孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  深刻な麻薬性鎮痛剤「フェンタニル」蔓延 供給源とされる中国は冷ややかな対応

2023-07-21 22:49:13 | アメリカ

(身動きしない薬物中毒者ら。路上には注射器が散乱している=4月下旬、米フィラデルフィア郊外(共同)【6月4日 西日本】)

【米では昨年、約10万9000人が薬物過剰摂取により死亡、その約7割がフェンタニルによるもの】
アメリカ社会を覚せい剤・ヘロイン・コカインなど違法薬物が蝕んでいるのは、映画や本などを通して日本でもよく知られた、ある種の「常識」ともなっていますが、現実の深刻さはそうした常識を遥かに凌駕したものとなっています。

最近の違法薬物の中心は、麻薬性鎮痛剤の一種である「フェンタニル」。
米疾病対策センター(CDC)のデータによると、アメリカでは昨年、約10万9000人が薬物過剰摂取により死亡していますが、その約7割がフェンタニルによる死亡。

「アメリカ人の18歳〜45歳の死因のトップが心臓疾患やがん、自動車事故、新型コロナなどではなく、フェンタニルである」という状況にあります。

そして、その供給源が中国企業ということも指摘されています。

****米国で違法薬物「フェンタニル」が蔓延 過剰接種により死者増加…中国企業から流入か****
今、アメリカでは密造・密売されている薬物の過剰摂取で死亡する人が増加し、深刻な問題となっている。アメリカに流入する違法な薬物が止まらない背景には、中国が関係していると指摘されている。

■医療用麻薬 去年の押収量は…米国人全員の命を奪う量
アメリカのハリス副大統領は18日、各州の検事総長らと会談し、“危機感”を示した。

ハリス副大統領:「今、若者たちのパーティーでは錠剤が配られています。こうした錠剤にはフェンタニルが混入されているんです。我々は、公衆衛生上の危機に直面していることを認識し、きょう、共に団結することになりました」

近年、アメリカでは、鎮痛剤の一種である「フェンタニル」の乱用による死亡が急増。2022年には、11万人が死亡したとみられている。

「フェンタニル」は、がん患者などに処方される薬だが、鎮痛作用は、ヘロインより最大50倍、モルヒネよりも100倍強力だとされていて、過剰に摂取すると死に至るという。

アメリカ麻薬取締局によると、去年、密造・密売された「フェンタニル」の押収量は粉末4.5トンと錠剤5060万錠で、3億7900万人分の致死量にあたると発表。およそ3億3000万人のアメリカ人全員の命を奪うのに十分な量だとして、危機感をあらわにした。

■中国企業から流入?「国内での対策を強化すべき」
そして、アメリカに「フェンタニル」が違法に流入する原因となっているのが中国企業だという。

アメリカ司法省は先月23日、「フェンタニル」の原料となる化学物質を、アメリカやメキシコに密輸したなどとして、中国に拠点を置く化学企業など4社と、中国人の従業員らを起訴したと発表した。

アメリカ ガーランド司法長官:「これらの企業と従業員は、アメリカ国内で流通させるためにフェンタニルを製造することを故意に共謀した」

アメリカのバーンズ駐中国大使は、これまでも中国のフェンタニル密輸取り締まりが不十分だと指摘していた。これに対し、中国は次のように述べている。

中国外務省 汪文斌副報道局長:「中国政府は人道主義の精神に基づき、フェンタニル類似物質全体をリストに掲載し、その違法生産、密売、乱用の防止に重要な役割を果たしている。アメリカがすべきことは、他国を中傷したり責任転嫁することではなく、自ら反省し国内での対策を強化することだ」

■アメリカ人の死因トップは「フェンタニル」
なぜ、アメリカで密造・密売された「フェンタニル」が蔓延(まんえん)しているのか見ていく。

アメリカ国立薬物乱用研究所の報告によると、薬物の過剰摂取で死亡した人は、おととしには10万6000人を超えていて、そのうち違法なフェンタニルによって亡くなった人が、およそ7割に及んでいるとしている。

政治専門のアメリカメディアも、「アメリカ人の18歳〜45歳の死因のトップが心臓疾患やがん、自動車事故、新型コロナなどではなく、フェンタニルである」とし、深刻な社会問題になっていると伝えている。

違法なフェンタニルが流通する背景には、ヘロインなどよりも安価で取り引きされていることがあるという。

アメリカ議会の諮問機関の報告書によると、中国政府が違法に作られたフェンタニルを規制したことで、直接流入される量が減少したとする一方、中国の密売組織は、違法フェンタニルの元となる化学物質をメキシコのカルテルに密輸し、そこでフェンタニルが密造されアメリカに流入しているとしている。ですので、アメリカで取り引きされる違法フェンタニルの主要な原産国は中国であると結論付けている。

■中国「フェンタニル危機の根源はアメリカ自身にある」
バイデン政権は、こうしたフェンタニルの密造を可能にした中国とメキシコへの制裁を強化している。

違法に製造された「フェンタニル」への関与や、錠剤の製造機器を密売業者に供給したとして、中国を拠点とする7つの団体と6個人、メキシコを拠点とする1つの団体と3個人を制裁対象に指定した。

ただ、中国は、こうしたメキシコ側との関係を否定している。

在メキシコ中国大使館は18日、違法フェンタニルの原料となる化学物質は中国から密輸されていないと表明し、アメリカ当局の主張を否定している。

そして、中国では違法薬物の原料の密輸を防止する措置が講じられていると説明したうえで、アメリカが国内対策を取らないのは責任回避で「アメリカのフェンタニル危機の根源はアメリカ自身にある」と声明を出している。
(「大下容子ワイド!スクランブル」2023年7月21日放送分より)【7月21日 テレ朝news】
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【米の規制要請に冷ややかな中国 「21世紀版アヘン戦争」との指摘も】
上記記事にもあるように、アメリカ司法省は「フェンタニル」の原料となる化学物質をアメリカやメキシコに密輸したなどとして、中国に拠点を置く化学企業など4社と、中国人の従業員らを起訴しました。また、ブリンケン国務長官の訪中でも、中国側に取締まりの強化を求めています。

****米司法省 薬物密造に関わった疑いで中国企業4社などを起訴****
(中略)アメリカ司法省は23日、フェンタニルの密造や密売に関わったとして、中国 湖北省武漢の化学メーカーなど4社と中国人8人を起訴したと発表しました。

化学メーカーの幹部3人は、密造に使われると知りながら、過去8か月間で中国からフェンタニルの原料200キロ以上をアメリカに向けて輸出したとして罪に問われていて、このうち2人は、今月8日に滞在していた南太平洋のフィジーから退去処分となり、アメリカの当局に拘束されました。

司法省によりますと、フェンタニルの原料をアメリカに流入させる違法取り引きで、中国企業や中国人が起訴されたのは初めてです。

フェンタニルをめぐっては、ブリンケン国務長官が今週、北京で行った秦剛外相との外相会談で、取締まりの強化を求めるなど、中国側に繰り返し協力を呼びかけています。

司法省の高官は、記者会見で「フェンタニルの供給網の根源をたたくことで、新しい境地を切り開く」と述べ、今回の起訴の意義を強調しました。【6月24日 NHK】
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ただ、中国側の対応には「米国人による過度の薬物依存が問題だ。なぜ中国のせいにするのか」冷ややかなものもあります。そうした中国の対応について、「21世紀版アヘン戦争」を仕掛けているとの指摘もあるほどの米中間の問題となっています。

****中国産麻薬フェンタニル、米国に大量流入し「21世紀版アヘン戦争」の引き金****
7分に1人が中毒死、メキシコのマフィアが中国から原料輸入し密造

ブリンケン米国務長官は7月13日、訪問先のインドネシアで中国外交担当トップの王毅政治局員と会談した。ブリンケン氏は今年6月中旬、米国務長官として約5年ぶりに中国を訪問した際にも王氏と会っており、米国外交トップの会談は2カ月連続だ。(中略)

中国外交部は翌14日の定例記者会見で、米国との間で「フェンタニル」の問題について意見交換を行ったことを明らかにした。ブリンケン氏も6月の訪中時にフェンタニルの問題を協議したことを認めている。(中略)

規制強化したい米国、交渉に応じない中国
米国でまんえんする違法フェンタニルの直接の生産者はメキシコの麻薬マフィアだが、その原料を供給しているのは中国だ。フェンタニルが「チャイナ・ガール」と呼ばれるゆえんだ。

トランプ前政権は2018年から中国政府に対し、フェンタニルの米国への輸出を規制するよう働きかけを強めた。この問題が重視されたのはトランプ氏の支持者が多い「ラストベルト」が全米で最も深刻な被害を受ける地域の一つだったからだ。

米国との貿易摩擦を回避する観点から、中国政府は2019年からフェンタニルの輸出規制を強化した。これによりメキシコ経由での流入は続いているものの、中国からフェンタニルが米国に直接輸出されることはほとんどなくなった。

だが、バイデン政権の圧力強化に不満を募らせる中国政府は、その報復として2019年に強化したフェンタニルに関する輸出規制を緩めている(2022年12月27日付米ウォールストリート・ジャーナル)。

中国の動きが顕著になったのは、昨年8月にペロシ連邦下院議長(当時)が台湾を電撃訪問した直後だ。
中国政府はフェンタニル規制関連の交渉窓口を閉鎖した。米国政府は在米中国大使館などを通じて対話を求めているが、中国は没交渉の姿勢を貫いている。

米司法省は中国企業を起訴
米国からの度重なる抗議に対し、中国外交部は「米国人による過度の薬物依存が問題だ。なぜ中国のせいにするのか」とけんもほろろだ。

米中対話が中断したことでメキシコ経由の中国製フェンタニルの流入が一層拡大することに危機感を覚えた米国政府は、強硬手段に乗り出している。

米司法省は6月23日、フェンタニルの原料を違法に取引したとして、中国の原料製造企業4社と中国人8人を起訴した。米当局が中国企業を訴追するのは初めてだ。

起訴された8人のうち2人が6月上旬におとり捜査で逮捕されたことに中国は猛反発している。在米中国大使館のスポークスマンは「たくみに計画されたおとり捜査が、中国と米国の麻薬対策協力の障害を生むことになるだろう」と米国を非難した。

7月13日の会談後も中国は「米国は中国の取り組みを評価しないばかりか、フェンタニルの問題で中国を中傷し、責任を転嫁するため、おとり捜査で中国籍の住民を逮捕した」と重ねて批判している。

対話重視と言いながら、バイデン政権は自らの覇権を維持するため、先端半導体に関する規制など中国の経済成長の基盤を崩す戦略を進めている。米国の「真綿で首を絞める」戦略に対し、中国はこれに反撃するため、米国社会のアキレス腱を狙い打ちしているのではないかと思えてならない。

だが、この戦術が有効であればあるほど、米国内での反中感情は高まる。「21世紀版アヘン戦争」を仕掛ける中国に対する米国の激しい怒りが、両国関係を危険なレベルにまで悪化させてしまうのではないだろうか。【7月21日 藤和彦氏 JPpress】
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【「ゾンビドラッグ」とも呼ばれる動物用鎮静剤のキシラジンとフェンタニルの合剤も】
現実は更に悪化していきます。供給側は“製品改良で付加価値をあげる”かのように、新たな薬物を広めていきます。今、「ゾンビドラッグ」とも呼ばれる動物用鎮静剤のキシラジンとフェンタニルを混ぜた薬物が蔓延しています。

****「ゾンビドラッグ」乱用が米国で拡大 政府が対策を約束****
米政府は11日「ゾンビドラッグ」とも呼ばれる動物用鎮静剤のキシラジンと、オピオイド鎮痛薬のフェンタニルを組み合わせたドラッグの乱用による死亡例が国内で相次いでいること受け、暫定的な対策を発表した。

「トランク」とも呼ばれるキシラジンは、動物用の強力な鎮静剤で、人間に対する使用は承認されていない。フェンタニルやヘロイン、コカインなどに混ぜることでドラッグの効果が増幅し、取引価格も上がる。

使用すると皮膚がただれる症状が出るほか、オピオイド鎮静剤の過剰摂取の治療に有効なナロキソンなどの薬が効かないため、特に危険な薬物となっている。

バイデン政権は、キシラジン関連の過剰摂取による死亡者の数を今後2年間で15%減らすことを目指すと表明。一方で、人間を対象とした検査の不足や、医薬品の検査体制の整備不足から、キシラジン乱用問題の規模を正確に把握できていないことを認めた。

具体的な対策としては、押収されたドラッグの検査の強化、医療現場で使用できる迅速検査の開発、病院での過剰摂取患者の検査実施を約束。また、キシラジンが人体に及ぼす影響や、フェンタニルと混ぜた際の効果について研究を行い、解毒薬の早期開発を目指すとした。

米国では、キシラジンに関連した薬物過剰摂取による死者が急増している。特に併用されることが多いのがフェンタニルだ。連邦政府機関のデータによると、キシラジンが検出されたフェンタニル過剰摂取による死者は2019年1月から22年6月にかけて276%増え、薬物過剰摂取の死者全体に占める割合は2.9%から10.9%に増加した。

検査体制が不十分であることから、実際の数はこれよりも多い可能性が高い。ただ、近年急増しているフェンタニル乱用の死者とくらべると、キシラジン関連の死者は比較的少数にとどまっている。

米疾病対策センター(CDC)のデータによると、米国では昨年、約10万9000人が薬物過剰摂取により死亡した。年間の死者数は2020年から15%近く増加し、初めて10万人を超えた。【7月12日 Fobes】
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****肌が腐る「ゾンビ・ドラッグ」新たな薬物が米で拡大****
米国の都市部で新たな薬物が蔓延しつつあるとして、専門家が警鐘を鳴らしている。

「キシラジン」は動物用の鎮静剤で、これを含んだドラッグは「トランク」や「トランク・ドープ」、「ゾンビ・ドラッグ」などの俗称で呼ばれている。米北東部のフィラデルフィアで使用され始め、その後、サンフランシスコやロサンゼルスへと拡大しつつあるという。最近では、フェンタニルなど他の薬物の中から検出された例もある。

ニューヨークタイムズによると、フィラデルフィアでは2006年の時点で、馬の鎮静剤を使用した薬物が確認されていた。ただし、本格的に広まったのは、パンデミック以降だという。

同地区の薬物防止センターへの訪問者数は、過去3年で300%以上増加。2021年には、研究室で検査した薬物のうち、90%からキシラジンの陽性反応が示されたという。

一部の疫学者はパンデミックの期間中、獣医の処方箋や医師のサプライチェーンから流出したキシラジンが、安価なオピオイドのフィラーとして注目されたと推測している。こうしたドラッグの価格は、ヘロインの半値で流通しているという。

市内の麻薬取引の中心地ケンジントンにある医療サービスセンターの職員はタイムズに、地域の「供給は飽和状態」で、対応は「すでに手遅れ」と現状を語り、他の地域への拡大に警鐘を鳴らした。

トランクを摂取した場合、過度の眠気や呼吸抑制、低血圧などの症状を引き起こす。繰り返し使用するうちに、急速に皮膚に傷が広がる。これらは硬い壊死組織となり、治療せずに放置すると、体の一部を切断するケースに至る場合もある。

右足を切断した今も、禁断症状を抑えるために薬物を使用し続ける38歳の女性は、「トランク・ドープは、文字通り肉を食べる。最高の自己破壊だ」と語っている。

28歳の男性はSkyニュースに、足と指に2つの穴ができたと明かし「人体をゾンビ化する」と話した。(後略)【2月23日 Mashup】
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【違法薬物使用が全世界で増加 メンタルヘルスに障害を持つ人や、社会・経済的に弱い立場の人、若者などが、薬物に依存しやすい】
違法薬物、特にフェンタニルの増加は世界的な問題ともなっています。

****違法薬物使用が全世界で増加、フェンタニルが深刻化=国連報告書****
違法薬物を注射している人がこれまでの予測より多いことが、国連の最新報告書で明らかになった。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)が発表した「世界薬物報告」によると、2021年には全世界で1320万人が注射器を使って薬物を使用した。以前の予測より18%多かった。

全体の薬物使用はこの10年で23%増加し、2021年に2億9600万人だった。薬物使用による疾患のある人も45%増加し、4000万人近くに達している。

現在は、フェンタニルやメタンフェタミンといった合成化合物が違法薬物市場を独占している。フェンタニルは、北米のオピオイド(麻薬性鎮痛剤)市場を大きく塗り替えて普及し、深刻な結果を招いているという。

報告書は、メンタルヘルス(心の健康)に障害を持つ人や、社会・経済的に弱い立場の人、若者などが、薬物に依存する羽目になりがちだとしている。

地域としては、東アジアや東南アジアよりも、東欧や北米に住む人々の方が注射を使って薬物を使用していた。
また、男性の方が女性の5倍、注射器で薬物を使用する率が高いことが分かった。また、男性の使用者が、女性のパートナーにこうした薬物使用を勧めている現状があるという。

一方で、薬物使用からくる疾患の治療を受けられている人は使用者の5人に1人に過ぎず、特に女性には治療を受けづらい状況があると、報告書は指摘している。(中略)

「紛争や世界的危機に乗じて、違法薬物の栽培や生産、特に合成薬物の生産を拡大し、不正市場をあおり、人々や地域社会に大きな被害をもたらしている薬物密売ネットワークに対して、対応を強化する必要がある」と事務局長は強調した。【6月26日 BBC】
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メンタルヘルス(心の健康)に障害を持つ人や、社会・経済的に弱い立場の人、若者などが、薬物に依存する羽目になりがち・・・アメリカの現状は、どこに原因があるのか、どうしたらいいのか・・・・ここからが本題とすべきことですが、私の手には余るので・・・・。

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北朝鮮  「脱北」の誘因にもなっている韓流ドラマの拡散 当局は処刑など取締りに躍起

2023-07-20 22:42:36 | 東アジア

(10日、京畿道安城のハナ院で、韓国社会への定着に向けてパソコン教育を受ける脱北者ら=統一省提供 【7月15日 東京】 韓国国内における脱北者の境遇についてもいろいろあるところですが、それはまた別機会に)

【相変わらずの窮状 穀類が出回っても高値で変えない一般庶民 計画経済復活政策の失敗】
北朝鮮の餓死者が多く出る食料不足の惨状は、6月18日ブログ“北朝鮮  都市部でも餓死者 1990年代の大飢饉「苦難の行軍」以降で最悪の食糧難”でも取り上げたところです。

季節的には、夏場は小麦と大麦の収穫が始まるので、比較的状況が改善する時期ですが、高値の小麦・大麦に手が出ない一般庶民の生活苦は相変わらずのようです。

その背景には、金正恩政権による市場への締め付け強化で現金収入を得られなくなった人々は、市場に物があっても買えなくなったことがあると指摘されています。

****「状況認識ができない」金正恩の“退化”で国内危機が深刻****
北朝鮮の食糧事情は年々、厳しくなっている。もともと、春から初夏にかけては「ポリッコゲ(春窮期)」と呼ばれ、前年の食糧の蓄えが底をつき、飢えに苦しむ季節だ。さらには毎年のように襲う自然災害と、ゼロコロナ政策の貿易停止がもたらした営農資材の不足で、収穫量はさらに減少。ポリッコゲの始まる時期も早まっている。

当局は、中国やロシアからコメや小麦粉を輸入して緊急放出したものの、食糧不足を解決するには役不足だった。

そんなポリッコゲがようやく終わりを告げた。国営の朝鮮中央通信は先月29日、「農業委員会全体の日程計画遂行率は150%以上に及び、一部の地域では小麦と大麦の取り入れが成功裏に終わった」と報じた。

小麦、大麦は収穫後2〜3週間ほどで、各地に供給された。しかしそれでも、食糧難の解決には至っていないという。咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

北朝鮮第2の都市、咸興(ハムン)市内の市場には今月第2週になって、小麦と大麦が出回るようになった。それに伴い、価格が一斉に下落している。

今月9日の時点で小麦は3800北朝鮮ウォン(約65円)、大麦は4000北朝鮮ウォン(約68円)で販売されている。前週に比べ15%から20%の下落だ。また、小麦粉も同程度価格が下落し、7000北朝鮮ウォン台で販売されている。(いずれも1キロの価格)

しかし、多くの庶民にとっては「絵に描いた餅」だ。
市民の多くは、1キロ2000北朝鮮ウォン(約34円)台のトウモロコシを食べて食糧難に耐えている。その倍の値段の小麦や大麦に手を出す経済的余力がないのだ。また、麦はトウモロコシに比べて腹持ちが悪いため、贅沢品に属し、主にお菓子やパンを製造販売する商人が主に買い求めている。少しでも安く腹を満たしたい庶民にとっては、何の役にも立たないのだ。

金正恩総書記は、救荒植物であるトウモロコシの栽培を減らし、麦の栽培を増やして食生活を改善しようと訴えたが、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」的な浮世離れした政策であり、「状況認識ができていない」と国民からも批判の声が上がっている。

小麦、大麦の価格下落の影響で、トウモロコシの価格も下落していることはポジティブに受け止めているが、同様に収穫されたばかりのジャガイモの価格にはあまり影響を与えていないと情報筋は伝えている。(中略)

コロナ前の北朝鮮では、全量を国内生産分で賄えなかったとは言え、食糧供給には大きな問題がなく、量よりも味や質を重要視する傾向すら現れていた。

それがゼロコロナ政策による貿易の停止や、国主導の計画経済を復活させようとする政策の影響で、各地で餓死者が出るほどの食糧難となった。

金正恩氏は執権当初、市場を自由放任し、その点では庶民からも支持されていた。しかし今、市場への締め付け強化で現金収入を得られなくなった人々は、市場に物があっても買えなくなり、市場より安く販売するとの触れ込みでオープンした国営米屋こと糧穀販売所も、正常に機能していない。

