阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

エマニュエル・トッドの「大分断」を読む。 高等教育を受ければ受けるほど集団的に知性の自己崩壊を起こしていく現実。しかも世界共通で同じことが、

2021年07月10日 | 乱読は楽しい

サイトの「大分断」の内容紹介⇒著者は本書で「現代における教育はもはや、社会的階級を再生産し、格差を拡大させるものになってしまった」と断言する。
かつては平等の象徴であった教育だが、今や高等教育の階層化がエリートと大衆の分断・対立を招き、民主主義の機能不全とポピュリズムを生んでいる。
本書では、教育格差を軸として、先進各国で起きている分断の本質を家族構造が能力主義・民主主義に及ぼす影響や地政学的要素を鑑みながら、鮮やかに読み解いていく。
日本の未来、そして変質する世界の行方は。

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◎ お金と地位のある階層の子供は親の属している階層を引き継ぐために教育の金を親に払ってもらい金のかかる塾に通い、家庭教師につく。そしてブランド中学・高校・大学に入る。

その後を追う一段下の階層の人間も自分達の子供を一段高い階級に持ちあげてやろうとして、無理をしても高い教育費を担っていく。

その間に青少年少女が目的とするのは学問ではなく、受験競争に勝ち抜くことだ。自分がなんとしても勝ち組に入るために貴重な成育時間の殆どの時間を受験勉強に使っていく。

 そこには他者と共生して生きて行くことを身に着ける場も時間も指導者もいない。それらの青少年少女は公徳心や倫理観が育たないまま世にいうエリートとして社会人になる。

その結果として現れる現代のエリートと称される勝ち組は 集団的に知性の自己崩壊を起こし それぞれが順応主義に染まった愚かな人間の集まりになっている。

 著者は高等教育が無能なエリートたちを生み出したとまで言う。

 この事態は欧米やロシア中国でも同じで、世界的に今や高等教育の階層化がエリートと大衆の分断・対立を招き、民主主義の機能不全とポピュリズムを生んでいると言う。

この現状はこれからのサピエンス社会にいいことはないと著者は懸念する。この状態が続くとサピエンス社会そのものが内部崩壊すると予言している。

著者がそこまで詳しく日本の現状を知らないせいか、また日本人向けに書き下ろしている故か、日本の高等教育の現状分析に甘さを感じるが、

それでもここまではっきり今や教育が、社会的階級を再生産し、格差を拡大させるものになっていることを率直に記述する本は初めて読んだ。

 

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安倍前首相と菅首相の五輪をめぐる主な発言

2021年07月10日 | SNS・既存メディアからの引用記事

引用元

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宣言下での「安心安全な五輪」 菅首相の答えかみ合わず           (Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE)

2021年07月10日 | SNS・既存メディアからの引用記事

一部引用・・・しかし安心安全な大会をどう実現するかについては、選手や大会関係者に対する入国前後の検査の徹底や、ホテルの指定と外出先の事前提出による行動管理で「ウイルスの国内への流入を徹底して防ぐ」「一般国民との接触はないように管理される」と述べるのみで、従来の説明を繰り返した。  安心安全な大会の判断基準について問われると、首都高速の料金値上げや会場周辺の交通規制、テレワークの推進などによって「大会時の人流は極めて抑えられる」と強調した上で、「ウイルスに侵入されなかった。感染拡大を阻止した。そうした結果は大事だと思っている」と抽象的な説明にとどまった。  3回目の緊急事態宣言の解除を決めた前回6月17日の会見で、菅首相が「日本国民の安全・安心、命と健康を守るのは内閣総理大臣として私の仕事。私が責任を持って行う」と明言したことを踏まえ、宣言下の五輪開催で感染者が増加した場合の責任をどう考えるか、との質問も出た。  それに対しては「(五輪開催で)人流が多くなると言われているが、交通規制、あるいはテレワーク、だいぶ前から徹底して行ってきているが、こうしたことで安心安全な大会が実現できると思っている」と重ねて述べ、答えはかみ合わなかった画像クリックで全文に飛びます

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阿智胡地亭便り⑬  #52  こんな便りを2002年頃からメールで友人知人に発信した。

2021年07月10日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

#52 コウベローカル噺④インド料理を・・ 2004.02.24記

毎年、初詣のあとインド料理店に行くことにしているが、今年は出かけようと思った日が寒かったりして行っていなかった。
 
先日結構暖かい日があって、思い立って昼に「ゲイロード」に出かけた。
震災前に三宮の神戸市役所近くにあった「Gay Load(陽気な殿様)」は、当時ロンドンやパリにもチエーン店があって、
長身のインド人給仕頭が黒服に身を固め、広い店を笑顔で仕切っていた。ボーイも皆インド人で、店の雰囲気は高級レストラン風だった。
 
