575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

赤岩寺悟り開けず蓮枯れる   朱露

2009年12月23日 | Weblog


      豊橋市多米山麓の赤岩寺は行基が開いた。
      「アカイワサンセキガンジ」と言います。
      我が家の前なので春夏秋冬朝な夕な散歩。
      冬池の辺りに見る枯れ蓮の諸行無常の姿。

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冬ざれや仏の園の吹きだまり  能登

2009年12月23日 | Weblog
先日、京都嵯峨野大覚寺に行ってきました。
広沢池の一画に写真のような異様なものを
見つけました。
よく見ると池に群生する蓮の花の残骸でした。
ユーモラスな反面、まるで亡者の首が大挙して
押し寄せたようでもあり、不気味な光景です。
場所柄、諸行無常を現わしているようにも
見えてきます。
それにしても、この時期の京都は人が少なく
お勧めです。
                    能登
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天皇の白髪にこそ夏の月   宇多喜代子

2009年12月23日 | Weblog
今日は天皇誕生日。
天皇を詠った句は、これしか知りません。
しかし、どうも良く分からない句です。

天皇は過っては太陽神の子孫。
それに月が配されています。
ここに現代の天皇の姿が
イメージされているのでしょうか?

さらに白髪。
平成天皇も白髪。
私は昭和天皇ではなく、平成天皇と読みました。
平成天皇と、ほぼ同時代を生きた作者が
自分の白髪をかさねているのかも知れません。
(宇多さんも白髪だったと思います。)

また月といえば秋のもの。
なぜ夏の月なのか?
花鳥風月という伝統から少しずれたところに
夏の月はあるようです。
しかし伝統から切り離されてはいない。

そういう微妙な存在としての戦後を
天皇の白髪に象徴させた句でしょうか?

天皇の白髪にこそ、と切れていますから、
このあとに○○○と、何かが省略されています。
それをどう埋めるのかは読者にまかされています。

みなさんは、どう読みます?



 天皇に白の剥落かぎりなし  遅足





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整然と忘年寄席は乱れたり   朱露

2009年12月23日 | Weblog
豊橋落語愛好会「天狗連」の忘年会で終る。   
三十人ほどの与太郎と横町のご隠居の私だ。
おっと昨今は「年増の与太子」も五人ほど。
物故者もなくの私の挨拶に「待ってます!」


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荻原教室報告 ⑩   鳥野

2009年12月22日 | Weblog
ようやく冬らしい気圧配置を見せて、今年も終わろうとしています。

政局に新しい機運を期待したものの、歯がゆいばかり、すべて来年待ちの様子です。

我が荻原カルチャーは、回を追うごとに新鮮。丁寧な指導に向上をつづけています。

「初めての短歌」として開設されて、まる2年、毎回出される漢字一文字を読み込むのも
楽しみです。

先回の報告以後の先生のお作。

  「大」
 ・ 悲しい音も大きな音もうつくしい音も正午に消えて秋澄む

  「小」
 ・ 川がささやき樹がつぶやいて母よりも小さな人であった秋の日

  「固」
 ・ 固くなったふたりの闇も解かされてゆく木犀のひろがるなかに

  「鈍」
 ・ 秋の終りの鈍いひざしに撫でられた手摺のやうにさびしく温む

  「寒」
 ・ 寒さしかもよりにもよつてあなたからこの夜に溢れつづける寒さ

  「痛」
 ・ 体温計を振れば冬めく手首にすこし痛み残れば冬深みゆく

  「快」
 ・ わたしはやはりわたしであつても冬天を快さからはなれて歩く
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極月や仲違いする骨と肉   朱露

2009年12月21日 | Weblog

    「骨肉相食む」は身内だが私の体の事。
    老化による軋みだと言えばそれまでだ。
    「去年の冬は何でもなかったのになあ」
    と間違っているボヤキをここ数年毎朝。


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去年今年貫く棒のごときもの ②      愚足

2009年12月21日 | Weblog
★お題の「去年今年」がよくわからず、色々ネットで検索しています。すると 「林誠司 俳句オデッセイ 」というHPにこんな解説が有ったので紹介します。
======================================================

去年今年貫く棒のごときもの    高浜虚子(たかはま・きょし)

(こぞことし つらぬくぼうの ごときもの)

「去年今年」は、大晦日の夜から正月に変わる瞬間、またその感懐を言ったもの。
過ぎ去った年を惜しむ心と、新しい年を迎えた厳粛な心が交錯しているのである。
また、万物を包む大きな時間の流れ、時空を思う気持ちもあるであろう。