市場への干渉をやめ、皆が自由に商売できるようにすること。それが食糧難解決の近道だろう。【7月14日 デイリーNKジャパン】
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更に基本的な要因として、国家主導の経済体制によって農業における生産意欲が刺激されず、生産性が非常に低いことが根底にあると思われます。

【中国のゼロコロナ終了で、韓国に入る脱北者増加】
生活に行きづまった人々が最後の手段として試みるのが「脱北」

コロナ禍にあっては、国境が封鎖されて警備が厳重になったことで新たな「脱北」も困難になり、また、すでに中国へ「脱北」した者も移動が制限されていましたので、韓国に入ることも難しい状況が続いていました。

ここにきて、中国におけるゼロコロナ終了で中国国内移動が再開したことで、韓国へ入る脱北者が増加しています。

****1~6月に韓国入りした脱北者99人 昨年同期の5倍超え****
北朝鮮を逃れ上半期(1~6月)に韓国に入国した脱北者は99人と、昨年同期(19人)の5倍を超えた。韓国統一部の当局者は18日、「中国で移動の制限が緩和されたことに起因する」と分析した。

この当局者によると、4~6月に入国した脱北者は女性47人と男性18人の計65人だった。1~3月には34人が入国していた。

北朝鮮はここ数年、新型コロナウイルス対策として国境を封鎖してきたため、最近の韓国入国者は、コロナ前に脱北して中国などに滞在した後、韓国入りしたケースが多い。

韓国入りした脱北者数の累計は女性2万4448人、男性9533人の計3万3981人となった。【7月18日 聯合ニュース】
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【「脱北」のインセンティブにもなっている韓流ドラマ】
「脱北」の理由は当然ながら上記のような生活苦ですが、それに加えて最近は韓流ドラマで韓国などの状況・人権に関する情報が得られるようになったことが大きく影響しているようです。

****韓国ドラマで「人権を知った」 脱北者施設、7年ぶりに公開****
韓国統一省がソウル郊外の京畿道安城にある北朝鮮脱出住民(脱北者)の定着支援施設「ハナ院」を約7年ぶりに国内外のメディアに公開した。

脱北者は北朝鮮での生活苦を語り、ひそかに見た韓国ドラマで「人権というものがあるのだと知った」と打ち明けた。

「人間らしく堂々と生きたかった」。10日、施設で取材に応じた20代女性は韓国に来た理由をこう話した。2019年に脱北。中朝国境近くで密輸をして生活費を工面していたが次第に難しくなり、中国に逃れた。職を得ても不法滞在のため中国人の半分しか賃金をもらえず、中国当局の目におびえる日々。新型コロナが流行すると外出もできなくなった。

韓国行きを決意したのは、北朝鮮で隠れて見ていた韓国ドラマで「人権が保障されるところ」だと思ったからだ。具体的な亡命手段は語らなかったが「命懸け」だった。中国にいる多くの脱北者が韓国に行くことを望んでいるというが「強制送還される恐れがあり、来られない人が多い」と明かす。【7月17日 共同】
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【「監視社会」中国で難しくなっている脱北者の移動 国境封鎖が解除されれば北へ強制送還】
中国は脱北者を迫害を逃れた難民とは認めず、不法入国者として強制送還する政策を取っています。国境が再開されれば、中国の収容施設にいる脱北者が北朝鮮に強制送還される懸念があります。

また、中国は無数の監視カメラやAIによる顔識別ソフトなどIT技術を駆使した超監視社会のため、中国国内移動は非常に難しくなっています。
これまで脱北を手引きしていたブローカーも、摘発を恐れて脱北者の先導を断るケースが増えているとの指摘も。

脱北の現状については、下記のようにも。

****韓国ドラマで知る“自由”と餓死者・自殺者の急増…エリート層にも広がる脱北の裏にある北朝鮮の現状とは****
経済危機にある北朝鮮では、餓死者に加え自殺者が急増し、脱北の動きも相次いでいます。金正恩総書記は疑心暗鬼になり規制を強化していますが、その原因は韓国ドラマが関係しているというのです。庶民だけでなくエリート層にまで広がる脱北の動きは、一体なぜ?朝日新聞元ソウル支局長・牧野愛博氏の解説です

脱北取り締まり強化のウラには韓流ドラマ?
脱北者は、コロナ禍前は年間1000人台だったといわれていますが、2020年に国境が封鎖されると229人まで減り、2022年は67人でした。

牧野氏によると、「コロナ感染拡大防止のための国境封鎖が主な理由だが、便乗するように、内部統制のための国境付近の“脱北取り締まり”も強化された」ということです。

例えば、「中朝国境から1~2km地帯に、無断で近づく市民の射殺を許可」、「脱北者との電話は、当人だけでなく、その場にいない人も含めて家族全員を逮捕」、さらに「冬季は午後6時~翌午前7時まで外出禁止(2023年6月現在は緩和)」という厳しい規制です。(

Q.コロナ対策に便乗する形で、脱北の取り締まりを強化する理由は何ですか?
「一言でいえば、金正恩総書記とその取り巻きが、不安や猜疑心に苛まれているのだと思います。昔と比べて食料も減っているようですし、国民は韓流ドラマを見ていろいろな知識を身に着けているようなので、『自分たちのことを信用してくれないんじゃないか』という思いが、統制強化に繋がっていると思います」

庶民だけでなくエリート層も…相次ぐ脱北の動き
規制強化の一方で、脱北の動きは相次いでいます。(中略)

Q.船での脱北は、相当リスクが高いのですか?
「海に出るまでに、いろいろな障害があります。まず、船を登録しているのか、許可証を持っているのかなど、いろんな所で証明書を出さないといけません。海に出たら出たで、警備隊が見ています。さらに、大したエンジンも搭載していないので、漂流する恐れもあります。慣れている漁師なら別ですが、一般の人には難しいと思います」

そんなリスクを負ってまで2家族が脱北した理由は、「隠れて韓国のドラマなどを見ていて、憧れがあった」「コロナによる統制強化に耐えられなかった」ということです。

Q.北朝鮮国民も、韓流ドラマを見ているのですか?
「韓流ドラマは、自分たちのような庶民が主人公ですから比べやすいです。例えば髪型も、北朝鮮では理髪店に行くと5種類ぐらい髪型があって、そこから選ばないといけません。しかし、韓流ドラマではいろいろなヘアスタイルを楽しんでいて、自由で、好きな職業に就いています。そういったものを見た国民たちは、『自分たちは統率されているんだ』ということが、だんだん分かってきます」

経済的逼迫はエリート層や平壌市民にも
(中略)「彼らもエリートですから、計算はしていると思います。でも、『経済的に厳しい』『思想的に窮屈』『子どもの将来が心配』など、脱北せざるを得ないような、いろんなことが重なっています」

強制送還された脱北者は死刑も…国内は食糧難で自殺者も急増
そんな中、北朝鮮と接する中国の『脱北者収容施設』が、拡大したとみられています。(中略)この施設には最大2000人の脱北者を拘束していて、国境再開で北朝鮮に強制送還される可能性があり、強制送還されると、5年以上の拘禁・殴打・拷問・強制労働など、ひどい場合には死刑になる恐れもあるということです。

Q.北朝鮮が国境封鎖を解除すれば、この施設にいる人たちは全員連れ戻されるということですか?
「中国は、脱北者を難民として認めておらず、“違法行為をはたらく不法入国者”として、当然強制送還すると思います」(後略)(「情報ライブ ミヤネ屋」2023年6月23日放送)【6月26日 読売テレビ】
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【韓流ドラマ取締りに躍起となっている北朝鮮当局 処刑も】
韓流ドラマによって「人権」を知り、脱北の誘因ともなっている・・・北朝鮮当局は韓流ドラマ取締りに躍起になっています。

****北朝鮮の女子大生60人「ろくでもない行為」で吊し上げの刑****
「反動思想文化排撃法」に「青年教養保障法」、そして「平壌文化語保護法」――いずれもここ数年で北朝鮮で制定された法律で、ターゲットは若者だ。

中国を経て流入した韓流ドラマを見て育ち、韓国にあこがれを抱き、ファッションから言葉遣いまで韓国の真似をしようとする若者たちを取り締まるための「韓流取り締まり3点セット」と言える。

これらの法律に基づき、様々な取り締まりや思想教育が行われているが、江原道(カンウォンド)の元山(ウォンサン)師範大学では、またもや違反した学生を「つるし上げ」にする行事が行われたと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

大学では先月19日、道内の大学生全員を集めた上で、今年上半期の反社会主義・非社会主義行為に対する公開闘争、公開裁判が行われた。上記の3つの法律に違反した60人の女子大生が、20人ずつ壇上に立たされた。そして「罪状」が読み上げられた上で、徹底的な批判を浴びせかけられた。(中略)

手厳しい批判、罵詈雑言を長時間にわたり浴びせかけ、顔に泥を塗り、メンタルにダメージを与えるという、単なるハラスメントのようだが、「自己批判と相互批判を繰り返してこそ革命性が高まる」と考える北朝鮮当局は、飽くことなくこうした行為を繰り返している。

60人のうち40人は「軽犯罪」であったため、教養処理(厳重注意)で済まされた。韓国の映像を見た容疑で摘発された10人は、まだ予審(裁判前の証拠固めの段階)が終わっていないとして、手錠をかけられてどこかに連行された。

予審の終わった学生1人に対しては、罪状が非常に重いとして、無期労働教化刑(無期懲役刑)が言い渡された。3人には有期の労働教化刑、2人には労働鍛錬刑(短期の懲役刑)が言い渡された。

この6人の「罪状」とは、韓流に心酔し、韓国風の言葉遣い、ファッション、ヘアスタイルをしたことで何度も摘発され、処罰を受けたのに、反省せずに同様の行為を繰り返していたというものだ。担当教員はもちろん、両親からも厳しい批判を浴びせられた。もちろん、当局が強要したのである。

韓流コンテンツの流通に関わっていれば死刑が言い渡される可能性もあるが、それはどうにか免れたようだ。(中略)教化所(刑務所)から生きて帰ってこれるか否かは、神に祈るしかない。

このように大々的な「見せしめショー」を行い、韓流を根絶やしにしようとしている当局だが、うまくいった事例はない。公開処刑ですら効果は一時的だ。ある学生の言葉が、韓流対策の根本的な限界を示していると言えよう。

「わが国(北朝鮮)の映画が南朝鮮(韓国)の映画より面白ければ、(韓国の映画を)見ろと言われても見ない」(公開裁判を見守った大学生たち)

アクション、ラブストーリー、コメディ、ファッションなどなど、韓国では大量のコンテンツが作られ、北朝鮮に流入する。そのソフトパワーに対抗するには、良質のコンテンツを北朝鮮の手で作らなければならないが、できあがるものは思想教育を目的としたお説教ばかり。そもそも勝負にならないのだ。【7月12日 デイリーNKジャパン】
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韓流ドラマは記憶媒体で拡散しているようですが、直接受信できる韓国TVも一部あるようです。

****北朝鮮の町内会「仲良し主婦」処刑の衝撃場面****
韓国のテレビ放送は、2012年末を持ってすべてデジタル放送に切り替わったが、KBS第1テレビに限ってはアナログ放送を続けている。それも、韓国で従来から使われていたNTSCではなく、北朝鮮で使われているPALを使っている。北朝鮮の人々に外部世界の情報を届ける目的からだ。

これに対して北朝鮮当局は、2つの方法で対応している。ひとつは妨害電波だ。ただ、こちらは電力不足によりあまり発信できていないと言われている。もうひとつは、すべてのテレビ受像機のチャンネルをはんだ付けして、国内メディア以外の電波を受信できないように固定する方法だ。

最近、それを剥がして韓国のテレビを見ていた農村の女性らが処刑される事件があったと、黄海南道(ファンヘナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

事件が起きたのは黄海南道の青丹(チョンダン)郡。黄海を隔てて韓国からは至近距離にある地域だ。地域の協同農場で働く女性2人が昨年12月、保衛部(秘密警察)に逮捕された。容疑は、チャンネルのはんだを剥がして韓国のテレビ放送を受信し、映画、ニュースなどを密かに見ていた容疑だ。

同じ人民班(町内会)に住む隣人だったAさんとBさんの2人は、非常に仲がよかった。
そして、その様子に嫉妬心を抱いた別の女性が、同じ人民班にいた。(中略)そして2人が、皆が寝静まった時間に韓国の映像を見ていることを子どもを通じて確認した上で、保衛部に通報した。(中略)

2人は昨年12月から今月までの半年に渡って、予審(起訴前の証拠固めの段階)を受けた。激しい暴言、拷問を受けたことは想像に難くない。

そして、今月中旬、2人は動員された住民が見守る中で、公開闘争会議にかけられた。自ら反省の弁を述べ、代わる代わる様々な人から批判されるという「吊し上げ」だ。その場では、「2人が急速に接近したきっかけは、南朝鮮(韓国)と外部社会への好奇心を話す過程で、変質した思想を共有した」と、犯行動機が述べられた。

従来なら、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収容する刑務所)送りにされたり、罪状が「悪質」と見なされた場合でも、懲役3〜5年の処分を受け教化所(刑務所)送りにされるのが一般的だ。

しかし保衛部は「情勢が複雑な最近、思想的に変質した行為が目に見えて表れており、気を引き締めさせよとのいうのが中央の意図」だとして、2人をその場で銃殺刑にした。予想外かつ残酷な展開に、見守る人民班の人々は衝撃を受けたという。

執行後に保衛部は「(同じことをすれば)また続けて処刑があるだろう」と警告し、地元住民を震え上がらせた。2人は運悪くバレてしまい悲惨な最期を遂げたが、地元住民の中に、韓国のテレビやラジオに接したことのない人はほとんどいないから、誰もが死刑の恐怖に怯えるのだ。

しかし、その見せしめ効果もどれくらい続くかは未知数だ。
はんだを剥がして、韓国のテレビやラジオを楽しんだ後、もとに戻す手法は皆が知っている。また、生活が苦しい中でも、何らかの未登録の受信機を入手して、ナマの韓国を密かに楽しむ人もいる。2人を処刑した保衛部の要員とて、例外ではないだろう。北朝鮮当局がいくら人を処刑しても、人々の「外の世界を知りたい」という渇望を抑え込むことはできないのだ。【7月8日 デイリーNKジャパン】
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いつまでこのような愚行を続けるのか・・・あきれてしまいますが、北朝鮮当局は権力システム維持のために必死です。
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インドネシア  ジョコ大統領が進める首都移転 予定どおり進むかは今後の新大統領次第?

2023-07-19 23:01:13 | 東南アジア

(インドネシア東カリマンタン州で首都移転先に決まった地区を視察する同国のジョコ大統領(左)とイスラン・ヌール同州知事=2019年12月17日【2022年3月25日 時事】)

【首都移転 ジャカルタからカリマンタン島へ 移転費用約4兆円】
インドネシアは日本以上に多数の島々からなる国家ですが、その一つがカリマンタン島。
島の南側はインドネシア領ですが、北側はマレーシア領でボルネオ島と呼ばれています。

観光的にはマレーシア側のコタキナバル、サンダカン、クチンなどボルネオの方が馴染みがあります。そのことは裏を返せば、インドネシア側のカリマンタンは、ジャワ島、スマトラ島、バリ島などと比べてあまり訪れる外国人も多くない、開発が遅れている、いわゆるジャングル主体の島・・・というイメージです。

そのカリマンタン島にインドネシアの首都をジャカルタから移転するという話が、昨年1月に報じられていました。

****なぜ?インドネシアが未開発の“ジャングル”へ首都移転…新たな首都名は「ヌサンタラ」****
インドネシアの首都がジャカルタからカリマンタン島に移転する法案が国会で承認され、話題になっている。
首都の移転先は“ジャングル”

法案では、首都がジャワ島のジャカルタから北東に1200キロメートル以上離れたカリマンタン島東部に移転されることになる。すでに新しい首都の名前は決まっており、「ヌサンタラ」となる。

榎並大二郎キャスター:(中略)ジャングルで全く開発されていない感じですよね。 インドネシア政府は、25万6000ヘクタールものジャングルを、このようにしていくというのです。 都市と自然が融合した感じで、まさに未来都市といった様相ですよね。

3年後から首都機能を本格化させる見通し。 「ヌサンタラ」という名前ですが、「群島」という意味で、島々が集まる国、インドネシアを象徴する言葉だそうです。

移転理由は「人口過密」「地盤沈下」
加藤綾子キャスター:(中略)でも、なんで首都を移動するんですか?

榎並大二郎キャスター: その点ですが、大きく2つあります。

1つ目が、人口の過密化です。
ジャカルタは、周辺地域を含めた人口が3000万人を超えていて、激しい交通渋滞が慢性化してしまっているんです。

2つ目は、ジャカルタでは地下水を過剰に汲み上げたために、地盤沈下が起こって都市面積の6割が海抜0メートル以下の低い土地になってしまいました。なので、毎年のように洪水被害も起きてしまっているわけなんです。

加藤綾子キャスター: まり聞かない気がするんですけど、ほかの国でもあるんですか?

榎並大二郎キャスター: 首都の移転というのは、過去にあります。 世界に目を向けると、過去には、ブラジルそしてオーストラリアなども首都移転しているんです。(中略)な
今後インドネシアの首都の移転には、開発に必要な資金、そして環境破壊などの課題があります。【2022年1月19日 FNNプライムオンライン】
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国内的に議論があった問題で“必要な予算の確定や資金の確保を後回しにした他、環境破壊や災害といった山積する課題への対応も議論されておらず、見切り発車した格好となった。”【2022年1月18日 時事】というのが実際のところ。

2045年の移転完了を見込み、24年までに公務員50万人を移動させるとの計画。
進捗状況については、
“大統領宮殿の開発において、進捗率は約10%(2023年4月1日時点)”【4月11日 JETRO】
“インドネシアの公共事業・国民住宅省は(2月)6日、東カリマンタン州に移転される新首都「ヌサンタラ」の基礎インフラ建設の進捗率が14%に達したと発表したとのこと。”【2月7日 NNA ASIA】

移転理由は、上記記事にあるように、ジャカルタの過密化・交通渋滞と地盤沈下。

****インドネシアの首都がジャカルタから“移転”  移転費用約4兆円の一大プロジェクト 2050年にはジャカルタのほとんどが水没の予測も…****
(中略)高層ビルが建ち並ぶインドネシアの首都ジャカルタ。経済発展が進む一方で、深刻な問題に直面しています。

記者 「ジャカルタでは多くの家庭が水道水ではなく地下からくみ上げた水を使っているということです」 こちらでは、地下13メートルからくみ上げた海水混じりの水で生活しているといいます。

ジャカルタ在住 エビスギアルトさん 「ほとんどみんな(地下水を)使っています。シャワーや皿洗い、洗濯などに使います」

上水道の普及率はわずか4割程度。地下水を使いすぎたことで、ジャカルタの地盤は年間10センチ以上のペースで沈下しているといいます。温暖化による海面上昇も重なり、2050年にはほとんどの地域が水没するとの予測もあります。

こうした危機への対応策として打ち出されたのが「遷都」です。

インドネシア ジョコ大統領 「首都を移転させ、人が集まる都市を作る必要があります」

首都をおよそ1200キロ離れたカリマンタン島東部に移転する巨大プロジェクトです。新しい首都の名前は「ヌサンタラ」、「群島」を意味します。目指すのは、環境に配慮した未来型のスマートシティで、現在、新庁舎の基礎工事が急ピッチで進められています。

移転の理由はほかにもあります。
記者 「首都移転の大きな理由がこちら、深刻な交通渋滞です」

ジャカルタがあるジャワ島には、国の人口の6割近くにあたる1億5000万人が集中していて、政府は世界最悪とも言われる交通渋滞や大気汚染といった問題を解決したい考えです。

市民の受け止めは様々です。
ジャカルタ市民 「ジャカルタはすごく混雑しているので、首都移転には賛成です」 「首都を移転することで経済のバランスも良くなると思います」

飲食店経営 ジャカルタ市民 「正直に言って賛成ではありません。私の店がどうなるのか分かりません」

移転費用は日本円でおよそ4兆円。岸田総理大臣は5月、ジョコ大統領に首都移転への協力を表明するなど、日本や中国などがインフラ整備を中心に投資意欲を見せています。ただ、森林地帯を切り開いての新首都開発には生態系を破壊するとの反発が根強いほか、現地で暮らす先住民族とのあつれきもあります。

移転の完了は2045年。多くの課題を乗り越え、無事「遷都」は成功するのでしょうか。【7月19日 TBS NEWS DIG】
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その他、火山・地震の問題も。
“また火山国でもあるインドネシアでは、ジャワ島に常に噴煙を上げている活火山が複数存在し、時折激しい噴火、噴煙による被害が報告されているばかりか、たびたび地震被害にも見舞われている。”【2022年2月15日 JBpress】

【費用はチャイナマネー頼み? 実現を疑問視する声も】
問題は4兆円とも言われている「費用」
日本のソフトバンクグループ、孫正義氏も投資を表明しましたが、例によってチャイナマネーも。
中国主導の国際金融機関である「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」も融資の可能性を示しています。

なお、コロナ禍により計画は何度も延期され、出資を約束していた日本のソフトバンクグループも昨年撤退。

「本当にやれるのか?」、ジョコ大統領の後任大統領が本気で続けるのか・・・という疑問も。

****インドネシア「熱帯雨林への首都移転」、費用は中華マネー頼み****
(中略)
ジョコ・ウィドド大統領が2019年に提唱して進められてきた首都移転は国際的にも注目を集め、日本や中国なども関心を示して資金援助の意向を示しているが、特に中国は独自の経済圏である「一帯一路」構想の一環としてASEANの大国の首都移転に強い関心を寄せている。(中略)

新首都建設の予定地とされる東カリマンタン州北プナジャム・パスール県とクタイ・カルタヌガラ県にわたる25.6万ヘクタールに及ぶ広大な用地は、その大半が熱帯雨林に覆われた原生林で、近くのクタイ国立公園は絶滅の危機にあるオランウータンの生息地として知られている。

