明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



三島由紀夫の戯曲『船の挨拶』にはどう考えても船が登場しないことには成り立たないが、今回波が高く、海を行く船はまったく撮影できなかった。主人公が銃撃を受ける黒い密航船はイメージが決まっており模型を使う予定だが、波をかき分けての航跡の部分は走る船を撮影しないとならないだろう。いざとなったら墨田川で代用するつもりである。私はすでに太平洋と浜名湖をつなげてしまっている。どうということはない。“富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も”雪にかわりはないと先人もいう。塩分濃度は見ても判らない。
今回房総にはKさんの同僚で同じS運輸を定年のSさんも一緒だったが、来週には青森に帰るので、本日はT千穂にて、常連集めてSさん主催の飲み会である。話に散々聞かされていたKさんの元彼女も登場。自分と齢の変わらぬ親に挨拶までいって浮気がばれて解消ということであったが、その点に関して全く実のない人なので、結婚などとても無理である。そのあとも同じようなことを繰り返したようだが、未だ“女には夢を持っている”などといっており、今日も楽しそうに笑っていたが、おかげで毎日寂しい々と私にメールをよこす有様である。もうそっちの運は使い果たしたから今後良いことないよ、と本日もいっておいた。 明日には青森に帰るSさんと二次会を軽く済ませ、Kさんと錦糸町のサウナに泊まるというのを見送って別れた。私には定年もなければ第一も第二の人生もないので気持ちは良く判らないのだが。 明日はKさんのガムテープの件に触れないとならないだろう。

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房総  


房総に滞在中、波が常に高く天気も安定せず、雲の間から陽が出るたびに繰り返し撮影に出かけるという状態であった。二度目ということもあり、いつがいつだか区別も付かず、思いだしたところを書くことにする。 特に後半は常に曇っており、思った通りの撮影は出来なかった。それでも『潮騒』の背景はなんとか撮れたように思う。南房総では未だに海女がおり、半裸の娘さんが気軽に記念撮影に応じてくれる ということはない。『船の挨拶』の舞台に、と考えた野島埼灯台は都合二回行ってみたが、いずれも曇天。よほど滞在を延して、とも思ったが、週間予報は連日曇りなので諦めることにした。 今日は朝から野島埼灯台を、無理矢理晴天の風景に変える作業に費やした。私は無い物は撮れない、という写真に常々ムカついており、二度も出かけた私に撮らせないとは何事か、と少々意地になっているわけだが、実は多少の目論みもあった。三島作品の風景はいささかワザとらしい方が三島的ではないか、と考えたからである。うっとりさせられる見事な風景描写ではあるが、描かれた絵のようなところがある。それを私に気付かせるために曇天にしていたとは知らなかった。というわけで、なんだか妙な味わいの風景が一つ出来上がった。後は肝心の『汝の安航を祈る』の信号旗を立てるだけである。ここまできたら灯台にしても、元の場所にスマして立っている、などということを私は許さない。 しかし、調子に乗ることは禁物である。見学者がいないところを撮影したつもりで選んだ灯台を調整していたら、大分進んだところで上でアベックが抱き合っていることに気付いた。 続く

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『潮騒』の初江役をお願いするAちゃんが実家に帰ると聞いたので、入手していた撮影用シミーズを選んでもらうため袋に入れて持っていく。父親がいて、中を見ようとする。「お父様フケツ!!」。まずAちゃんに見てもらわないとならない。そうこうしてAちゃん帰宅。ところが同級生が集まるということで女の子がゾロゾロと。そこでAちゃんと母親が袋から出そうとするので、それは勘弁してもらい、とっとと退散した。 来月某作家の全集発刊記念のオマージュ展に出品する予定だが、弱ったことに若くして事故死した作家は、肖像写真の類が極端に少ない。よってイメージ写真の出品になるかもしれない。この作家の作品は独特の味わいのあるものだが、舞台が外国だったり、極普通の日常だったり、どこをどう画にするか、なかなか難しい。今のところ短編しか読んでいないので、長編も読んでみたい。そうこうして田村写真の田村さんから、ゼラチン紙の試作が一枚できたと連絡もらったので麻布十番へ。一見私の制作した物よりゼラチン層が薄く見えるが、ゼラチンの量は充分のようで、水に浸していると水を吸いかなり厚くなる。写真用のゼラチンは普通のゼラチンより固まりやすいとはいえ、さすがにこの気温では乾燥に時間がかかったという。おりを見てプリントしてみることにする。 田村写真にも放射能計測機があった。昔は怪獣映画でしか見なかったものだが。カメラのレンズには、その成分から一部放射能を発するものがある。アメリカなどは大昔に製造中止になったが、日本はこんなことも遅れていて、ペンタックスの明るいレンズには後年まで使用されていたようである。これが最強というレンズの後ろ玉に計測器をあてがうと、ピーヒャララとやかましく、たちまち“DANGER”の表示。いやはや。

