透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「影の地帯」

2021-04-15 | A 読書日記

420

 昨年(2020年)の5月に文庫本の大半、1,140冊を処分した。その際松本清張の作品を収めた文庫も処分したが、『影の地帯』(新潮文庫1998年55刷)が偶々処分漏れになっていた。13日の朝カフェで、20数年ぶりの再読を始めた。

時代は昭和30年代半ば。木崎湖や青木湖、諏訪湖、野尻湖など長野県の湖が重要な舞台として出てくる。湖に投げ込まれた木箱には一体何が入っていたのか。まあこれは初読でも死体だろうな、と予想がつくだろう。でなければ事件が進展していかない。

あらすじを覚えている推理小説を再読するってどうよと、自分に突っ込みを入れたくもなるが・・・。主人公のカメラマンがプロ野球の春のキャンプ取材帰りの飛行機内で知り合いになった若くて美しい女性がかかわる事件に巻き込まれていくという展開がおもしろいし、この謎の女性が最後にどうなったのかは覚えていない。このことが知りたくて読み急いでいる。


 


1269 飯田市鼎一色の火の見櫓

2021-04-14 | A 火の見櫓っておもしろい


1269 飯田市鼎一色 4脚44(隅切り)型 撮影日2021.04.14



姿形が整っていてなかなか美しい火の見櫓だ。末広がりの櫓を支える脚も実に美しい。屋根のてっぺんまでの高さは13メートルくらいありそうだ。



屋根のてっぺんの避雷針に付けられている飾りも見張り台の手すりの飾りも同じデザインで、くるくる渦巻き形をしている。消火ホースを引き上げるために腕木の先に付けた滑車が目立つ。



外付け梯子から踊り場に入るための開口部には逆さU形の部材を付けている。踊り場の手すりの飾りは見張り台と同じデザイン。踊り場にも半鐘を吊り下げてある。



美脚の一言。


 


「デジタル化する新興国」

2021-04-11 | A 読書日記

360

 『デジタル化する新興国』伊藤亜聖(中公新書2020年)を読む。

**デジタル技術による社会変革は、新興国・途上国の可能性と脆弱性をそれぞれ増幅する**(46頁)ということを中国やインド、東南アジア諸国、アフリカ諸国の実情を示しながら論考する。

デジタル技術に関する新興国の状況について著者は「後発性の優位」ゆえ、新しい技術の導入が先進国より先行する「飛び越え型」の発展が生じ始めていると指摘。この点について示されている具体的な事例には驚くばかり。例えば、南アフリカにはドローンの空撮映像を活用して柑橘類やナッツ、チェリーなど果樹園のそれぞれの木の生育状況を農家に提供する会社があり、農家は専用アプリで生育状況をリアルタイムで把握し、害虫対策や肥料の投入量の判断に活用しているという。「精密農業」の実践だ。

デジタル技術の負の側面、脆弱性については、**自動化による失業の可能性や、政治的権利が制限された国々における監視社会化、そして報道機関と市民社会が弱い国々におけるフェイクニュースの蔓延である。**(202頁)と指摘している。

最終第6章で著者は新興国デジタル化の潮流の中で日本が果たすべき役割について論じている。

工業化の時代には先進工業国・日本として貢献してきたが、新興国がデジタル化する時代の日本は役割が不明瞭であり、問題とも指摘しつつ、示される結論は教科書的というか、常識的。日本を新興国の共創パートナーと位置づけ、デジタル技術の可能性を共に広げ、共に実現すること、脆弱性が深まらないような取り組みの実践。


 


桜と火の見櫓 辰野町横川にて

2021-04-10 | A 火の見櫓っておもしろい


(再 181)辰野町横川川島小学校 撮影日2021.04.10


(再 180)


(再 179、214 ダブルカウント)

 上伊那郡辰野町の横川地区は横川川沿いに集落が連なっている。山あいの川は自然の冷却装置。だから川沿いの地域の気温は少し低い。このために桜の開花も遅いのだろう。今日(10日)出かけてみるとちょうど見ごろだった。今年の桜と火の見櫓のある風景はこれで見納め。