オランウータンは人類に最も近い類人猿で、クタイ国立公園内には日本人研究者によるオランウータン研究の拠点も建設されている。オランウータンはカリマンタン島とスマトラ島にしか生息しない希少動物であることから環境団体などからは開発による影響を危惧する声も出ている。

課題山積の首都移転構想
自然環境の観点からだけでなく、他の観点から様々な問題点が指摘されている。

まず首都移転に伴い、カリマンタンに移動するのは経済関係部局を除く政府機関や国会、大統領官邸、国防省、外務省、最高裁などとしていることへの疑問である。

経済関係の省庁がジャカルタに残ることになれば、進出している日系企業をはじめとする外国資本の企業や工場は新首都に移転する必然性がなく、果たしてそれで人口集中や交通渋滞などの問題への解決策、さらに外国資本の投資促進に繋がるのか疑問というわけだ。

さらに現在ジャカルタで進められている都市高速鉄道(MRT)や軽量軌道交通(LRT)の延伸・拡張工事、高速道路網の整備、中国企業との合弁事業として進められている「ジャカルタ・バンドン高速鉄道」といったインフラ整備が無駄になるのではないかとの疑問もある。

そして最大の問題は、首都移転に伴う財源だ。総額466兆ルピア(約3兆7000億円)の移転に伴う費用に関して財務省は「国庫だけで全移転費用を賄うことは難しい」として、公的資金や民間からの投資を当初から呼びかけ、同時に海外からの財政支援を当てにしている。

ソフトバンクGや中国が財政支援を表明(筆者注:フトバンクグループはその後撤退を表明しています)
これに対し、早くから手を挙げたのが、日本のソフトバンクグループだ。同社の孫正義会長兼社長は、2020年1月の段階で、インドネシアの首都移転計画に投資する意向を示している。ソフトバンクグループ側は具体的な投資額などについて言及しなかったが、当時インドネシア政府のルフット・パンジャイタン調整相(海事・投資)は「300から400億ドルの投資を提言した」と期待を示した。

孫会長は首都移転に関して「人工知能(AI)を使ったスマートシティやグリーンシティーといった新首都構想に興味をもっている」として投資への関心を表明していた。

こうした孫会長の首都移転への関心を受けてインドネシア政府は孫会長を首都移転検討審議会の委員に任命。同審議会の委員には孫会長のほかにトニー・ブレア英元首相、アラブ首長国連邦のムハンマド皇太子など国際的著名人も選ばれているのだが、その人選の裏には、多額の投資を呼び込むために、委員たちの知名度に便乗したいというインドネシア側の思惑があると見られている。

ソフトバンクグループよりも、インドネシアの首都移転に深くかかわろうとしているのが中国だ。
2019年にジョコ・ウィドド大統領が首都移転構想を発表した直後から強い関心を示し、同年11月には中国主導の国際金融機関である「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の金立群総裁が首都移転に融資する用意があると表明した。

「インドネシアが望むなら喜んで新首都移転計画に参加したい」と述べてAIIBとして融資の可能性を示したのだ。

さらに有力紙「ジャカルタ・ポスト」が今年になって報じたところによれば、「資金面でジョコ・ウィドド政権は中国の投資を期待している可能性もある」「中国が非公式ながら首都移転プロジェクトへの参加の意向を示した」とのことで、中国が資金面に加えてインフラ整備や技術面での協力支援などでインドネシア政府への接近をさらに強めているとの見方を示した。

実現を疑問視する声も
ジョコ・ウィドド大統領の任期は2024年に終わる。それまでに首都機能のカリマンタン州への一部移転を終わらせ、最終的な首都移転の完了は独立100年にあたる2045年としている。それまでに公務員約50万人の移動も予定されており、移動に際しては家族・女中の航空運賃、移動車両代などを全額負担するという。

こうした費用を含めた首都移転に伴う466兆ルピア(約3兆7000億円)という巨額の費用に対して財務省は国家予算の負担は19%であり、残りを政府と民間企業による負担、民間企業の直接投資、海外企業による投資、財政負担で賄いたいとしている。

ただインドネシア国内には首都移転計画はジョコ・ウィドド大統領が打ち上げた「国威高揚策」に過ぎず、2024年の大統領選で選ばれる次期大統領が果たしてこの巨大プロジェクトを継続するのか疑問視する向きもある。

首都移転、次期大統領選の争点になるのは必至
国内でも、反対の声はある。 1月の国会議決では与野党が賛成する中、少数野党の「福祉正義党(PKS)」は反対を表明し「コロナ感染拡大が最優先の課題である時期にやるべきことなのか」と首都移転決議に疑問を示した。

有力紙「コンパス」が1月下旬に実施した世論調査では45.5%が「2024年までの移転実現は疑問だ」と回答し、国民の約半数が首都移転計画の実現を冷ややかにみていることが明らかになった。

首都移転予定地では大規模な熱帯雨林の破壊やオランウータンの生息環境への影響が危惧されるために環境団体や国際NGOなどからの懸念も表明されている。

肝心の大統領選の争点も、現在有力視されている首都機能の一部移転を実行するのか、それとも全面的に見直しを打ち出すのか、になるのは確実だ。

日系企業を含む現地進出企業の中には「ジョコ・ウィドド大統領の任期終了とともに首都移転構想はうやむやになり、計画は葬られるのではないか」との慎重かつ冷静な見方をするところもあると伝えられている。

首都ジャカルタの現状と自然環境の条件を考えれば、インドネシアの首都移転には十分な合理的理由がある。だがそれが中国の一帯一路とリンクするような形で実施されるとなると、東アジアのパワーバランスにも大きな影響を及ぼすことになる。日本政府としてもこの計画の動きを慎重に見ていく必要があるだろう。【2022年2月15日 大塚 智彦氏 JBpress】
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【開発で一変する先住民の暮らし】
ジャワ島以外の開発が遅れた地域において経済成長を加速させることも目的のひとつとされる首都移転で先住民の島カリマンタンの様相は一変します。当然、波に乗る人もいれば、取り残される人々も出てきます。

****インドネシア首都移転、地価高騰に取り残される先住民****
総工費320億ドル(約4兆2600億円)を投じ、新しい首都をボルネオ島に建設するというインドネシア大統領の計画がようやく実現に向かい始める中で、かつてのんびりとした集落だったスカラジャ村は急速な変貌を遂げつつある。

地域の先住民バリク族の指導者、シブクディンさん(60、写真)によれば、土地は自分たちのアイデンティティーであると感じ、立ち退きを拒んでいる人もいるという。

リズキ・マウラナ・ペルウィラ・アトマジャ村長(38)によれば、新大統領府の建設地から10キロメートルの場所にあるこの村の周囲では、地価が4倍に跳ね上がった。農家の中にはヤシやゴムの木を栽培するプランテーションの一部を売却し、「突然、新車を買った」例もあるという。


リズキ村長はヤシの木々の前に建つゲストハウスとカフェを経営するが、これも労働者の流入により繁盛していると話す。建設労働者向けに部屋を賃貸しているが、近隣では住宅が商店に変わった例もあるという。

「ジョコウィ」ことジョコ・ウィドド大統領が首都移転計画を発表してから4年。「ヌサンタラ」と命名された26万ヘクタール近い新首都の建設予定地域では、中心部で建設工事が加速している。これを好機と見る人々がいる一方で、変化を危惧する声もある。

この地域の先住民バリク族のヤティ・ダーリアさん(32)は自宅が政府系ビルの建築予定地になっていることを知り、近隣のどこかに土地を買おうとしている。

だが「ヌサンタラ」中心部から少し外れたところでも、同程度の広さの区画の価格は7億ルピアから12億ルピアへと高騰した。ヤティさんがいま住んでいる土地と、食料品店を営んでいる青い合板でできた小屋に対して政府から出る補償金の10倍だ。

ヤティさんは、「じわじわと(政府に)殺されつつあるような感じだ」と語る。
ヤティさんをはじめとするバリク族の人々は補償金の増額を訴えているが、自分の土地に対する公式の権利書を持っていない人も多く、その分、政府との交渉で不利になるとヤティさんは言う。

バリク族の指導者であるシブクディンさん(60)によれば、土地は自分たちのアイデンティティーであると感じ、立ち退きを拒んでいる人もいるという。

「私たちが政府に求めているのは、特別な配慮をしてくれということだけだ」とシブクディンさんは話す。(後略)【3月21日 ロイター】
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“インドネシア当局は土地投機を抑え込むため、土地売買に対する行政上の承認を凍結した。だが同村長によれば、闇取引が行われているという。”【同上】とも。

当面の予定としては、
“2024年上半期には、ヌサンタラが新首都として宣言される。大統領府・官邸を含む主要政府機関は同8月までに移転の準備を整えなければならない。翌年には官僚、警察官、軍当局者1万6000人以上がジャカルタから移動する。現在、建設予定地で働く労働者は7000人以上だが、今年後半にはさらに数千人が追加される見込みだ。”【同上】とのことです。

なお、インドネシアでは2024年2月に大統領選挙が行われ、新しい大統領が選ばれます。(再選は認められていないので、ジョコ大統領は退任します)
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イギリス  悪化する経済 背景にEU離脱 TPP加盟でも穴埋めにならず

2023-07-18 22:25:23 | 欧州情勢

(【1月31日 日経】 最新の数字では「間違いだった」が57%で過去最高 「正しかった」は32%)

【インフレによる生活困窮 “英国民の7人に1人が昨年に貧困のため飢えに直面”】
いろんなものが値上がりしている、あるいは、値段は同じだけど中身が減っている・・・というのは、毎日のように実感しているところですが、先ほどのNHK・クローズアップ現代では、そうした物価上昇への対策として食費を節約した結果、健康を害するような事例が多く出ているという内容を放送していました。

****ルポ 食料品の値上がり 忍び寄る健康への影響****
相次ぐ物価高騰が家計を圧迫しています。ことし5月の消費者物価指数は、去年の同じ月より4.3%上昇し、約42年ぶりの高水準となり、1月から値上げが決まった品目は3万品目を超える見込みです。

一方で、その“しわ寄せ”を大きく受けている人たちがいます。生活困窮者や介護事業者、そして、持病のある人たちです。なんとか食費や電気代を節約しようとする中で、健康に影響が出たり、事業継続に支障が出たりしているのです。 物価高の陰で、いま起きている現実とは-。

活に困る人たちに忍び寄る“健康への影響”
山梨県南アルプス市にあるフードバンク山梨は、寄付で募った食料を生活に困る人たちに無償で提供しています。配るのはレトルトカレーや缶詰などの食料品、マスクや洗剤などの日用品です。

フードバンク山梨では、急速な物価高騰を受けて、ことし3月に「緊急食料支援」を実施し、その影響についてアンケートを行いました。すると、95%が「節約のために食費を削っている」(回答数97のうち)と答え、49%が「食事の回数を減らすことはある」(回答数98のうち)と回答したのです。

さらに、63%が「食事の内容に変化がある」(回答数98のうち)と答え、68世帯が「おかずが減った」、31世帯が「炭水化物だけの食事が増えた」と答えました。

食費にかけられる金額は33%が「月3万円未満」(回答数87のうち)とし、回答者の平均世帯人数の3人にあてはめると1人あたりの食費は1日333円以下でした。

理事長の米山けい子さんは「食事が、量的にも質的にも、非常に悪い状況の方が増えている。食べるものがないという方もかなりいる。健康に影響が出る人も増えてくるのではないか」といいます。

実際、どれだけ健康への影響が広がっているのか。先月、米山さんは「緊急食料支援」の現場で、利用者に聞き取り調査を行いました。すると、食費の節約で栄養が偏り、すでに健康への弊害が出ている人が少なくありませんでした。特に、深刻な影響が出ていたのはシングルマザーたちでした。

1人の子を育てる女性  「カレーの肉を減らしたり、じゃがいもでかさ増しをしたりしている。肉は、これまで1パックを2回使っていたのを3回にしている」

3人の子を育てる女性  「おなかを満たすことを重視して、量は減らさず、質を落としている。肉なしの麻婆豆腐、ご飯と肉を混ぜたハンバーグなどを作っている」
さらに、実際に体調を崩している人もいました。

4人の子を育てる女性  「子どもたちの食事を確保するため、昼ご飯などを減らしていて、かなり体重が落ちた。偏頭痛があったり、栄養不足で爪が欠けてしまったりする」

2人の子どもを育てる女性  「子どもがスポーツをしていてよく食べるので、自分の食事は簡単に済ませてしまう。貧血になり、医師に相談したら“食べないとだめだ”といわれた」

物価高が直撃することしの夏休み。米山さんは「学校給食で栄養バランスのとれた食事をとっていた子どもにとって、非常に厳しい夏になる。おなかを満たすための食事で、偏った栄養バランスになり、子どもたちの発達にも影響を及ぼすのではないかと危惧している」といいます。(後略)【7月18日 NHK】
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5月の物価上昇率が4.3%、それまではより低い数字の日本ですらこういう状況ですから、二桁の物価上昇が続いたイギリスで生活困窮者が出ても不思議ではないでしょう。

最近はようやく一桁にはなったようですが、“食料品や飲料を含む項目の伸び率が18.3%”と、依然として“高止まり”が続いています。

****イギリス消費者物価指数 前年同月比8.7%上昇 高止まり続く****
イギリスの先月の消費者物価指数の伸び率は、前の年の同じ月と比べて8.7%の上昇で前の月と変わらず、高止まりが続いています。

伸び率は2か月連続で10%を下回りました。
イギリス統計局の21日の発表によりますと、自動車燃料などの価格は下落したものの、サービス部門などでの値上がりが続いています。

このため、食料品や飲料を含む項目の伸び率が18.3%となるなど、生活に身近な品目で物価の高止まりが依然として続いています。

また、価格の変動が大きいエネルギーや食品などを除いた物価指数は7.1%の上昇と、1992年3月以来の高い水準となりました。

イギリスの中央銀行、イングランド銀行は12か月連続で利上げしていますが、物価目標の2%を大きく上回るインフレが続いていることから、さらなる利上げを検討することになりそうです。【6月21日 NHK】
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こうした状況で、“英国民の7人に1人に当たる約1130万人が昨年に貧困のため飢えに直面した”という、“先進国”としてはかなりショッキングな報告もなされています。

****飢え直面の英国民、昨年は7人に1人 脆弱な社会保障で=慈善団体****
英国民の7人に1人に当たる約1130万人が昨年に貧困のため飢えに直面したとする調査を、英フードバンク慈善団体トラッセル・トラストが28日公表した。社会保障制度の機能不全と、緩和の兆しが見えない生活費危機が原因とした。

英国の経済規模は世界6位だが、ほぼ全労働者の賃上げ幅がインフレ上昇に追いついておらず、1年以上にわたり圧力にさらされている。

トラッセル・トラストは全英1300カ所でフードバンクを運営し、3月までの1年間に過去最多の300万食を提供。これは前年から37%増加し、5年前の2倍を超える水準だという。

貧困による飢えが増加している背景について、同団体は「新型コロナウイルス禍や生活費危機にとどまらず、社会保障制度の脆弱性を露呈している」と指摘した。

英人口のうちフードバンクなどの配食支援を受けているのは7%だが、飢えに直面している人の71%は配食支援にアクセスした経験を持たないという。【6月28日 ロイター】
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【悪化するイギリス経済 高インフレで不動産バブル崩壊の危機も】
イギリス経済全般も高インフレのもとで、金利引上げからの景気後退という悪化が進行しています。

****イギリスは高インフレで不動産バブル崩壊の危機 国民の7人に1人が飢えに直面したという指摘も****
「英国経済はリセッション入りする」との警戒感
イングランド銀行(英国中央銀行)のアンドリュー・ベイリー総裁は7月9日、「インフレ目標を2%から引き上げる必要性はない」と述べた。

イングランド銀行は、英国のインフレを抑制する取り組みに苦戦している。6月の消費者物価指数(CPI)は8.7%と目標(2%)の4倍を超えており、主要7カ国(G7)で最も高い。

このため、イングランド銀行は6月、予想外の0.5ポイントの利上げを実施し、政策金利を5%に引き上げた。市場関係者の間では「政策金利が6.5%と25年ぶりの高水準にまで引き上げられ、これにより英国経済はリセッション(景気後退)入りする」との警戒感が広がっている。

リセッションを回避する観点から「インフレ目標を3%に変更し、政策金利の引き上げを小幅にとどめる」との提案が出ていた。だが、ベイリー総裁の発言は「目標を変更した場合は中央銀行の信頼性が損なわれる」ことを理由に、それを拒否した形だ。

「強欲インフレ」は政治問題化
ベイリー総裁が6日「一部の小売業者が顧客に対して過剰請求している証拠がある」と述べたように、英国では「強欲インフレ」も問題になっている。資源や穀物などの市況に関係なく、企業がインフレを口実に利益を求めて値上げに走る行為のことだ。

英フードバンク慈善団体「トラッセル・トラスト」が6月28日に公表した調査結果によれば、英国民の7人に1人に当たる約1130万人が昨年、生活費の高騰などが原因で飢えに直面したという。

強欲インフレで槍玉に挙がっている食品企業は「エネルギー高が続く状況下で価格転嫁が十分に出来なかったため、失った利ざやを補うために価格を引き上げている。適正な価格見直しだ」と主張している。しかし、「便乗値上げが横行している」との批判は高まるばかりだ。

すでに強欲インフレは政治問題化しており、競争・市場庁は5月中旬から、食品企業などが価格高騰により不当な利益を享受していないかの調査を実施している。

住宅ローン金利の高騰で、市場も借り手も厳しい状況に
賃上げ幅がインフレ上昇に追いつかず、英国民の生活は危機にさらされている。英国政府が6月30日に発表した統計によれば、インフレ調整後の1人あたり実質可処分所得は第1四半期に0.9%減少した。

さらに貯蓄も、統計を開始した1987年以降で初めて減少した。金利上昇に伴い、家計が住宅ローンの返済を加速したことが主な要因だ。第1四半期の住宅ローンの返済額は52億ポンド(約9500億円)と、四半期ベースで最多となった。

イングランド銀行の利上げによる住宅ローン金利の高騰で、多くの借り手が厳しい状況に追い込まれている。イングランド銀行によれば、今年5月の2年固定の住宅ローン金利は1年前に比べ2.1%上昇して4.73%だった。借り換えを迎える住宅所有者の負担は極めて重い。

利払い負担の増加が足枷となって住宅購入需要が冷え込んだせいで、英国の住宅市場はスランプに陥っている。英住宅金融企業ネーションワイドが6月30日に発表した6月の住宅価格は、前年に比べて3.5%下落。2009年以来の大幅な落ち込みだ。

S&Pグローバルが7月6日に発表した6月の英建設業購買担当者景気指数(PMI)は48.9と5カ月ぶりの低水準となった。中でも住宅建設は極度の不振に陥っており、過去14年余り(新型コロナの流行初期の2カ月間を除く)で最大の落ち込みを記録した。

住宅市場の不調は金融機関の経営にも悪影響を及ぼしている。住宅ローン需要が減少する中、金融機関は少ないパイを奪い合う状況だ。預金金利が上昇しているにもかかわらず、顧客に対して競争力のある低い金利を提供せざるを得ない。

商業用不動産市場の大幅な悪化…住宅市場以上の問題か
業績悪化につながる可能性が懸念されている英金融機関にとって、政府の介入も頭痛の種になっている。英国政府が6月23日に発表した、住宅ローンの返済支援策 だ。

最初の支払い滞納から1年間は担保物件の差し押さえを猶予したり、固定金利の契約期間が終わっても最大6カ月間は同じ条件で継続できたりする内容だが、金融機関の業績に下押し圧力がかかることは間違いない。

住宅市場以上に問題を抱えているのは、商業用不動産市場だろう。住宅に比べて借入比率が高い商業用不動産市場は、金利上昇によって大幅な悪化にあえいでいる。新型コロナのパンデミック以降、在宅勤務が定着したことも災いした。

「欧州の商業用不動産の価値は今後40%下落するリスクがある」という恐ろしい予測(5月11日付ZeroHedge)が出ている現在、筆者は「英国の商業用不動産が最も大きな打撃を受けるのではないか」と危惧している。(中略)英国の大都市のオフィス需要が急速に冷え込んでいるからだ。

過去を振り返れば、不動産バブル崩壊後に金融危機が起きたケースが多い。インフレに苦しむ英国が金融危機を起こさないことを祈るばかりだ。【7月14日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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【英経済悪化をもたらしたEU離脱 「EU離脱は間違いだった」57%で過去最高】
こうした経済不調の理由としてあげられているのがEU離脱の悪影響です。

****英国、EU離脱が失敗 欧州の病人に****
【経済着眼】保守党政権の支持率低迷 来年の総選挙で政権交代が濃厚

英国ではスナク政権の支持率は一時、13%まで落ち込んだが、足許でも2割台に低迷している。保守党の支持率も野党労働党に25ポイントの大幅リードを許している。  言うまでもなく、景気の低迷、記録的なインフレの高進などの経済悪化から一般国民が「生計費危機」(Cost of Living Crisis)に陥っているためだ。(中略)

欧米諸国の中でも英国のインフレがもっとも高水準に達してその後も高止まりするとみられる理由は諸説あるようだ。もっとも一般的なのは、先行きの不透明性が強くて新規設備投資が沈滞しているため、いわゆる生産性が低下を続けていることだ。  そのうえ公共部門やサービス業を中心に労働需給が逼迫していて、その生産性を上回る賃金上昇が続き物価を押し上げている、との見立てだ。  

この根本的な原因は2016年に国民投票でEU離脱を決めて2020年2月に正式に離脱したことに求められる。  シェアが5割を越える最大の貿易相手であるEUとの貿易は、有識者が懸念したように減少をたどった。