掲句は、その大きな時間の移り変わり、人間には図ることのできぬ「大きな力」に思いを馳せた一句。
「写生」を唱えていた虚子が、このような抽象的な、観念的な句を詠っていることに、俳人の中には、虚子自身、写生を守っていない、と批判する人がいる。

しかし、虚子が唱えたのは即物写生ではなく客観写生である。
虚子は大きな時空を写生しようとしたのである。

さらに言えば、虚子晩年の弟子で、詩歌文学館賞・俳人協会賞作家である深見けん二さんは、一句の中にある「棒」という「具象性」を指摘しておられた。

時空という見えない大きな力を、観念だけではなく「貫く棒のごときもの」という具体性を持って表現しているのが虚子なのだ、と言っておられた。

この句は「棒」という具象によって名句となりえたのである。
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荻原俳句教室   遅足

2009年12月20日 | Weblog
今回の宿題はクリスマスでした。

   少年と仔犬聖夜の星の子と
  (最初は、少年と仔犬聖夜の星盗む、でしたが、
   動詞はどうか?と思って・・・)

先生のコメント
聖夜の星の子、というとイエス・キリスト。
単なる星の子ではなくなってしまう。
一枚のメルヘンの絵として描くのなら

   少年と仔犬聖夜の星の下

でも良いのでは。
また動詞を使うのなら、「採る」を使って

   少年と仔犬聖夜の星を採る

   

   銀紙を星形に切り聖夜来る  安藤

先生のコメント
星形に切り、の「切り」が少し説明的。
星のかたちに、だけで良いのでは

   銀紙を星のかたちに聖夜来る

また、人間がつくるという視点ではなく、
銀紙が形を変えていくという視点で

   銀紙は星のかたちに聖夜来る

とすると、焦点が絞られて、句がくっきりと
して来るのでは。

    
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「去年今年貫く棒の如きもの」 愚足

2009年12月20日 | Weblog
新年の句会のお題が「去年今年」になった。

どうしても頭をよぎるのが高浜虚子が昭和25年に作った句

「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」である。

大岡信も「去年今年とは、昨日が去年できょうは今年といいう一年の変わり目をとらえ、ぐんと大きく表現した新年の季語。虚子の句はこの季語の力を最大限に利用して、新春だけに限らず、去年をも今年をも丸抱えにして貫流する天地自然の理への思いをうたう。『貫く棒の如きもの』の強さは大したもので、快作にして怪作というべきか」と絶賛している。

この年末は特にこの句が意味を持っているように思う。政権交代は「貫く棒の如きもの」。戦後六十年のヘドロを一掃する政治改革。日米関係の見直しとアジア外交の推進。景気回復も金融市場の回復も「貫く棒の如きもの」なのである!!

果たして新政権は、棒のごとく たくましく貫き通せるのであろうか?


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行く年を二人で歩く前の山   朱露

2009年12月20日 | Weblog

 
    我が家の前の県道の向こうは多米の山だ。
    暮れの午後二人で久しぶりに登って驚く。
    人家が増えるから車も増え立派な街路だ。
    「バスがないから老人は困る」私の口癖。

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蕪村忌や狐化けたり俺様に   朱露

2009年12月19日 | Weblog
蕪村忌や狐化けたり俺様に   朱露

    「公達に狐化けたり宵の春」パクる。
    天明三年十二月二十五日没六十三才。
    蕪村は私のこの句を見ていると思う。
    七十過ぎてこの程度かよと関西弁で。

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ユクノキ           草女

2009年12月18日 | Weblog
 ゆく年を惜しんで、今年初めて見ることができた植物を思い出してみた。家族や
多くの仲間のおかげで、50種位はありそう。その中で一番印象深いのがユクノで
ある。
 前の年の秋、NHKの自然観察の講座で赤目48滝に出かけたとき「ユクノキ」と
標識をつけた木をみつけた。初めての名前であったので早速調べてみた。マメ科フジキ属の落葉高木で西日本に自生する日本固有種で、枝先に15~30㎝の円錐状の花序をだし、白色の蝶形花をつけるという。もうその花見たさで一杯の私は森の仲間に頼み込んで、6月の初め赤目48滝に行ってもらった。生憎の天候、足元は滑りやすい。途中、アサガラの花に出会うも少し時季をすぎていたが、十分美しい。ユクノキはかなり上の方、やっと辿り着いたが、まだ蕾。木は離れて2本あったが2本とも堅い蕾。がっかりしながら、帰ることにする。サンショウウオの展示館を過ぎて、ウリノキの花を発見した。この木があることは知っていたが、花に会えるとは思っていなかった。
 これも憧れの花。白い6個の花弁は、くるりと外側に巻き、黄色の雄しべが垂れ下がり、簪のようである。ウリノキの花に会えたことでいい気分になった私達は川の向こう岸に雪をのせたように白い花をつけているユクノキを発見した。木は数本あり、全て満開。
 難を言えば、遠いことであるが、終わり良ければ全て良し。雨も止んで、嬉しい
日になった。ただ・・・いかににも遠い、いつの日にかもう少し近くで会えたらいい
な。