 


「ルポ 保育格差」

2021-04-10 | A 読書日記

360

 『ルポ 保育格差』小林美希(岩波新書2018年)を読んだ。

「三つ子の魂百まで」ということばがあるけれど、小さな子どもたちが家庭から離れて最初に過ごす社会である保育所が子どもたちの人生を決するといえば大袈裟かもしれないが、大きな影響を与えることは間違いないだろう。

『ルポ 保育格差』は保育所の間に生じている格差に関するレポート。保育所によってこんなにも違いがあるのか、とこのレポートを読んで驚いた。

保育士による子どもたちへの「虐待」、改善されない保育士の処遇、待機児童の問題、学童保育の問題、好ましい保育を目指して日々実践している保育所の紹介、保育格差解消のために必要なこととは、以上のことが章ごとに取り上げられている。

**給食の時間、行儀よく食べられないからと、一歳の子どもたちがベルトで椅子に括り付けられ、動けないようにされていた。行政から監査が入るという前日、保育士たちが「ベルトは隠さなきゃ」と慌てていた。**(5頁) 信じられない、本当にこんなことが行われているところがあるのだろうか。

**他の担任に話しかけ「ホント、あの子ムカつく。合わない。私、あの子、無理だから!」と担任を外れたがる。**(12頁)他にも驚きの実態が紹介されているが、気が滅入ってしまうので、ここに挙げるのは控えたい。

著者が東京都に情報公開請求して入手した財務諸表によって明らかになった保育士の人件費率。これが国の想定から程遠い実態であることが保育所の実名を挙げて示されている。保育に充分お金が回っていないのだ。

第5章 安心して預けられる保育所とは? に紹介されている保育園の様子を読んでようやく気持ちがほっとした。

**一人ひとりに寄り添う。どこの保育所でも掲げられる理念ではあるが、実践は難しい。取材するなかで、子どもが豊かに過ごすことを実践する保育所に出会った。共通するのは一斉保育をせず、その子がしたいという遊びを保障すること。** 第5章のリード文(162頁)

**保育の質と保育所の財務内容は車の両輪だ。きちんと委託費を人件費に使っていない保育所が継続的に良い保育を続けられるわけがない。この問題を座視してはならない。**(238頁)あとがきに記されたこの一文が保育格差問題の核心を突く。

保育所の実態には天国と地獄ほどの差があるようだ。読み終えてもブラック保育所の存在が信じられないので最後を「ようだ」と結んだ。


 


飯田市鼎下茶屋の火の見櫓

2021-04-09 | A 火の見櫓っておもしろい


(再)飯田市鼎下茶屋 4脚(貫通)44(隅切り)型 撮影日2021.04.08



 前稿の飯田市鼎の火の見櫓をもう一度取り上げる。屋根のてっぺんと見張り台の手すりに同じ「くるりんちょ」なデザインの飾りが付けられている。見張り台は大きく面取りしてあるので8角形と捉える人がいるかもしれない。見張り台の床の開口部にも手すりを設置してある。



櫓は小屋を貫通しているので、踊り場まで外付け梯子を掛けてある。踊り場の半鐘は撤去され、小屋根だけが残っている。

脚が屋根を貫通していることがよく分かる。それぞれの脚で3か所、計12か所屋根に穴が開いているのだから雨漏りしないわけがない。このことを承知の上で敢えてこのようにしているのは小屋と火の見櫓を並べて建てる敷地が確保できなかったから?


 


1268 飯田の貫通やぐら

2021-04-08 | A 火の見櫓っておもしろい


1268 飯田市鼎下茶屋 4脚(貫通)44(面取り)型 撮影日2021.04.08



 飯田市内で遭遇した貫通やぐら。「下茶屋区軽便ポンプ置場」という看板を掲げてあるが、現在はゴミ置き場として使われているようだ。小屋の左側面を見ると、屋根を貫いた脚が外壁から突き出ている。





