。
読み進んで、「主張・意見」・「事実」・「根拠」の定義が曖昧ではないかと思った。違いもよく理解できなかった。
例えば次のような三角ロジックの例示。
主張(クレーム):電子書籍は紙書籍に取って代わるだろう。
事実(データ) :電子書籍の利用者は、今後増えていくと思われる。
根拠(ワラント):10代、20代の若者の6割近くが電子書籍を利用している。
ここで、事実(データ)として挙げている内容は主張(クレーム)ではないか、と思うのだが。横山氏自身、**「日本語でロジックを扱う際のクレーム」の定義は「文尾に「~と思う」と付け足すことができる発言」**(72頁)だと書いている。また、この例示の根拠(ワラント)とする10代、20代の若者の6割近くが電子書籍を利用しているということは事実(データ)そのものではないのか。
ところで6割近くの若者が電子書籍を利用していることが、利用者が今後増加することの根拠(ワラント)になるのだろうか。調査時期の異なる複数の事実(上の例示では根拠)がなければ増加するかどうかの判断はできないはず。5年前に2割だった利用者が現在では6割に達しているということなら、今後さらに増えていくだろうという判断も分からないでもない。ただし6割で頭打ちでもう増加しないかもしれない。
今現在、お湯の温度が60度ということだけで、更に温度が上がるなどと判断はできない。10分前は50度、5分前は55度、そして今60度だから、更に温度は上がるだろうと予測できる。ただし60度がピークでこの後は下がっていくことも起こりうる。
上掲の例示はディベートを念頭に挙げたものだから、あえてツッコミどころをつくってあるのかもしれないな、と思って読んでいくと、**総務省の「電子書籍に関する利用状況についての調査報告書」(平成二十二年)によれば、電子書籍の利用度・認知度ともに、十代、二十代の若者の間では、五割から六割と、非常に高いことがわかっています。この事実をワラントとして、電子書籍の普及率は今後ますます高まっていくと言えそうです。**(173、4頁)と著者は述べている。
引用したこの件(くだり)には「この事実をワラントとして」とある。やはり用語の定義が不明確、曖昧だ。
この本で横山氏が論じているのは、用語の厳密な定義や、記述が求められる学術的な事柄を対象にしているわけではなく、日常生活において意見を述べたり、書いたりすときのことを念頭にしているのであろう。新聞に掲載されているコラムを読んだり、評論を読み解いたりするときにも、三角ロジックは有効だということを大学入試問題などを解説することで示している。
本書によって、冒頭に書いた自分の意見(クレーム)について改めて考える機会を得て、明確に再認識することができた。
常に「論証責任」を意識して、論理的に語るように心がけよう。