          
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坂の上の雲 放送について  能登

2009年12月17日 | Weblog
昨日の句会で話題になった「坂の上の雲」の放送計画については
次のようになっているようです。

全13回(各回90分)

第一部(現在放送中)第一回~第五回
11/27,12/6,12/13,12/20,12/27(日)総合TV 20:00~21:30
BSHI 17:30~19:30 BS222:00~23:30
再放送12/5,12/12,12/19,12/26,12/30 総合TV13:05~14:35

第二部 2010年放送予定(たぶん年末)第六回~第九回
第三部 2011年放送予定(たぶん年末)第十回~第十三回(最終回)

以上、まともに答えられなくて失礼いたしました。

私個人の視聴感想としては「この時期の明治も、昭和とさほど変わらぬほど好戦的である」との思いを強くしました。はるか昔に原作を読んだ時はそう思わなかったのは、句会で亜子さんがおっしゃっていた映像化の危険性を物語るものか、脚本のせいか、はたまた自分が変わったせいか。もう一度原作を読めばいいのですが、なにせの大部です。その気になるのが大変。どうするか? 未定。

 去年今年 大部を前に 足竦む
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12月句会の最終結果です。   遅足

2009年12月17日 | Weblog
575の会、今年最後の句会の結果です。
兼題は「年惜しむ」でした。

①抜けそうで抜けぬ歯ひとつ年惜しむ (亜子) 愚足・晴代・麗子・遅足・朱露
                         結宇・童子・立雄

②愚直なる足を洗ひて年惜しむ   (遅足) 郁子・静荷・狗子・朱露・亜子

③温(ぬく)めあふ鼓動を聴きて年惜しむ (愚足) 亜子・能登・結宇

④年惜しみ関帝廟のドラが鳴る   (立雄) 愚足・亜子

⑤面伏せて舞ひ処(まいど)の鬼や年惜しむ (静荷) 能登・童子・鳥野

⑥行く年やまだ諦めぬドライバー  (朱露) 晴代 ★ドライバーはゴルフ用語

⑦行く年を惜しんで友と長電話   (麗子) 郁子・立雄

⑧年惜しみつつ始末するもの多少  (晴代) 麗子・静荷・狗子・鳥野

⑨年惜しむまた宿題の先送り    (郁子) 晴代・狗子・鳥野・立雄

⑩枝枝に柿萎みゆき年惜しむ    (結宇) 愚足・童子

⑪行く年や子規の享年疾く過ぎぬ  (能登) 静荷・遅足・結宇

⑫行く年の知りすぎたひみつ硯箱  (狗子) 郁子・麗子・能登・遅足・朱露


★忘年句会は、投句もお題だけで、和気あいあい今年の政治・経済から夫婦愛
 年末の後片付けの苦労まで楽しいおしゃべりの内に終わりました。
 また久々に能登さんも出席されました。

 来年一月の句会はお題が「去年今年」そしてその他一句と決まり、1月20日  安田屋6時です。
 
   



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笑う句会に福来たる   麗

2009年12月17日 | Weblog
2009年最後の忘年句会。

年を惜しむ会が奥歯は抜けそうになるは
男女の機微は伺えるは
捨てられない症候群に悩む人あり。
私的な宿題も現政権の宿題も相変わらずの先送り。
ドライバーが車の運転ではなくゴルフクラブとわかったとたん
石川遼君の言語力に絶賛の声。
硯箱から飛び出したひみつの数々。
花祭りの鬼から突如、福知山の名菓「笑鬼」まで出現。
ほどよく甘い句会になりました。

いろんな話題で大笑いした忘年句会が終わり帰宅してからゆっくり
お風呂に入りました。
いつもより丁寧に足を洗って今年一年のさまざまな句会の様子を思い出しました。


    去年今年良句にふれる一夜かな  麗
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