もちろん、英国はEUと離脱後も自由貿易協定(FTA)を締結してEUの一員であったときと同じく関税はかからない。  しかし、原産地規則で日本の自動車メーカーが日本から輸入した自動車部品を使って英国の工場で組み立てた場合、日本からの部品輸入比率が大きければ場合によっては10%程度の関税がかかる。  ホンダ、フォードなど日本や米国の自動車メーカーが英国を去っていったのもやむなしであろう。

ブレグジット後の先行き不安から製造業、非製造業を問わず、大胆な新規投資意欲もしぼんでしまい、生産性の低下に拍車をかけた。  また関税を逃れられたとしても通関手続きに多くの手間と時間を掛けねばならない。EUから新鮮な果物、野菜を輸入するような場合、鮮度が落ちて輸入が事実上止まってしまうことも起きている。  

金融街シティーの競争力はEU離脱後も大きく落ちないと楽観する声が当初は多かった。しかし、証券取引ではパリ、アムステルダム証券取引所の急成長でロンドンの地盤低下は明らかになっている。  

ブレグジット求める人々がもっとも大きく主張したのは、ポーランド、ハンガリーなど東欧諸国を中心とした移民が増え続けてイギリス人の雇用機会を奪ってしまう、だから労働力の自由な移動を前提とするEUから抜け出して移民をシャットアウトしてしまえ、との声であった。  

確かにその通りになって、多くの東欧諸国の移民は帰国してしまい、母国で就労機会を得た。  その代わりに東欧からの移民が務めていたNHS(国民健康保険サービス)の看護士やケアマネージャーなどの穴が埋まらなくなった。移民が多かったトラックの運転手など輸送部門の人員不足も埋まらない。  ロンドンのホテルのフロントで数多く見かけた勤勉なコンシェルジュやボーイなども多くは東欧から来た移民であった。  

人手不足で公共部門やサービス業の賃金が上昇して、それがさらに物価を押し上げるという悪循環に陥っている。イングランド銀行が心配しているのはこのような賃金=物価の悪循環がさらに強まることである。FRBと違ってイングランド銀行に利下げ観測が全く出てこない。 (後略)【6月5日 俵一郎氏 (国際金融専門家) NewsSocra】
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“2016年の国民投票で「離脱」賛成を投じた人たちもその行動を悔いるようになった、ということだ。経済の低迷、物価の上昇を目のあたりにして「ブレグジットを通じて英国が貧しくなってしまった」と体感するようになった人が増えたためだ。【同上】

****「ブレグジットは間違い」の割合57%、過去最高を更新=ユーガブ****
英調査会社ユーガブが今月実施した調査によると、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)は「間違いだった」と考えている人の割合が57%となり過去最高を更新した。「正しかった」は32%だった。ユーガブが18日に調査結果を発表した。

EU再加盟の是非を問う国民投票が今、実施された場合にどうするかを尋ねたところ、再加盟を「支持する」としたのは55%と半数を超え、「支持しない」は31%だった。2021年1月に行った調査は「支持する」が49%、「支持しない」が37%で、今回は再加盟支持がやや増えた。

ブレグジットの現時点での受け止め方については、「どちらかと言えば失敗だった」と捉えている人は63%、「どちらかと言えば成功だった」は12%、「どちらでもない」は18%だった。

調査は2000人余りを対象に実施した。【7月18日 ロイター】
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【TPP加盟でも、EU離脱の穴埋めならず】
イギリスは16日、環太平洋経済連携協定(TPP)に正式加盟しました。スナク政権はEU離脱後の外交構想「グローバル・ブリテン」の中でインド太平洋地域への関与拡大を掲げてきた成果と強調していますが、EU離脱による経済的な損失を埋め合わせるには不十分との見方がもっぱらです。

****英、EU離脱の成果誇示 TPP加入、経済効果に疑問も*****
(中略)「EU離脱後の自由がもたらす真の経済的利益だ」。TPP参加国による3月31日の合意後、スナク英首相は声明を発表し、EU離脱が無ければTPP加入は実現しなかったと訴えた。

2年弱の交渉を経て巨大経済圏に加わることで「英国は今や世界経済において新たな雇用や成長、革新のチャンスをつかむ絶好の位置に就けた」と強調した。

英政府によると、世界6位の経済規模を持つ英国がTPPに入れば、参加国の国内総生産(GDP)の合計は世界全体の12%から15%に高まる

英国にとっては食品や自動車など物品の輸出関税が減免されるほか、金融関連などサービス部門の市場拡大にもつながると期待されている。

ただ、TPP加入が英国経済に与える効果は限定的との見方もある。英国はブルネイとマレーシアを除く全てのTPP参加国と自由貿易協定を締結済みで、英政府の試算では10年後のGDP押し上げ効果はわずか0.08%にすぎない。

一方、予算責任局(OBR)によると、EU離脱は英国のGDPを長期的に4%程度押し下げる見通しだ。欧州国際政治経済研究所のデビッド・ヘニグ氏は「政府の宣伝は過剰だ」とし、EUとの関係改善の方が「はるかにメリットが大きい」と指摘している。【4月3日 時事】
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ロシア  ウクライナ産の穀物輸出に関する合意を停止 「全約束満たされれば直ちに戻る」とも

2023-07-17 22:17:01 | ロシア

(小麦や植物油などの食料価格の高騰が一服し、世界的な食料不安は解消されるかにみえる。確かにロシアのウクライナ侵攻直後に比べると食料価格は2割以上も下落したが、国際的な食料支援を必要とする途上国はなお45カ国に上る。食料高騰で貿易赤字が拡大し、それが自国通貨安を招いて輸入や供給がさらに細る食料不安の「負のスパイラル」が広がっている。【7月14日 日経】)

【ロシア「合意」停止 「全約束満たされれば直ちに戻る」とも】
懸念されていたウクライナからの穀物輸出合意延長に対するロシアの反対姿勢が、17日の期限を迎えて表面化しています。

****露、穀物輸出合意の参加停止 長期化なら価格高騰・食料危機恐れ****
ロシアのペスコフ大統領報道官は17日、同日期限切れとなったウクライナ産の穀物輸出に関する合意について「無効となった」と述べた。ただ、ロシア産肥料の輸出などに関する条件が満たされれば「すぐに戻る」とも強調した。

合意の停止が長期化すれば、再び食料価格の高騰を招き、特に中東・アフリカ地域では食料危機につながる恐れがある。

 ◇「全約束満たされれば直ちに戻る」
ウクライナは世界有数の穀倉地帯を持ち、昨年2月のロシアによる侵攻によって穀物輸出が中断した際には、世界の食料価格が記録的な高値に押し上げられた。そのため、ロシアとウクライナ、仲介役の国連、トルコの4者が昨年7月、安全な輸送に協力することで合意を結んだ。

しかし、ロシアはウクライナ産穀物輸出の再開容認の見返りとして、国連と自国産肥料などの輸出正常化に関する覚書を交わしたが、この覚書の内容が履行されていないと継続して不満を示していた。

欧米の経済制裁はロシア産の穀物や肥料の輸出を対象にしてはいないが、制裁によって国際決済システム「国際銀行間通信協会(SWIFT)」から締め出されていることなどが、ロシア産品の輸出を妨げているというのがロシア側の主張だ。

これに対し、国連のグテレス事務総長が先週、プーチン露大統領に宛てた書簡を通じて「(国営の)ロシア農業銀行を通じた金融取引に影響する障害を取り除く」などの意向を伝えていた。

ロイター通信によると、プーチン大統領は先週、「われわれは合意への参加を保留することができる。その上で、(国連などによる)約束が全て果たされるなら直ちに合意に戻るだろう」と述べていた。

ロシア政府は17日、ロシア本土とクリミア半島を結ぶ「クリミア大橋」がウクライナの特殊部隊による「テロ攻撃」を受けたと発表したが、ペスコフ氏は合意への参加停止とこの事件とは無関係で、「攻撃の前にプーチン大統領は停止を宣言していた」と強調した。

これまで合意は複数回にわたって延長されたが、今年5月に期限を迎えた際も、ロシアは直前まで延長に難色を示していた。

ロイター通信によると、米国の市場では既に小麦価格の上昇傾向が出ているという。【7月17日 毎日】
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【ウクライナからの穀物輸出停止は約7億3500万人が飢餓に直面している現状を更に悪化させる】
このところの食料品価格は一時の高値水準から反落する動きをみせていました。

****世界食料価格、6月も低下 昨年3月の過去最高を23.4%下回る****
国連食糧機関(FAO)が7日発表した6月の世界の食料価格指数は平均122.3ポイントで2021年4月以来、2年余りぶりの低水準となった。砂糖、植物油、穀物、乳製品の価格が下落した。

5月の124.0(124.3から下方改定)から低下した。ロシアのウクライナ侵攻後の2022年3月に記録した過去最高からは23.4%低下したことになる。

穀物価格指数は前月比2.1%低下。トウモロコシ、大麦、ソルガム、小麦、コメが軒並み値下がりした。

植物油価格指数は前月比2.4%低下し20年11月以来の低水準。パーム油とヒマワリ油の下落が、大豆油と菜種油の上昇を帳消しにした。

砂糖価格指数は前月比3.2%低下。5カ月ぶりの低下となった。乳製品価格指数は前月比0.8%低下。食肉価格指数はほぼ横ばいだった。

FAOは穀物需給に関する別の報告書で、今年の世界の穀物生産量予想を前年比1.1%増の28億1900万トンとし、先月の予測から若干上方修正した。世界の小麦生産の見通し改善が主因で、小麦生産量予想は0.9%引き上げられ7億8330万トンとなった。【7月7日 ロイター】
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しかし、世界の飢餓・栄養不良がコロナ禍以前より悪化して、約7億3500万人が飢餓に直面しているという現実があります。

ウクライナからの穀物輸出が停止すれば、穀物価格が再び高騰し、この状況は更に悪化します。

****SDGs「飢餓をゼロに」の達成は困難か。コロナ禍前の2019年以来、新たに1億2200万人が飢餓に直面****
国連児童基金(ユニセフ)、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)は7月14日、「世界の食料安全保障と栄養の現状」報告書を共同で発表した。

報告書によると、2022年には約7億3500万人が飢餓に直面。新型コロナウイルスの感染拡大や気候変動、ウクライナでの戦争などが影響し、2019年以降、世界で新たに1億2200万人が飢餓に直面しているという。

飢餓の状況は地域によって様相が異なるようだ。アジアとラテンアメリカでは飢餓は減少傾向だが、西アジア、カリブ海地域、アフリカの全地域で飢餓人口は増加。特にアフリカでは世界平均の2倍以上にあたる5人に1人が飢餓に直面しており、「世界最悪の状況にあります」と報告書は警鐘を鳴らした。

さらに、依然として5歳未満児の多くが栄養不良の状態だという指摘も。2022年には、5歳児の22.3%にあたる1億4800万人が発育阻害、 4500万人(6.8%)が消耗症、3700万人(5.6%)が過体重だった。(中略)

報告書に携わった国連5機関の長は、報告書で以下のようなコメントを寄せた。
「2030年までに飢餓をゼロにするというSDGsの目標達成が困難であるのは、間違いありません。実際、2030年にもまだ6億人近くの人々が飢餓に直面していると見込まれています。食料不安と栄養不良をもたらす主な要因は、私たちの “ニューノーマル”となっており、私たちには、農業食料システムを変革し、SDGsの目標2『飢餓をゼロに』のターゲット達成に向けてそれらを活用するという努力を倍加させる以外に選択肢はないのです」

また、ユニセフ事務局長キャサリン・ラッセル氏は、子どもたちが直面している現状に警鐘を鳴らした。(後略)【7月16日 HUFFPOST】
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【特に深刻な影響が懸念される東アフリカ】
上記記事にもあるようにアフリカは「世界最悪の状況」にありますが、特に「アフリカの角」と呼ばれる東アフリカ(エチオピアやソマリアなど)は深刻な食糧不足に直面しています。

ウクライナからの穀物輸出停止はこの飢餓地帯を直撃し、数千万人が飢えに直面する恐れがあると警告されています。

****ロシアが穀物協定離脱なら「アフリカの角」直撃=WFP****
食料支援を担う国連世界食糧計画(WFP)のシニア・エマージェンシー・オフィサー(SEO)、ドミニク・フェレッティ氏は26日、ロシアが黒海を通じた穀物の輸出協定から離脱すれば「アフリカの角」と呼ぶアフリカ東部地域が直撃を受け、食品価格が再び高騰して数千万人が飢えに直面する恐れがあると警告した。(中略)

フェレッティ氏はジュネーブの会見で、「協定が更新されなければ東アフリカは非常に大きな打撃を受けるだろう」と指摘。「多くの国々がウクライナ産小麦に依存しており、それが入手できなければ食料価格は大幅に上昇するだろう」と述べた。

WFPは可能な限り多くの食料を事前に確保しようとしており、もし協定が破棄されれば供給元を変更せざるを得なくなるという。

ソマリア、スーダン、ジブチ、エリトリアなどアフリカの角と呼ぶアフリカの東部諸国は、今年は干ばつを免れ、飢饉を回避した。しかし支援団体の関係者によると東部7カ国で約6000万人が依然として食料難に陥っている。【6月27日 ロイター】
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“アフリカの角と呼ぶアフリカの東部諸国は、今年は干ばつを免れ、飢饉を回避した。”という話は初耳です。
この地域は数年来の干ばつに苦しんでいるとも報じられていました。

****子ども500万人食料難に エチオピア、干ばつ被害****
アフリカ東部が過去数十年で最悪の干ばつ被害に見舞われている。

国連児童基金(ユニセフ)エチオピア事務所の篭嶋真理子副代表が4日までに東京都内で共同通信のインタビューに応じ、エチオピアだけで500万人以上の子どもが食料難に直面していると明らかにした。

「温室効果ガスをほとんど排出しない地域で今、気候変動により子どもが亡くなりかけている」と述べ、国際社会に早急な対応を訴えた。

干ばつは気候変動が一因とみられ、3年ほど前、隣国ソマリアとケニアを合わせた3カ国で始まった。農地が枯れ、住民の貴重な財産である多数の家畜も死んだ。今年に入り降雨が確認されたものの、十分なかんがい施設はなく一部地域で洪水が発生。コレラなどの感染症も流行している。

篭嶋さんによると、人口約1億2千万人のエチオピアでは、70万人ほどの乳幼児が重度の急性栄養失調の危機にさらされている。「家族が生き延びるため、幼い娘を結婚させるケースが増えている」と指摘。10歳ぐらいで児童婚を強いられる少女もいるという。【7月4日 共同】
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“豪雨で川が氾濫、20万人退避 ソマリア”【5月14日 AFP】といったニュースもありましたので、干ばつは一定に緩和したのでしょうか。

ただ、いずれにしても深刻な食糧事情にあって、ウクライナ産小麦の高騰は致命的な打撃となることに変わりはないでしょう。

【プーチン大統領「だまされた」 農業銀のSWIFT接続を求める】
でもって、「合意」の話です。
ロシア産の穀物・肥料輸出をめぐる環境が全く改善されておらず、ロシアは合意の恩恵を受けていないというロシア側の主張は以前からのもので、これまでの延長に際してもロシア側は合意停止をちらつかせていました。

プーチン大統領は「だまされた」との表現で、強い不満を露わにしていました。

****ロシア、黒海穀物合意から離脱を検討 プーチン氏「だまされた」****
ロシアのプーチン大統領は13日、黒海経由の穀物輸出合意(黒海イニシアティブ)からの離脱を検討していると明らかにした。西側諸国はロシアの農産物を世界市場に供給するという約束を何一つ履行していないとし、「だまされた」と非難した。

黒海イニシアティブはロシアのウクライナ侵攻で悪化した世界的な食料危機に対処する措置で、国連とトルコが仲介して昨年7月にまとまった。ウクライナ産穀物の海上輸送再開を可能にするものだが、ロシアの農産物や肥料の輸出を支援する期間3年の協定も同時に締結された。

しかし、プーチン氏は西側諸国が不誠実で約束が守られていないと指摘。ロシアの戦場記者や軍事ブロガーとの会合で「残念ながら、まただまされた」と述べ、合意離脱を検討していることを明らかにした。

ロシアの食料・肥料輸出は制裁の対象になっていないものの、ロシア政府や主要な穀物・肥料輸出企業は支払いや物流、保険に関する西側の制限措置が出荷の障害になっているとしている。

国連のステファン・ドゥジャリク報道官は13日、ロシアの輸出円滑化に向けた国連の取り組みに幾分の進展があったとした上で、複数の障害が残っていると述べた。

米国は世界の食料供給を脅かすとしてロシアに合意から離脱しないよう求めた。

プーチン氏は世界の最貧国に無償で穀物を供給する用意があるとし、近々ロシアを訪問するアフリカの指導者らと協議する方針を示した。

穀物合意の現状について「アフリカ諸国にはほとんど何も供給されていない。ロシアは何度も延長に合意しているが、その見返りは何もない」と不満をあらわにした。(後略)【6月14日 ロイター】
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上記記事の「アフリカ諸国にはほとんど何も供給されていない」というロシア主張は、“(ロシア)外務省は声明で、黒海イニシアティブを通して食料が十分にある国にウクライナ産穀物が供給されたが、アフリカ、アジア、中南米の食料を最も必要としている国々には届いていないと指摘。最も貧しい5カ国(エチオピア、イエメン、アフガニスタン、スーダン、ソマリア)には協定の下で輸出された穀物の2.6%しか供給されていないとしたほか、ロシア産の穀物と肥料の輸出は悪化の一途をたどっているとの認識も示した。”【7月5日 ロイター】というのものです。

国営のロシア農業銀行を国際送金・決済システムのSWIFT(国際銀行間通信協会)に再接続するようにロシアが求めている件では、代替案も検討はされていますが、ロシア側は否定的です。

****ロシア、黒海穀物合意延長「根拠ない」 農業銀のSWIFT接続要請****
ロシア外務省は4日、国連などが仲介している黒海経由の穀物輸出合意(黒海イニシアティブ)について、延長する根拠がないとの見解を示し、7月17日の期限切れ前に対象となる全ての船舶が黒海の海域から出られるようあらゆる手段を尽くしていると表明した。

同時に、国営のロシア農業銀行を国際送金・決済システムのSWIFT(国際銀行間通信協会)に再接続するよう改めて要請。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が3日、ロシア農業銀行が子会社を創設して国際金融ネットワークに再接続することを認める案について欧州連合(EU)が検討していると報じたが、このような妥協案は受け入れられないとの立場を示した。

ロシアは5月半ばに同イニシアティブの延長に合意したが、延長期間は2カ月にとどまり、その後も繰り返し延長の根拠はないとの立場を示していた。(中略)

これとは別に外務省のマリア・ザハロワ報道官は、FTの報道について、新組織を立ち上げるには何カ月もかかるうえ、SWIFT接続にさらに3カ月かかるとして、こうした案は「意図的に実行不可能」との見方を示した。

ザハロワ氏は、ロシア農業銀行とJPモルガンとの間に代替決済チャネル設置する国連の案も否定。「SWIFTに代わるものは存在しない」と述べた。(中略)

国連はロシアの肥料輸出を促進する方法について引き続き取り組んでいるとした。【7月5日 ロイター】
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【影響が拡大すればロシアの外交戦略にも打撃 注目される“落としどころ”】
アメリカはロシアの対応を牽制していました.。
“アメリカのサリバン大統領補佐官は16日、「ロシアが撤退すれば、世界の国々はロシアは背を向けたというだろう」、「それはロシアにとって今後とてつもなく大きな外交的損失になる」とけん制しました。その上で「アメリカはウクライナと緊密に連携し、いかなる事態にも備えている」と強調しました。”【7月17日 TBSNEWSDIG】

アメリカの言うように、このまま停止が長期化してその影響が拡大すると、ロシアは「悪者」「犯人」として非難を浴びるリスクもあって、どこで、どんな形で妥協するのか注目されます。

****「穀物合意」離脱 ロシアにもリスク 非欧米諸国と関係悪化も****
ロシアがウクライナ産穀物を黒海経由で輸出する手続きを定めた「穀物合意」からの一時離脱を表明したことは世界の食料事情を悪化させる恐れが強い。

一方、合意離脱はロシアにとっても、合意維持を求めてきた途上国などからの支持の低下といったリスクをはらんでいる。ロシアは合意復帰をちらつかせて自身の要求を認めさせる構えだが、国際社会がロシアの揺さぶりに屈する保証はなく、ロシアの「瀬戸際戦術」が成就するかは不透明だ。

小麦の国際指標である米シカゴ商品取引所の小麦先物価格は、ウクライナ侵略開始後の2022年3月、1ブッシェル(約27キロ)=10ドルを突破。ただ、同年7月の穀物合意の成立などで同年秋以降は下落傾向が続き、最近は1ブッシェル=6ドル台で推移していた。タス通信によると、ロシアの合意離脱を受け、シカゴ取引所の小麦先物価格は3%超上昇した。

ウクライナは世界有数の穀物輸出大国で、国連によると、合意によりトウモロコシ1700万トン、小麦900万トンなど計約3300万トンがアフリカやアジア、欧州、中東などの40カ国以上に輸出された。国連は合意で穀物価格を23%下落させられたと評価している。

合意の失効後も、ウクライナとトルコ・国連はロシア抜きでの輸出継続を模索するとみられる。ただ、運搬船が露軍の妨害を受ける恐れもあり、輸出が継続できるかは不透明だ。

一方、ウクライナ侵略で欧米と敵対したロシアはアフリカや中東など非欧米諸国との関係を強化し、制裁の打撃や国際的孤立を回避しようとしてきた。合意の失効で各国の食料事情が悪化すれば、ロシアの外交戦略にも一定の打撃となる。

ロシアは今月下旬、19年に続き2回目となる「ロシア・アフリカ首脳会議」の開催を露北西部サンクトペテルブルクで予定している。ロシアはアフリカとの連携を強める思惑だが、合意を失効させたことで首脳会議にも水を差した形となった。

ロシアは従来、合意から離脱した場合でもアフリカなどに無償で食料を供給すると説明。だが、制裁下にあるロシアにそれがどこまで可能かは疑問が残る。【7月17日 産経】
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アメリカ  「安全保障」をも「政争の具」とする「文化戦争」 多様化を受け入れられない白人の怒り

2023-07-16 23:08:32 | アメリカ

(【2022年10月12日 東洋経済ONLINE】)

【安全保障問題も「政争の具」へ 共和党、「中絶」のために「安全保障」を人質に】
アメリカにおける「文化戦争」については、4月29日ブログ“アメリカ LGBTQをめぐる「文化戦争」”でも取り上げたように、LGBTQのほか、妊娠中絶、銃規制などをめぐって激しさを増し、攻撃的にもなっています。

****文化戦争****
文化戦争とは、伝統主義者・保守主義者と進歩主義者・自由主義者の間における、価値観の衝突である。アメリカ合衆国では1990年代以降、公立学校の歴史および科学のカリキュラムをめぐる議論など多くの問題に、文化戦争が影響している。

アメリカ合衆国の政治に「文化戦争」という表現が使われるようになったのは、1991年にジェームズ・デイビッド・ハンターの『文化戦争: アメリカを定義するための争い』(Culture Wars: The Struggle to Define America)が出版されたことがきっかけだった。

ハンターはこの本で、妊娠中絶、銃規制、地球温暖化、移民、政教分離、プライバシー、娯楽薬、同性愛、検閲などの問題をめぐり、アメリカ合衆国の政治と文化が分裂し、再編され、劇的に変容していると論じた。【ウィキペディア】
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民主・共和の二大政党が対立するアメリカでも従来は国防・安全保障については超党派の合意が成立しましたが、今は人工妊娠中絶をめぐって、共和党が軍の人事や国防予算を「人質」にとって政府を揺さぶるような状況ともなっています。

共和党議員は人工妊娠中絶を望む女性兵士らへの支援策の撤回を要求、これを拒否する国防総省との対立によって、米軍海兵隊トップ不在の異例の事態になっています。また、同じ理由で265人の人事の滞留し、更に今後増加するとも。

****米軍海兵隊トップが164年ぶり異例の不在に…中絶めぐり対立****
7月10日、米軍海兵隊約18万人を指揮するデービッド・バーガー司令官の退任式が首都・ワシントンで行われた。
司令官としての4年の任期を迎えたためだ。 バーガー氏の退任に伴い司令官代理としてエリック・スミス司令官補が職務を引き継ぐことになるが、司令官は不在に。

米軍海兵隊トップである司令官の不在は、当時の司令官が死去した1859年以来164年ぶりで、歴史上、異例の事態となる。

司令官不在の理由
バイデン大統領は6月、司令官代理のスミス氏を海兵隊の第39代司令官に指名し、それを承認するための連邦議会上院の公聴会が行われた。

しかし、アラバマ州選出の上院議員トミー・タバビル氏(共和党)は、中絶の合憲性を認めない連邦最高裁判決があるにも関わらず、国防総省が軍人の中絶を保証していると主張。海兵隊司令官の承認を保留した。

タバビル氏は、国防総省が中絶が認められた州に行く必要がある軍人に休暇と旅費を支給する政策を廃止しない限り、譲らないとしている。

今後は、どうなるのか。
仮にこのまま承認されなかった場合、スミス氏が司令官補を兼務しながら司令官代理として職務を続けることになる。しかし国防総省では、同様の理由で265人の人事の承認が滞っているほか、年末までにさらに650人が追加され、全体の約9割に影響が及ぶ可能性があるとしている。

国防総省は、退職を遅らせるなどの対応措置を講じているとしているが、ロシアや中国との緊張が高まる中、前例のない事態と向き合い続けることになる。【7月11日 FNNプライムオンライン】
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この事態に軍幹部からは、若手の人材が軍を離れることを懸念する声も出ています。

****米軍人事、中絶問題巡り滞留 次期制服組トップ「人材失う」懸念****
米軍制服組トップの統合参謀本部議長に指名されたブラウン空軍参謀総長は11日、上院軍事委員会の公聴会で、共和党のタバービル上院議員(南部アラバマ州選出)の妨害で米軍幹部の人事承認が滞っていることについて「有能な人材を失うことになる」と警鐘を鳴らした。

タバービル氏は人工妊娠中絶を望む女性兵士らへの支援策の撤回を要求しているが、国防総省は拒否。250人以上の人事が滞留し、異動対象の家族の引っ越しや退官希望者の離任の先延ばしなどの悪影響が広がっている。

ブラウン氏は、自身の人事承認を巡る11日の公聴会で、人事の停滞に関して「幹部だけでなく、若手の士官にも玉突きで影響が及び、家族の学校、仕事、住宅をどうするかという問題も出ている」と指摘。

「現状を見て『こんな試練に将来遭うくらいなら、家族と昇進のどちらをとるか考えないといけない』と思う若い士官が増えている。また、軍人の配偶者のネットワークは強固で、情報交換をしている。軍にいつまで残るかについて、家族の意見は大きい」と述べ、若手の人材が軍を離れることを危惧した。(中略)

米軍幹部の人事は、大統領の指名と上院の承認が必要になる。軍の人事は通常は党派性がないため、上院が投票を経ずに全会一致で迅速に承認する例が多いが、議員が一人でも反対すれば投票が必要になる。

人事を1件ずつ承認する手段もあるが、時間がかかりすぎて現実的ではない。ブラウン氏自身の人事も、現職のミリー統合参謀本部議長の任期(9月末)中に承認手続きが終わるかどうかは不透明だ。海兵隊では10日、バーガー前司令官が退任したが、後任のスミス氏が未承認のため、司令官代行として率いる事態になった。

国防総省によると、このまま人事が停滞すれば、年内に承認待ちの人事が650件を超える可能性がある。【7月12日 毎日】
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対立は国防予算にも。米下院で共和党は、中絶を希望する女性兵士への旅費援助を禁じる共和党修正案を加えた形で国防予算の大枠を決める国防権限法案を可決。今後、上院との調整が行われます。

****「中絶反対」軍にも影響=共和、予算・人事で揺さぶり―米****
米野党・共和党が、人工妊娠中絶の権利を擁護するバイデン政権の施策に反対し、軍の人事や予算面で揺さぶりをかけている。

上院では承認が滞り、軍の幹部人事が決まらない状況が続く。伝統的に超党派で合意してきた安全保障問題を「政争の具」へと変えた形で、与党・民主党は頭を抱えている。

事の発端は、中絶の憲法上の権利を否定した昨年の連邦最高裁判決だ。中絶の規制権限は各州に委ねられ、中絶を事実上禁止する州も出始めた。国防総省は女性兵士の権利を確保するため、他州で中絶手術を受ける場合に旅費を補助する制度を導入した。(中略)

下院では14日、中絶を希望する女性兵士への旅費援助を禁じる共和党修正案を加えた形で、国防予算の大枠を決める国防権限法案が可決された。

少数派の民主党は、修正案を「過激で無謀」(ジェフリーズ院内総務)と非難。ほぼ全ての民主党議員が反対票を投じた。民主党が多数派の上院も独自の法案を準備しており、下院案がそのまま成立することは考えにくい。

ただ、中国やロシアとの対抗がますます重みを増す中、軍の活動を停滞させれば民主党は政権与党としての責任を問われるジレンマも抱える。

安全保障を「人質」に取る共和党に対し、バイデン大統領は「全く無責任だ」と怒り心頭だ。2024年大統領選や同時に行われる議会選に向けて共和党側は対決姿勢を強める一方とみられ、事態の打開は容易ではない。【7月15日 時事】 
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【「political correctness」を掲げるリベラル vs.「political correctness」に不満を持つ保守層の戦い】
4月29日ブログでも取り上げた、広告にトランスジェンダー女性を起用した人気ビール「バドライト」への保守派からの攻撃は今も続いているとのこと。

****全米の保守層が怒り爆発。人気ビール「バドライト」が売上激減のワケ****
分裂する米国社会と、Social Network時代のマーケティング
(中略)
ことの発端は、「全米で最も売れているビール」として知られていたBud Lightの広告に、1000万人のフォロワーを持つ、Dylan Mulvaneyを採用したことでした。

Dylan Mulvaneyは、2019年に大学を卒業してから俳優・コメディアンとしてのキャリアをスタートしましたが、新型コロナの影響で仕事を失い、それをきっかけにTikTokでトランスジェンダー(生まれは男性、心は女性)としての自分を正直に語ることにより、爆発的な人気を得ることに成功しました。

去年の10月にはバイデン大統領と面談し、そこでの保守層を批判する会話が、極右勢力を刺激し、彼らは執拗に彼女をソーシャルメディアで攻撃するようになっていました。

その後、彼女は12月には、顔を女性らしくする手術を受け、今年の2月にはグラミー賞に招待されるなど、メディアの注目も集めていました。

そんな彼女を、Anheuser-BuschがBud Lightの宣伝に起用したのが、今年の4月です。Anheuser-Buschとしては、彼女が持つ1000万人のフォロワーにリーチするためだったのでしょうが、それが全米の保守層の怒りを買うことになりました。

Bud Lightを殺傷能力が高いことで知られるAK-15という銃で打つ姿をTikTokで公開する人、Wallmartの棚に陳列されたBud Lightにイタズラをする様子をTwitterで呟く人など、爆発的な勢いで、Bud Lightに対するネガティブ・キャンペーンが繰り広げられることになってしまったのです。

通常、この手の「嵐」は1、2週間過ぎれば落ち着くものですが、それは7月の今でも続いており、Bud Lightの売り上げは30%落ち、「全米で最も売れているビール」のタイトルを失うことになってしまったのです。

結果として、Anheuser-Buschの株価も大幅に下がり、株価総額で$25billion(3兆円強)が失われたことになります。Bud Lightが被ったブランド・イメージの毀損は、いくら広告費をかけても取り戻せないぐらい深いものになってしまったと言えます。
日本に暮らしている人には理解しにくい現象だと思いますが、その背景には、米国社会にある大きな分断があります。

日本にも伝わっている、「性的マイノリティを差別してはいけない  人種差別をしてはいけない  難民を受け入れるのは先進国の役割  地球温暖化を止めるためには、EVシフトも含めて積極的にライフスタイルを変えるべき  セクハラ・パワハラをする人を許してはならない」などの、いわゆる米国の「political correctness」は、実際には、西海岸・東海岸に暮らす、学歴が高くて恵まれた生活を送っているリベラル層の意見でしかありません。

しかし、それらは「正論」であるが故に、メディアにも多く取り上げられるし、あたかも「米国の大半の人がそう考えている」ようなイメージが作られ、反対意見を声高に語りにくい風潮が作られてしまっています。

結果として、保守層の人々は、彼らの意見が「封じ込まれている」と感じているし、「メディアはリベラル層によって操られている」と感じているのです。

今回は、そんな彼らの不満の捌け口として、Bud Lightへの攻撃が起こってしまったのです。してはいけないとされている、性的マイノリティに対する差別発言の代わりに、トランスジェンダーの俳優を広告に起用したBud Lightへの不買運動が起こったのです。(中略)

ちなみに、2016年の大統領選に勝って45人目の米国の大統領になった、ドナルド・トランプ氏は、まさにこの「リベラル層のpolitical correctnessに虐げられていると感じている保守層」の心を上手に掴むことにより選挙に勝つことに成功しました。

「メキシコとの国境に壁を作るべき」「移民は追い出すべき」「地球温暖化など起こっていない」など、リベラルなエリートから見れば「トンデモ発言」を繰り返す「泡沫候補」だったはずのトランプ氏が、大方の予想を裏切って共和党員による予備選に勝ち、実際の大統領選でも、Facebookを活用したフェイクニュースにより大きなダメージを受けたヒラリー・クリントン氏に勝ってしまったのです。

トランプ氏が過去に行ったセクハラ発言のビデオなどが公開されても、彼の支持率には全く影響を与えなかった理由は、ここにあります。

2024年の各党の候補が誰になるかはまだ決まっていませんが(「現職のバイデン氏 vs.返り咲きを目指すトランプ氏」になる可能性が高いと言われています)、結局は、「political correctness」を掲げるリベラル vs.「political correctness」に不満を持つ保守層の戦い、になることが目に見えています。【7月13日 中島聡氏 MAG2NEWS】
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【社会の多様化を受け入れられない白人の怒りが、南北戦争以来の二極化に拍車をかける】
「political correctness」に不満を持つ保守層の中核に、社会の多様化を受け入れられない白人の怒りがあります。

そうした「分断」の背景に、白人の減少という人口動態の変化、中道・画一的・穏健な番組から多様な視聴者のイデオロギーに合わせて政治色を明確にしたメディアの変化、穏健派が消えた二大政党といったものが指摘されています。

****南北戦争以来の分断...アメリカの二極化、背景にある「3つの原因」と「日本への影響」****
<社会の多様化を受け入れられない白人の怒りが、南北戦争以来の二極化に拍車をかけるリスク。本誌「『次のウクライナ』を読む 世界の火薬庫」特集より>

かつてアメリカを訪れた人は、多種多様な人が混在するにもかかわらず、崇高な理念の下にまとまりが保たれている社会に感嘆したものだ。

今は違う。アメリカの政治と社会は、南北戦争以来の激しい分断にさいなまれており、人々は客観的な事実についてさえ合意できない。2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件は、無数の人がその映像を見ているにもかかわらず、事件が本当にあったかが議論になっているのだ!

「覚えておいたほうがいい」と、ドナルド・トランプ前大統領は言った。「皆さんが見ていることは......実際に起きていることとは違うのだ」と。

こうした認識の分断と、社会的緊張の高まりは、皮肉にも、制度的人種差別を禁じる公民権法が成立した1964年以降、少しずつ悪化してきた。人種よりも狭い共同体意識が強くなり、それが社会の分断を悪化させた。主流派としての優位を失うに従い、白人は怒りを募らせ、変化に反発するようになった。

その集大成がトランプだ。なにしろトランプは、エリートや政治機構や民主主義を敵と呼び、民意を代表するのは自分だけだと主張した。

どうしてこんなことになったのか。原因は主に3つある。

■人口動態の変化
1950年代のアメリカは、人口の89.5%を白人が占めた。建国の父たちと同じWASP(アングロサクソン系でプロテスタントの白人)が、権力や影響力のあるポジションを牛耳っていた。WASP以外のアメリカ人は、こうした社会の「主流派」に溶け込むために懸命に努力した。WASP的な響きの名前に改名する人も多かった。

だが今、白人の割合は58.9%まで低下し、2040年には50%を割り込みそうだ。400年のアメリカ史で初めて、白人はアメリカを定義する存在ではなくなりつつある。

どんな集団にとっても、長年享受してきた権力を手放すのは容易ではない。白人至上主義者たちが、「おまえらに取って代わられるものか!」と唱えながら行進しているのは、その格好の例だ。

■メディアの変化
1964年にビートルズが初めてアメリカにやって来たとき、7300万人がテレビにかじりついて見たものだ。当時、アメリカのテレビ局は3大ネットワークしかなく、それぞれができるだけ幅広い視聴者にアピールするため、政治的には中道で、画一的で、穏健な番組が放送されていた。

だが、80年代に入ると、技術の進歩により消費者の選択肢は増えた。ケーブルテレビ局が次々誕生して、局によって政治的なカラーが明確になった。

1996年に開局したFOXニュースは保守色が強く、白人中心主義的で、場合によっては白人至上主義的な切り口でニュースを報じてきた。2015年以降は、トランプ支持を前面に押し出した。(中略)

視聴者のイデオロギーが細分化し、そんな視聴者を引き付けるためにネットワーク局のイデオロギー色が強くなると、政治的に中道を好む世論も衰えていった。

アメリカ社会は、白人が支配していた時代から多様な時代へと変貌を遂げたが、それに伴い過激な言論が増えて、人々は自分にとって心地よい政治的・文化的領域に閉じ籠もるようになった。

■政治的再編
多様性が増すにつれ、逆説的だが二大政党が社会の細分化を映し出す存在になった。64年の公民権法成立と時を同じくして、民主党はリベラル・都市部・高学歴・民族的多様性、共和党は保守的・農村部・低学歴・白人などの特徴を持つ政党に変化していった。

今ではいずれの党でも穏健派は姿を消し、両党のイデオロギー的な重複はなくなった。特に95年以降、共和党が民主党の政策にことごとく反対し、政府機能の縮小に躍起になった結果、政治はゼロサムゲームと化した。率直に言えば、共和党は白人ナショナリストの主張を受け入れたのだ。両極化によって政治は機能不全に陥った。

反民主的な白人層は先細り
アメリカは「国家の魂を懸けた戦い」の渦中にあるというジョー・バイデン大統領の言葉は正しい。

トランプには財務不正や大統領選の妨害、連邦議会議事堂襲撃の扇動など多くの容疑がかけられているが、国民の4割は今も彼を支持している。僅差ながら下院で多数を占める共和党は非白人への選挙権の制限、国際問題への関与の縮小、医療や教育分野への政府支出の削減を提唱。さらに「裏切り者」の民主党支持者への「復讐」を誓うトランプを熱烈に支持している。

今や米政治の短期的な未来や社会的結束、さらには民主主義さえも不確実な状態だ。選挙制度が構造的に共和党に有利な上、同党はゲリマンダー(特定政党に有利な選挙区割り)と法改正によりその優位を拡大させようとしている。進歩的で多様な層がその差を覆して多数派となるには、約54%の得票が必要となる。(中略)

長期的には、アメリカの民主主義はこうした試練を乗り越える可能性が高い。人口の多様化が進み、反民主的な白人層を圧倒するためだ。だが白人の地位低下への怒りと抵抗が強まってきた60年間を経て、アメリカの社会的結束と政治制度は消えない傷を負ってしまった。(後略)【7月14日 Newsweek】
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中国・新疆ウイグル自治区での“取材制限なし”が意味するもの

2023-07-15 23:32:15 | 中国

(2023年撮影 ホータン 民家の壁に描かれる「中華民族は一つの家族」【7月15日 TBA NEWS DIG】)

【カナダ 悪化する中国との関係 中国の政治・選挙介入】
カナダと中国の関係が悪化しているというか、カナダ・トルドー政権の中国批判が先鋭化していることは、5月6日ブログ“カナダ 悪化する中国との関係 中国の「海外警察拠点」問題やトルドー首相の「奴隷労働」発言”でも取り上げました。

ひと頃中国との貿易戦争を繰り広げたものの、最近は関係改善が顕著なオーストラリアに変わって、カナダが中国批判の最前線にいるような感じ。
“中豪関係は改善、中国外交トップの王毅氏 「相互理解重要」”【7月14日 ロイター】

中国とカナダの関係が悪化したきっかけは、2018年12月に中国企業ファーウェイの孟晩舟副会長がバンクーバーで拘束されたこと、それへの報復として中国がカナダ人2名を拘束したことがありますが、関係悪化のより大きな背景としては、カナダにおける大きな華人社会の存在、及び、カナダの比較的緩い規制を利用するかのように、中国がカナダ政治に影響力を及ぼそうとしていること、それへのカナダ側の警戒感があります。

****カナダでなぜ中国系議員が増えているのか…北米で展開される「中国vs.民主主義」の構図****
移民大国カナダで、中国人系の国会議員が増えているという。2年前のカナダ連邦下院選に立候補した華人候補者は過去最多の41人にのぼり、そのうち8人が当選した。寛容な民主主義国家で何が起こっているのか。(中略)

アメリカの緊密な同盟国かつ隣国にもかかわらず、アメリカよりもはるかに「ゆるい」カナダは、中国から見れば非常に貴重な浸透工作の対象だった。多様性を重んじる民主主義国家ゆえに、自分たちの手駒を国家の内部に送り込むことも容易だったのである。(後略)【2021年05月25日 安田峰俊氏 WEB Voice】
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中国のカナダの選挙への介入、それを許しているトルドー政権への野党からの批判は現在でもあります。

****中国が選挙介入との指摘続くカナダ、トルドー政権にプレッシャー―仏メディア****
2023年7月13日、仏国際放送局RFIの中国語版サイトは、中国が選挙に干渉したとの指摘を受け、カナダのトルドー首相に対するプレッシャーが強まっていると報じた。

記事は米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の13日付報道として、カナダのトルドー政権が中国政府による中国系有権者への影響力について調査する委員会を設置する方向で協議を進めていると伝えた。

そして、この動きの背景として、カナダの野党・保守党のエリン・オウトゥール前党首が5月下旬にカナダ議会で行った演説と、その後のウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューで、中国共産党が自分と保守党に不利なキャンペーンを行うためにカナダ国内のエージェントに資金を提供しているとの話を暴露したことを挙げた。

同氏によると、エージェントが中国のSNSアプリWeChatを使ってカナダ保守党の選挙公約に関する偽情報を拡散したほか、1つ以上の選挙区で人々の投票意欲を削ごうとしたとのことで、同氏はこのような行動が氷山の一角にすぎないとの見解を示している。

記事は、同氏や複数の元カナダ政府高官が「米国、オーストラリア、英国とは異なり、カナダは中国共産党のために行動するエージェントを抑止するための外国エージェント登録制度などを採用していない」と指摘していることを伝えた。

その上で、中国政府の干渉に対する懸念は少なくとも2021年の選挙前からくすぶっていたと紹介。

元保守党議員のケニー・チウ氏が当時、バンクーバー郊外のリッチモンドで投票を呼びかける戸別訪問を行った際に中国語話者の世帯から「裏切り者」などと怒声を浴び、その後WeChatで同氏が中国を嫌っているような情報が流されていたことが発覚、当時リッチモンド選挙区の国会議員だった同氏は再選に失敗し、「中国政府による干渉が敗北に関係している」と同氏が確信していることを伝えた。(後略)【7月15日 レコードチャイナ】
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こうした政治状況で、トルドー政権は中国へ強い姿勢を示す政治的必要にも迫られています。

****カナダ、AIIBとの関係凍結 中国共産党支配の疑惑調査****
カナダのフリーランド財務相は14日、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)との関係を凍結すると発表した。AIIBが中国共産党に支配されているとの疑惑について調査する。

フリーランド氏は、調査の結果によっては、2018年3月に加盟したAIIBから脱退する可能性もあると示唆した。

AIIBのグローバル広報ディレクター(カナダ人)は14日、AIIBが「共産党に支配されている」と批判して辞任した。この批判についてAIIBは根拠がないと主張している。

フリーランド氏は記者団に「カナダ政府はAIIBにおける政府主導の業務を全て停止する。疑惑については財務省に即座に調査するよう指示した」と話した。

オタワの中国大使館は電子メールで、AIIBが中国共産党に支配されているという主張は全くの虚偽だと説明した。【6月15日 ロイター】
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【トルドー政権 中国、特に新疆ウイグル自治区の人権状況を問題視】
また、人権・民主主義の理念を重視する自由党・トルドー政権と共産党一党支配の中国の間で人権状況をめぐる軋轢がおきやすいこともあります。

中国・新疆ウイグル自治区の人権状況に批判的なカナダの下院議員や親族に中国の情報機関が圧力をかけようとしたとして、カナダ外務省が駐カナダ中国大使を呼び出して抗議した件は、前回5月6日ブログでもとりあげましたが、この件でカナダ政府は5月8日、在トロントの中国外交官を追放しています。

****カナダが中国外交官追放、ウイグル問題巡り議員に圧力****
カナダは8日、在トロントの中国外交官を追放した。同外交官を巡っては、中国・新疆ウイグル自治区の人権状況に批判的なカナダの議員に圧力をかけようとしたと、カナダの情報機関が報告書で指摘していた。

カナダのジョリー外相は「われわれは、いかなる形態の外国からの干渉も容認しない」と強調した。

中国外交官の追放は、既に緊迫しているカナダと中国の関係をさらに悪化させることは必至で、中国が何らかの報復に出る可能性がある。

オタワの中国大使館は追放を非難し、カナダ政府に対して正式に抗議したと表明。大使館報道官は「断固として対抗措置を取る」とした。

カナダの情報機関は2021年、中国の影響力に関する報告書を作成した。報告書の詳細を報じたカナダのメディアによると、中国はカナダのマイケル・チョン議員と同氏の親族に関する情報を収集。同氏を「見せしめ」にして、他の議員が反中的な立場を取るのを抑止しようとしたとした。今回追放された外交官も、情報収集に関与していたという。【5月9日 ロイター】
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当然のように中国側は報復措置を。
“中国がカナダに対抗措置 上海総領事館の外交官に退去通告”【5月9日 産経】

カナダ・トルドー政権は中国の人権状況のなかでも、特に新疆ウイグル自治区での人権状況を問題視する姿勢を続けています。

****ナイキなど2社、ウイグル人強制労働に関与か カナダで調査****
カナダの監視機関、「責任ある企業のためのカナダ・オンブズパーソン」は11日、中国の新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人の強制労働への関与が疑われるとして、スポーツ用品大手ナイキ・カナダと同国の鉱山会社ダイナスティー・ゴールドを調査していると発表した。

昨年6月に、28の市民団体から両社の国外事業について複数の申し立てが寄せられたのを受けての措置。

ナイキ・カナダについては、「ウイグル人の強制労働の利用または利益享受が確認された中国の複数企業と供給関係」を持った疑いがかけられている。ナイキ側は、対象となる企業との取引関係は既にないと主張し、そうした企業のリスク調査に関する情報を提供したとしている。

ダイナスティー・ゴールドについては「株式の過半数を保有する中国の鉱山でウイグル人の強制労働によって利益を享受した」とみられている。同社は、同鉱山の運営管理は行っておらず、申し立てが行われた時期には鉱山がある地域での事業から撤退していたと主張している。 【7月12日 AFP】
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【新疆の“変貌” “取材制限なし”が意味する中国当局の「中国化完了」の“自信” そこで失われたものは・・・】
問題となっている新疆ウイグル自治区における人権状況ですが、中国政府によるウイグル族への弾圧が厳しくなったきっかけは、2009年7月に新疆ウイグル自治区ウルムチで起きた騒乱(中国側からすれば「暴動」)でした。

****2009年ウイグル騒乱*****
【概要】
事件の背景には、中国共産党当局によるウイグル人に対する差別的な政策、新疆に国策で移住させられている漢族住民とウイグル人住民の間の経済的格差やウイグル人固有の文化的、宗教的権利が中国において尊重されていないとするウイグル人住民の不満があるといわれる。

2009年6月25日から26日にかけ、広東省韶関市の香港系玩具工場で、「ウイグル族による漢族女性暴行事件が相次ぐ」とのデマをきっかけに、100名以上の漢族従業員がウイグル族従業員を襲撃した。ウイグル族2人が死亡し、ウイグル族・漢族双方合わせて約120人が負傷した。

ウイグル族が殺傷されたことについて、襲撃側の刑事処分が曖昧にされたことからウイグルでの不満が高まり、ウルムチ市での事件の引き金となったとされる。

7月5日夜、ウルムチ市内でウイグル族住民約1,000人が事件に対する当局への抗議デモを始め。やがて暴徒化したデモ隊は漢族住民を襲撃し、建物や車両に放火した。

およそ3,000名がデモに参加し、デモを鎮圧しようとして治安部隊がデモ隊に発砲し、デモ参加者との間で衝突が発生した。

デモの発生契機やデモ隊が暴徒化した経緯、デモの鎮圧過程については中国当局とウイグル族住民の間で大きく見解が異なる。

中国当局が、海外の独立運動組織の煽動により計画的に引き起こされた「暴力犯罪」と主張する一方で、亡命ウイグル人組織の世界ウイグル会議は自発的に発生した平和的なデモに中国当局が発砲し、これに刺激されたデモ参加者の一部が暴徒化したと主張している。

死傷者についても、中国当局は7月10日に死者は184人であり、そのうち漢族が137人であるとして死傷者の大半が漢族であると発表する一方で、同日、世界ウイグル会議は中国当局の武力弾圧や漢族の攻撃により殺されたウイグル族の死者は最大で3,000人に上る可能性があると主張し、デモ鎮圧の過程で当局による武力弾圧があったことを示唆している。7月19日には中国当局は、警察官が少なくとも12人を射殺したことを認めている。(後略)【ウィキペディア】
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このウイグル騒乱から14年が経過。
中国側が「職業技能教育訓練センター」とするも、実態は「強制収容所」ではないかと批判される施設に100万人に及ぶウイグル族を収容するなど、習近平政権による苛烈を極める弾圧、AIを駆使した監視社会の構築により、ウイグルの文化・宗教・社会そのもが徹底的に破壊され、「中国化」が強制されたのは周知のところです。

そうした実態が外部に触れることを中国当局は嫌がり、新疆における取材活動は厳しく制約されてきましたが、今では、そした制約がなくなったとの報道を目にして驚きました。
そうだとしたら、その変化は「中国化」が完了したこと、「秩序」を確立したことへの中国当局の自信を示すものでしょう。

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「中国化」と引き換えに発展する新疆ウイグル自治区 「何も言えないけど、分かってください」 目で訴えるウイグル族****

北京で出会ったウイグル族の友人に導かれ新疆を訪れてから10年。この間、新疆ウイグル自治区は「教育施設への強制収容」「虐待、拷問」など中国の「人権問題」の象徴として世界の注目を集めていた。今回、JNN北京支局カメラマンとして10年ぶりに訪れた新疆で、私が見たもの。それは「中国化」と引き換えに発展する街並みと、沈黙を守る人々だった。

10年ぶりに北京支局カメラマンとして訪れた新疆 “変貌ぶり”に驚嘆
(中略)2017年以降、欧米諸国は中国政府がウイグル族を再教育施設へ強制収容していると厳しく批判。ウイグル族は中国の人権問題の象徴ともいえる存在になっていた。

中国政府は外国メディアに新疆の現状を見せたくないのか、記者が新疆に入るとたちまち公安関係者に尾行され、取材を妨害される、という状況が続いていた。

しかし、今回私たちは取材を妨害されることもなく、行きたいところに行き、撮りたいものを撮影することができた。

観光地には大量の漢族の旅行客が押し寄せ、漢族の観光客相手にウイグル族の店員がにこやかに商売をしていた。そこに、民族間の緊張は感じられなかった。

10年前にも訪れたウルムチの街は、急速に発展していた。林立する高層ビルを目の当たりにし、同じ街に来たのか分からなくなる程の変貌ぶりに驚嘆した。

街行くウイグル族の若者をつかまえて「漢族とウイグル族の争いはもう無いの?」と聞くと、「当たり前でしょう。ウイグル族だって中華民族なんだから、みんな仲間です」と中国語で淀みなく話した。

制限の無い取材環境、発展した街なみ。両民族の友好的な共存を目の当たりにして、10年前(ウイグル族の友人)アクバル(仮名)が打ち明けてくれたウイグル族の中国における立場はここ数年で変わってしまったのか、と煙に巻かれたような気持ちになった。

「上の人はモスクを開けさせたくないのよ」 新疆の裏側にある“違和感”
しかし、数日間街を歩き、つぶさに観察すると10年前と違う点に気が付いた。一つは女性の服装だ。

10年前に撮影した写真を見返すと、ほとんどのウイグル族女性イスラム教徒が習慣的に着けるヒジャブと呼ばれるスカーフで頭を覆っているのに対し、現在では年配の一部の女性を除いてほとんどつけていなかった。

モスクにも変化が見られた。
10年前はどこの街角でもモスクを見ることができ、礼拝をするイスラム教徒の姿が印象に残っていた。しかし、今回カシュガルでは街の中心部にある観光地化した大きなモスク以外、小さなモスクはほぼ閉鎖されていた。

ある高齢のウイグル族の女性は小さな声で「上の人はモスクを開けさせたくないのよ」と話し、私たちに向かって人差し指を口の前に立て「シー」というジェスチャーをした。彼女が立ち去る姿に、ウイグルの人たちが置かれた状況を想像せざるをえなかった。

閉鎖されたモスクの隣に住む男性と話をした。はじめは「知らない」と言葉少なだったが、打ち解けてくるにつれ、思い切って何かを話してくれそうな様子を見せ始めた。

「私はただ平穏に暮らしたいだけなんだ」 周囲で誰か聞いていないか。誰も見ていないか。そんなそぶりをし始めた彼は、ふと私の持っているカメラに目を止めた。

「まさかそれで今撮影していないだろうな?」

私は「撮っていない」と答えたが、彼が話を続けることはもはやなかった。動揺した彼は頭から汗を吹き出しながら「私はただ平穏に暮らしたいだけなんだ。余計な面倒には巻き込まれたくない」と言って、私たちを部屋から追い出した。

彼が何を伝えようとしたのか、今となってはわからない。しかし、彼の仕草、あの動揺ぶりが、何よりも雄弁にウイグル族の現状を物語っていたように思えた。

「ウイグル語を話してはいけない。そういう決まりがあるんだ」
ウイグル族の若者の中国語能力の向上も実感した。10年前に訪れた際は、若者であっても簡単な中国語しか通じなかった。しかし、今回の訪問ではタクシー運転手やお土産店の店員と、中国語でスムーズなコミュニケーションをすることができた。中国語が話せないと仕事に支障がでるため、幼稚園から中国語を学ぶそうだ。

小学校を訪れると教室からは生徒が中国語の文章を読み上げる声が聞こえた。校庭でサッカーを楽しむウイグル族の小学生に話を聞くと「学校では先生も生徒もウイグル語を話してはいけない。そういう決まりがあるんだ」と話した。口をつぐむ大人たちに反して、子どもはあっけらかんとウイグル族の置かれた状況を教えてくれた。

また、私たちはウイグル族を強制収容し、中国語教育や共産党思想教育などを強いていると国連などから指摘された「再教育施設」とされる場所を10箇所以上訪れた。有刺鉄線や高い塀など異様な特徴をもつ建物を見ることができた。

近所の住人は「以前はそうだったが、既に施設は無くなった」とだけ話した。以前施設に両親が収容されていたと話すウイグル族の男性とも出会った。「2年近く両親が収容され中国語を学ばされた」と打ち明けてくれたが、それ以上多くを語らなかった。

「何も言えないけど、分かってください」 目で訴えるウイグル族
モスクや中国語教育、再教育施設など政治性を帯びた話に及ぶと、途端に口が固くなるウイグル族の人たち。彼らにとって政治的な話題を口にし、誰かにそれを聞かれるということは自身だけでなく家族や親戚を危険に巻き込むタブーなのだ、とこの取材中何度も思い知らされた。

物言えぬ中国社会の中で彼らはYesともNoとも言わず、いつも私たちに目で訴えかけてくるのだ。「何も言えないけど、分かってください」と。

その目を見るたび、10年前出会ったウイグル族の友人アクバルがウルムチで政治的な話題に触れた私に話した「どこに私服警察官がいるか分からないから、政治的な話はここではやめてくれ」という言葉と強張った顔が何度も思い出された。

この10年、経済的な発展を遂げ、ウイグル族の人々の暮らしぶりは豊かになったように見えた。しかし、その発展は、ウイグル民族らしさやイスラム色の強い文化を手放し、中国化を受け入れることと引き換えなのだと改めて思い知らされた。(後略)【7月15日 JNN北京支局カメラマン 室谷陽太氏 TBS NEWS DIG】
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シルクロードが大好きで、ウルムチやカシュガルへの旅行では多くの思い出(経由地ウルムチでパスポート・所持金・カードを置き引きされ、残された僅かなおカネでカシュガルの街を彷徨ったことも)もある私としては、上記のような「変貌ぶり」には思うところも多々ありますが、そこらはまた別機会に。
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スーダン内戦  エジプトが和平仲介に 蘇るダルフールの悪夢

2023-07-14 23:14:30 | アフリカ

(スーダン・ハサヒサで、避難民の収容所となっている中学校に張られたテントやシェルターの外に座る男性(2023年7月10日撮影)【7月13日 AFP】)

【「本格的な内戦」突入の恐れ・・・・すでに死者3000人、避難者300万人】
正規軍と準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)との戦闘が続くアフリカ・スーダンですが、別に皮肉ではなく、下記記事には少し驚きました。
“「本格的な内戦」突入の恐れ”・・・「えっ、まだ内戦じゃなかったの? これから更に本格化するの?」って。

****スーダン、「本格的な内戦」突入の恐れ 国連事務総長****
国連のアントニオ・グテレス事務総長は9日、スーダンで住宅地区が空爆され、20人以上の民間人が死亡したのを受け、「本格的な内戦」に発展する恐れがあると警鐘を鳴らした。

スーダンでは正規軍と準軍事組織「即応支援部隊」との戦闘が3か月近く続いており、これまでの死者は約3000人に上る。

保健省は、首都ハルツームの対岸にあるオムドゥルマンが8日に空爆され、民間人22人が死亡し、多数の負傷者が出ていると明らかにした。 RSF側は31人が死亡したとしている。

ファルハン・ハク国連事務総長副報道官によると、グテーレス氏はオムドゥルマンへの空爆を非難。「今なお続いている紛争が本格的な内戦に発展し、地域全体が不安定化する可能性を非常に憂慮している」と語ったという。 【7月10日 AFP】
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“これまでの死者は約3000人に上る”に加えて、300万人超の避難民が発生しています。

****スーダン紛争、避難者が300万人突破=国際移住機関****
 国際移住機関(IOM)は11日夜、約3カ月に及んでいるスーダン国軍と民兵組織「即応支援部隊(RSF)」の戦闘で発生した避難者が300万人を突破したとの推計を公表した。240万人以上が国内で避難、73万人以上が国外に避難しているという。

4月15日の紛争開始以来、大半の市民が紛争中心地となっている首都ハルツームか、民族を標的とする暴力が増加しているダルフールから避難しているという。

国連当局者らは、地域や国際的な仲介努力が失敗しており、スーダンが内戦に陥る恐れがあると指摘している。

国連スーダン特使のフォルカー・ペルテス氏はベルギーで、「この戦闘はすぐには終わらない」と発言。休戦協定がこれまで何度も破られ、「基本的には(休戦期間が)両勢力の立て直しに利用されている」と述べた。【7月13日 ロイター】
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【内戦を長期化させる周辺国・関係国の支援・関与】
どこの内戦でも同じですが、内戦を激化・長期化させるのが周辺国・関係国の軍事支援・関与です。

****軍事衝突のスーダン 米中露の利害錯綜****
正規軍と準軍事組織の軍事衝突が起きたアフリカ北東部スーダンは、地下資源が豊富な戦略上の要衝だ。周辺国のほか米中露3カ国も浸透を図ってきたが利害は錯綜(さくそう)しており、混迷が深まる一因になりかねない。

割れる中東の大国
スーダンでは15日、ブルハン氏が主導する軍と、ダガロ司令官率いる準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)の戦闘が始まった。

軍を支援するのはシーシー大統領が統治する北隣のエジプトだ。シーシー氏自身も軍出身で、エジプト、スーダン両軍はしばしば演習を行うなど関係が深い。

ロイター通信は20日、スーダンにいたエジプト軍兵士約180人が空路で本国に脱出し、RSFが拘束した兵士27人の身柄を在スーダンのエジプト大使館に引き渡したと報じた。エジプト軍が水面下で活動していた可能性をうかがわせる。

これに対し、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)はRSFに肩入れしているようだ。両国が介入したイエメン内戦にRSFは兵を送って支援し、関係を深めた。

スーダンでは、バシル独裁政権が支配した約30年間でイスラム色が強まり、軍関係者に、その傾向が残っているとされる。一方のRSFは、イスラム過激派を敵視するサウジなどと立場が近いという側面がある。

親米のサウジとエジプトはともに反米のイランと関係改善を図るなど、中東で広がる融和の機運を担ってきたが、スーダンでは利害が割れたとの見方が多い。

露の侵略の資金源か
スーダンをめぐっては大国の思惑も絡み合い、過去に米露が火花を散らした経緯もある。
米国は1993年、バシル政権が国際テロ組織アルカーイダのビンラーディン容疑者らをかくまったとして、テロ支援国家に指定した。この機に乗じて政権と蜜月関係を築いたのがロシアだった。

しかし、軍とRSFによる2019年のクーデターでバシル政権が崩壊し、情勢が一変。米国は20年、スーダンに対するテロ支援国指定を解除し、関係改善を模索していた。

一方のロシアは巻き返しに躍起だ。RSFと親密な関係を築き、昨年2月にはダガロ氏が訪露したほか、今年2月にはスーダンの紅海沿岸に海軍基地を建設する合意を結んだ。紅海はインド洋と地中海を結ぶ海上輸送の大動脈で、米中も沿岸のジブチに基地を有する。アフリカへの影響力強化を目指すロシアの意欲が透けてみえる。

米CNNテレビは20日、露民間軍事会社ワグネルがリビアやシリアを経由し、RSFに武器を供給していると報じた。ワグネルはRSFが採掘利権を握る金を獲得し、ウクライナ侵略の資金を捻出しているともささやかれている。

中国も権益死守に腐心
アフリカに巨額の投資を行ってきた中国はスーダンとも関係を深めてきたが、最近は意欲が衰えていたといわれる。
香港の英字紙、サウスチャイナ・モーニング・ポスト(電子版)は18日付で、11年に南部スーダンが「南スーダン」として独立したことに伴い、油田地帯の採掘権も移ったことが主な理由だと指摘した。

同紙は中国・アフリカ関係に詳しい米ジョージ・ワシントン大のデビッド・シン教授が「中国はビジネスと商圏を守る上で(軍事衝突を)懸念している」と述べたとし、アフリカの紛争の調停役を務めようと計画していた中国にとり、「スーダン情勢は明らかに(状況を)複雑にした」との見方を示したと伝えた。【4月21日 産経】
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なお、上記記事でリビアを介したロシア・ワグネルのRSF支援があげられていますが、リビア自体が内戦(状態)で二つに割れており、ロシア・ワグネルが関与しているのはリビアの東部ベンガジを拠点とするハフタル将軍率いる軍事組織「リビア国民軍」です。

“米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は4月20日、隣国リビアの東部ベンガジを拠点とする軍事組織「リビア国民軍」が17日にRSFに対し、航空機による弾薬提供を行ったと報じた。国民軍を率いるハフタル将軍とRSFのモハメド・ハムダン・ダガロ司令官はともにロシアやサウジアラビアなどとの関係が深いという共通点がある。”【4月23日 読売】

【エジプトが和平仲介に乗り出す】
“本格的内戦突入”への歯止めをかけるものとして期待を抱かさせる数少ない(と言うか、“唯一の”と言うべきか)ものが、スーダンの隣国で影響力が大きいエジプトの仲介です。

****スーダン近隣国、13日にエジプトで首脳会議 戦闘停止を協議へ****
エジプトは9日、正規軍と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の戦闘が続くスーダンの近隣諸国による首脳会議を首都カイロで13日に開催し、4月15日に始まった戦闘を終結させる方法を協議すると発表した。

スーダン正規軍の最も重要な同盟国とみられるエジプトと、RSFと密接な関係にあるアラブ首長国連邦(UAE)はこれまで、どちらも戦闘に表立った介入はしてこなかった。

両国は米国とサウジアラビアが仲介した停戦交渉にも関与していない。交渉は先月に決裂した。

エジプト大統領府は声明で、スーダンの戦闘を平和的に解決するための「効果的なメカニズム」を近隣諸国と策定することが会議の目的と説明した。

スーダンの代表団は10日にエチオピアの首都アディスアベバで準備協議を開く見込み。4年前のバシル元大統領の失脚後に正規軍とRSFと権力を共有した文民政党の代表が含まれる。(後略)【7月10日 ロイター】
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これまでのところは上記記事にもあるように、エジプトはスーダン政府(正規軍)を支援していると見られています。