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それにしてもシミ一ズだズロ一スだ、などと私は一体何をしているのだと思わなくもないが、立体だけを作っていれば、おそらくシミ一ズやズロ一スとは無縁だったはずである。 立体を展示しただけでは制作時にイメ一ジした世界の、出し切れない物が頭の中に残っており、全部公開しようとすると制作した人物の背景まで表現することになる。しかも現実世界にイメ一ジした物と同じ風景が無いとなれば、作ることになるのは当然であろう。実際はちょっとイメージと違うが、無い物は撮れないから我慢した。ということだけはしたくない訳で、たとえ太平洋と浜名湖をつなげることになろうと、どんな手でも使う所存である。 ところで届いたシミ一ズ『ヤング・ランジェリ一』。どうやら潰れた学校指定店のデッドストック物のようだが、私にはサイズ表示が飲み込めず、届いた物はどう考えても使えそうにない。私に助手や手下や執事などがいたなら、こんなことは、そいつらにやらせるところだが、いないので、パソコンに向かって新たにヤングなランジェリ一を探す私であった。

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インターネットというのは、何か探す場合大変助かる。磯ノミを注文し、初枝が履いたであろう藁草履も注文することができた。入手した物はまだある。 『潮騒』といえば“焚き火を飛び越して来い”で有名な、監的哨のシーンが有名である。嵐の夜に落ち合う約束をした新治と初江。先に着いた新治が 焚き火をして寝入ってしまい、その後に到着した初枝は濡れた服を脱いで焚き火で乾かす。初江役のAちゃんは知人の娘で、おかげで勝手が違い、どこまでやって貰えるか未だ確認していない。おそらく初江が身につけていたのは、私の時代でいうシミズだかシミーズといった物とズロースであろう。どちらも聞いた事がないというAちゃんに、ズロースのサイズを聞き私が購入して渡すのも妙なので、くれぐれも介護パンツと間違えないよういって調達してもらうことにした。あとはシミーズであるが、これはあくまで昭和風でなければならず、オークションでデッドストック物を入手した。そんなことはAちゃんの母親に相談しつつ、逐一報告しながら進めている。Aは足が大きいからその藁草履入るかしら、というメールをもらった。 先日父親にはテスト撮影したAちゃんを、携帯の待ち受けにするからと送らされた。父親の前では愛娘を褒めることは避けている。大事な娘の話は長くなるし、さらにやりにくくなるからである。最近用事があるのに娘から返事が来ないというので、親父さんしょげてるから連絡してあげて、と私からいっておいた、やはり撮影時、父親にセコンドに付かれるのは拒否しなければならない。もっとも実際は口だけで、どこかに飲みにいってしまうとふんでいるのだが。

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ようやく完成した海女小屋だが、初江をここに、と考えながらイメージに合った場所を作るのは嬉しい。『中央公論Adajio』では背景が都営地下鉄駅周辺に限られたため、必ずしもこの人物なら絶対ここ、という場所に立たせられなかったので、以来、できるならより納得できる場所に、と考えてきた。  何度もいっていることであるが、マコトを写すという意味の写真という言葉がどうにも居心地が悪い。創作者としてマコトなどというものに一切係わりたくない、という私の性質にもよるのであろう。 そもそも子供の頃どこかの王様に、例えばロンドン塔のような場所に幽閉され、ここにあるクレヨン、色エンピツ、画用紙、粘土等、好きなだけ使っていいし、図書室の本も読みたい放題、そのかわり学校も行かず宿題も何もしないで良い。などという状態を夢想する子供であり、今もあまり変わっていないようである。 それはともかく。写真と出合ったことは良かった。嘘を付くには本当の事を混ぜるのがコツであるが、そのためのツールとしてこれほど最適な物はない。私の作った海女小屋が嘘八百だとしても、それを形成する焚き火跡、戸板や、空や海など、一応実物にレンズを向けて撮った物を使っている。それが私の嘘に真実味を与えてくれているわけで、たとえ小屋の背景の房総の海が、遠景になるにつれ実は浜名湖になってしまっていても、私が黙っていれば良いことである。 ただここで気をつけなければならないのは、いくらデジタルで自由が利くといっても、キッチリと作りすぎるのは禁物である。よって海女小屋でいえば、何に使用するのか判らない雑物をあえて画面に入れてみた。人形を手持ちで撮影していた頃学んだことだが、作り物だからこそ、不測の事態を取り入れることが大事で、そのためのツールとしても写真は最適なのである。

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昨日数日かけた海女小屋、後は初江とサザエやアワビの貝殻を配すれば完成のつもりであった。始めは海が見えているほうが良いだろうと、もっとガラアキだったのを大分囲ったのであったが。しかしまだ“小屋感”に乏しい気がしてきた。海女小屋というと、中で焚き火で獲物を焼いて食べたりするので焚き火跡が必用だろうと、下方のスペースをを重要視したが、小屋というと雨風がしのげる所。つまり小屋感をより出すには重要なのは屋根であろう。しかし何かで覆ってしまうと撮影時の光線状態とは違ってきてしまう。そこで青空を入れるためにもオープンな状態にし、さらに窓状に切り取った向こう側に対岸が見えるようにした。竹竿はよけいな物を隠すために必用であったが、このおかげで海女小屋の中のほんの狭い空間という感じが出て、口さがない海女仲間のオバサン連中の目を気にすることなく、初枝は新治のことを想えるのではないだろうか。

初江役をお願いするAちゃんの父親から、来週来るので撮影はどう?とメールが着た。背景が出来た分だけでも撮影しておきたいところである。その父親が自分がいた方が?というのだが、Aちゃんを溺愛する父親の目の前で、海女姿の娘を撮影するというのは、どう考えてもやりやすいとはいえない。セコンドに付いたドリー・ファンク・シニアの前でドリー・ファンク・ジュニアと試合するようなもので、いつクレームを付けられリングに乱入してくるか判ったものではない。なんとか穏便に断わりたいものである。

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海女小屋は某店内を画像処理にて制作するつもりであった。柔らかい外光が入るのが良かったし、窓外に漁村の青空を配すればのどかな雰囲気が出るだろう。しかし調べてみると、現在の観光客向けの海女姿のおばさんが、サザエやアワビを焼いて供する場所とは違い、本当の海女小屋とは、ほとんど掘っ立て小屋のような、かろうじて何かで囲んだような粗末な物であることが判ってきた。藁や戸板で囲っただけの物から、トタンで囲った物まである。昔は女性でもフンドシ、上半身も素っ裸が当然だった頃は、プライバシーも何もなかったであろう。こうしてみると小屋というにはあまりにスカスカではあるが、イメージしてみた海女小屋である。何か良く判らない雑物が置いてあるが、作ろうと思っても作れないのがこの辺りで、このような物がリアルにさせている。同じ雑物でも逆に邪魔だったのが、やたらとぶら下っているスーパーの袋であった。撮影時にどかしたが、真っ白な発砲スチロールの箱も目に付いた。 停泊していた漁船の漁師のおじさんには「何撮ってんの?」と訊かれた。咎められたわけではないが、せっかく広い海が広がっているところで、妙にセコい物ばかりにレンズを向ける私が不思議だったのであろう。私の撮影は常にそんな状態である。 真ん中のコンクリートブロックに海女姿の初江が坐り、出漁中の新治を想う予定である。初江の名を墨書きした初江愛用のタライを配するか未だ決めかねているが、房総まででかけて肝心のアワビやサザエの貝殻を撮ってくるのを忘れた。これは次回の課題とする。 

