(上高場共同墓地)
木名瀬庄三郎の墓
上高場郷土墓地に木名瀬家の広い墓所がある。その中に木名瀬庄三郎の墓がある。
木名瀬庄三郎は、文化七年(1810)の生まれ。諱は全能。常陸那珂郡高場の郷士であり、横目役を務めた。弘化元年(1844)、藩主徳川斉昭が幕譴を蒙ると、その無実を幕府に愁訴し、罪を得て水戸の獄に繋がれた。元治元年(1864)、有志を率いて水戸城下に滞在中、七月二十三日、筑波山勢追討より帰藩した諸生らに捕えられ、同年十一月二十九日、獄死した。年五十五。
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