太平洋戦争の敗北はまがいも無い事実ですが。
もちろん当時の日本とアメリカの経済力の違いはその決定的な要因でした。
しかし、私はそれ以外に、この二つの国に決定的な違いがあると考えています。
戦争は両国の国民による物ですが、実際に戦っているのは軍隊です。
日本が敗退に告ぐ敗退を余儀なくされたのは、パープルコードという暗号がアメリカに解読されていたためですが。
これを一つのキーとして、敗北の理由を書いてみたいと思います。
軍隊は、トップの下に△状に人が構成される形態が基本です。
対戦当時の日本は、現在ほど、上下関係が甘くは無く、武士の時代から伝わる基本的社習慣を引きずっていました。
それに対してアメリカは、依然として人種差別はありましたが、基本的に多民族国家です。
対戦中の日本軍の動きをみていると、ほとんど同じ攻撃方、同じ防御方、同じ行動をしています。
これは、上から下への指示系統がしっかりしており、それに応じた形で、部隊が動いているのです。 この指示は、ほとんどが前線で戦っている部隊より、上の、戦わない部隊が作戦を立て、実行していたわけですが。
戦場ほど流動的なところはないわけで、状況に応じた戦い方が必要だったはず、しかし当時の日本はバカの一つ覚えのように、同じ方法で戦い、そして緒戦を除いて全て敗北しています。
暗号が解読されたから負けた、というのはもちろんにしても、同じ作戦を繰り返して負ける歯は、作戦を立てる側の知識と能力に限界があり。
いわば、中間、及び下のものが、一言も上に物を申せぬ状態であったというのは誰しもが分かるほど、明確なのです。
しかし、これに対するアメリカは実に柔軟な作戦を取っています。
暗号から日本軍の行動を知ってはいるにしても、ミッドウェイ海戦、飛び石作戦を例にしても、基本的には、トップが、その下の多くの兵達の言葉と意見を聞き、そこからもたらされるよいものを選んで現場が実行しています。
トップが純粋に行なったのは、空襲くらいでしょうか?
これは、アメリカという国の成り立ちに起因しています。
単一民族の我々日本とは異なり、アメリカは、多民族を受け入れなければなりません、故に彼らと協調しながら国を作りあげていく必要が有ったわけです。
上とか下だとかの考え方を、余りに強く意識すると、それが差別へとダイレクトにつながって行きます。 ゆえに、できるだけ他人の考えを受け入れる意識が自然にできることになり、提案や進歩的なことには、身分的な物を意識することなく誰でも物を言えて、また受け入れる社会土台があるのです。
故に論争に慣れており、論争を通して、相手を納得させ、理解させる事も自然に文化としてつちかわれています。 すぐに感情が入り、論争ではなく口喧嘩になる日本とは、この辺りが大きく違います。
ですから、日本人でもある私も、職場では平気でチーフに物を言いますし、チーフもそれが正しいと思えば、それを即実行します。
太平洋戦争の勝敗を別けた理由の一つに、この日本の閉鎖性と、アメリカの違いがあると私は考えています。
さて、今日の日本は、対戦前とどう変わったのでしょうか?
能力給制度で大失敗した富士通を始めとして。
倒産した雪印他、経営不振に喘ぐソニー、国民を騙していた三菱自動車、これらの会社を見ていると。
この日本にあった文化と伝統を軽視し、そこに日本の悪いところが合わさっています。
しかし、日本式経営を大切にし、そして、日本人の一番よい部分をきちんと引き出して経営してるのがトヨタ自動車です。
彼らのしている事は、日本人ならあたりまえの事を当たりのようにしているだけであり、特別な事はしていません。
リコールでもみられる、この会社の素晴らしい姿勢は、人が死んでもうそをつきとおし、挙句の果てには他人のせいにまでした三菱自動車。
努力と柔軟性を忘れて、自分の権利をひたすら他人に押し付けた挙句に経営不信になったソニー等。 これらの会社と同じようにして訳のわからないところでアメリカをつまみ食いしてきた会社等とは、あきらかに異なります。
同じ事がこの日本の教育でも行われて来ました、日本の文化と伝統を足蹴にし、見かけのよい教育法を無思考に取りいれた結果が、今の日本の青少年の姿です。
皆さんはどう思われますか?