「おおぞら通信」を紹介しよう。NPO法人「おおぞら」は野宿生活者、いわゆるホームレスのケアと自立を支援している団体である。いつもお知らせを頂いて頭が下がる思いでいっぱいになる。
話の内容をまとめるとこうだ。スタッフのSさんがいつものようにホームレスのテントを訪問すると、30歳ぐらいの若い男性から声をかけられた。「相談に乗っていただけますか」と。男性はスーツ姿で、身だしなみもきちんとしていた。一見、サラリーマンが休憩で公園に来ているような感じだった。
ベンチに腰掛けると、青年は「実は、私もホームレスなんです」と言って話し始めた。この青年Kさんは数ヶ月前会社のリストラで職を失い、ハローワークに通ったが仕事が見つからなかった。失業手当ても、乏しい貯金も底をつき、ネットカフェで夜をしのぐことも出来ないようになり、1ケ月前から公園のベンチで寝るようになった。
「だけどスーツもワイシャツも汚れていませんね」
「この1ケ月、公園で寝るときはスーツもワイシャツも脱いで下着で寝ていました。ハローワークや会社の面接に汚い姿で行けませんから。無精ひげが生えないように公園のトイレで髭剃りも毎日していました。」
「食事はどうしていたのですか」
「この1ケ月、ほとんど食べていません。公園のトイレで水ばかり飲んでいました。体重は10キロ以上減ったと思います。もう自分が情けなくて、一時は自殺も考えましたが、もう一度生活を立て直して、また家族(妻子)と暮らしたいんです」
話したことで気がゆるんだか、Kさんの目からは涙があふれた。
「わかりました。ホームレスから抜け出す方法を何とか考えましょう。それにしてもこれほどの辛いピンチをよく耐えましたね。役所の相談には行かれなかったのですか?」
「役所にも相談に行きました。でも冷たかったです。話もよく聞かず、自分で何とかするようにと言われました。誰に相談していいかも分からず、今日あなたを見て、相談できそうな人だと思って、すがる思いで声をかけたんです」
Kさんは経済困難に陥り、生活破綻しそうになったとき、相談にのってくれる公的機関が存在しなかったため、ずるずるとホームレスに行き着いてしまった。役所のケースワーカーや民生委員も、こういう人たちにはうまく機能しているわけではなく、福祉のセーフティネットからこぼれる人は後を絶たない。正社員として働いていたKさんもレールから外れると、アルバイトの仕事もままならなくなる。就労応募の履歴書に書き込む住所と電話番号がないことが致命的になる。
ここ数年、雇用環境が大きく変わり、スポットの日雇い、アルバイト、パート、派遣、請負社員等、不安定な雇用状態の人が激増し、事態は水面下でさらに深刻化している。何かの事情で就労が途切れたとき、次の仕事が見つからないと、極めて危険な綱渡りとなり、いまや中高年、若者、年齢を問わず、この綱渡りを失敗してホームレスに転落していくことになる。この点で絶望して自殺を選ぶ人もいる。ここまで深刻な状態に追い込まれた人たちはどこに相談に行けばいいのだろうか。雇用不安定な経済構造がこの国を覆っている。ホームレス問題は支援だけでなく、ホームレスを作り出さないような公的な施策が必要なのだ。
Kさんは大阪市のホームレスのための自立支援センターに入ることが出来、就労もかなった。センターから通勤し、貯金も出来た。もともと頑張り屋だったので、順調に退所日を迎えられた。退所にはSさんといっしょに、実家に身を寄せていたKさんの妻子も迎え、笑顔で喜び合った。
Sさんは相談窓口の必要性を訴える。
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以上が「おおぞら通信」の内容である。Kさん一家はまた明るい生活を取り戻したに違いない。Sさんに声をかけたことが、Kさんがホームレスから立ち直ることが出来るきっかけになった。そういう意味ではKさんはラッキーだったとも言える。しかし現実には、こういうめぐり合いもなく、もっともっと落ちこぼれていく人たちがいる。働きたくても働けない。まして若年のホームレスはきびしいだろう。未来ある若者達の生活を破壊するような政治、経済、この国のあり方、いま手を打たないと将来、国そのものの存続が出来なくなる危惧がある。