正面のメッシュカーテンの端から中をのぞいて見た。脚が屋根を突き破っている。外壁を突き破っているのは向かって左側の脚で、右側の脚(写真)は外壁を貫通していない。火の見櫓の脚をかわすために垂木は等間隔には配置されていない。貫通部の野地板が傷んでいるから雨漏りしているものと思われる。雨漏りして当然だろう。それにしても何でわざわざこんなことをしたのだろう・・・。


 


「現代建築の冒険」

2021-04-08 | A 読書日記


『現代建築の冒険』越後島研一(中公新書2003年) 

 自室の書棚の新書を整理した。建築関係の本を並べた書棚にあった新書を出版社別に並べた新書の書棚に移す作業をしていて、この本を手にし、再読した。2003年発行の本だが、おそらく読んだのもこの頃だと思われる。となると、17、8年ぶりの再読ということになる。「「形」で考える―日本1930~2000」という副題が付けられている通り、内容はタイポロジー(形態分類学)で捉えた現代建築の変遷。

・屋根付き解放型
・横はさみ型
・伸上る屋根型
・縦はさみ型
・屋根付き包み込み型

著者は日本建築は西洋館が数多く生み出された明治時代と昭和初期(1930年代)の二つの曲がり角を経て今日に至ったと指摘する。本書で著者は二つ目の曲がり角以降の流れの要所を捉え、日本建築の変遷を論じている。変遷は上のリストのような建築形態の型(プロトタイプ)の変化として明快に示されている。それぞれの型について示された代表例の複数の写真を見ながら論考を読むと、なるほど!と納得できる。なかなかおもしろい内容だ。

現在この本が入手できるのかどうが分からないが、建築デザインに関心のある方には一読をおすすめしたい。


 


繰り返しの美学

2021-04-05 | B 繰り返しの美学

480
松本市島立にて 撮影日2021.03.27

 「繰り返しの美学」でこの塀を取り上げる。石積み基礎の上の塀は腰が押縁下見板張り、壁上部が漆喰の真壁。等間隔に並ぶ柱から持ち出している腕木が繰り返し感を強調している。それにしても立派な塀だ。


 


清張作品の魅力

2021-04-04 | A 読書日記

 松本清張の『砂の器』について、**映画の「砂の器」はストーリーがすっきりしているが原作はごちゃごちゃしていると評されてもいる。**と昨日(3日)の記事に書いた(過去ログ)。

このことが載っている本が分かった。『脚本家・橋本 忍の世界』村井淳志(集英社新書)に**とにかく話がゴチャゴチャで、殺人方法はSFじみていて嘘臭いし、人物描写が類型的で押しつけがましい。ところが橋本 忍の脚本は、そうした原作の問題点をすべて殺ぎ落とし、原作のよい点だけを、極限まで拡大したのだ。**(167頁)とある。原作に手厳しいが、これには橋本 忍の脚本がいかに優れているかを強調したいという意図もあるだろう。確かに僕も原作より映画の方が好きだが。

松本清張は『砂の器』にいくつものトリックというかアイディアを惜しげも無くつぎ込んでいる。カメダ(羽後亀田、亀嵩)、ズーズー弁**「出雲のこんなところに、東北と同じズーズー弁が使われていようとは思われませんでした。」**(166、7頁)、終戦間際の大阪空襲による戸籍焼失とその復活方法(*1)・・・。これらが事実に基づいているところが松本清張のすごいところだし、作品の魅力でもある。上掲本で殺人方法はSFじみていて嘘臭いとされた超音波による殺人も可能なのだろう。清張はきちんと調べて裏を取っているはずだ。小説では今西刑事が都内の大学を訪ね、教授に取材しているが、同じようなことをしたのかもしれない。

これでしばらく清張作品から離れることにする。


*1 『日本の無国籍者』井戸まさえ(岩波新書)にも戦争や災害による戸籍の大量滅失はいつ誰にでも起こりうることが書かれている。


「砂の器」松本清張

2021-04-04 | A 読書日記

360

 松本清張の『砂の器』を光文社のカッパ・ノベルス版で読むのは中学生の時以来。何年ぶりだろう、いや何十年ぶりだろう・・・。2段組、細かい活字の500頁。この本の奥付を見ると昭和36年7月5日初版発行、8月1日26版発行となっている。たった1カ月でこれだけ版を重ねているのはすごいとしか言いようがない。当時僕が読んだ本はこのカバーデザインと同じだったかもしれない。記憶も記録もないが。

