575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

ウグイス      草女

2010年01月15日 | Weblog
 日本人にとって馴染み深い鳥の一つで、その名やホーホキェキョと聞きなしされている囀りを知らない人はまずいない。しかしその姿を見たことがあるかの問いに答えられる人は少ないだろう。笹藪や灌木の多い茂みを好み姿を見せるのは、繁殖期に囀るときぐらいなのだ。それも3~4mの低い枝で葉に隠れて囀ることが多い。だから、
バードウオッチャーといえども全身のウグイスをゆっくり観察する機会は殆どない。

 我が家は吹上公園の東150m位の所にあって、餌を置いては鳥を30余年に渡って呼んでいる。こんな場所なのに結構がやって来る。多くやってくるスズメとメジロに混ざってウグイスも来る。30年の間に鳥と居間の距離が縮まり、2,3mの餌にウグイスもくる。野山で見ることができない全身のウグイスである。一見茶色で地味な鳥である
が、端正で精悍な姿である。茶色は正確な色ではなく、茶褐色に灰色が混ざった黄緑なの
だ。お腹は背中より白い。ウグイス餅はインチキでメジロ餅のほうが合うと思ったこ
ともあるが、ウグイス餅が正解で、地味ながら緑色なのだ。
 精悍なのは姿のみで、弱い立場にいる。自分より小さいメジロに追われ、周りを気にしながら餌場に来る。猫や人が去った瞬間、メジロが到着する前がウグイスの出番で、こんなとき全身のウグイスを楽しんでいる。

 歌をわすれたカナリヤという童謡があったが、殆どの鳥は繁殖のため囀る。相手を
得るためであったり、縄張りを宣言するためであったりするが。その時期がすぎると、囀ることができなくなる。歌えないカナリヤはまた歌うようになるから、背戸の山に捨ててはいけない。いまのウグイスも歌を忘れた状態で地鳴きのチャッ、チャッ、としか鳴けない。我が家では、2月10日前後が初音のころである。自分自身が驚いているような、へたなホーホキェキョを囀ってしばらくすると、ウグイスを見ることがなくなる。

 いったいどこへ帰っていくのであろうか。長年の疑問である。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする