明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

一日  


階下のフリーの映像関係のプロデューサーYさんから、小津安二郎の本があったからK本に持って行くと4時前に電話。今日は4時から飲んでいるわけにいかないので、一区切り付いたら行きますといっておく。小津を作る予定があり、当時使用したキャメラ(映画関係者はそういう)の詳細が知りたい。といっても、来年の話なのだが。 1時間すると、まだ来ないのかといいたげに、手持ち無沙汰の様子。もう持たないかもしれないので駄目だったら本を女将さんに預けておくということであったが、さらに1時間後、Yさん沈没し、家に帰って食事を済ませ、寝ようとしたら松竹の『母べえ』などのプロデューサー矢島さんが、K本に来るといってるから、またK本に来たという。わざわざ電話してくれたらしいが、それにしたってまだ先の話なのだが。さすがに行かねばならないとK本に行くと、監督の元木さんと若いプロデューサーまで来店。K本には、ゲゲゲの鬼太郎グッズの目玉親父がぶら下がっている。松竹には当然、キャメラその他資料は残っているそうなので、その節には松竹に見にいくことにする。 閉店の8時になり、さらにT屋に移動。店主のHさん、禁酒のはずが飲んでいる。大きな湯飲みで飲んでるので一見お茶のように見えるが。昼間、昼食を食べにいったら、店を閉めようとしていて、これから検査だというから遠慮したら、もう遅いからいいやという。ここのところ飲んでしまっているので、いきたくなかったに違いない。呑み助の気持ちは手に取るように判る。 最近来日したフーを観にいったという矢島さんと、小津ではなくロック談義に終始する。バッドカンパニーが好きだという矢島さんに、ELPの前座でフリーを観た話をする。ベースはアンディ・フレイザーではなく、山内テツであった。Yさんに借りた本を忘れる。

01/07~06/10の雑記
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