ただ、スーダンの混乱の長期化は、難民の大量流入によるエジプト国内の不安定化や、エジプトにとって死活的に重要なナイル川水資源利用への危険など、エジプトにとっても重大な不利益をもたらします。

****エジプトが待望のスーダン和平仲介の試み****
3か月以上を要してついにエジプトは隣国スーダンにおける危機を終わらせるための有効な枠組みの模索を試みる重要な提案を始めた。9日、エジプト大統領は今週カイロでスーダンの近隣諸国の首脳会談を開催し、敵対し合うスーダンの軍閥間の紛争集結の方法を話し合うと発表した。

木曜日の首脳会談は他の地域的および国際的な取り組みと協調しつつ、近隣諸国とともに紛争の平和的解決のための「効果的な仕組みづくり」を目的とするとエジプト大統領府は述べた。この会議にはエジプト、リビア、チャド、中央アフリカ共和国、南スーダン、エチオピア、エリトリアの国および政府の首脳が参加予定だ。

この発表と同時に、スーダンは「本格的な内戦」の瀬戸際にあるとの国連による警告がなされた。このことは地域の指導者や国際社会にとって驚きではないだろう。

スーダン国軍と即応支援部隊(RSF)の民兵の間の暴力行為の勃発によって深刻な人道危機が引き起こされ、首都ハルツームとオムドゥルマンでは数百万人が難民となり数百人が死亡、病院を含む主要な都市施設が破壊され、二都市の大部分で電気と水の供給が断たれている。

さらに双方ともに決定的な軍事的勝利を収めることに失敗したために、紛争が長期化し 、長期間の停戦合意や政治プロセスの開始の試みも頓挫している。(中略)

スーダンの近隣諸国や8つの国からなる政府間開発機構(IGAD)を含むその他の仲介者は、少なくとも公式には、敵対する両者のいずれも支持せず平等に扱っている。米国は明確にそうしており、軍に対してもRSFに対しても制裁を課すと脅しをかけている。

しかしその裏では、一部の仲介者は贔屓をしており、外国の当事者が実際にダガロ将軍を支援しているとの主張が存在する。そう主張する人々の中にはアル・ブルハン将軍本人(正規軍トップ)もいる。(中略)

「スーダンの安定はより良い安全保障協力をもたらすものであり、このことはエジプトそのものの安定にとってきわめて重要である。」 オサマ・アル・シャリフ氏(アンマンに拠点を置くジャーナリスト兼政治評論家)

不安材料は、スーダンに最も近い諸国が双方に紛争を終わらせて、今年前半に合意された枠組み協定に立ち戻らせる方法を見つけない限り、広大な国土すべてに内戦が広がるのは時間の問題であるということだ。

すでにダルフールでは残虐行為がなされたとの証拠が無数にあり、コルドファン州と青ナイル州でも民族間、部族間の緊張が高まっている。過去の内戦にかかわり、2020年のジュバ和平合意に調印した反政府勢力は、武器を取って戦争を再開すると脅している。一部には分離主義を目論むものもいる。

このため、特にエジプトの介入が重要となる。

エジプトにとって、スーダンでの紛争はすでに不安をもたらす要因となっている。何万ものスーダン人がエジプトに避難しており、当局はこの流れを食い止めるためにビザの規制に追われている。しかしさらに重要なことは、エジプトは戦略的、歴史的、文化的、経済的にスーダンとのつながりを持っていることだ。このことは長きにわたってエジプトの安定と国家安全保障の土台とみなされてきた。

ハルツームの権力が崩壊すれば、数百万人がエジプトになだれ込む恐れがある。両国ともナイル川流域に膨大な人口を抱えているからだ。エジプトのスーダンとの国境線は長く、そのために治安が最大の関心となっている。

スーダンが不安定になると国境を超えた犯罪、武器や物品の密輸、さらには過激派組織の浸透の増加にさえつながりかねない。スーダンの安定はより良い安全保障協力をもたらすものであり、このことはエジプトそのものの安定にとってきわめて重要である。

歴史的に、両国は特に貿易、投資、エネルギー関連で強い経済的つながりを持っている。スーダンのナイル川は極めて重要な水路でありエネルギー源であるため、両国にとって不可欠なものだ。エジプトはほぼ完全に水資源をナイル川に依存しており、水需要の90%近くがナイル川から来ている。

スーダンにおける紛争はナイル川の流れを崩壊させる可能性があり、エジプトの水の安全保障と農業部門に脅威をもたらしかねない。このこともまた、大エチオピア・ルネサンスダム計画を巡るエチオピア政府との論争の解決を模索するエジプト政府にとって、不安材料となるだろう。

地政学的に、スーダンが不安定であることによって権力の空白地帯が生まれる可能性があり、それによって地域の他の団体が影響力を増し、エジプトの利益に対立する可能性がある。アフリカでの関係回復に重点を置いているイスラエルがスーダンの混乱から利益を得る可能性をエジプトが懸念していないとは考えられない。

エジプトの提案が開始されるのは遅かったかもしれないが、今日では両者に交渉を促し、彼らの国を崩壊から救う手立てを見つけるための最も可能性の高い希望となっている。【7月12日 ARAB NEWS】
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その“待望の”エジプトによる和平仲介がどうなったのか?
今のところこの件に関する報道は多くありませんが、下記のような合意声明が出されています。

****エジプト:エチオピアとの首脳会談、スーダン近隣諸国首脳会議の主催****
(中略)また13日、今年4月より戦闘が続くスーダン情勢の安定化に向け、近隣諸国による首脳会議がカイロで開催された。スーダンでは、スーダン軍と準軍事組織「迅速支援部隊(RSF)」間の武力衝突により、治安状況が急速に悪化している。

同会議には、主催国エジプトのほか、リビア、チャド、南スーダン、エチオピア、エリトリア、中央アフリカ共和国が参加した。会議後、シーシー大統領は全参加国が合意した最終声明を発表した。概要は、以下のとおりである。

武力主体に対して即時停戦の呼びかけ。
あらゆるスーダン国外からの干渉を終わらせる必要性の確認。
近隣諸国の安全保障に深刻な影響を及ぼしうるスーダン国内の分断を防止すること。
スーダンの国内避難民や、戦闘を逃れて近隣諸国に流入する難民への対処。
食糧及び医療物資の不足への早期対応。
情勢安定化に向けた政治的解決の必要性の確認。
スーダンでの包括的な国民対話の呼びかけ。
近隣諸国の外相級会合をチャドで開催すること。【7月14日 中東調査会】
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声明内容は“お題目”であり、問題はこれをいかに実効あるものにしていくかであり、エジプトなど関係国がどれだけ本気で取り組むかです。

【蘇るダルフールの悪夢】
事態は悪化しています。冒頭のグテレス国連事務総長の懸念が現実のものともなっています。

****スーダン 87人が殺害され集団墓地に埋められる 国連「民族間紛争に変容」****
武力衝突の続くスーダンで少なくとも87人が殺害され、集団墓地に埋められたと国連が発表しました。民兵組織が殺害に関与しているとしています。

国連の人権高等弁務官事務所は13日、信頼する情報筋の話としてスーダンの西ダルフール州で住民ら少なくとも87人が殺害され、集団墓地に埋められたと発表しました。

埋められた住民の多くがマサリット族とみられ、アラブ系民兵組織の「即応支援部隊」などが殺害に関わったということです。

国連は声明で「民間人の殺害を最も強い言葉で非難する。徹底的な調査が行われなければならない」としています。

この地域では、これまでも「ダルフール紛争」という名で知られる非アラブ系住民の虐殺が起きていて、「即応支援部隊」の前身組織が非難を受けていました。 国連は「衝突が民族間、部族間の紛争に変容しつつある」と指摘しています。(後略)【7月13日 テレ朝news】
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RSF「即応支援部隊」の前身組織は「ダルフール紛争」で非アラブ系住民の虐殺・ジェノサイドを行ったアラブ系民兵組織(ジャンジャウィード)であり、史上最悪の人道危機と呼ばれた“ダルフールの悪夢”が再現することが強く懸念されます。

スーダン西部のダルフール地方では、2003年からスーダン政府軍とアラブ系住民による反政府武装組織を出した非アラブ系住民への集団虐殺が始まり、2008年頃まで続きました。600万の人口のうちおよそ45万人が殺害されたり餓死したとされ、200万人が難民となりました。

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殺戮は朝早く起こることが多い。何百人ものジャンジャウィード(「武装した騎手」という意味の民兵集団)が馬やラクダに乗って、村々を襲いに来る。顔中に巻いたターバンからは目だけがのぞいている。

たいていの場合、まずスーダン空軍が戦闘機や対地攻撃用のヘリコプターで村を空爆し、村人を大量殺害する。爆撃をまぬがれた村人は逃げまどい、必死になって隠れる場所を探す。

そこに政府軍兵士の支援を受けたジャンジャウィードが現れ、村の男性と少年を駆り集め、村から連れ出す。運がよければ射殺されるだけだが、ほとんどの場合まず拷問にかけられる。ときにはずらりと鎖につながれ、生きたまま焼き殺される。頭を切り落とされ、頭部を井戸に投げ込まれることもある。生き残った村人に、汚染された井戸水を飲ませるためだ。……
かろうじて生き延びても、飢えに苦しみながら難民キャンプまでの長い旅を歩き続けなければならない。だがその難民キャンプも、故郷の村より安全というわけではない。

多くのキャンプでは、食料も収容施設も医療施設も不足している。さらに女性や少女が薪を拾いにキャンプから出ると、ジャンジャウィードに襲撃され、レイプされる危険性がある。恐怖に陥れようと、待ち伏せているのだ。<ジェーン・スプリンガー/築地誠子訳『一冊でわかる虐殺ジェノサイド』2010 原書房 p.2-3>【世界史の窓】
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ASEAN外相会議  課題のミャンマー問題では前進なし 米・中・ロの駆け引きの場にも

2023-07-13 23:25:46 | 東南アジア

(【7月11日 NHK】 中央女性が議長国インドネシアのルトノ外相)

【ASEAN外相会議 ミャンマー問題進展なし 足並みの乱れも】
リトアニア・ビリニュスで開かれていた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議は12日、2日間の日程を終え閉幕しました。

直前のスウェーデン・トルコの会談で、トルコがこれまでの姿勢を転じて、スウェーデンのNATO加盟に同意。
エルドアン大統領としては、アメリカからのF16供与など「実」を獲得し、そろそろ「潮時」と判断下したのでしょう。

ただ、これまでプーチン大統領に実質的に寄り添う姿勢を見せていたトルコ・エルドアン大統領が、ロシアが強く反対するスウェーデンNATO加盟を認めたことで、ロシア・トルコの今後の関係が注目されます。

ウクライナのNATO加盟に関しては、ゼレンスキー大統領が求めていたNATO加盟への道筋は示されなかったものの、G7各国がウクライナへの長期的な安全保障を提供するための国際的な枠組みが決定されました。

バイデン大統領がウクライナのNATO加盟を明確にすることを拒んでいるのは、ロシアとの戦争に巻き込まれたくない・・・という本音でしょう。これはアメリカ国内では与野党に共通する思いでもあります。

ただ、その「本音」は、台湾有事で中国との戦争が問題になったときも同様かも・・・という憶測にもつながります。

NATOの東京事務所設置に関しては、フランス・マクロン大統領の反対を覆すことはできず、合意されませんでした。

いろいろと注目された国際会議でしたが、同時期、インドネシアの首都ジャカルタで東南アジア諸国連合(ASEAN)の外相会議が開催されました。

ミャンマー情勢を中心に議論されましたが、“予想されたように”進展はありませんでした。

****ミャンマー問題進展なし=ASEAN外相会議2日目―インドネシア****
東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議は12日、2日目の討議を行った。クーデターで実権を握った国軍による市民弾圧が常態化しているミャンマー情勢を中心に議論したが、事態打開につながる進展はなかった。

インドネシアのルトノ外相は会議冒頭、ミャンマー情勢について「暴力の即時停止などを求めた5項目の合意事項の履行が焦点であることに変わりはない」と強調。インドネシアがASEAN議長国となった1月以降、ミャンマーの利害関係者110人以上と接触してきたとも説明した。

会議では、ミャンマー国軍と民主派の対話を促すべき時に来ているとして、その進め方などについて議論が交わされた。会議終了後、ルトノ氏は「国内対話は次のステップ。(うまくいけば)政治的な問題を解決し、ミャンマーに和平をもたらすことができる」と訴えた。

加盟国はミャンマーへの人道支援を継続することを確認。ルトノ氏は「誰も取り残してはならない」と述べた。【7月12日 時事】
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議長国インドネシアのルトノ外相は「結束」を確認したとのことですが、裏を返せば、今のASEANのミャンマーへの対応は「結束」が乱れているということでしょう。

****ASEAN外相、ミャンマー問題で結束確認 和平計画を重視****
東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国インドネシアのルトノ外相は12日、ジャカルタで開かれている外相会議で、国軍のクーデター以降、不安定な情勢が続くミャンマーについて、打開に向けて地域が結束すべきとの認識を共有したと明らかにした。

会議では、ミャンマーの和平に向けた5項目の合意事項について協議した。ルトノ外相は、ミャンマーを除く全加盟国がこの問題での結束を強調したとした上で「暴力の停止がなければ、対話の開始や援助の提供に必要な環境は決して整わない」と述べた。

ルトノ外相の発言の背景には、タイが先月、ミャンマー情勢を協議する非公式会合を開催したことがある。この会合には、ASEANのハイレベル会合から排除されているミャンマーが出席する一方で、ASEAN加盟国の大半が参加を見送った。

タイのドーン外相は12日、ミャンマーで収監中の民主化指導者アウンサンスーチー氏と面会したと明らかにした。スーチー氏の外国政府要人との面会が認められたのは、同氏が2021年に軍政に拘束されてから初めて。

ルトノ外相は、ASEANは合意された和平計画に注力すべきとし、「他のいかなる取り組みも、5項目合意の履行を支援するものでなければならない」と述べた。

14日には東アジアサミット(EAS)外相会議と、米ロ中などが参加するASEAN地域フォーラム(ARF)の会議が開かれる。【7月12日 ロイター】
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ミャンマー軍政に宥和的姿勢で、インドネシア・マレーシアなどとの足並みが揃わないタイのドーン外相は、スー・チー氏との面会を明らかにしています。

****クーデターから2年以上…ミャンマー 見えない混乱の収束 タイの外相「スー・チー氏は健康です」面会明かす****
(中略)ASEAN外相会議で重要テーマとして討議された「ミャンマー問題」。軍政側と2年前に合意した和平計画はほとんど履行されず、打開策が見えない状況です。

こうした中、タイの外相からこんな発言が…
タイ ドーン外相 「スー・チー氏は健康です。みんな彼女のことを心配しています」

ドーン外相は9日にミャンマーを訪問し、軍に拘束された民主化の指導者、アウン・サン・スー・チー氏と面会したと明かしました。

クーデター以降、外国政府の要人が接触したのは初めてで、ドーン氏は「ミャンマーの政情安定に向けて、タイが軍と対話することにスー・チー氏が賛成した」と強調しています。

タイは軍政側と融和関係にあり、対話を通して問題解決を目指す姿勢を示していますが、一部の加盟国はこれに反発し、一枚岩になりきれていません。

ミャンマー情勢をめぐっては、タイだけでなく中国も軍政側への関与を強めていて、5月には秦剛外相が軍トップと会談。巨大経済圏構想の「一帯一路」を進める中国にとってミャンマーは戦略的な重要拠点で、混乱が長引けば中国の利益を損なう懸念があるとみられます。

一方、アメリカは経済制裁の動きを強めるものの、軍が中国に接近することへの警戒感から関与は消極的だとの指摘もあります。

ある民主派の幹部は取材に対し、「大国の利害関係にミャンマーは振り回され、その間にも多くの命が失われている」として、早期の打開策を求めています。【7月13日 TBS NEWS DIG】
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スー・チー氏が「対話」に賛成したとのことですが、それはドーン外相の言うように「タイが軍と対話することにスー・チー氏が賛成した」ということでしょうか? ミャンマー国軍と民主派の「対話」という意味合いだったのではという疑問も。 秘密裏に行われた面会ですので、はっきりしたことはわかりません。

【ASEANを舞台に米中ロの駆け引き】
ジャカルタでは外相会議に引き続き、関連会議が開催されるということで、アメリカ・中国・ロシアの活発なASEAN取り込み外交が展開されています。

****ASEAN外相会議、インドネシアで始まる 米中露同席の会合も予定****
インドネシアでは、中国やロシアも出席するASEAN(=東南アジア諸国連合)の外相会議が始まりました。ウクライナや北朝鮮問題をめぐって議論が本格化するとみられます。中継です。

一連の会議では、アメリカやロシア、中国が同席する会合も予定されています。ASEANを舞台に早速、駆け引きが始まっています。

12日、ロシアのラブロフ外相と中国外交トップの王毅政治局員は、ASEAN議長国インドネシアのルトノ外相と会談しました。西側諸国との対立が深まるロシアと中国は、ASEANを取り込むことで、外交上の孤立を避ける狙いがあるものとみられます。

ブリンケン国務長官と王毅政治局員が、13日に会談するとの情報も入ってきました。14日には米中露の3者が同席する東アジアサミット外相会議もあり、ウクライナや台湾の問題をめぐって激しい応酬も予想されます。

一方、日本からは林外相が出席しています。北朝鮮が参加する会合もあり、ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮に対し、各国がどう言及するかも注目されます。【7月13日 日テレNEWS】
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中国・ロシアとインドネシア外相の会談については、以下のようにも。

****中国・ロシアの外交トップがインドネシア外相と会談 ASEANの取り込み図り、外交的孤立を回避する狙いか****
インドネシアでASEAN=東南アジア諸国連合の関連会議に出席する中国とロシアの外交トップは、議長国を務めるインドネシアの外相と会談しました。欧米との対立が深まる中、東南アジア諸国の取り込みを図る狙いがあるとみられます。

インドネシアで13日から開かれるASEAN関連会議には、日本の林外務大臣やアメリカのブリンケン国務長官のほか、ロシアのラブロフ外相、中国の王毅政治局員らも出席します。

前日の12日には、ラブロフ氏、王毅氏と議長国インドネシアのルトノ外相が会談。

インドネシア外務省によると、ルトノ外相は会談で「より多くの対話と協力が必要で、世界の平和と安定のためにともにできることを議論したい」と呼びかけたということです。

中国やロシアとしては、ウクライナ情勢や台湾問題などをめぐって欧米との対立が深まる中、ASEANの取り込みを図ることで外交的孤立を回避したい狙いもあるとみられます。

また、中国外務省の発表によると、会談で王毅氏は「世界経済の回復が遅く、地政学的な緊張が激しさを増す中、平和と協力を求める流れは止まらない」としたうえで、「中国、ロシア、インドネシアは多国間主義と地域の平和と安定のプロセスを促進するのに役立つ交流を行う」とASEANで存在感を示す考えを強調しました。

会談では食料、エネルギー安全保障についても意見交換したということです。【7月12日 TBS NEWS DIG】
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「孤立」ということではウクライナ戦争で喫緊の課題となっているロシア・ラブロフ外相はASEAN各国外相とも会談。将来的なウクライナとの停戦協議では、どれだけの国際支援が得られるかが重要なポイントとなります。

****ロシア、ASEANと関係強調 停戦交渉にらみ米欧に対抗****
ウクライナ侵攻を続けるロシアのラブロフ外相はインドネシアのジャカルタで13日、東南アジア諸国連合(ASEAN)と外相会議を開いた。ウクライナとの将来的な停戦交渉をにらみ、米欧の外交圧力に対抗してASEANとの関係維持を強調。関係が戦略的パートナーシップに格上げされて5周年に当たることから、共同声明も出す見通しだ。

ASEANは昨年2月の侵攻後もロシアと対話してきた。今年の議長国インドネシアは停戦仲介に前向きで、6月に現在の戦線での即時停戦や非武装地帯の設置、国連主導の停戦監視などを独自に提案した。ウクライナはロシア寄りの提案だとして一蹴している。【7月13日 共同】
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一方、アメリカはミャンマー軍事政権への圧力を強める構えです。

****米国務長官、ASEAN外相会議出席へ ミャンマーに圧力強化****
米国務省は7日、ブリンケン国務長官が9─15日に英国、リトアニア、インドネシアを歴訪すると発表した。13日からインドネシアの首都ジャカルタで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議では、ミャンマーの軍事政権に対する圧力を強め、南シナ海における中国の行動をけん制するよう訴える。

クリテンブリンク米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は記者団に対して、2021年の軍事クーデターで混乱に陥ったミャンマーがジャカルタで話し合う「重要な議題の一つ」になるとし、ミャンマーにおける暴力を止め、民主主義を復活させるためにASEAN諸国が軍事政権に対して引き続き圧力を強めることを望んでいると説明した。

南シナ海の領有権を巡る問題については、威圧的で無責任な中国の行動に対抗するためASEAN諸国と協力すると述べた。【7月10日 ロイター】
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中国は経済を軸にASEAN諸国との関係を強化する姿勢です。

****中国とASEAN、自由貿易圏3.0版を協議=王毅氏****
中国外交担当トップの王毅共産党政治局員は13日、同国と東南アジア諸国連合(ASEAN)はジャカルタでのASEAN首脳会議で自由貿易協定第3バージョンに関する協議を進めていると明らかにした。

数カ国の外相と共にフォーラムに出席した王氏は「双方は自由貿易圏3.0版の交渉を積極的に進め、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の完全実施を推進している」と述べた。

RCEP協定は中国が支援する世界最大の貿易圏。2022年1月1日に発効し、オーストラリアや日本、ASEANの全10カ国を含むアジア太平洋地域15カ国が参加している。

王氏は「ASEANとの包括的な戦略的パートナーシップを引き続き深めていく」と表明。それにより「双方の発展と再活性化、また地域の長期的な平和と安定に向けた一段と強力な戦略的環境」が生まれると述べた。【7月13日 ロイター】
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統一した強固な対応がとれないASEANが、米・中・ロの“草刈り場”となっているようにも見えます。

【相次ぐ米中の接触 「ガードレールを敷く」】
一方、ブリンケン米国務長官と中国外交トップの王毅共産党政治局員の会談も。

****米中外交トップが会談=関係安定目指し対話継続****
ブリンケン米国務長官と中国外交トップの王毅共産党政治局員は13日、ジャカルタで会談した。AFP通信が伝えた。米中双方は関係安定化を目指して閣僚級の対話を重ねており、会談でも意思疎通の維持を確認するとみられる。

会談では台湾問題のほか、ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の核・ミサイル開発、南シナ海での中国の海洋進出の動きなどについて協議する見通し。バイデン米大統領と中国の習近平国家主席との首脳会談に関しても議論する可能性がある。

ブリンケン氏は11日、米メディアとのインタビューで「米中両国が協議し、高官レベルで対話していくことが重要だ」と強調。「特に軍に関し、あらゆる誤算を回避することが双方の利益なのは明らかだ」と述べ、国防当局間の対話再開を模索していく考えを示した。

ブリンケン、王両氏は、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の外相会議のためジャカルタを訪問。王氏は「体調」を理由に欠席した秦剛国務委員兼外相に代わって一連の会議に参加する。米中外交トップの会談は、ブリンケン氏が北京を訪れた6月以来となる。【7月13日 時事】
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米中関係では、ジョン・ケリー大統領特使(気候変動問題担当)が7月16日から訪中することにもなっており、6月のブリンケン国務長官訪中以来、接触が頻繁になっています。

****ケリー米大統領特使が訪中、気候変動分野での協力再開を協議する「本当の狙い」****
二松学舎大学国際政治経済学部・准教授の合六強が7月13日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ケリー米大統領特使の訪中について解説した。

ケリー米大統領特使が訪中、協力再開を協議へ
米国務省はジョン・ケリー大統領特使(気候変動問題担当)が7月16日〜19日の日程で北京を訪問し、中国政府当局者と会談すると発表した。アメリカの政府高官としては6月のブリンケン国務長官、7月のイエレン財務長官に続く訪中となる。

米中ともに関係性を回復したい 〜根本的な考え方の違いから関係改善は簡単ではない
飯田)相次いで訪中しているように見えますが、それぞれの狙いは違うのでしょうか?

