明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



午前中、アダージョの堀間編集長と待ち合わせ、都内某所にて撮影。背景は奇跡的に残った木造の商家である。当初第一候補はここではなく、生前 Iの住んだ場所であった。ネットで検索すると文学散歩のルートになっていて、ネット上の写真を見て決めたのだが、ロケハンに行ってみると、雰囲気台なしの新築の家が建っていて断念。こうなると悔しいので、かえって変更して良かった、というところまで持っていかないと気が済まない。 木造の商家は、家主の方にお願いし、入り口の戸を開けていただくことにした。さらに保存されていた古い暖簾を使ってくださいとのお申し出。私は事前に、古い書籍に載っていた写真を元に、暖簾の画像を2種類作っておいたのだが、ボロボロに風化しているとはいえ、普段室内保管されている暖簾を、実際玄関にかけて撮影できれば、それにこしたことはない。撮影も無事に済み、フィルムを現像に出し、新橋演舞場へ。
花形歌舞伎 夜の部。イベント屋のSと待ち合わせる。1)通し狂言 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)2)龍虎  市川海老蔵 中村獅童 尾上菊之助 片岡愛之助 尾上松緑。何が哀しくてSと2人でというところだが、急な平日ゆえ、お誘いしたご婦人方に振られた揚句であることはいうまでもない。久しぶりのSと弁当を食べたり飲んだりの5時間であった。 菊之助の政岡にはジンときたが、睨みの成田屋、海老蔵の仁木弾正の目力は凄かった。前から16列の、乱視の私にもはっきり届く。眼光をあたりにまき散らしながらの立ち回り。ようやく死んでくれた時はホッとしたくらいである。弾正の亡骸が担がれていくときは「ごくろうさん」の声。 成田屋に、私のような細い目の子が生まれた場合、一大事である。伝統継承のため、ちっちゃい目の娘と結婚してはならないという家訓があるのではないか。

01/07~06/10の雑記
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