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『潮騒』の初江役は熟孝の末、このブログにもよく顔を出す人物の長女Aちゃんに決まる。父親はイニシャルで通しているが、それでもイメージが悪くなってもいけないので黙っておく。実際血がつながっているというのを信じたくないような娘である。といっても、ここのところ出ずっぱりのS運輸を定年のKさんでないことだけはいっておかなければならない。 始めに母親から打診してもらうと、やっても良い、という返事であった。しかし海女の格好をし、濡れて多少透けることを覚悟してもらわないとならない。さらに問題は父親である。彼は長女を我が恋人と公言してはばからないような男である。結婚は絶対させないといっているし、酒を飲んだおり、その辺を突いて彼を涙ぐませては面白がっている私である。そこで母親だけで話しを進ませても、と“○家の親御様へ”と冗談めかしながらも制作意図と潮騒のあらすじをメールした。すると父親はまったく問題ないという。記念にもなるし、とすこぶる物分りが良い。といいつつ図書館から『潮騒』を即借りてきていた。一応内容をチェックということであろう。先日飲んだ折には、娘にちゃんと納得させるからと気前の良いことをいって、その場で携帯を取り出し、「ヌードもありだから」。などと余計なことまでいう。「いやなにもそこまで」。『あっ、協力してるように見せかけて邪魔してやがるな!』  そうこうして、直接Aちゃんからメールをもらった。焚き火を越えて来い、で有名な嵐の晩をどこまで描けるか、など細かな部分はさておいて、とにかくやってくれることになった。父親の手前、撮影の時には海女姿のAちゃんが乾かぬよう水をかける役で、母親に立ち会ってもらうつもりでいる。撮影後に飲むたび絡まれるようになっても困る。

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太宰  


太宰 治は本来、酒煙草で無頼的に描きたいところであったが使えない。そこで女性を登場させることにした。予算はまったく無い。そこでアダージョの関係者の人脈からということになったが、なにしろ太宰の横に立たせて、発行部数15万部の表紙に使おうというのだから、誰でも良いという訳にはいかない。自薦他薦と集まったがピンとくる人材が現れない。第一シロウトの場合、会ってみてイメージではない、と断わるのも気が引ける。結局私の知人の中から選ぶことにした。肝心なのは着物を調達でき、さらに自分で着られる、もしくは着せてもらえる人でないとならない。そこでKさんにお願いすることにした。着物は確かお母さんの持ち物であった。丁度発行直後に結婚するということで、良い記念になったのではないだろうか。今回写真を展示するのでメールで知らせたところ、只今四国をお遍路中で35日目。台風のため今治あたりで足止め中とのことであった。帰りは中旬で、残念ながら会期には間に合わないらしい。

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撮影  


朝8時。ゴミを出したついでにT屋へ。カウンターには常連のタクシー運転手某さん。TVでは大相撲八百長問題。理事長は現役時代、休場は負けと一緒、とあえて出場し大関陥落。そして再出発の後、大関にカムバックした超が付く真面目人間である。でなければ、なかなかこうは行かない。星の貸し借りは八百長ではない、という勘違いしている理事までいるようなので、大掃除は大変であろう。その理事だって当然現役時代やっていたわけである。引退勧告された連中からすれば、他にもやっていた親方や、現役力士がいるのに、といいたいのであろう。口止めを条件にそれ相当の金を用意し、納得させるしかない。某さんは昔、栃錦の猛稽古を随分見たらしいが、柄の先を尖らした竹箒で、力士を突き刺して血が吹き出ていた、という。あいつらキ○ガイだ、と思ったほどの稽古だったらしい。先を尖らした竹箒って、竹ヤリに箒が付いている状態ではないのか。
2時に三脚を持って御茶ノ水のホテルへ。バーで背景の撮影。ここへ後日、現役の作家I氏の像を坐らせるわけである。編集者にI氏愛用の煙草を用意してもらい、グラスに氷とウィスキー。I氏はここを常宿としているそうなので、店の用意してくれたウィスキーも愛飲の銘柄なのであろう。狭い店内なので、おのずとアングルは決まり、一時間もかからず終了。このガソリン不足のおり、撮影に使用したウイスキーを捨てるということは、とてもできない。私が責任を持って処理。

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雪の日に深酒をして撮影できなかった私だが、6年前に撮影した雪を使い、無事積もらせることができた。江戸川乱歩の『盲獣』では、犯人がバラバラにした死体を様々な形で処分する。浅草寺上空を風船で飛ばしたり、ハムの包みから出てきたり。 雪の中から出てきた足を撮影するため、雪を追いかけ川治温泉まで撮影に出かけた。雪からちょこっと覗く足を撮影するためだけに、雪の中から出てくる“足”を伴い、ペットボトルに入れた絵の具で作った“血”を持って。今だったら足は暖房の聞いた部屋で、後から撮影するだろう。血は雪に垂らしたが生々しくなり、結局後から消した。2某日5 先日、乱歩の時に考えた、撮影した場所を血だらけにする方法が上手くいったが、液体が溜まった様子を表現するため、後から加工するのではなく、いかにも血痕の滴りを表現する方法を考えた。やはりペットボトルに、ある物を入れた水を持参することになるが、赤い絵の具と違って、はたからは、ただの水をこぼしているようにしか見えず、乾けば跡形もなくなる、というのが改良点である。6年前と同じことをしているわけにはいかない。