合六)アメリカからすると、競争はするけれども、それが実際の対立・衝突にはつながって欲しくないし、望んでいないわけです。(中略)

できるだけ対話を制度化・定例化することによって、安定的な関係を築こうとしている。バイデン政権では「ガードレールを敷く」という言い方をしています。(中略)

中国側の意図も、同じようにアメリカと対話することで、いまの段階では衝突を引き起こしたくないという部分もあると思います。また、関係性を安定化させることによって、経済回復、特にコロナ後の落ち込んだ状態を引き上げたい思惑もあると思います。(中略)

ただ、米中では根本的な考え方にいろいろな相違がありますので、実際に関係改善へつながっていくかと言うと、まだ見通せないところがあると思います。(後略)【7月13日 ニッポン放送 NEWS ONLINE】
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いろんなチャンネルで「ガードレールを敷く」なり、関係性を安定化させるなりすることは良いことでしょう。
実際の目に見える関係改善へつながっていくかどうかは定かではありませんが。
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台湾  悩ましい中国との関係 総統選挙序盤戦では対中国中立姿勢アピールの第3政党候補が躍進

2023-07-12 23:48:19 | 東アジア

(民間団体「台湾民意基金会」の調査【7月11日 毎日】 
第3政党候補の柯文哲氏(前台北市長)は民放大手TVBSの6月の世論調査ではトップの支持率を得ています。)

【企業にとっても、国家にとっても悩ましい台湾の扱い】
台湾に関して「国家」「国民」という言葉を使うのが適切かどうか・・・私のつまらないブログでも、台湾・中国のどちらかの立場を一方的に代弁するようなことにならないようにと考えると、台湾に関する表記で悩むことがしばしばあります。

ましてや中国・台湾の両方で活動する企業となると話は深刻です。
これまでも、台湾に関する表記が不適切だとして中国からの批判にさらされた企業は少なくありませんが、今度はブルガリ。「管理不行き届きによるミス」と謝罪はしたものの、中国側の批判は収まっていません。

****ブルガリが台湾を“国扱い”し炎上、謝罪するも中国メディアとネット民は受け入れず****
2023年7月11日、中国メディアの観察者網は、高級宝飾品ブランドのブルガリが台湾の表記をめぐって中国のネット上で炎上し、謝罪したことを報じた。

記事によると、ブルガリの中国語版公式サイトの店舗情報で、香港が「中国香港」、マカオが「中国マカオ」と表記されていたのに対し、台湾だけは「台湾」のまま表記されていることをネットユーザーが発見し、ネット上で物議を醸した。

程なくしてブルガリが中国版ツイッター・微博(ウェイボー)アカウントを通じて「われわれは一貫して中国の主権と領土の完全性を尊重している。公式サイト上で不注意により生じた誤表記について、発見後直ちに修正した。誤表記があったことについて、深くおわび申し上げる」との謝罪声明を発表した。

一方、ブルガリが謝罪声明を発表した直後、人民日報は微博アカウントに短評を掲載。とても短い「生き残るためにした謝罪」であり、「管理不行き届きによるミス」という釈明は人々を納得させられるものではないとし、「一体どうやって根本から是正するのか。レッドライン、ボトムラインに触れてはならない。原則の問題に対するごまかしには容赦しない。中国をわずかでも欠かせてはならない」と論じた。

この件について、中国のネットユーザーは「中国向けのサイトでしか謝罪声明を発表していない。そもそも誤りだと認識してないな」「謝罪は受け入れられない」「アディダスやナイキはいつ謝罪するのか」「こういったブランドに対して寛容すぎる。ボイコットも弱い」「これからは一つの中国の原則だけではなく、台湾は中国の一部という文言も加えさせるべき」といったコメントを残している。【7月12日 レコードチャイナ】
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中国側・台湾側の両方が納得するような表記は・・・・難しい。

悩むのは国家レベルでも同じですが、そのあたりに最大の注意を払っているはずのアメリカ国務院のサイトでの表記が変更されたとなると、裏に何があるのか・・・という話にもなります。

****米国務院の台湾に関するページから「国家」の表現消える―台湾メディア****
台湾メディアの聯合報は12日、米国務院の台湾観光に関するウェブページから「国家(Country)」の表現が消えたと報じた。

記事によると、米国務院の台湾渡航への勧告(Taiwan Travel Advisory)のページが11日に更新され、日韓豪などと共に最も安全な「レベル1」を維持した。

一方で、旧バージョンでは「国家情報ページ(country information page)」や「国家安全報告書(Country Security Report for Taiwan)」とされていた部分から「Country」の表現が削除され、「台湾国際観光情報ページ(Taiwan International Travel information page)」や「台湾安全報告書(Security Report for Taiwan)」に変更されたという。

記事は「『国家』という文言が削除されたことが敏感な政治的連想を引き起こしている」と指摘。同紙記者が「中国からの圧力なのか」とただしたところ、国務院報道官からは「国務院は現在の安全情報と状況の変化を全面的に考慮した上で、定期的に渡航勧告を更新している」との背景説明だけがあったという。【7月12日 レコードチャイナ】
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【親台湾国家つなぎ止めのための「カモ外交」?】
単に「表記」レベルの問題にとどまらず、中国と台湾とどっち選ぶのかという選択になると、近年の中国の圧倒的な経済力を考えると、企業にしろ、国家にしろ、先ずは中国との関係を重視して・・・ということになります。

ただ、その後の台湾との関係は様々。

欧州・バルト三国のひとつリトアニアは中国と国交を結んでいますが、近年ではチベット問題やウイグル問題や香港問題などの人権問題から中国に不信感を募らせ、台湾との関係を強めています。

****台湾とリトアニア 自由と民主主義の連帯だ****
中国の脅威にさらされている台湾に民主主義の連帯を象徴する新たな拠点が正式に開設した。この動きを歓迎したい。

拠点とはバルト三国リトアニアの「リトアニア貿易代表処」で同国の駐台代表機関となる。台湾の外交部は「台湾とリトアニアは権威主義に最前線で立ち向かうパートナーだ」と正式開設を歓迎するメッセージを発表した。

代表処の正式開設が発表された7日には、多数の中国軍機が台湾の防空識別圏(ADIZ)に進入した。こうした中国の不当な圧力は到底許されない。
連共産党政権に支配された過酷な経験をもつリトアニアは、民主主義や人権を尊重する「価値の外交」を掲げ、欧州で対中批判の先頭に立っている。昨年11月に台湾はリトアニアの首都ビリニュスに欧州で初めて「台湾」の名称を冠した代表処を開設した。

中国はリトアニアとの外交関係を格下げし、リトアニア産牛肉の輸入を停止する報復措置を取った。中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報はリトアニアを「小国」と呼び、「大国との関係を悪化させる行動をとるのは度し難い」と反発したが、皮肉にも今年に入ってからリトアニアに追随する動きが相次いでいる。

リトアニアは昨年5月、中国と中東欧諸国の経済協力枠組みを脱退し、今年はエストニア、ラトビアが続いた。チェコでも下院外交委員会が枠組みからの離脱を政府に要求している。背景にはウクライナに侵略したロシアと友好関係を維持し、侵略を非難しない中国への失望と不信がある。

中国離れといえるこれらの動きが、欧州連合(EU)の対中政策に影響を及ぼさないわけがない。一方で、中国は経済力を盾に、ドイツなど親中的傾向のある国へ接近して欧州分断をしかけてくる恐れがある。警戒が必要だ。【2022年11月20日 産経】
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中国はその圧倒的な影響力で台湾と国交を有する国について、台湾から引きはがし、新たに中国と国交を結ぶという外交攻勢をかけています。

そうした中国の外交攻勢のなかにあって、積極的に台湾支援を表明するリトアニアは台湾からすれば非常に貴重な存在です。それだけに、なんとかその関係を維持したいということで、ややいびつな関係が生まれる可能性もあるようです。

****台湾、リトアニアの半導体産業に巨額支援で物議―仏メディア****
2023年7月7日、仏国際放送局RFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)の中国語版サイトは、台湾政府がリトアニアに大規模な半導体産業支援を行うことについて野党・国民党から批判が出ていることを報じた。

記事は、台湾が21年11月にリトアニアの首都ビリニュスに「リトアニア台湾代表処」を開設したことで中国本土の不興を買い、中台間で多くの外交問題、さらには商業問題が勃発したと紹介。

台湾はリトアニアを取り込もうと懸命になっており、最近では蔡英文(ツァイ・インウェン)総統がリトアニアの民間企業に1000万ユーロ(約15億6000万円)を支払う方針を示すという大きな動きを見せ、台湾内で大きな論争を巻き起こしたと伝えた。

そして、国民党の王鴻薇(ワン・ホンウェイ)立法委員が4日、台湾当局がリトアニアと締結した半導体に関する協力覚書について、「当初は台湾・リトアニア政府双方がリトアニアの民間企業に650万ユーロ(約10億円)を共同出資することになっていたものの、その後、台湾側の一方的な出資となっただけでなく、リトアニア側が資本金を1400万ユーロ(約21億9000万円)に増額するよう要請し、リトアニア政府関係者が台湾側との交渉で『台湾を助けたいというリトアニアの思いの方が、設立を助けたいという台湾の思いよりも強い』などと圧力をかけるような発言をした」と述べたことを紹介。

さらに、同委員が「台湾の海外駐在員事務所は台湾外交部に対し、当初の合意内容で進め、これ以上出資金を増やすべきではないと進言したものの、蔡英文総統が国家安全会議トップに『政治処理』を指示し、最終的に台湾政府が1000万ユーロを補助することを決定した」と指摘、「(おだてられて無駄金を出す)カモ外交」「主権喪失の恥辱」と批判したことを伝えている。

記事によると、同委員の批判に対し、台湾外交部の劉永健(リウ・ヨンジエン)報道官は「法の規範に照らして技術ライセンスを提供することは、台湾の技術・産業の国際的な影響力の増進につながり、台湾を国際的な安全保障のサプライチェーンに組み込むために不可欠なものであると強調。

同部はさらに「初期段階におけるリトアニア側の投資は少ないが、将来的に協力が拡大し、さらに工場を開設したりすることになれば関連資金はリトアニア側が拠出する。現在台湾が投資している資金は、リトアニアの基礎能力の向上と研究開発センターの設立を支援するためのものであり、『カモ外交』や『主権喪失の恥辱』ではない。パートナーシップと二者間の優位性に基づく産業協力であり、グローバルな民主主義の強靭(きょうじん)性を高めるための実際的なアクションだ」との姿勢を示した。【7月10日 レコードチャイナ】
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リトアニア側に、台湾の足元を見るような姿勢があったかどうか、台湾側に足元を見られるような『カモ外交』があったかどうか・・・微妙なところ。

【台湾から中国に乗り換えたホンジュラスでは、地場エビ養殖産業が苦境に】
一方、中国の外交攻勢で台湾から中国に乗り換えた国でも経済問題がおきています。
中米は中国の外交攻勢の舞台になっていますが、中国にとっての直近の成功例がホンジュラス。

****近年、台湾と断交し中国と国交を結んだ中米の国****
2007年 コスタリカ  2017年 パナマ  
2018年 ドミニカ共和国、エルサルバドル
2021年 ニカラグア  2023年3月 ホンジュラス
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ホンジュラスは6月11日に北京に大使館を開設し、12日には習近平国家主席が中米ホンジュラスのカストロ大統領と北京で会談。ホンジュラスが台湾と断交して中国と国交を結んだことについて「歴史的決断だ」と評価、「経済・社会の発展を支援する」と表明しました。【6月13日 TBS NEWS DIG】

しかし、ことはそう簡単ではないようです。政治の動きに翻弄される地場産業の苦悩も。

****中国と国交樹立のホンジュラス 台湾依存のエビ業界で渦巻く不安****
中米で近年、台湾と断交し、中国と国交を結ぶ動きが相次いでいる。狙いの一つが、輸出の拡大だ。今年3月に台湾との関係を解消し中国に乗り換えたホンジュラスも、対中輸出の増加をてこに経済を活性化させる青写真を描く。

しかし、輸出の主力品の一つである養殖エビの業界を取材すると、期待と不安の入り交じった声が聞こえてきた。
首都テグシガルパから車で約3時間。太平洋に面する南部チョルテカ県に入ると人工池が点在していた。食用のバナメイエビの養殖場だ。

「中国市場は巨大だ。できるだけ早く輸出したい」。ホンジュラス水産養殖協会(ANDAH)のフアン・ハビエル会長(53)は世界第2の経済大国の潜在性に期待を寄せた。

エビの養殖場は国内に409カ所、計約2万2000ヘクタールあり、昨年の輸出額は2億8240万ドル(約406億円)とコーヒー豆、バナナ、パーム油に次ぐ4位。(中略)台湾との間では2008年に発効した自由貿易協定(FTA)で関税免除となり、輸出が加速。現在、エビ輸出の約4割は台湾向けだ。

だが台湾との断交を受け、ホンジュラス政府は6月、FTAを破棄すると台湾側に一方的に通告した。年内に破棄され、エビには関税が課せられる見通しだ。一方、中国は既にホンジュラス産の養殖エビの輸入を認可し、両国政府は7月4日からFTA締結に向けた交渉も始めた。

「台湾はメインの市場だ。だが今後は中国と取引せざるを得ない」。台湾向けが売上高の半分を超えるチョルテカ県の企業の幹部は、こう複雑な心境をのぞかせる。中国との取引に乗り気でないのは、中国企業から安値で買いたたかれる懸念があるためだ。

ANDAHのハビエル会長によると、中国側のバイヤーはホンジュラスの複数の生産者に対し、台湾との取引の半値ほどの価格を提示してきたという。背景には、インド産などが出回り、競争が激しい中国市場の事情もある。

人口約1000万人のホンジュラスで、養殖エビ業界の雇用創出効果は輸送など裾野産業を含めると10万人以上とされる。(中略)

中国市場については、労働者の間にも悲観的な声が出ている。チョルテカ県の企業の生産管理部門で働くマヌエル・ケイロスさん(45)は「中国との取引で利益が出るとは思えない。業績が悪化すれば、養殖場を閉鎖する企業も出てくるのではないか」と表情を曇らせた。【チョルテカ(ホンジュラス南部)で中村聡也】
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【総統選挙序盤戦で躍り出た第3政党候補 「親中」でも「反中」でもない中立姿勢を強くアピール】
台湾では来年1月に総統選挙が行われますが、「ひとつの中国」を受け入れず、中国に対する独自の姿勢を協調する蔡英文政権を継承する民進党、中国との関係を重視する国民党という二大政党の争いと見られていましたが、ここにきて、「親中」でも「反中」でもない中立姿勢を強くアピールする第3政党「台湾民衆党」の党首・柯文哲氏(前台北市長)の支持率が急上昇しています。

****台湾総統選が混戦 民衆党の柯氏、支持率トップに****
2024年1月の台湾総統選まで残り半年となった。ここまで蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の対中強硬路線を引き継ぐ与党・民主進歩党(民進党)候補の頼清徳氏(63)と、野党候補が激しく競う混戦模様となっている。同時実施の立法委員(国会議員)選も接戦が予想され、民進党と国民党の二大政党が単独で過半数の議席を獲得できるかが大きな焦点になる。

各党は総統選に向け、4~5月に候補者を決定した。民進党からは現政権ナンバー2で蔡氏の右腕である頼副総統が選ばれた。最大野党で対中融和路線の国民党からは、台湾最大の人口を抱える新北市の侯友宜市長(66)の出馬が決まった。

ただ、序盤の選挙戦をリードしたのは、民進党でも国民党でもない。第3政党「台湾民衆党」の党首・柯文哲氏(63)だ。

柯氏は昨年12月まで8年間、総統の登竜門といわれる台北市の市長を務めた。長年にわたる二大政党による従来型の金権政治などを批判。こうした有権者の批判票の受け皿にもなる狙いで、19年に台湾民衆党を結成した「戦略家」としても知られる。

柯氏は「民進党も国民党も、台湾独立か中台統一かのような主張だけで、それ以外に違いはない」と断じる。自身は「親中」でも「反中」でもない中立姿勢を強くアピールし、若者を中心に無党派層の支持を取り込む。

実際、民放大手TVBSの6月の世論調査では33%の支持率を獲得。同30%の頼氏、同23%の侯氏を抑えて、初めて支持率でトップに立った。

「三つどもえ」の選挙戦は今後、中盤戦に入る。柯氏の勢いに対し、二大政党がどう動くかに注目が集まる。
民進党は16日、党首を務める頼氏のもと年1度の党大会を開く。決起集会とし、立法委員選に出馬する議員らとテコ入れを図る。

注目されるのは、その後の8月にも検討される頼氏の訪米計画だ。台湾の総統選に初めて出馬する候補者は、総統選の前年にワシントンを訪問するのが半ば慣例となる。双方の理解を深めるためとされるが、台湾では米側による事実上の「面接」とも受け止められる。

12年に初めて総統選に挑んだ現総統の蔡氏も、11年9月にワシントンを訪問した。だが好感触が得られず、12年の総統選では米中関係でバランスを取る馬英九氏に接戦で敗れた。

台湾は近年、蔡政権下で米との距離を縮めている。頼氏の訪米が実現すれば米側は歓迎するとみられる。米との良好な関係は台湾の無党派層へのアピールにつながり、票の上積みが期待できる。

一方で頼氏の訪米は中国の強い反発が予想される。訪米日程の調整を含め陣営には慎重なかじ取りが求められる。

苦しいのが、国民党候補の侯氏だ。市長を務める新北市の幼稚園で、園長らによる園児への虐待の疑いが浮上。対応が大きく遅れたことで、支持率を急落させた。

党内からは候補者の差し替えを求める声も上がる。5月まで侯氏と党内候補を競った鴻海(ホンハイ)精密工業の創業者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏を再び推す声も少なくない。国民党も党大会を23日に控えており、新方針や挙党一致体制を示せるかが焦点だ。

総統選と並び、台湾の今後の行方を左右するのが立法委員選だ。定数は113議席で任期は4年。与党・民進党は現在62議席を有し、単独で過半数を確保する。

この立法委員選でも、柯氏の台湾民衆党が立ちはだかる可能性がある。同党の現有議席数はわずか5議席だが、今回は大きな上積みも予想される。民進党、国民党ともに単独過半数を確保できず、少数政党の柯氏がキャスチングボートを握れば、政権運営に支障をきたしかねない。

実際、00年代に8年間にわたって総統を務めた陳水扁氏による民進党政権では、民進党が単独で過半数を握れなかった。このため重要法案を度々通せず、米台関係の停滞を招いた。

台湾政治に詳しい東呉大学の左宜恩准教授は、今後の選挙戦の見通しについて「各党候補者は8~9月にかけて自身の政策を発表するだろう。その時、3者の違いがより明確になる」とし、支持率も動くとみる。

総統選を制するには、3~4割いる若者を中心とした無党派層をいかに取り込めるかがカギを握る。左氏は、各候補者とも敏感な話題となる中国政策を争点にすることは控え「無党派層を意識し、特に景気、物価、給与問題など若者を意識した争いになる」と予測する。【7月12日 日経】
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“各候補者とも敏感な話題となる中国政策を争点にすることは控え”というのも、奇妙な争い。
柯文哲氏の“「親中」でも「反中」でもない中立姿勢”というのは、言うのはたやすいですが(「協力、競争、対抗の3つのことを同時に行うべきだ」とも)、攻勢を強める中国に対し、実際にそれができれば苦労はしない・・・といった感も。
“武力衝突を避けるために「台湾は自身の防衛力を高めること」と、「中国と対話を重ねること」が重要だと強調した”【6月3日 産経】とも。

まだ半年ほどありますので、これからでしょう。

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