(南ワジリスタンは、連邦直轄部族地域(通称「トライバル・エリア(Tribal Areas)」の南部にあって、アフガニスタンのタリバンと連携するイスラム武装勢力によって実効支配されています。
なお、パキスタンの北西隣がアフガニスタンです。
“flickr”より By Pan-African News Wire File Photos
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【核管理能力と支援法】
パキスタンでは今月に入ってテロが相次いでおり、5日以降、150人以上の民間人らが犠牲となっています。
特に、10日に首都イスラマバード近郊のラワルピンディで軍の総司令部が襲撃された事件は、パキスタンの(直接には軍の)核兵器管理能力への疑念、将来核兵器が何らかの形でタリバンやアルカイダなどの手に渡る危険性への不安を生んでいます。
なお、これらのテロ攻撃のうち複数は、イスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)が犯行声明を出しています。
一方、アフガニスタン情勢の改善には、テロ組織などが拠点を移したパキスタンの安定化が不可欠とするアメリカは、パキスタンの民主化や経済、社会復興を目的としたパキスタン支援法を進めてきました。
しかし、支援法が非軍事支援・年15億ドルを5年にわたって提供する条件として、パキスタンの核政策へのアメリカの介入や武装勢力掃討の共同作戦など、軍の政治介入を抑える内容含んでいることから、支援法を歓迎したパキスタン政府に対し、軍は「主権侵害」と批判、アメリカが強化を求めているイスラム武装勢力の掃討作戦への影響、政治混乱も取り沙汰されていました。
このあたりの事情については、先日の10月14日ブログ「パキスタン テロが生む核管理への不安と、支援法が求めるアメリカの核管理介入」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20091014)で取り上げたばかりです。
【本格攻撃に着手】
その後、こうした状況に動きが出ています。
まず、パキスタン支援法については、オバマ米大統領が15日に署名し、同法が成立しました。
もっとも、パキスタン議会が拒否すれば、実際の施行は困難となります。
パキスタンの核をガラス張りにし、更に、パキスタンがテロ組織への支援停止にどれぐらい取り組んでいるかをアメリカが“監視”する条件がついた、軍の影響力を抑えようとする同法に反発するパキスタン軍は、反政府武装勢力「パキスタン・タリバーン運動」(TTP)の拠点があるアフガニスタン国境に近い部族地域の南ワジリスタン地区を包囲しながら、実際にはなかなか攻撃を開始せず、支援法への反発から意図的に作戦を遅らせているのでは・・・といった見方も出ていましたが、17日、南ワジリスタン地区でのイスラム武装勢力に対する地上攻撃を開始しました。
作戦着手で、支援法が意図する軍への圧力を回避しようとした・・・との見方もあるようですが、このあたりの軍の思惑、更には軍とイスラム過激派勢力とのつながりはよくわかりません。
****パキスタン:軍がタリバン組織拠点へ大規模な攻撃を開始*****
パキスタン軍は17日、反政府武装勢力の連携組織「パキスタン・タリバン運動」(TTP)の拠点である北西部の部族支配地域「南ワジリスタン管区」への本格攻撃に着手した。パキスタンが01年に米国の「対テロ」同盟国にかじを切って以降、最大の軍事作戦となる。ただし、戦闘の長期化は避けられない見通しで、武装勢力による報復テロが強まる恐れもある。
軍関係者によると、軍は同管区周辺に3万人以上の兵士を配置。一方、武装勢力側は国際テロ組織アルカイダと関係がある中央アジアや中東、中国などから外国人約5000人を含む総勢約2万人が抗戦態勢を敷いている。軍は数日前から包囲網を狭めていたが、17日朝に武装勢力側が攻撃を仕掛け、激しい交戦に発展。軍広報官によると、軍兵士5人、武装勢力11人の少なくとも計16人が死亡した。
ギヤニ陸軍参謀長は16日、ギラニ首相や、同管区に隣接する北西辺境州の首相らに武装勢力の動向や作戦の準備状況などを説明。軍側は「作戦開始には政府の許可が必要」との立場を取ってきており、政府がゴーサインを出したとみられる。
同管区をめぐっては、米国がアルカイダなど「テロリストの聖域」と指摘し、アフガニスタン側からミサイル攻撃を続ける一方、パキスタン民生支援の条件として米軍との共同軍事作戦などを強く求めていた。軍は作戦の着手でこうした圧力を回避する狙いもある。
ただ、同管区は12月から雪に閉ざされるため、戦闘の中断、長期化は必至とみられる。また、02年以降の掃討作戦が治安や経済を悪化させ続けており、武装勢力側が全国でテロ攻撃を増やすのは確実で、市民の犠牲拡大も予想される。
TTPは、タリバンによって司令官に任命されたベイトラ・メスード総司令官(8月に米軍のミサイル攻撃で死亡)が07年に設立。アルカイダから資金提供などを受ける一方、七つの部族地域の各武装勢力司令官や、08年11月のインド西部ムンバイ同時テロ事件の首謀組織とされるイスラム過激派「ラシュカレ・タイバ」とも協力関係を構築。タリバンによるアフガン駐留米軍などへの攻撃を全面支援してきた。
TTPの現在の指導者はベイトラ・メスード総司令官の元側近で、同じ部族出身のハキムラ・メスード氏。30歳代前半と若く、「ベイトラ氏の報復戦」を宣言。政府軍総司令部襲撃など10月に入って起きた7件のテロ攻撃を首謀した。
米国はパキスタンに同管区での軍事作戦を強く求める一方、南西部クエッタやその周辺に「タリバン最高指導者オマル師が潜伏している」とし、パキスタンのテロ対策が不十分だと批判している。【10月17日 毎日】
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【テロと難民 成功すれば転機】
パキスタン軍は04年と08年にも南ワジリスタン地区で軍事作戦に着手していますが、失敗に終わっています。武装勢力側の最近の相次ぐ軍・警察施設などに対するテロは、今回の掃討作戦の動きに対する反撃でもありました。攻撃開始で、報復テロが激化する可能性があり、パキスタン国内の治安がさらに悪化することが懸念されています。
また、8月以降、人口約60万人の南ワジリスタンから約9万人の民間人が避難しています。当局者によると避難民の数は2倍以上に増えるおそれがあるそうです。【10月18日 AFP】
こうした避難民増加による国内からの不満が高まることも予想されます。
毎日記事では“同管区は12月から雪に閉ざされるため、戦闘の中断、長期化は必至とみられる。”とありますが、上記AFP記事では、“地元のテレビ局は、軍は目的を達成するまで作戦を継続するとの軍報道官の発言を報じ、それには6~8週間かかるだろうとの見通しを伝えた。複数の軍幹部は速やかに作戦を進め、冬季の激しい降雪が始まるまでに作戦を終えたいとしている。”としています。
テロ増加による市民の犠牲者増加、国内避難民の増大・・・という圧力に耐えながら作戦を遂行できるかは、作戦に要する時間にもよります。
難しい作戦ですが、うまくいけばパキスタンだけでなく、アフガニスタンの情勢にも大きな影響を与えることになります。
泥沼化しつつあるアフガニスタン・パキスタン情勢にとって、ひとつの転機となりうる可能性がある掃討作戦でもあります。