明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



粘土も届き、雲水菅谷の一休禅師の準備に取り掛かりながら、鎌倉の禅師、蘭渓道隆と無学祖元の写真作品への備忘録として。 坐禅姿の蘭渓道隆は、素人の私が調べた限りでは、もっとも実像を伝えているのは、来日時に携えて来たと伝わる、国宝の肖像画である。その迫真の表現は、当時の日本にはない。重文の木像は死後の作といわれ、度重なる修復がなされており、レントゲン写真を見ると、その下には趣きの違う顔がある。建長寺には創建時に蘭渓道隆により植えられたという、中国原産のビャクシンの樹があり、七百数十年経ち、大変な巨木となっている。それを背景にしたい。もう一点は坐禅姿を真正面から無背景で撮る。原画が斜め四十五度の肖像なので、立体を撮って、正面の肖像を明らかにすればそれで充分である。 無学祖元は、重文の木像を元に制作した。それが現存しているので、ただ撮ってもまったく意味がない。来日前、蒙古兵に剣を向けられたエピソード。もう一点制作するとしたら、円覚寺創建時、白鹿が現れ無学祖元の説法を聞いたと伝わる。それにより円覚寺の山号は「瑞鹿山(ずいろくさん)とされることから、白鹿に囲まれる無学祖元も良い。



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