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(カイロで ニカブも必ずしも黒一色ではないようで “flickr”より By pixelwhippersnapper
http://www.flickr.com/photos/megascope/405187098/)
【増加する「ニカブ」】
イスラム女性の服装の問題は、フランスなど非イスラム教国におけるムスリム女性のスカーフやニカブの着用、イスラム教国における西欧的な服装などで、しばしば政治・社会問題化します。
このブログでも何回か取り上げている問題でもあります。
(8月16日ブログ「イスラム社会との軋轢 「ブルカ」に「ブルキニ」、そして「ズボン」
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090816)
今日はイスラム教国内における「ニカブ」(頭から足の先まで真っ黒な衣で覆い“銃眼”のように目だけを出した衣装)の話題。
もっとも、イスラム教国とは言っても、コプト教徒など非イスラム教徒も15%ほど存在し、宗教政党が禁止されている世俗的なエジプトでの話ですが。
****原理主義的?「顔まで覆う女性」にエジプト当局が危機感*****
エジプトではイスラム教徒の女性たちはたいてい、髪の毛を隠すヒジャブを身につけている。ところが最近、首都カイロでは、顔をすっぽり覆う「ニカブ」まで付けている女性の姿が目立つようになってきた。黒い手袋をはめている女性もいる。原理主義の台頭を避けたい政府にとっては心配の種だ。
この問題は今週、イスラム教スンニ派の最高学府であるアズハル大学のムハンマド・タンタウィ総長が傘下の高校を訪問した際、ある女子生徒にニカブをとるように言ったと報じられたことがきっかけで大きな注目を集めるようになった。エジプト最高の宗教的権威であるタンタウィ総長は、アズハル大学でのニカブの着用を禁止する方針を示したともされる。
宗教財産省は、ニカブの着用は非イスラム的と説明するパンフレットを配布している。一方で保健省は、女性の医師や看護師のニカブ着用を禁止したいと考えている。
■ニカブを着用した学生に対する教育現場の反応
国立のカイロ大学の寮でのニカブ着用も禁止されたとの報道があるが、大学側はこれを否定している。
あるガードマンは、教育省からの命令であることをほのめかしたが、同省スポークスマンは「禁止令のようなものは一切出していない」と否定。「去年、ニカブを着用した数人の男が寮に侵入して逮捕された事件があったので、ニカブを着けた学生は身元確認のためにニカブをとってほしいということだ」と付け加えた。
同国の人権監視団体「Egyptian Initiative for Personal Rights」のホッサム・バーガト氏は、「反体制的思想を持つ学生、特に(非合法ながら事実上の最大野党となっている)イスラム原理主義組織のムスリム同胞団に近い学生は、寮に住むことが禁じられる傾向にある」と話す。もっとも、選挙を通じてイスラム体制の実現を目指しているムスリム同胞団は、ニカブとはあまり関係がない。
ニカブを支持する人々は、「これを着用した女性は神により近づくことができる」、「自分の服を選ぶ権利は認められるべき」と主張している。
■ニカブとサラフィズム
ニカブは、中東では、一般的にサラフィズムの信仰と結びついている。サラフィズムとは主にサウジアラビアで信奉されている超保守的な信仰上の考え方。アルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者のイデオロギーとの共通点も多いが、現実には信者の大半が政治とは距離をおき、初期イスラム教の実践と信仰を遵守するピューリタン的信念を流布することに重点を置いている。
専門家らは、ニカブを着用する傾向は、政府のみならずアズハル大学にとっても懸念材料だと指摘する。
エジプト政府は1981年のアンワル・サダト大統領の暗殺以来、原理主義勢力との大規模な武力衝突をたびたび繰り返している。そして、サラフィズム信者の多くは、アズハル大学が教えている神学の内容を軽べつしている。【10月10日 AFP】
