鄙びてうらぶれた鉱泉のボロ宿を、漂泊の思いを抱きながらめぐった紀行エッセイである。
主に昭和40年代から50年代にかけてであるが、それらしい写真や漫画(スケッチ?)が
沢山載っているのも面白い。
湯治場ではなく鉱泉宿である、湯治場にはボロ宿が多いが人が大勢居るから嫌なのだろう。
ある文芸評論家によれば「その旅の感性は西行や芭蕉に近い」と書いてあったが
侘びしく惨めな事に関してはそれ以上(それ以下?)である。
ボロ宿考の中の一文に「侘びしい部屋でセンベイ蒲団に細々とくるまっていると
自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ちになり、
なんともいえぬ安らぎを覚える。」「完全な自己否定は自由以外の何物でもない」
不安神経症・対人恐怖症・赤面症を自認する作者ならではである。
何処とは言わないが、湯治場のボロ宿に泊まった事があるのでその時の写真です。
二人も入れば一杯に成りそうな露天風呂。
入ると、泥ともコケとも解らぬヌルヌルした物が落ち葉と一緒に舞い上がる。
内湯の入り口、ボロボロ・ガタガタであちこちが腐っていた。
晩飯、昼飯はオニギリ二ヶとお茶だけだった。昭和の時代ではない、二年前の事である。
(追記:ちゃんとした新館も有りますよ)