その店が震災後中山手通りに移転したのは知っていたが、移転先には行ったことがなかった。
 昭和55年ごろ、ボンベイ(ムンバイ)港湾局の施設部長を日本に呼んで四国の工場や神戸港に案内したことがある。
彼は、ベジタリアンの中でも厳密な方の菜食主義者で、東京のレストランで彼のために特注した焼き飯を、
「この焼き飯の前に肉を使った料理に使われたフライパンが、そのまま使われているようだ。米飯に肉の臭いが
するから食べられない」と言ったりして、食事では大汗をかいた。
 
「ゲイロード」にはさすがにベジタリアンメニューが普通にあって、案内したこちらもも施設部長もホットした。
彼は驚くほど沢山食べた記憶がある。成田到着から何日も、腹を減らしていたのかと、少し気の毒だった。
 余談ながら、一緒に泊まった三宮のホテルの朝食で、私が和定食の白飯に生玉子をかけて食べだしたら目を丸くして驚いて見ていた。
聞くと生まれて始めてこういう食べ方を見たという。
後でなんかで読んだのだが、世界中でも、玉子をこうして食べるのは日本だけらしい。
それにしてもベジタリアンは海外に出るのは大変だなと思った。原理原則なき民である日本人の中でも、阿智胡地亭は、
和洋中華印度朝鮮蒙古なんでも、「うまければどこの料理でもいい」と思っているのだが。
 
新しい店は、神戸に多いインドレストランの中でも広い方だった。雰囲気は、前の店に比べると気安い感じの店になっていた。
入ってすぐのところのガラス越しに「タンドウール(タンドリ)」窯が置かれてインド人の料理人が二人いる。 
接客は若手の男性1人とインドの民族衣装を着た女性が二人がしていたが、皆日本人だった。
 
ランチタイムメニューには定食が3種類あったけど、久しぶりのインド料理なので、メニューからいくつか選ぶことにした。こちらはまず、
ボンベイ出張時に良く飲んだジントニック(インドではいいジンが出来る)を頼んで、料理のチョイスはアイカタに任せた。
 
奥の方に中年の男女10人くらいが、何かの集まりの昼食会をしているのと、若い二人連れと若い男一人客にサラリーマン風の男二人の客が居た。
オーダーしている間に隣の席に黒人とスーツをぴしっと決めた若い日本人が座った。黒人は派手なウインドウブレーカーを着て、
日本の食べ物では何が食べられるなどと話しだした。オリックスの新しい外人選手と球団の通訳かも知れない。

 
オーダーはミックス・タンドリプレート(チキン、マトン、サカナ、エビ)、野菜のサモサ、
チキンマサラカレーとドライカレーに決まり、それにプレーンナンを取ることにした。
 
食べ始めて暫らくすると、近くの窓側の席に大柄な老年のインド人が一人で来て座り、すぐ追いかけて別の同年輩の白髪の一人が来て握手をした後、
向きあって座った。long time no see・・・と話し出して、娘が18になり、ハイスクールを卒業・・と聞こえて来た。
久しぶりに友達どうしが、この店で落ち合い、一緒に食事をしてお互い近況を話しているのだろうと思った。

インドの言葉ではなく、英語で話をしているところからすると、同じインドでも言葉が違う別々の土地の出身者が、神戸に住み着いて知り合ったのだろう。

 
料理がおいしかったので、相方-あいかた にブツブツ言われながら、ジントニックを追加でもう一杯頼んだ。
 
どの皿もスパイシイーでおいしかったが、量がたっぷりあったのでドライカレーは少し残した。
 
一時間半ほどゆっくり居て、店を出た後どうだったと相方に聞きたら、前より料理が日本化していると言う。
どこが?と聞くとグリーンピースを使いすぎと言う。言われてみれば確かにそうだった。何かの食材をグリーンピースに
代用させているのかも知れないが、女の目は男と違う。味は多少日本化しているかも知れないが、それなりにおいしく食べた。
 前は法人客が多かったが、今は主として日本人の個人客を主な顧客にしているようだから、多少日本化しないとやっていけないのだろう。
 
彼女は次回のインド料理は、北野町にある「ガンダーラ」の本店に行ってみようと言った。
いきつけだった阪急三宮駅前の「ガンダーラ」の支店は数年前に閉店してしまっていた。

2012年6月20日に行った現在のゲイロードはこちら

 

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