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記事では“選挙を通じてイスラム体制の実現を目指しているムスリム同胞団は、ニカブとはあまり関係がない”としていますが、どうでしょうか。背景には共通したものがあるように思えます。
イスラム原理主義組織のなかでは比較的穏健とされるムスリム同胞団は、そこから排除された少数過激派(サダト大統領を暗殺したジハード団、ルクソール事件を起こしたイスラム集団など)を生んできています。
また、パレスチナのハマスもムスリム同胞団から派生した組織です。
宗教政党が非合法化されているエジプトでは、ムスリム同胞団は無所属の形で選挙に臨んでいますが、2005年の選挙の際にはアメリカの民主化要求に沿う形で、ムバラク政権はムスリム同胞団への積極的弾圧を行わなかったと言われています。その結果ムスリム同胞団系勢力は、民選の444議席中88議席を獲得し、大躍進する結果となりました。【ウィキペディアより】
こうしたムスリム同胞団の勢力拡大も、記事にあるような「ニカブ」の自主的着用の増大も、基本的には社会の宗教的保守化傾向を示すものと思えます。こうした動きは、国内における世俗政権の政策結果への不満、国際的に見た場合のイスラム教徒が置かれている状況への不満から出てくるのでしょう。
そして、世界同時不況などの経済的困窮は、こうした傾向を強めるものと思われます。
(顔を隠すことの気楽さや、女性のファッションとしての嗜好もあるかもしれませんが)
世俗主義と宗教的原理主義のせめぎあいは、世俗主義を国是とするトルコでも問題となっているところですが、2010年に予定されているエジプトの総選挙でも厳しくなりそうです。
【未成年者犯罪の死刑執行】
イスラム関連の話題がもう1件。こちらはイスラム原理主義を国是とするイランからの話題です。
****17歳の時に殺人を犯した男の死刑を執行、イラン****
2009年10月11日 22:12 発信地:テヘラン/イラン
イランの報道によると、17歳の時に乱闘相手を刺殺したとして死刑判決を受けていた男が、被害者の両親によって11日、絞首刑に処せられた。Behnoud Shojaie受刑者は、2005年8月に乱闘でEhsan Nasrollahiさん(17)を刺殺した罪で有罪判決を受けた。
イラン学生通信は、テヘラン市内のエビン刑務所で「Ehsan Nasrollahiさんの両親が自らの手で死刑を執行した」と伝えた。
イランのマハムード・ハシェミ・シャハルディ前司法府代表は前年6月、Shojaie受刑者の死刑執行を延期し、イスラム法(シャリア)のもとで同受刑者に恩赦を与える機会を被害者遺族に提供していた。しかし、遺族は恩赦を拒否した。
シャリアのもとでは、被害者の遺族は賠償金を受け取って、受刑者に対する死刑判決を禁固刑に減刑することができる。
Shojaie受刑者の事件は国際的な注目を集めており、イラン国内の人権団体も死刑の執行停止を強く求めていた。イラン国会では現在、若者による犯罪への刑罰を緩和し、殺人を犯した未成年者に死刑判決を出すことを困難にする法案が審議中だった。
司法当局高官のFakhredin Jafarzadeh氏は、ISNAに対し、「減刑のため最後の一瞬まで努力を続けたが、残念なことに無駄に終わり、死刑が執行された」と語った。
イランは、成人前に犯した罪で死刑にすることを禁じた国連の「子どもの権利条約」の署名国。人権団体が今年2月に発表したところによると、イランでは過去2年間で17人が18歳未満当時に起こした犯罪で死刑を執行されている。【10月11日 AFP】
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イランで18歳未満当時に起こした犯罪で死刑を執行されたこと自体はさほど驚きませんでしたが、遺族の両親が自らの手で死刑を執行したということは、やはり驚きです。
それと興味深いのは、イラン国内でも、こうした未成年者犯罪への死刑適用をよしとはしない考えが、指導者の間にもあるということです。
公開処刑が行われたり、同性愛者が処刑されたりするイランですが、決してやみくもにシャリアに基づき処刑すればいい・・・という訳でもないようで、少し安心した次第です。
現実政治の運営、世界共通の価値観と宗教的価値観のバランスは、イスラム国家にあっても難しい問題のようです。