『ゼロの焦点』の雑誌「宝石」への連載終了が1960年の1月、『砂の器』の読売新聞夕刊への連載開始が1960年の5月(*1)。『砂の器』は『ゼロの焦点』と同じテーマで、その応用編ともいえる。ストーリーが複雑になりボリュームもかなり増している。

この小説では今西という警視庁の捜査課の中年刑事が蒲田警察署の吉村という若い刑事と事件の謎を解いていく。映画では今西刑事を丹波哲郎が、吉村刑事を森田健作が演じていたから、読んでいてもふたりがイメージに浮かぶ。ちなみに重要人物の和賀英良という音楽家(小説と映画では設定が違う)を映画では加藤 剛が演じ、彼のフィアンセの田所佐知子を山口果林が演じていた。

松本清張の小説には列車を使った旅がよく出てくる。『点と線』の「東京駅の4分間」は有名だが、『ゼロの焦点』にもこの『砂の器』にも列車の旅が出てくる。時は昭和30年代、まだ新幹線が無い時代だから、旅も時間がかかり(*2)夜行列車もよく登場する。

『ゼロの焦点』では結婚直後、列車で金沢に向かった夫が行方不明になってしまうことから奧さんが事件の謎を解き始め、『砂の器』は蒲田駅の操車場で死体が発見されるところから事件の謎解きが始まる。

清張は書斎で地図や時刻表を眺めて空想の旅に出かけることがよくあったのかもしれない。

『砂の器』については読了後にまた書きたい。


**亀嵩の駅が見えて、道は線路に接着した。半鐘を吊った火の見櫓が見えた。**(187頁) 『砂の器』にも火の見櫓が出てくる。


*1『松本清張の残像』藤井康栄(文春文庫)巻末の年譜
*2 上野金沢間が夜行で10時間という時代


桜花爛漫

2021-04-03 | A 火の見櫓っておもしろい




(再 154)松本市波田 3脚〇〇型 撮影日2021.04.03

 桜の季節になると何基か気になる火の見櫓がある。下赤松集落センターの敷地に立つこの火の見櫓もその内の1基。2本のソメイヨシノの古木の大きく張った枝々に花が咲く。方向によっては火の見櫓が桜をまとっているように見える。季節限定の風景。



(再)東筑摩郡朝日村 3無33型 撮影日2021.04.03

 古刹の参道脇のシダレザクラ越しに火の見櫓を望む。今年は桜の開花が早い。



(再)松本市波田 国道158号 4脚(倉庫貫通)〇〇型 (過去ログ

背が高い火の見櫓で、遠くからでもよく見える。この季節、櫓の下半分を桜が覆い隠す。


 


手元に置いておきたい本

2021-04-03 | A 読書日記

480

 手元に置いておきたい本があるものだ。私の場合、松本清張の『砂の器』がその1冊。映画化もテレビドラマ化もされたこの推理小説は清張作品を読まない人にもよく知られていると思う。清張作品を収めた文庫本は昨年の5月に処分してしまった。その後、光文社のカッパ・ノベルス版の『砂の器』を知人から譲ってもらうことができ、いま手元に2冊ある。

360

清張作品で一番好きな『ゼロの焦点』も手元に残しておこうと思い、先日新たに買い求めて読んだ。結婚間もない主人公の女性が失踪してしまった夫の行方を捜すうちに、不幸な再会が招いた連続殺人事件の真相、いや深層が次第に明らかになっていく(過去ログ)。

**自分の暗い過去を知っている人間に、突如再会したことで、不安と恐怖に駆られた。**(438頁)

久しぶりに再読してストーリーがシンプル過ぎて少し物足りないという感想を抱いた。次は『砂の器』を読んでみるか。映画の「砂の器」はストーリーがすっきりしているが原作はごちゃごちゃしていると評されてもいる。今読めばちょうどいいかもしれない。