後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

老人ボケとはこのような状態でしょうか?

2017年05月18日 | 日記・エッセイ・コラム
広い大きな青い海の沖の方をしばし眺め、それから浜辺に寄せている白波のつくる模様に見とれていました。
何も考えずに数分見入っていました。頭がボーッとした状態になります。
最近、自然の風景を見ていると頭の動きが止まってしまい10分近くもぼんやりするようになりました。
その後て、嗚呼、これが老人ボケなのだと思い、何故か嬉しくなります。
現在、81歳です。これで全ては空(くう)だということが理解できたような気分になります。
最近、箱根と伊豆に小さな旅をしたときに大磯の海岸で撮った写真をお送りいたします。









浜辺に打ち寄せる白波の模様に見とれていましたが、数分後何か考えようとしました。
思い付くことは幼少の頃よく行った海水浴場の白波でした。
戦前生まれ、戦後育ちの幼少のころは夏の娯楽といえば海水浴だけでした。当時は仙台に住んでいましたので近場の荒浜や菖蒲田浜へバスで行きました。戦争でガソリンが無くなり木炭を燃料にした「木炭バス」に乗って行ったのです。
バスの後ろに鉄製の大きな窯が積んであります。その窯の中で木炭を威勢よく燃やして一酸化炭素ガス、すなはちCOガスを多量に作ります。このCOガスを前部のエンジンへ送りガソリンの代わりにするのです。
木炭バスは力が無くて坂道が登れません。海水浴に行く途中に丘がある度に乗客が降りて、バスの後ろを押します。そんなことをしながら海水浴に行ったものです。
戦後、少し落ち着いてからは電車で塩釜まで行き、港からポンポン蒸気船に乗って馬放島や桂島の海水浴にも何度も行きました。
そして仙石線の電車に乗って塩釜よりも遠方の野蒜海岸や宮戸島の海岸にも海水浴に行ったものです。
大磯の浜辺の風景を見ながらそんなことを考えていました。
隣にいる妻に、「何を考えている?」と聞くと「何も考えていない」と答えます。
これは老人ボケではなく妻は若い時から風景を見ている時は何も考えないのです。
そこで彼女の海水浴の様子を代わりに思い浮かべてみました。その場所は鎌倉の由比ヶ浜でした。
家から水着の上にケープを掛けただけの姿で松林の中を歩くと由比ヶ浜に出たそうです。家は現在は鎌倉文学館になっている加賀様の別荘の下の方にあったそうです。
当時は海水浴が皆の楽しみでした。夏になると親類が泊りに来て由比ヶ浜で海水浴を楽しんだそうです。
大磯の海岸を見ながら妻の思い出まで考えて「老人ボケ」から脱出したのです。

皆さまは、「嗚呼、私は老人ボケだ」と自覚されたことがあるでしょうか?
つまらいことを書いて失礼しました。

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)