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昨晩、Kさんはあと1日苦しんでいるはずなので、飲酒に誘われることもなく、調べ物と読書で寝たのは5時近かった。朝、雪が降っているという田村写真のHさんの電話で起こされる。 春一番の後で雪? 前回は過度に飲んでしまい、雪を撮影するといっていたことも忘れ、翌日の「雪はどうだった?」のメールや電話に、いつ買ったか覚えていない溶けたアイスクリームを頭にくっつけたまま、僅かに残る雪を見て、これで雪とは大袈裟な連中だ、と不思議がってしまう失態を演じた。 今日はたいして積もりそうもないが、とにかく雪を撮ろうとまず日比谷へ。戒厳令下の帝都といきたい。ところが駅を出るとすでに半分雨。目星を付けたビルに到着したときはタダの雨。積もった雪も見当たらず。 普段なら明け方まで起きていても、3、4時間で目が覚めるのだが。そのまま帰るのも悔しいので撮影する。“私は待ったんだ雪が降る日を。私に雪を撮らせるつもりがないと見極めがついた。”私はきびすを返し総監室へ、ではなくラーメン屋に入った。寝坊した私が悪い。しかし濡れた壁面、路面は撮った。光線具合は二・二六並。来年の降雪を待つつもりであったが、待つのは止め、雪を作ることに決めた。戒厳令下、反乱軍の一将校として、三島はここに倒れることになるだろう。 雨が降る寒い中の撮影であったが、いつも撮影中はカッカしてきて汗をかく。そのままにしていて風邪をひくことがあるので気をつけなければならない。実際体温が上がるのかどうか知らないが、撮影中蚊に刺されにくくなり、さされても軽く済むのと関係があるのだろうか?

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映像  


小説を読んでいると私の場合、頭の中で常に映像が浮かんでいるのだが、必ずしも皆がそうではないと知ったのは、そのことを友人と話した中学生の時であった。私はそれが当たり前だと思っていたので、画が浮かぶことはあるけれど、映画みたい動きっぱなしの映像なんて浮かばないという友人を、内心、こいつ馬鹿なんじゃないか、と思ったのだが、聞いてみると、私のように上映されっぱなしという友人はいなかった。 小学校の時に日光に遠足にいったのだが、どう考えても、ここに来たことがある。という景色を目にした。それが十五少年漂流記の一場面だと気がついたのは、いつか読み返している時であった。 本日は逆に、ある文献を読んでいて、以前撮影したことがある場所とそっくりな場面が浮かんだ。1カット、わざわざ撮影に出かける手間が省けたのであった。

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撮影  


11時過ぎに撮影地に向け出発。電車内で咳が止まらなくなってもいけないので、のど飴、スプレイ、飲み薬など持っていく。 横浜市神奈川区某所。東京湾に面した出島のようになった場所のようだが、コンビニの店員に聞いても、その住所自体を知らないし、この辺りに海などないという。そんな馬鹿な、とタクシーを拾うと、運転手がそういえば、そんな所が、という状態で、めったにタクシーがいくこともないらしい。 広々としたところを走り事務所に挨拶に行くと、すでにMさんからの連絡が入っていて、何がどうと、説明する必要もなく、ヘルメットを渡される。車両がある場所にいってみると、大変な量の車体が置いてありパットン戦車軍団の如し。やはり当初考えた一台だけより、せっかくなのでもっと入れることにする。カッコのいい車体に目を付け撮影していると、所長らしき人が通りかかり、動かしてくれるという。さきほどから撮影していた車体は、社外の物で、できればこちらを、ということらしい。逆光だったので、向きを変えてもらった。その後二時間ほど敷地内を歩き回り撮影終了。タクシーを呼ぶが、出島内の詳細な地図がないということで、しばらく待つ。あげく運転手が復唱した駅名とは違う駅で降ろされるが、撮影が無事すんだので良しとする。 今回は背景に某建造物を入れることになっている。風景を二回撮ることにななり、今日の撮影は中景ということになる。建造物の遠景は、テスト撮影時曇天であったし、今日の撮影で方針が変わったので、再度撮影することになる。

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